池辺晋一郎(いけべ しんいちろう、1943-)

 恐るべき多作家、恐るべき活動家だ。例えばテレビドラマの音楽をやらせたら、この人
には誰も敵わない(僕は例えば、NHK大河ドラマ「黄金の日々」のテーマ音楽が大好き
だった)。嬉しいことに合唱の世界にも注目すべき作品を多数送りこんでいるから、我々
は、じゃんじゃん楽しんじゃえばいい。叙情的な作品があるかと思えば、社会派と位置付
けられるものや、物語性が強い曲があったり、とにかく何でも音楽で表現してしまおうと
する幅広さがある。
 演奏会でも、しょっちゅう耳にするのに、これがどういうわけか、普通に買える音源は
意外なほどに少ない。それだけではこの項もすぐ終わってしまうから、年代順に主な作品
(全作品じゃなくてすみません)を挙げて、音源や僕の実演鑑賞体験についてコメントし
ておきたい。

■相聞1・2(1970)
 現代音楽好みの合唱ファンには知られている、万葉集による無伴奏混声合唱曲。現代音
楽らしい現代音楽なので、興味がある人は多くないかもしれない。僕は3回ほど東混の実
演に触れているような記憶があって、割と聴きごたえがある。若き日の作曲者が、大学で
の勉強の成果を存分に発揮しました、という風情の力作。
○田中信昭指揮東混(VICTOR,VZCC-74〜80)70年
 LPの復刻音源「合唱音楽の領域」7枚組に収録。

■恩愛の輪(1972)
 無伴奏混声二重合唱のための力作。これも熱心な合唱ファンには知られていて、実力あ
る合唱団がコンクールの自由曲にしたりする。僕は湘南市民コールの演奏を聴いたことが
ある。この曲をものすごくいい演奏で聴きたいな、とは常々思っている。しかしながら、
これは技術的に相当に難しい。なお作詞は池澤夏樹氏だが、当時は全く無名だったのだそ
うだ。

■博物館の機関車(1973)
 Nコン高校の部の課題曲。僕が合唱を始めるちょっと前の作品で、リアルタイムには知
らない。楽譜は持っているが。

■合唱による構成「銅山」(1973)
 「恩愛の輪」に続き、池澤氏の詞による。当時はかなり難しかっただろうが、現在の耳
からすれば、まあ普通のピアノ伴奏付き混声合唱曲。第1曲「太古」が全国合唱コンクー
ルの選択曲になって親しまれた。僕もその全国大会の放送で、確か岩手大学の演奏に感銘
を受けた記憶がある。全曲をナマで聴いたことはない。たまに、自分のピアノで伴奏部を
鳴らしてみる。

■三つの不思議な仕事(1978)
■六つの子守歌(1978)
 この2曲が代表作になるだろう。後者の演奏回数など、ものすごいのではないかと推測
している。第1曲「風の子守歌」がダントツに有名だが、その他5曲もそれぞれに味があ
り、捨て難い。比較すると前者は目立たないが、人気は結構あって、僕自身も第1曲のノ
リなど大好き。
 実演体験では、田中信昭指揮東混の定演のアンコールで、無伴奏で「風の子守歌」が歌
われたことがあって、これが絶品だった。基礎ができている合唱団がこういう単純な無伴
奏合唱曲をとりあげてうまくいった時の演奏効果は計り知れないものがある。
 一般発売音源としては、目下のところ「三つの不思議な仕事」が無い(以前はビクター
から出ていた)。そこで手許の「六つの子守歌」の音源を。
○田中信昭指揮東混、ピアノ:志村泉(VICTOR,VICG60135)82年
 混声版。決して楽しい演奏ではないが、まずは手堅いところ。
○福永陽一郎指揮湘南コール・グリューン、ピアノ:九迩之宜(東芝,CZ28-9087)
 女声版。当盤での注目点は、作曲者が楽譜に記しているように、ピアノパートを楽譜と
 違うようにやった点。必ずしも成功しているとは言い難いと思うが、録音でこれを試み
 た意欲は評価される。
○宇野功芳指揮日本合唱協会、ピアノ:田中千香子(CAMERATA,32CM-19)86年
 「風の〜」「いつもの〜」の2曲の混声版。もう少しハモればいいのに。

 僕が持っていない全曲の一般発売音源で児童合唱によるものがある。
○作曲者指揮フォーラム21少年少女合唱団、ピアノ:吉田雅博(CAMERATA,30CM-378)94年

