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岡田真次


 二〇世紀文化保存博物館の入口の自動ドアを抜けると、ロビーはとてもしんとしていた。高い天井の上でゆっくり回転するプロペラが、 微かな風をつくりだし、止まってしまいそうな時の流れをかろうじて動かしていた。

 わたしはその日、ある女性に会いに来た。年齢不詳、顔も知らなければ、声も聞いたことがない。ここに勤務している「ニーナ」という名前の女性、ということだけがわたしの知る情報のすべてだ。古い映画館を経営して いた伯父の遺品を届けるために、わたしはここに来た。

 金曜日の午後の博物館には、客はわたしただひとリのようだった。カウンターに近づくと、モニタースクリーンのスイッチが自動的にONし、画面がさざなみ、鏡の国に若い女の子がひとり写しだされた。彼女はショート カットの髪にヘアバンドをつけ、水色のセーターを着て、緊張ぎみに微笑んでいた。

「二〇世紀文化保存博物館にようこそ」と彼女は言った。
「シティにはさまざまな博物館がありますが、その中でもここはいちばん小さな施設です」
わたしはもう一度ロビーをぐるりと見渡した。天井の高さだけが自慢の小さなホテルのロビーのようだった。

「でも、ここには二〇世紀にまつわる様々な種類の資料が収集されているんですよ。そう、あなたがこんなものまであるのか、とびっくりするようなものまで地道に収集し、きちんと分類、整理し、そのごく一部を展示して いるのです」

 彼女は二十歳前後で、それほど目立って美人というほどではなかった。服装や髪型は流行とはほど遠かったが、それでも素敵な人だった。それは彼女の柔らかい声と喋り方のせいだった。いったん彼女が喋りはじめると、彼女とどかかで出会ったことがあるような気持ちになった。ネプチューン座で昔見た映画の女優が喋っているような、ナチュラルな二〇世紀の日本語だ、とわたしはヒギンズ 博士のように分析した。

「これはミカン箱で水槽を、青色のセロファンで水中を表現した、一九六〇年代後半の少年少女がいっせいに作った水族館です」
 上の糸を引っ張ると中の魚が上下に動くのです、とわたしは彼女の口調で言った。そんなことはないはずなのだが、彼女が微かに笑った気がした。その時わたしは、彼女がニーナだといいなと思った。彼女のことは何も知らないけれど、彼女を見ているとすごくほっとした。
「それからバリエーションを変えて宇宙ステーションというのもありました」と彼女は語った。そこから画面は映像に切り替わり、九つの展示室の特徴がそれぞれ手際よく紹介されていった。

ふたたび画面に彼女が現れた。彼女は先程より少し疲れているように思えた。
「もうお気付きのことと思いますが、この博物館では管理はすべてロボットにより自動化されており、無人で行われています。ですから行き届かないところがあるかもしれませんが、どうぞごゆっくりお楽しみください。ご案内は学芸員のニーナでした」
 そして彼女の姿は画面とともに霧の中にフェイドアウトし、スイッチが切れた。だが、どうすれば実際に彼女に会えるのか、わたしにはわかっていた。

 もう一度わたしは、カウンターに近づいた。モニタースクリーンのスイッチが自動的にONし、ふたたび緊張ぎみに微笑む彼女が登場した。

「二〇世紀文化保存博物館にようこそ」わたしは彼女よりも先に言った。「きみに渡したいものがある」
 彼女は肩をすくめると「この仕掛けを見破ったのはあなたで二人目よ」と言った。そしてカウンターの奥のドアから思っていたよりも華奢なほんものの彼女が現れた。

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