荻久保和明(おぎくぼ かずあき、1953-)

 きっと僕だけじゃないと信じているのだが、78年の処女作「季節へのまなざし」は、邦
人合唱曲の中でもとびきりの名曲と位置づけてよいと思っている。初演の棒をとった岩城
宏之氏が「こんな美しい曲は久しぶりだね」と言ったくらいだ。ビートルズ以降の世代感
覚で作曲したということだが、うまい塩梅でポップスのテイストをまぶすことに成功して
いる。確かこの作品は、芸術祭参加作品でNHKFMで初演された(後で触れるビクター
のCDと同音源)と記憶しているが、エアチェックしたカセットテープが、高校の音楽室
にあった。音楽室には家庭にはおけないような立派なスピーカーがあって、部屋が揺れる
ような大音響で聴いたのだが、その迫力に参ってしまった。それは僕だけではなくて、合
唱部員全員が魅せられてしまう音楽、演奏だった。僕はピアノが弾けたから、部員からせ
がまれて随分とこの曲のピアノパートを弾いたが、ピアニストにも楽しい作品だ。それか
ら更に個人的思い出だが、そのテープを聴く前のこと、僕が自分の少ない小遣いを貯めて
初めて買った邦人混声合唱楽譜というのも「季節へのまなざし」だった。その次が、野田
「青春」。この2曲との出会いは自分の人生を変えた(つまり、ピアノ伴奏付き邦人混声
合唱曲というジャンルに大きく目を見開いたきっかけ)し、自分が何歳になっても、きっ
とエヴァーグリーンであり続けることだろう。
 さて荻久保氏は、「縄文」で路線を変更し、「縄文なるもの」の追求に没頭している。
その系統の作品も多く出版されているし、僕もナマなどでいくつか聴いたが、その中では
僕はやはり最初の「縄文」が好きだ。なおこの作品は、第2曲「曙」が出版楽譜に入って
いなかったのだが、「曙」のない「縄文」なんて・・・といいたくなるくらい充実した楽
章。ようやく2003年になって全曲版が出版されたのは嬉しい限りだ。
 ということで、自分にとっては、「季節へのまなざし」と「縄文」の2曲だけで、大作
曲家なのだ、荻久保和明という人は。
 また若い人にとっては「IN TERRA PAX」がある。1999年の全国合唱コンクールの参加校
の自由曲を調べてみると、中学の部でダントツに人気がある2曲はそれと木下牧子「地平
線のかなたへ」なのだ。僕はまあ、「IN TERRA PAX」に特別の共感を覚えないが、若い人
にこれほどまでに好まれる曲があるというのはチェックしておきたい。

 では手許の音源を。
○岩城宏之指揮東混、ピアノ:木村かをり(VICTOR,VDR-5090)78年
 「季節へのまなざし」のみで、カップリングは新実「ことばあそびうた」。これこそ、
 上述の、高校の音楽室で聴いた音源だ。ただし、音質は非常に劣化してしまっているよ
 うに感じる。あのエアチェックテープは、こんなもんじゃなかった、特に合唱の声の伸
 びやピアノの音質の鮮明さで。それから大切なことなのだが、ここに収録された演奏は
 出版楽譜とは違う、改訂前の版によっている。作曲者としてはピアノパートの音を整理
 するということで、この古い版は認めておられないに違いないから、こんなことは言う
 のもタブーで皆さんには真似してほしくないが、僕は旧版の方が好きだ。その版の問題
 があるから当音源はきっと埋もれるだろうが、一生手放したくない。東混には出版後の
 版による新録音があり、かなり前に発売されたセット物「合唱名曲大系」に含まれてい
 た。僕はセットを持っている人に聴かせてもらったのだが、演奏の熱さの点でもアンサ
 ンブルの精度の点でも、前演奏に比べて大きく劣るように感じられる。ますます当ビク
 ター旧盤は貴重品だと思う。しかしそれにしても第3曲「みのる」は名曲だ。何度聴い
 ても、自分でピアノを弾いても、涙腺を弛める。
○縄文、ミサ曲第3番、季節へのまなざし/樋本英一、荻久保和明、岩城宏之指揮東混、
 ピアノ:高橋裕子、蛭多令子(VICTOR,VICG-60137)2001年、1989年
 出版後20年以上を経て、遂に「縄文」がCDに。実に美しい演奏だが、激しさがかけら
 も感じられない点は、聴き手によって好みがかなりわかれるだろう。無伴奏同声合唱の
 ための「ミサ曲第3番」は、ラテン語歌詞による簡潔なアカペラ。作曲者指揮のもと、
 東混の演奏も、まずは安心レヴェルにある。「季節へのまなざし」は、上記の新録音の
 セットからの分売。

