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岡田真次


 「そうさ、オレは謎の多い男だ」サルは次第にシャンパンのアルコールがまわってきたのか、頬を紅潮させ、ますます饒舌になっていった。「ここにこうしてやってきたのも、元はといえば、今日、博物館で会ったじいさんのせいなんだ。オレが映画史コーナーの自動検索装置の前で、使い方がわからなくて困っていると、何が知りたいのじゃと声をかけてきたんだ。で、オレ正直に使い方がわからないと言ったんだ。そしたら、じいさんはそうじゃなくて、どんな映画を探しているのかと訊くんだ。なまいきなじいさんだと思って、殴ってやろうとしたんだけど、そうしたところでオレの悩みは解決しそうもないから、感情が昂ぶるのをぐっとこらえて、相談に乗ってもらうことにしたんだ。実はこのまえから、頭の中で同じメロディがぐるぐるぐるぐる回っているんだけど、どうしてもその曲が何なのか思い出せない。映画の中で流れていたというところまで思い出したんだけど、そこからがだめなんだ。いいとこまで思い出せそうになるんだけど、結局どうしてもだめで、気持ちわるくなってくるわ、夜も眠れなくなるわで、困ってるんだ」

 サルはハイトーンのハスキー・ヴォイスで調子っぱずれのメロディを口ずさんだ。

 彼女には何の曲なのかさっぱりわからなくて、黙って話の続きがはじまるのを待った。

「じいさんは、長いこと天井のほうを睨んでいたが、膝をうつと、わかったと大声を出した」サルはしばらくの間、何も言わず彼女をじっと見つめた。

「何だったの?」

 サルは答えるかわりに、もう一度調子のはずれた音程でメロディを口ずさみ「オメもオレと同じように、これから毎晩眠れなくなるだ」と嬉しそうにいった。

「そうそう、元はといえばここにやって来たのもじいさんのさしがねだ。映画には見るにふさわしい場所があるのじゃ、特にはじめての映画を見るときには、そのことは忘れてはいかん、なんて言っていたな。で、ここに来ると、かわいい娘がひとりで淋しく受付に座っておるはずじゃ、その子に見たい映画を告げなさい、と言うと、わしはまだ調べておきたいことがあるからなんて謎めいたことを言った。で、それは何だと聞くと、わざとらしく咳こんでごまかすんだ」

 話の途中で彼女はそれが祖父だと気づいたが、サルには黙っておくことにした。変な音程の曲の謎もじきに解ける。

「オレ、今日は頭がすっきりしていい気分だ。姉さん、ついでだが、なにかデザートはないかね?」サルは酔いがすっかりまわったらしく、今では真っ赤な顔をしていた。目尻に急に下品さを漂わせ、白い歯を剥いて声をたてずに笑った。彼の態度の豹変に、彼女はすこしだけ怖くなってきた。一歩後ずさりし、襟元のあたりを手のひらで押さえた。

「そうだ、オレにいちばんふさわしいデザートは何だろう? 遠慮せず言ってみなよ」サルは完全に目が据わっていて、視線を彼女の足先からゆっくり上げ、彼女の瞳をじっとのぞきこんだ。

「さあ、きっとすごくすてきなものでしょうね」彼女はくすくす笑おうとするのだが、うまくいかない。

「すてきなバナナだ、と考えているね?」とサルは彼女の心を見透かすような目をして言った。

「オマエたちの想像力はどうせそのくらいのもんなのさ。ははぁ、はじめからオメ、オレのこと笑いものにしようと企んでたんだな。こんな目に会おうとは夢にも思わなかったよ。だから、こんなところになんか来なきゃよかったんだ。信じて来たオレがお目でたいのさ」

「ちがうのよ」

「うるさい。頼まれても、二度とこんなところ来てやるものか。ああ、もうごめんだ。いつだってこうだ。同じことの繰り返しだ。持ち上げておいて、最後にはしごをはずすんだ。オメ、オレらをバカにするのがそんなに面白いのか。オレは学がねえからうまく説明できないが、そういうことは、人として最低のことだ」

「だから、ちがうのよ」

「ああそうか、自分の間違いに気がついたようだな。謝るというのなら、オメのことだけは、許してやる。だども、時代が変わっても、基本的にオマエたちの意識は変わっちゃいない。そのことに気づかないのが一番の罪なんだ。これだけはよく覚えておくだ。わかったか」サルはえらそうに言うと、彼女のバスケットをひったくった。

「きっと、この中にバナナを潜ませているに違いない」赤い目をして、ニヤリと顔の横で笑うと、バスケットの中に手をつっこんだ。