■混声合唱組曲「冬に向かって」(1979)
 中学生向けのピアノ伴奏付き組曲で、第3曲「樹氷」が単独でよくとりあげられていた
頃があった。こういう曲に、大人の合唱団による一般発売音源があるのが不思議だ。
○福永陽一郎指揮湘南コールグリューン、藤沢男声合唱団、小田原男声合唱団
 ピアノ:久迩之宜(東芝,CZ28-9078)

■混声合唱組曲「時は流れても」(1980)
 女声版もある。僕が中学生の頃、タイトル曲がNコンの課題曲だったので随分と練習し
た記憶がある。池辺さんて爽やかな音楽を書くんだなあと思ったものである。後に数曲を
加えてまとめられた組曲としては演奏したことは無い。タイトル曲以外にも、「傘の花」
や「その人は言いました」あたりは単独で好まれていた。他3曲のタイトルは、波がくだ
ける、ボートに乗って、春・花の中で。組曲全曲の音源としては、女声版がセット物に含
まれているようだ。
○菅野正美指揮安積女子高校、ピアノ:東みのり(「セット講座」第11巻に収録)95年

■混声合唱組曲「北の祭」(1981)
 第1曲「菱の実祭」が、コンクールの自由曲で大いに流行った時期がある(今はそうで
もない)。変拍子が複雑なのと手拍子足拍子の使用が演奏効果をあげ、確かに面白い。一
般発売の音源はない。僕は札幌放送合唱団演奏による録音テープを聴いたことがあるが、
それはおそらく、放送初演のものだと思われる。

■混声合唱による童話「淋しいおさかな」(1981)
 別役実氏の詞による童話。淋しいとはどういうことか、尋ねてまわる女の子が、最後に
淋しいということを知るというお話で、僕はこういう単純なストーリーが好きだし、音楽
も池辺氏のソング系としてはよくできている。ピアノパートで結構工夫ができるのが楽し
い。実演鑑賞経験は2回ほどあるが、筑波大学混声合唱団の定期が、合唱の技量は決して
高くないものの淋しい感情をよく表していた。以前は東混盤がビクターから出ていたが、
今は買えない。それを聴いたことはあるが、とても真面目な演奏だった(もう少し情感を
込めて欲しかった)。

■こどものための合唱組曲「どろんこのうた」(1982)
 これは知能障害のある子供たちの詞を使用しているのが興味深い。知能は低くても感性
の高さが光るテキストを音楽化している。僕が持っていないだけで、一般発売音源がある
から挙げておく。
○小川俊彦指揮愛媛大学附属小学校合唱団、ピアノ:阪本佳子(CAMERATA,30CM-378)94年
 この合唱団の、Nコン全国大会での名演の数々には、ずいぶんと楽しませてもらった。
 自然な歌唱が素晴らしい学校だ。
○小川俊彦指揮愛媛大学附属小学校合唱団、ピアノ:阪本佳子(「セットジュニア」第12
巻に収録)
 これはセット物で店頭では買えない。録音データが97年になっているから、多分、上記
 カメラータ音源とは異演なのだろう。

■女声合唱曲集「花の四季」(1982)
 題名通り、様々の花をテーマにした詩画集から11編を選ぶ。お母さんコーラスの定番
レパだと思われる。僕も色んな機会で聴いたことがある。一般発売のCDがある。
○近藤安指揮中国短大フラウェンコールOG会、ピアノ:矢田信子(VICTOR,VICG60135)89年
 初演指揮者による録音。まずは無難な演奏。

■混声合唱組曲「異聞・坊ちゃん」(1983)
 言うまでもなく漱石ネタの合唱作品で、そんなの上手くいくのかなあ?という疑問に反
して、なかなか成功しているように思われる。僕は田中信昭指揮東混による舞台初演を聴
いていたのだが、今でも、池辺作品としてはとても気に入っている方だ。坊ちゃんらしい
騒々しい場面もさることながら、キヨの手紙を主題にした第3曲のしみじみ抒情なども忘
れ難い。僕もたまにピアノパートを鳴らして遊んでいる。一般発売音源が無いのが残念。

