1




岡田真次


「ポップコーンにアイスクリームはいかがですか?」彼女はあたかもサルのほかに客がいるかのように売り歩く。これもまた祖父のつくった決まりのひとつだ。ひとりしか客がいないことは、誰にだってわかりきっているのだから、すぐに彼の側に行って注文を取ったほうが、わざとらしくなくてよさそうなものだと思うのだが、どうしても祖父にはこだわりがあるのだ。それがひとりの客だったとしても、華やかな劇場の雰囲気を味わってもらうために、我々はいつも同じ態度で接する、そういう精神こそがここのむかしから変わらぬスタイルだ、というのだ。祖父は、制服と同じように、昔からやっている様式を頑として変えようとしない。「ワンパターン」が信念なのだ。彼女が口をはさむ余地などどこにもない。

「ポップコーンにアイスクリームはいかがですか?」

 サルの横を通り過ぎたところで、彼はパチンと指を鳴らした。すっかりリチャード・ギア気取りだ。

「シャンパンはないのかね」

 そらきたわ、と彼女は思った。バスケットの中に白く細い手を差し込み、手品師のようにするりとシャンパンの瓶を取り出した。ソムリエのように手際よく、いい音をたてて栓を抜き、磨き上げて曇りひとつないグラスをサルに渡した。

 彼女の期待に反して、サルはちっとも驚く様子はない。すました顔をして注がれるシャンパンの泡をじっと見ている。それからゆっくりとグラスを目の高さに掲げ、照明でシャンパンを透かし、彼女に向かって乾杯のしぐさをした。そこで、サルは確かに何か言おうとしたのだが、思い直して一口すすり、うんうんとうなずくと、ふっきるように勢いよくグラスを空けた。

 彼女は、サルが映画の有名なせりふを言おうとしたのではないかと思った。
「ハンフリー・ボガードみたい」と彼女は言ってみた。

「わかるかい」サルは得意になって椅子にのけぞり、右腕を椅子の背にまわして足を組んだ。「さすがだね、だてに毎日映画を見ているわけじゃない」

「あなたも古い映画のことが詳しいみたいね」

「ああ、博物館のビデオブースでテープがすり切れるくらい見たからね」

「博物館って、二〇世紀文化保存博物館のこと?」

「そう。あっちでも最近まで映画をこんなふうにやってたらしけど、今じゃめったにやらなくなったね。公共施設の無人化政策とかなんとかで、すべてが自動化されて職員がほとんどいなくなっちまったんだ。暖かみなんてあったもんじゃない。その点ここはいい。それにこうしてスクリーンで映画見ると、やはり味わいがあるものだね。むかしの人たちも同じ映画をこのようにして見ていたのかなんて想像すると、なんだか脳の遺伝子に埋め込まれた先祖の古い記憶が、蘇ってくるような錯覚さえ覚えるよ。ここで見る映画はまちがいなく本物だ」

「そうなのね。今までどこでそんな古い映画のことを勉強したのか、不思議だったの。あなたの謎がひとつ解けたわ」

「そうさ、オレは謎の多い男だ」サルは次第にシャンパンのアルコールがまわってきたのか、頬を紅潮させ、ますます饒舌になっていった。