松下耕(まつした こう、1962-)

 今をときめく人気作曲家といえば、2001年夏現在では、この人、ということで決まりで
はないだろうか。何しろ現在の日本では、例えばコンクールの選曲になると、東欧や北欧
の無伴奏物が圧倒的支持を受けている。特にコダーイやバールドシュを筆頭としてハンガ
リー物の人気は凄いが、松下氏はそのハンガリーでも音楽の勉強を積んでいる。その成果
を生かして、いかにもコダーイ風の作品を日本語で(時に外国語でも)多数書いているの
だから、それだけでも人気が出ないわけがない。コダーイ風ということは当然に無伴奏に
なるが、たまにピアノ伴奏を付けても楽しい曲になる。僕が最初に松下氏に注目したのは
歌謡曲の編曲物「ポッパーズクラブ」で、混声版・女声版とも、ピアノの分厚い伴奏が面
白かった(特に小坂明子「あなた」)。この手の編曲物は、たいていはみすぼらしい楽譜
にしかならないし、演奏効果もロクにあがらないが、これは違っていた。作曲者のそんな
嗜好も関係するのか、普通の合唱曲でも使う音が適度に甘く、ポップス好きな若い人たち
にも好まれる。僕みたいな素人にこんなことを言う資格はないが、譜面づらにどこか素人
的要素があるところも、超難曲が氾濫する昨今にあって「アクセス容易」シグナルを発し
ているようで、大人気の秘密ではないかと思っている。そして忘れてならないのは、小中
学生の合唱曲のレパートリーへの貢献で、作品表には夥しい量の曲を見ることができる。
 周知の通り、氏は合唱指揮者としても大活躍中。

 人気の反映か、一般発売音源が徐々に増えてきているのは嬉しいことだ。GIOVANNIレー
ベルの貢献は特に大きい。ではそれらの音源。
○松下耕指揮VOX GAUDIOSA、ピアノ:鈴木あずさ(VOX GAUDIOSA,MFM040707)2003年
 タイトルは「松下耕混声合唱作品集VOL.1」。収録曲は、無伴奏混声合唱曲の中でも特
 に注目される「八重山・宮古の三つの島唄」。指向性が共通する「奄美諸島の四つの島
 唄。女声合唱からの編曲になる「日向木挽唄」と「三原ヤッサ節」。最後にピアノ伴奏
 が入る四つの日本民謡「北へ」。いずれの曲も、現在の日本の混声合唱のためのレパを
 語る上で、是非ともおさえておきたい物だと思う。演奏も、ハンガリーの合唱に近い感
 触で、大人の混声合唱団でもようやく、このような団体が育ってきたかと嬉しくなる。
 まだまだ不安定さも残るとはいえ。推薦盤。
○松下耕指揮国立音大女声合唱団ANGELICA、ピアノ:谷あや(KTミュージック)2002,3年
 無伴奏ラテン語による小曲「AVE MARIA」と、4曲セットになった「聖母への祈り」、
 谷川俊太郎の詩を使った無伴奏曲「よしなしうた」とピアノ付き「静かな雨の夜に」。
 とても上手い演奏だが、ラテン語の曲はラテン語に聞こえないし、日本語の曲は歌詞が
 さっぱり聞き取れないと僕は感じる。録音のとりかたのせいなのだろうか。それとも演
 奏や曲によるのか。この中ではやはり、「聖母への祈り」が日本の合唱団に大歓迎され
 るだろう。
○桑原妙子指揮小田原少年少女合唱隊(VICTOR,VICS-61020)
 無伴奏同声合唱「紀の国のこどもうた1」と「同2」で、コダーイ路線にのった作品で
 は代表株。演奏頻度も高い。ただしこの演奏で聴くと、非常に上手いのはいいのだが、
 真面目すぎる印象で、今ひとつ楽しめない。カップリングの高嶋「7つのバガテル」の
 ほうに惹かれる。
○メロディーは愛/松下耕指揮Brilliant Harmony(プライヴェート盤)2002〜4年ライヴ
 外国曲、邦人曲を問わず、メロディーが美しい女声合唱作品を集めたアルバム。自作自
 演曲も多く、「紀の国のこどもうた1」から「ちーちーちったんこの」、感動的な無伴
 奏女声合唱曲「鳥」、上記のANGELICA盤にも含まれる「静かな雨の夜に」(組曲ではな
 く単曲のみ)、諧謔的な「えっさっさ」、そしてNコン中学の部の課題曲だった「信じ
 る」を収録。また編曲だが、ルロイ・アンダーソン「タイプライター」も聴ける。これ
 はとても良いCDだ。プライヴェート盤で決して入手しやすくはないが、一聴をお薦め
 したい。
○松下耕指揮耕友会合唱団、ピアノ:浅井道子(GIOVANNI,GVCS10504)2004年ライヴ
 女声合唱とピアノのための「愛の詩集」、男声合唱のための「CANTATE DOMINO」、それ
 に無伴奏混声合唱曲「おわりのない海」を収録。一番お薦めしたいのは「愛の詩集」の
 終曲「一詩人の最後の歌」で、ライヴの高揚と曲の激しさが印象的。
○松下耕、森岡美香指揮女声合唱団「歌姫」(GIOVANNI,GVCS10502)2005年ライヴ
収録曲:携帯切らなきゃお仕置きよ!;日々のあぶく;よしなしうた(第1、3、4曲);
 伊予のひめうた;愛の詩集(第1〜3曲);うたをうたうとき;
 信じる(アンコールで客席とともに再演);おわりのない海; 川の流れのように
 演奏会のプログラムで合唱団の演奏によるものを、前置きとなる「携帯切らなきゃお仕
 置きよ」から、アンコールまでライヴ収録。「日々のあぶく」以外は作曲者指揮。声質
 が好ましく、歌詞もよく聴き取れる。無伴奏作品では、なかなか優れた演奏をしている
 ように思う。「愛の詩集」以下はピアノ伴奏付きで、浅井道子氏が客演。
○松下耕指揮東京レディースコンソート“さやか”(GIOVANNI,GVCS10601)
 「日々のあぶく」と、「わたしと小鳥と鈴と」を収録。目下のところ僕は未聴盤。
○松下耕指揮女声合唱団ANGELICA、ピアノ:浅井道子(GIOVANNI,GVCS30703)2007年
 女声合唱とピアノのための「この星の上で」と、その第1曲「はる」の無伴奏版を併せ
 て収録。組曲の中では第4曲「ほほえみ」が単品でも親しまれるだろう。カップリング
 はオルバーンの「ミサ曲第9番」と三善晃「虹とリンゴ」。
○松下耕指揮東京レディースコンソート“さやか”(GIOVANNI,GVCS10813)2008年
収録曲:謡舞; 日本の民謡2〜日向木挽唄; 紀の国のこどもうた2〜やんまヤッホー;
 紀の国のこどもうた3〜堺 住吉 いとまの太鼓;
 伊予のひめうた〜いの字いっさいこく; 聖母への祈り〜Alma Redemptoris Mater;
 Hodie Christus natus est; 聖母マリアの生涯〜Hodie beata Virgo Maria;
 ふくろうめがね(女声合唱のための組曲); おわりのない海(アカペラ版);
 タイプライター(ルロイ・アンダーソン)
 無伴奏女声合唱のための作品集。スタジオ録音音源だが、出来栄えは、作品・演奏・録
 音と、どれをとっても素晴らしい。個人的には「ふくろうめがね」が難しくて理解が及
 ばないが、他の作品には好感がもてる。装丁もきれいだ。

