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岡田真次


 約束の日の朝早く、小さな地震があった。ほとんどの人はぐっすり眠っていて、誰かに知らされるまで気が付かないくらいのものだった。

 始発から電車は止まったままだった。
 どこかの海底が震源で津波の心配はなく、鉄道をはじめとした交通はすこし乱れそうだが、日曜日なので混乱は少ないでしょう、とラジオニュースは伝えていた。

 その日彼は、友人の手配でダブルデートすることになっていた。友人とガールフレンドが一緒にこの駅に来てから、彼は相手の女の子を紹介される予定だった。
 その娘もこの駅のどこかで待っているはずだった。混乱の少ないはずの駅の構内は、行き場のない人々であふれ、公衆電話の前に長い列ができていた。その列に彼も加わってみたが、友人とは連絡がとれなかった。
 一時間待っても電車は動かず、駅のアナウンスは、線路の安全点検のためしばらく待ってほしいと、同じ言葉を繰り返した。

 待つ間彼は、相手の女の子のことを思い描いてみた。そして、何とか捜し出せないものかと考えた。
 直感だけが頼りだ。
 
 向かいのベンチに座っている赤いカーディガンの女の子。白く柔らかそうな肌で、ショートカットの髪にヘアバンドをつけ額をだしている。その娘が笑うと、まわりの人達は思わず微笑んでしまう。
 この娘なんかいいな、と思ったとき、彼女はこちらを見てにっこりと微笑んで立ち上がる。しかし、次の瞬間、彼の背後から現れた男があっという間に連れ去ってしまった。
 彼は苦笑し、もう少し意識を集中し、何人もの女の子の観察を続けた。

 勘を研ぎ澄ますために彼は、ちょっとしたゲームを思いついた。友人が現れるまでに、ある娘を選び出し、声を掛ける。
 ただし、チャンスは一度だけだ。もしもその娘が彼の捜す女性だったら、どんなに素敵なことだろう、ひょっとすると、それは運命の女性との出会いなのかもしれない、と彼は思った。

 時とともに、彼の感性は鋭くなっていくようだった。そして彼の脳裏で、ひとつの物語がかたちをなしはじめていた。
 彼にとっては、もはや偶然の出来事はどこにも存在しなかった。今ここにこうしていること自体、動かしがたい必然的な力が自分を支配しはじめている、という考えが次第に彼の心を捉えていった。

 突然鳴り響くベルの音が、もうすぐゲームの制限時間が来ることを知らせた。そして彼は改札口へと歩きだした。

 そこで彼はやっと、その娘に気づいた。
 水色のセーターを着て、トートバッグを腕にかけた娘が、迷子になった子猫のように心配そうに遠くを見ている。彼女の姿を目にした瞬間、彼は迷わずこのひとにしようと決めた。

 娘の横に立ち、えへんと咳払いすると、とんとんと肩を叩いた。彼女は飛び上がりそうになった。
「あの、こんにちは」
 彼女は曖昧に頷いた。彼が友人の名前を言うと、彼女はにっこりと微笑んだ。
「はじめまして」
だれをも微笑ませるほどではなかったが、彼ひとりを幸せにするには、それで十分だった。
「もう会えないかと思った」と彼は言った。
「どうしてすぐ、私だとわかったのかしら?」と彼女が訊ねた。
「よくわからないな」と彼は言った。「ただ君に会えてこんなにほっとするとは思わなかった」
「なあに、それ?」
「なんでもないよ」と彼は言った。

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