 さて一般発売音源は、小曲を除いては上記だけなのだ、目下のところ。
 そこで以下、まずセット物音源を整理しておく。こうしてみると随分あるようだ。これ
らが簡単に求められないのは残念。
○IN TERRA PAX(混声)/八尋和美指揮東混、ピアノ:坂井和子
 ミサ曲第1番(女声のための)、サバンナの風(混声)/大谷研二指揮東混
 IN TERRA PAX(女声)より第2,5/瀧口正彦指揮山形西高校合唱団、ピアノ:佐藤恭子
 「セット講座」第6巻。
○なつかしいうた より6曲/大谷研二指揮東混
 「セット講座」第20巻」に収録。
○やさしさの日/石橋久和指揮女声合唱団フィオーリ、ピアノ:松田美紀
 Elegy(フォーレ名曲集)/片山みゆき指揮女声アンサンブルきらら、ピアノ:斎木ユリ
 あやとりの記(混声版)/樋本英一指揮東混、ピアノ:石井美紀
 「セット21世紀」第7巻。
○夜明け、遠い記憶(いずれも混声三部版)/樋本英一指揮東混、ピアノ:石井美紀
 「セット21世紀」第20巻に収録。
○ミサ曲第3番/桑原妙子指揮マルベリー・クワイア
 たびびとのうた/作曲者指揮小田原少年少女合唱団、ピアノ:安藤友候
 フランチェスコ/作曲者指揮新座少年少女合唱団、ピアノ:田中知子他
 サバンナ、IN TERRA PAX(全曲)/望月秀夫指揮新座少年少女合唱団、ピアノ:田中知子
 外間三千代
 「セットジュニア」第9巻。「たびびとのうた」については、このセットに付属のビデ
 オで映像も見られるようだ。
○砂丘/古橋富士雄指揮東京放送児童合唱団、ピアノ:斎木ユリ
 「セットジュニア」第18巻に収録の、ごく小曲。

 その他、実演や録音で触れた音源について。
 まず「季節へのまなざし」は、実演ではそれこそたくさん触れているが、上記東混盤を
超える感銘を受けたことはない。録音音源では、大阪ハインリッヒ・シュッツ合唱団の演
奏会記録テープを持っている。この合唱団らしく、灼熱という言葉からは遠いものの、正
しい音でやればこのように美しく響くんだという新感覚音源。
 「縄文」は、多分初演だと思うのだが、武蔵野合唱団の録音を聴いたことがある。指揮
は恐らく小林研一郎氏。アンサンブルの細部は合わないが、音楽表現として素晴らしい出
来栄えで、十分満足できるものだった。この他では、こちらも大阪ハインリッヒ・シュッ
ツ合唱団の演奏会記録テープ(2000年7月)を持っている。いかにもここらしいと思うのが
音楽の演奏前に全曲!の歌詞朗読をしている点(当然、かなりの時間をかけて)。そもそ
もこの合唱団の演奏スタイルからは遠い曲だと思うし、意外にアンサンブルがよくない箇
所(テノールが不調)もある。例えば第1曲冒頭の透明感など出色な場面もあるが、全体
的にはさすがに褒められない。同じ「縄文の」男声版は早稲田大学グリークラブの演奏会
記録を聴いた。同じ合唱団で「炎える母」も聴いたことがあるが、いずれも素晴らしい演
奏だった。日本の大学男声合唱団がいつまでもこれくらいの水準を保ってくれるといいの
だが。男声合唱といえば、「ゆうべ、海をみた」の男声版を明治大学グリー、「祈りの炎」
を崇徳高の演奏で、いずれもFM放送で聴いたことがある。
 東混委嘱初演作品でラテン語典礼文により打楽器が付く混声合唱曲「レクィエム」をF
Mで聴いた。僕も若い頃は楽しんだのだが、まあそれほど凄い作品とも思えない。
 縄文シリーズでは、横浜市立大学による「花祭り縄文」の委嘱初演の演奏会(85年12月)
に足を運んだことがある。
 しばしば演奏される「しゅうりりえんえん」は、大久保混声合唱団の定演で全曲を聴い
たことがあるのが、最もきちんとした実演体験。
 混声合唱とピアノのための「鳥の歌」については、その原型となるスペイン民謡編曲集
を、アルベルネ・ユーゲントコールの演奏会での初演で聴いた。
 これもよく演奏会広告でみる「How old am I?」は、東京六大学混声合唱団連盟の合同
演奏を聴いたことがある。作曲者指揮だった。

 なお、季刊「ハーモニー」の2000年1月発行冬号の「新・日本の作曲家シリーズ」の荻
久保特集は、作品表はもちろんのこと、作曲家を知る上で非常に有益な記事だ。これによ
ると、彼は死ぬまでに九曲の交響曲を書きたいのだそうだ。僕は彼の第1番の交響曲はF
M放送で聴いて、それなりに楽しんだ記憶がある。より長生きして、気長に待とう、荻久
保の「第九」。また、「縄文」のシリーズも、早稲田グリーのために書かれた「黙示録・
縄文」をもって完結したとかで、作曲者はこのシリーズが室内オーケストラ伴奏で演奏さ
れるのが夢だという。腰が抜けるような実演を、僕も聴いてみたい。



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