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岡田真次
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「やあ、本日の上映作品は何だね?」 入口の両開きのドアが勢いよく押し開けられ、ちょっと気取った、調子はずれの甲高い声が狭いロビーに響き渡った。切符売り場に座ったオーナーの孫娘が顔を上げると、サルがチューインガムを噛みながらニヤニヤしていた。久しぶりに来た客がサルとは厄介なことになったと彼女は思った。いつもは祖父とふたりでやる仕事を、今日にかぎってすべて彼女ひとりでまかされていた。いくら少ない客を相手にするだけだといっても、受付から映写機の操作、売店などの仕事は、切り盛りするだけで精一杯だった。サルなんかに神経を使いながら映写機をまわすことなんて、どうしても気が進まないのだった。 それは、これまで彼らとほとんどつきあいがなかったせいでもあった。彼女は学校を卒業して以来約三年間映画館の手伝いをしてきたが、サルがやってきたのは今日がはじめてのことだった。上映リストにある映画もほとんどが二十世紀に制作されたものなので、客は七十歳以上の高齢者ばかりだったのだ。サルをはじめ、ほとんどの人は新しい映画館で新作の映画をみる。 彼女には、これから何か厄介なことが起こるような気がした。彼らはだいたい理屈っぽくて、マナーなどまったくなっていない感じだし、彼女にとって正直わけがわからない存在だった。 今日は、映写技師が故障した部品の調達のために出かけている。私ひとりでは十分な上映ができないから、また出直してもらえないか、とか何とか言って断ってしまおう、と彼女は思った。嘘をつききれるかどうか検討していて、思い留まった。サルが財布の中をのぞき込んで、一枚一枚コインを手のひらに載せ、一生懸命入館料を数えている。 「今日はお客さんが少ないみたいだから、好きな映画を選んでいいですよ」彼女は上映リストを掲載したピンクのファイルをサルに手渡し、いつものようないかにも受付嬢的な微笑みをうかべた。 さんざん迷ったあげく、サルが上映リストから選んだのは「プリティ・ウーマン」だった。 「オレ、ジュリア・ロバーツのファンなんだ」サルは風にさらされて日焼けした顔をはずかしそうに赤らめ、頭を掻きながら言った。 「そうなの、彼女のファンって意外と多いのね。私もそう」 「往年の名女優、ジュリア・ロバーツ」サルは腕を組み、顎をなでた。「何か企むときにするわずかに唇を尖らせたいたずらっぽい顔、当惑しため息をつくときの心配げな顔、ピンチを切り抜けたときに見せるほっとした笑顔、恋に落ちたときのときめきに華やいだ顔、彼女は演技のひきだしにいくつくらい表情の種類を準備しているのだろう。オレの手帳には今のところまだ二十七しかチェックがないんだ。残念なことに、映画が終わるまで数え続けられたことがない。ついついストーリーに惹きこまれてちまって、いつもその仕事を忘れてしまう」 「へえ、そんなに好きなんだ」 「そう。実をいうと、ずっと秘密にしてたんだ。姉さんに打ち明けたのがはじめて。だども、あんたに何かを期待してるわけじゃねえから安心するだ。まあ、どうせ誰もわかってくれねえし。オレって、変わっているよね」 「そうでもないわ。大切な秘密を教えてくれてありがとう」 「へへへ、姉さんがあんまり聞き上手なんで、オレ、ついはずかしいこと話しちまったようだな」サルは手のひらで鼻をすすると、こげ茶の皮ジャケットを肩にかついだ。「見るのがとっても楽しみだ」 映写室の小窓からは客席の様子を見ることができる。縦横十列並んだワインカラーの座席のちょうど真ん中の通路に面した席に、サルは神妙に座っている。ほかに客はいない。彼はまわりを見回すわけでもなく、もちろん椅子の上で飛び跳ねたり、ステージのスクリーンをさわりに行ったりもしていない。背筋をぴんと伸ばして、じっと前方を向いている。彼女はほっとして、上映を知らせるブザーを鳴らし、客電をフェイドアウトした。館内は束の間闇に包まれ、間もなくスクリーンに映像が映し出された。 |
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