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岡田真次


 冬休みがはじまる日、夜明け前に雨は静かに降り始めた。ぼくは目覚めると、明るい光につつまれた一面の銀世界になっていることを期待していたので、ひどくがっかりした。昨日の天気予報では、白い一日になるはずだったのだ。

 その日ぼくは、置き忘れた野球帽を取りに、森に出かけなくてはならなかった。だから、カーテンを開いたときに、この雨は何かの悪い知らせではないか、とつい考えてしまった。いつもならこんな日は、湯気をたてるやかんのかかったストーブの前に座り、熱いココアを飲みながら、曇った窓の外のクスノキをときどき眺めて、「タイムマシン」か「魔術師のおい」でも読んでいるはずだった。だけどいつまでもその帽子を、雨の中に置き去りにしておくことはできなかった。それは、ぼくにとって特別に大切なものだったからだ。

 それは、昨年のクリスマスの朝、リビングルームのツリーの下に届いていた。赤いビニールの袋についた宛名は、ぼくの名前になっていた。袋の中身は、Pと文字を刺繍した鮮やかな緑色の野球帽だった。クリスマスの朝、冷気に覆われた部屋の中でその帽子をかぶると、ちがう自分になったような気がした。

 クリスマスが近づくと、ぼくは決まって森に出かけた。クリスマスリースのための材料を探すためだ。サンタクロースがプレゼントを届けるとき、それはなくてはならないものだ、と両親はぼくに教えた。十字架のない家には、サンタクロースにわかるように、何か印がいるのだと。今はさすがに、サンタクロースが現実にいるなんて信じてはいなかったけれど、それでもぼくは森で集めたつるを丸く巻き、赤い木の実やもみの葉を飾りつけながら、えらい魔法使いが呪文を唱えるように、願いを口の中で何回も唱えた。

 願いを唱えるといっても、野球帽をプレゼントにお願いしたわけではなかった。もちろんプレゼントにはなにがしかの品物が届くのだが、クリスマスには、サッカーゲームとかウォークマンといったようなものを願ったりすることはなかった。神様にどこかの店で売っている品物をほしいと願うこと自体、どこかおかしい、というわけだ。だからぼくのこれまでの願いごとは、野球がうまくなれるようにとか、背がもっと伸びるようにとかいったことだった。

 おとなになるまでぼくをお守りください

 それが、クリスマスの魔法をまだ信じていたその年、ぼくが願ったことだった。そういうわけで、届いたその帽子には、何か不思議な力が宿っているような気がした。だから、キャンプや遠足といった特別な外出の日、ぼくは必ずその野球帽を被ることにしていた。単純に、縁起を担いでいたのだ。