2




岡田真次


「ねえ、だいじょうぶ?」
闇の中から現れたのは、妖精のように美しい少女だった。彼女はシルバーホワイトの柔らなそうなコートのポケットに手を入れ立っていた。どこかで会ったことがあるような気がしたが、うまく思い出せなかった。彼女の姿は、ぼくが油断して目を離した隙にすっと消えてしまいそうなくらい、はかなく見えた。

「痛くされなかった?」彼女はいとも簡単に縄を解いて、ぼくの手首を優しくなでてくれた。彼女の細く白い指は氷のように冷たく、長い髪は、十二月の雨の匂いがした。

 ありがとう、とぼくが言うと、彼女はほんの少しだけ微笑んだ。彼女の笑顔は、ぼくの胸をしめつけるように痛くした。
「あの男は誰なんだろう?」ぼやぼやしていると男が帰ってきて、また捕まってしまうのではないかと思って、ぼくは闇の中を見回した。

 彼女は首を横に振ると、言った。「男のことは大丈夫。しばらくは戻ってこない」
 男は何かに操られて、ぼくを捕まえているのだろう、と彼女は言った。それがどういうことなのか考えようとしたが、ぼくの頭は混乱していて、それについて深く考えることができなかった。

「きみはどこから来たの?」
「森の向こう側」彼女はそう言い、北の方角を向くと、大きな瞳を細めた。「ひとりで暮らしているの」
 ぼくは彼女の家族のことを思い、ぼくの父さんや母さんのことを考えた。ふたりの心配そうな顔が目に浮かんだ。いまごろ、ぼくが行きそうな場所を、手当たり次第探しているだろう、と思った。

「家族はいないの?」ぼくは訊ねた。
「そうね」彼女はじっとぼくを見つめ、静かにため息をついた。「いないわ。生まれたときから、わたしに家族はいないの。でもね、わたしにとっては、それが当たり前のことなのよ」

「ふうん」彼女のような暮らしをする人がほんとうにいることを、ぼくははじめて知った。彼女のことを少しかわいそうに思った。「淋しくない?」
「淋しい?」彼女は不思議そうな顔をした。「わたしはひとりでいることのほうが自然なことなの。だからこれまで、わたしはそういうことを意識して感じたことはないわ」

 彼女はコートのポケットの中に手を入れると、小石のようなものを取り出した。彼女の指先で、それは淡く青い光を放っていた。
「あなたは、今よりもっと強くなれるわ」彼女はにっこりして、それを差し出した。

 それは、指輪の先についた宝石くらい小さく、ぼくの掌をほのかに青く染めた。
「これをあげる。一息で飲み込みなさい。そうしたら、何ものも、あなたの心を惑わせることはなくなる。もう、誰かに見守ってもらわなくても不安ではなくなるわ。さあ、これを飲み込んで、見えない怖れや哀しみの感情をすっきりと消してしまいなさい。いつかは、誰もがひとりにならなくてはならないの」 

 ぼくは石をじっと見つめた。その青い光は、限りなくどこまでも澄んだ湖のことを思わせた。湖の水はあまりにも純粋すぎて、魚は住むことができない。小鳥がやって来てさえずることもない。ときおり音もなく風がわたり、命のない湖に小さな波をたてるだけだ。それを飲んでしまったら、とりかえしがつかないことになるような気がした。

 彼女はじっとぼくの様子を見ていた。