■東洋民謡集1(1984)
 池辺作品の中で、僕が最も気に入っているもので、無伴奏混声合唱曲(但し第2曲は男
声、第4曲は女声)。上記「異聞〜」の演奏会で初演されたが、これはいい曲ができたな
と客席で感じたものだ(東混の初演作品でストレートにそう思える曲は少ない、どれもメ
チャ難しいので)。モロッコ、モンゴル、インドネシア、アイヌ、ベンガルの民謡をネタ
とし、言語は難しいが、音は何とかアマチュアでも手が届くレヴェルで、よくとりあげら
れている。僕は特に第3曲「サプタンガン」の、ハワイアンにも通じるような南国らしい
情緒が好き(原曲はどんなのだろう?)。一般発売音源もあるが、僕はいまだに、田中信
昭指揮東混の初演が忘れられない。あれが一番良かった。
○辻正行指揮大久保混声合唱団(VICTOR,VICG-60136)99年
 演奏は悪くないが、当盤が発売された際、このビクターのシリーズが数枚同時に出たの
 だが、それらがいずれもホールで録音されているのに比べ、これだけがスタジオでの録
 音で、サウンド状態の悪さが演奏の粗を目立たせる結果になっているようなのが残念。
○松原千振指揮東混(「セット21世紀」第4巻に収録)
 こちらは一般店頭では買えないセット販売。

■混声合唱組曲「悪魔の飽食」(1984)
 ご存知森村誠一氏の文学作品をテーマにした曲で、出版されているし一度は音で聴いて
みたいと思っているのだが、機会に恵まれていない。管弦楽版もあるようだ。

■ミート・ザ・コーラル・ビートルズ(1985)
 東混の定期で(多分2回)生で聴いた。ビートルズの5曲を無伴奏混声合唱に編曲した
もの。編曲物としては、僕はなかなかよく出来ていると思ったのだが、ビートルズ好きに
とっては、あまり聴きたくないものかもしれない。「The Long And Winding Road」なん
か、結構良かったんだけどな。「ヘイ・ジュード」も悪くなかった。

■混声合唱曲集「風の軌跡」(1985)
■混声合唱曲集「時の記憶」(1985)
 以上、上記2つの片岡輝の詞による混声合唱組曲は、セット物に全曲音源が収録されて
いる。前者に含まれる「夏の挽歌」あたりは単独でも歌われている気がする。
○田中信昭指揮東混、ピアノ:中嶋香(「セット講座」第2巻に収録)95年

■混声合唱組曲「明治は遠いたけくらべ」(1986)
■混声合唱による童話「一本の木、一軒の家、一人の息子」(1986)
 前者は「異聞・坊ちゃん」、後者は「淋しいおさかな」の系統にある。いずれも一般発
売の音源は無いが、出版はされている。

■少しずつ(1984-6)
 題名通り少しずつ、東混の定期のアンコールで初演された無伴奏混声の小曲を集めたも
の。うまれてそして、むらさきの、ぼくの方舟、Joe Hill、雪の匂い。僕は、全てをライ
ブで、それも多くは初演時に聴いたことがある(笑)。

■ガルシア・ロルカの5つのシャンソン(1986)
 ピアノ伴奏付き男声合唱で、男声合唱ファンに言わせれば、なかなかいいものなのだそ
うだ。僕は聴く機会に恵まれていない。

■海のトランペット(1989)
 これも鑑賞機会に恵まれていないが、神戸市役所センター合唱団の委嘱による一連のシ
リーズで、児童合唱、混声合唱とピアノで演奏される。戦争がテーマ。40分ほどかかるよ
うだ。

■混声合唱組曲「今はない木々の歌」(1989)
 混声合唱とパーカッションで演奏。関西学生混声合唱連盟の演奏がFMで放送されたの
を聴いたことがある。

■混声合唱組曲「地球への帰還」(1990)
 これまた鑑賞機会が無いのだが、全曲で50分かかる組曲だそうだから、これは演奏時間
だけで相当の力作と言える。ノアの箱舟伝説になぞらえた核戦争のシミュレーションなの
だそうだ。

■女声合唱組曲「彼女の物語」(1990)
 これも未聴だが、落合恵子氏の詞を使っている点が注目で、重要作の一つらしい。

■児童合唱組曲「空にかいた12の童話」(1990)
 特に印象に残る作品でもないのだが、一般発売音源が2種類、セット音源が1種類ある
のは、児童合唱団の大切なレパということなのかもしれない。
○古橋富士雄指揮東京放送児童合唱団、ピアノ:斎木ユリ(VICTOR,VICS-61017)99年
 それにしても、いつもよくこうソツのない演奏ができるもんだ、この合唱団は。
○井坂紘指揮フォーラム21少年少女合唱団、ピアノ:吉田雅博(CAMERATA,30CM-378)94年
 これは未聴。
○榊原哲指揮ひばり児童合唱団、ピアノ:鈴木永子(「セットジュニア」第12巻に収録)