 単発作品としては、上記でも触れたがNコン課題曲「信じる」が、名曲として定着して
いくのではないかと思っている。混声四部+ピアノ版の音源の例は以下。
○清水敬一指揮松原混声合唱団、ピアノ:小田裕之(EMI MUSIC JAPAN,TOCF56071-76)
 東芝音源をもとにした「ベスト合唱100」6枚組に含まれた新録音曲の一つ。

 上記の人気曲「紀の国〜1」から、外国合唱団が演奏する例が現れた。
○Victor-Smith指揮Farnham Youth Choir(HERALD,HAVPCD233)99年
 イギリスの合唱団。曲は「チョンキナ」のみ。

 セット物の存在をチェックする。
○あいたくて/作曲者指揮ANGELICA
 子猫物語(混声版)/大谷研二指揮東混
 鳥のために/樋本英一指揮東混
 風の夏/八尋和美指揮東混
 「セット21世紀」第13巻。
○卒業アルバム/作曲者指揮藤沢ジュニアコーラス、ピアノ:久邇之宜
 はるがきた/笠原美保指揮宝塚少年少女合唱団
 「セットジュニア」第14巻に収録。「はるがきた」の方は2本のリコーダーが必要。
○紀の国のこともうた1、同2/沼丸晴彦指揮和歌山児童合唱団
 「セットジュニア」第19巻に収録。

 この他、ステージで僕が聴いたことのある作品に簡単に触れておく。女声合唱のための
12のシャンソン「日々のあぶく」(99年)は、津田まさごろ氏の合唱曲としては斬新な詩を
テキストに、日本語の新しいマドリガルの試みとしてとても面白い作品だったが、舞台で
全曲を連続して聴くと少々退屈した。

 とにかく出版楽譜がどんどん市場に出てくる(そして楽譜の量、ステージの量の割に音
源は極少)ため、正直言って僕もフォローできていない。この人くらいはもう少し真面目
に追っかけて、この項を体系的にしていきたい。



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