2002年02月20日 東京混声合唱団第183回定期演奏会
会場:カザルスホール
指揮者:沼尻竜典
ピアノ:中嶋香
【演奏曲目】
三善晃:嫁ぐ娘に
猿谷紀郎:火喰鳥
(休憩)
武満徹:風の馬
武満徹:MI・YO・TA(沼尻竜典による混声合唱編曲初演)
三善晃:愛の歌
(アンコール)三善晃:ゴリラのジジ
今日2月20日は、武満徹氏の7回目の命日になる。そうか、もうそんなに経つのか!
ということで今宵の東混定期は、武満追悼の意味合いを含むプログラムになった。僕は極めて満足して家路につくことになったのだが、それは合唱そのものに大満足したというわけではない。一にも二にも、沼尻氏ブラヴォー、というわけ。
沼尻竜典氏は、いうまでもないがオーケストラ指揮者として大活躍中。僕と同年代なので、陰ながら応援しているのだが、彼は合唱にも造詣が深く、合唱曲の出版楽譜があるくらい。その沼尻氏が東混を振るのを見るのは2回目だ。いやしかし、今日の演奏会は、合唱指揮を志す人、全てに沼尻氏の棒を見せたかった。いずれも名曲である「嫁ぐ娘に」と「風の馬」などは、彼の指揮を正面から録画して、全ての合唱指揮者に配ってあげたいくらいだ。もちろん、せいぜい30名強の室内合唱団相手に、指揮棒をぶんぶん振り回すなんて、ナンセンスだという意見もありえよう。そして確かに、沼尻氏の指揮は裏目に出ている点もあったかもしれない。でも、失敗だったならそれはそれでよい。指揮について考える、絶好の教材だろう。とにかく、日本の合唱指揮でほぼ100%無視されている、「棒だけで音楽をわからせる」、そんな棒を今宵は存分に味わえたのだ。指揮を志せば、例えば指揮法の書物を読んだりするが、合唱指揮者に習っても、本に書いているような棒を、先生自身がやることができない。それでは、生徒だって身につく筈がない。今日の僕は、最初から最後まで、沼尻氏の棒が描く音楽曲線に酔い続けた。
「嫁ぐ娘に」は、ソプラノの声質が好みではないので聴いていて辛いものがあったが、しかし、今日の演奏は、音はかなり合っていた。この曲の実演で、このようにちゃんとした音が鳴ることは、なかなかない。少なくとも、僕がこれまでに実演で聴いた「嫁ぐ」の中では、最もまともだ。それが感動に繋がるかといえばそれはまた別。例えば第2曲で、おののき、痛みに耐えながら子供の誕生を待ち、祈る、そんな気持ちは、伝わってこなかった。語感の表現に乏しい、あるいは、言葉の意味が伝わりにくい演奏だったといえようか。ところで僕は、演奏そのものに感動したのではなく、いつも変わらぬ笑顔を僕に見せてくれる、僕には極めて甘えんぼで、小学校入学を控えた娘の、誕生からこれまでの軌跡を振り返り、客席で勝手にウルウルしていた(苦笑)。
猿谷氏の「火喰鳥」(作詞:辻井喬)は、東混の委嘱作でも玄人好みで、成功したものといえるだろう。このように繰り返しとりあげられるのがその証拠だ。
東混の「風の馬」、もう何度、耳にすることだろう。ソプラノが高音でかすれ気味だったことを除いては、耳に滑らかな演奏だった。まあせめてこれくらいの水準で実演が聴ければ、会場に足を運ぶ価値があるというもの。今宵の白眉はこの後。小曲「MI・YO・TA」は、何でも、黛敏郎氏が映画音楽の仕事をした時にアシスタントだった武満氏の作った旋律で、それを黛氏が覚えていたのだという。武満の死後、葬儀の際に、谷川俊太郎氏がメロディーにことばをつけて、黛氏が歌って捧げたという。この歌曲自体は、これまでにもCDが出たし、出版譜もある。それを沼尻氏が無伴奏混声合唱用に編曲した版の初演だったが、これは、沼尻氏のもとに、全国の合唱団から演奏希望が殺到してしかるべきだ。僕でも採譜できる程度の、極めて単純な編曲だったが、メロディーラインの良さを十分に生かしていた。もし楽譜が出版されるなどで流通するようになれば、武満「うた」を演奏する合唱団は、その中にいれこんだり、アンコールとして、この「MI・YO・TA」を歌うようになるだろう。東混は、このように単純な合唱曲に対する相性が非常によい。日本の世界に誇るアマチュア合唱は、複雑な現代音楽は驚異的に素晴らしく演奏できるが、ひとたびこのような、単純な和音を鳴らし続ける曲の演奏となると、東混との差は埋めがたい。
最後の「愛の歌」と、アンコールの「ゴジラのジジ」は、ちょっと粗い演奏に終わってしまったように思う。しかし僕は、「ゴリラのジジ」における沼尻氏の棒の中だけに、この曲の演奏の一つの理想像を見た。
(トップページへ) (「コンサートレポート」の目次へ)