西村朗(にしむら あきら、1953-)
現代音楽の世界では、彼が合唱曲を書いていることすら気づかれないのではないか、そ
それくらい、管弦楽曲、器楽曲、室内楽、邦楽などの分野で大活躍している。80年代後半
以降は、いわゆるヘテロフォニー(作曲者が言うには、東アジア的、あるいは反西洋的な
多声書法)の技法によった作品を多数発表している。例えば、こういう一枚を聴いてみる
と、作曲者の個性を知ることができるだろう。
○西村朗作品集(CAMERATA,CMCD-99052)
光のマントラ〜女声合唱とオーケストラのための/秋山和慶指揮東京交響楽団
太陽の臍〜オーケストラと篳篥のための音楽/黒岩英臣指揮東京交響楽団
タパス(熱)〜ファゴット、打楽器と弦楽のための協奏曲/円光寺雅彦指揮仙台フィル
特に、最初の「光のマントラ」は、女声合唱が入る約30分の管弦楽曲で、西村作品なら
ではの圧倒的なクライマックスを体感することができる。
普通の合唱曲も、気がつくと相当な量にのぼっており、いずれも、作曲者の力量の高さ
を見せつける佳品が並んでいる。まずはわかりやすいところから聴ける好盤がある。
○前田二生指揮東京レディース・シンガーズ、新東京室内合唱団、ピアノ:長尾博子、
藤田篤美(VICTOR,VICG-40199)90,91年
大手拓次の詩による三部作、混声の「まぼろしの薔薇」「そよぐ幻影」、女声の「秘密
の花」を一枚に収録。混声曲では新東京室内合唱団が加わるが、とにかく東京レディー
ス・シンガーズの歌唱が素晴らしく、録音でこれだけ優れたものには滅多にお目にかか
れない。曲の方は、大手拓次の妖しい世界を表現しようとする強烈な意欲に満ちて「ま
ぼろし〜」のピアノ前奏以下、従来の合唱曲には無かった音世界が広がる。印象的な楽
章としては、まず、「まぼろし〜」の第3曲が、ブルックナーの交響曲のスケルツォに
似せられている。「そよぐ幻影」の終曲のピアノ前奏は、ピアニストなら憧れないわけ
にいかない魅力がある。「秘密の花」の第3曲は旋律がびっくりするくらい俗っぽい、
まるで布施明の歌謡曲の世界だ。なおこれら三部作は、栗山文昭指揮と田中瑤子ピアノ
のコンビが初演している。西村氏に合唱曲を書かせた栗山氏の慧眼に拍手!調性の範囲
内での力のある現代音楽作曲家が成し遂げた仕事に敬意を表したい。なお個人的には、
この三部作は、ときに非常に魅力的な音を使っていて楽しめるけれど、全曲を通して聴
きたいという気分にはなりにくい、疲れる。
上記の三部作が84、85年に書かれた後、少し間隔を置いた90年に、今度はピアノを無く
し、無伴奏混声合唱のための超難曲「式子内親王の七つの歌」を合唱団OMPが初演。こ
れほどチャレンジングな楽譜は、滅多に目にできない。この全曲に一般発売音源があれば
よいのだが、現状は無い。抜粋をコンクールのライブなどで聴くよりない。
○栗山文昭指揮合唱団OMP(BRAIN,BOCD-9104)90年ライヴ
全7曲中、「花の光に」「しるべせよ」「澄みし夜」の3曲。
同じ年、同じ無伴奏混声の「炎の孤悲歌(かぎろいのこいうた)」も作曲されるが、こ
の曲は東混の演奏を聴いたことがある。その後の西村氏は、無伴奏合唱曲を多く書くよう
になる。女声のための、いいアルバムがある。
○前田二生指揮東京レディース・シンガーズ(VICTOR,VICG-60147)98,2000年
いずれも無伴奏女声合唱のための作品で、平家物語による「寂光哀歌」、吉井勇の短歌
による「祇園双紙」、柿本人麿の歌による「炎の挽歌」の三曲。完璧とまでは言えない
ものの、とにかく演奏がブラヴォー!これくらい正確に音をとってくれてこそ、西村氏
ならではの比類ない美の世界を味わうことができる。曲はいずれも難しいけれども、調
性が無くなることはない。似た傾向の作品が並ぶので続けて聴くと退屈することがある
のが難点。
少しだけ落穂拾いを。
○平松剛一指揮平松混声合唱団、ピアノ:奥田和(FONTEC,FPCD1821)
混声合唱とピアノのための小曲「えをかく」。谷川俊太郎の文字数の多い詩を早口で、
リズミカルに、どんどん歌っていく。珍しい、ごくわかりやすい小品。
○当間修一指揮大阪ハインリッヒ・シュッツ合唱団
99年の演奏会記録テープ。無伴奏女声合唱のための、源氏物語による「浮舟」。
○藤井宏樹指揮女声アンサンブルJuri(NAR,NAR2005)2001年ライブ
同じ「浮舟」のCD音源。
○四季の抄/前田二生指揮東京レディース・シンガーズ(コロムビア,COCG-10977)
未聴のうちに店頭から消えてしまったが、源田編曲「ふるさとの四季」と三善編曲「唱
歌の四季」とを併せた注目音源。
○田中信昭指揮東混、ピアノ:中嶋香(FONTEC,EFCD4128)2007年ライヴ
同声三部合唱とピアノのための「永訣の朝」。アマチュアにも手が届く、調性の残るピ
アノ伴奏付き合唱曲。詩は、言わずとしれた宮澤賢治の名作。
セット物音源を。
○混声合唱とピアノのための「水の祈祷」/田中信昭指揮東混、ピアノ:中嶋香
青色廃園(無伴奏女声合唱のための)/前田二生指揮東京レディース・シンガーズ
「セット21世紀」第16巻に収録。「水の祈祷」の方は、初演を聴いていた。
○秘密の花/栗山文昭指揮女声合唱団彩の会、るふらん、ピアノ:田中瑤子
「合唱名曲大系」セットの第28巻に収録。このセット物はビクター音源集だが、同じ曲
で複数音源が同一レーベルにあって、こちらは損をしている。
○そして夜が明ける/八尋和美指揮東混、ピアノ:坂井和子
「セット講座」第18巻に収録。このNコン高校の部の課題曲は、妙に大人っぽいといえ
ば大人っぽい、別の見方をすれば歌謡曲っぽい旋律で、一定の支持を集めたようだ。
現在も合唱曲は増殖中。斬新な作品を期待したい。
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