■合唱オペラ「タロウの樹」(1991)
 栗山文昭指揮合唱団OMPが初演、ピアノ伴奏で演奏できる改訂版が出版されている。
これも生を見たことがないので、目下のところ上手くコメントできない。

■女声合唱曲「森の人々と共に闘う」(1991)
 栗山文昭指揮合唱団彩の会が委嘱初演した、約15分のピアノ付き女声合唱曲。これも社
会派としての活動。僕は未聴。

■東洋民謡集2(1992)
 好評の第1集の続編。これも僕は初演を聴きにいったが、第1集よりも相当に難しくな
り、快楽派の僕には理解し難かった。ただ、第2集の方が好きという人もいる。腕に覚え
がある合唱団向き。第1集同様の音源がある。
○辻正行指揮大久保混声合唱団(VICTOR,VICG-60136)99年
大久保混の声は立派なものだ。
○Hughes指揮The Choral Project San Jose(CLARION,CLR922CD)2006年
 クック諸島の「War Song」のみだが、アメリカの合唱団の小曲を集めたアルバムに収録
 されている。
○松原千振指揮東混(「セット21世紀」第4巻に収録)
 こちらは一般店頭では買えないセット販売。

■女声合唱のための五つのポップス「少女のように」(1992)
乾杯、秋桜、少年時代、風のエオリア、昴の5曲の編曲。うーむ、こんな仕事があると
は。セット物音源があるようだ。
○住吉三滋指揮プルニェール・ブランシュ、ピアノ:仲郁子(「セット講座」第19巻収録)

■混声合唱組曲「宛名のない手紙」(1993)
 栗山文昭指揮による東京六大学混声合唱連盟の初演を生で聴いていたが、僕にはよくわ
からない、難しい音をいっぱい使っていた。ただ、今でもたまに演奏されているみたいだ
から、気に入る人も結構いるだろう。

■合唱のための探偵劇「歌の消息」(1994)
 合唱オペラ「タロウの樹木」同様、栗山文昭指揮合唱団OMPの委嘱作品で、こちらも
ピアノ伴奏で演奏する。初演ではなく、OMPが笠懸で演奏した録音を聴かせてもらった
ことがある。

■混声合唱組曲「レクィエム いのちこそ」(1994)
 これも社会派合唱曲として、名前だけは挙げておかねばならないのだろう。

■混声合唱曲「春の夜」(1995)
 伊藤整の詞による無伴奏合唱の小曲。セット物音源がある。
○田中信昭指揮東混(「セット講座」第2巻に収録)95年

 また、後の作曲と思われる同じ詩人による2曲を加えた「雨と風と春の夜と・・・」も
セット物音源あり。
○大谷研二指揮東混(「セット21世紀」第4巻に収録)

■阪神大震災鎮魂組曲「1995年1月17日」(1996)
○山本収指揮神戸市役所センター合唱団、ピアノ:井上由子
 この社会派合唱団の1996年4月第19回定演記録CD。なかなか難しいことだが、こうい
 う題材をとりあげようとするこの合唱団の活動意欲には頭が下がる。演奏を聴いて改め
 て認識されられるが、神戸という町は、合唱のレヴェルも高い。

■うぇーべるん(1997)
 谷川俊太郎の短い詩21編をテキストに、マドリガル風の女声合唱曲に仕立てている。2
本のリコーダーが必要。僕の好みには合わないが、これは注目の女声合唱のためのレパと
いえるかもしれない。現に、演奏会プログラムでも見かける。
○前田二生指揮東京レディース・シンガーズ(VICTOR,VICG60135)98年
 初演団体による録音。このプロ合唱団は上手い。日本には長らく、このように声が立派
 で、かつ響きが透明な女声合唱団が無かった。

■東洋民謡集3(2000)
 シリーズ第3集を、少し前に東混定期で聴いたが、声の扱いが更に自由になって、とて
も面白い作品に仕上がっていた。これも早晩、アマチュアのレパに入ってくるだろう。た
だしかなり高度な声の技術が要求されるが。

 この他、カンタータ、地域の委嘱による合唱付きの交響詩、音楽劇の類が多数あるが、
いずれも鑑賞する機会に恵まれていないので、後日の課題としたい。



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