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岡田真次


ぼくは、森の入り口のエノキの木に腰掛けて眠っていたのだった。雨も雪もやみ、カマの刃のような三日月が雲の間からのぞいていた。

 そこからは、父さんがぼくを背負った。ほんとうに久しぶりのことだった。そうされていると、ぼくは急に小さな子どもに戻ってしまったようで、何だか居心地が悪かった。ゆっくりと揺れる背中に頭をあずけて、目を閉じた。そして、この森のどこかで、ひとりでいる男のことを思った。いつまでもじっと焚き火の炎を見つめ、何かを考えている男の姿が残像のように浮かび、いつのまにか夢の中へ消えていった。
 
 翌日から年末まで、ぼくはベッドの上で過ごすことになった。クリスマスの願いごともなければ、プレゼントもなしだった。医者はまる一日森の中で倒れていて、よくこのくらいの軽い肺炎ですんだものだ、と驚いていた。新しい年がくれば、きっといいことがあるわよ、と母さんは言った。


 新年を迎えた朝、ぼくはやっと起きあがることができた。森で起きたことを思い出そうとしたが、すべてが夢の中の出来事のような気がした。男のことも、美しい少女のことも、焚き火の炎や青く光る石も、あやふやで不確かだった。それは、思い出そうとすればするほど、遠くかすみ、十二月の霧雨の彼方にあった。

 ぼくは洋服だんすの扉を開き、フィールドコートを取り出した。ポケットの底に、その小石はあった。あの夜のことは現実の出来事だったのだ。掌の上でそれは、骨のように白く、軽かった。しばらくその石をじっと見つめた。しかし、あの夜の実感は伝わってくることはなかった。

 ぼくは、熱にうなされているあいだずっと枕元にあった野球帽をかぶった。そこからもまた、これまでのような不思議な力を感じることはできなかった。帽子にかけられたクリスマスの魔法が、もうすっかり衰えてしまったような感じだった。鮮やかだった緑色は、陽にさらされて色褪せていた。地球は太陽のまわりをひとめぐりし、ぼくもひとつ歳をとったのだ。

 帽子を壁のフックに掛け、パジャマを脱ぎ、下着を着替えた。ジーパンをはき、新しいシャツに袖を通すと、さっぱりとした気持ちになった。部屋のカーテンを開き、窓を開け放った。空気は冷たく心地よかった。新しい年の新しい太陽の光が、世界に満ちあふれていた。

 そのときぼくは、自分でもまだ知らない力が新しい一日のはじまりとともに、体の中のどこからともなく沸き上がってくるような気がした。ぼくは、今よりもっと強くなろうと思った。哀しさや怖さがあったとしても、これからは自分で乗り越えなくてはいけないのだ。そしていつか、ひとりで生きていく日が来るにしても、ぼくはいつも笑っていられたらいいな、と思った。これからもずっと、誰かといっしょに、楽しみや喜びをいつも感じて生きていくのだ。

 クスノキから、小鳥のさえずりが聞こえた。しばらく見ていると、どこからともなく緑色の小鳥が何羽もやって来て、無数に繁る葉の中へ入っていった。その木はとてもにぎやかになった。

 もう一度小石を掌でころがしてみた。ぼくはそれをクスノキの根元に埋めるために、部屋を出た。