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岡田真次


 真夜中の道をガンガン音楽をかけて走ってたら、いつの間にか、ベイシティのはずれの立入禁止区域まで来ていたの。そこで起きた不思議な話を聞いてください。

 車から降りて、柵の向こう側に広がるシティの外側をのぞくと、草原がしばらく続き、三日月の淡い光に照らされて森を写した湖が、そこにありました。柵に標識が取り付けられ、こう書いてありました。

第1級危険区域 立入厳禁

 湖の向こう側は、「死の大地」と呼ばれています。過去の環境汚染により極度に酸性化された土壌は、湖沼と森林の生物をほとんど死滅させたのです。うわさでは、地面から立ちのぼる蒸気にあたるだけで、皮膚がぺろりと剥がれるとか、闇の生き物が支配していて、捕らえられたらまず命はないとか言われていて、怖くて誰も近づこうとはしません。

 でも、私はそこに立つと不思議なくらい気持ちの安らぎを感じ、自然に湖の方に足を踏み出していました。草原をわたってくる夜風は、遠い記憶を思いださせるような、どこかなつかしい匂いがしました。

「やあ、よく来たね」突然、暗闇から声がしたので、びっくりして私は後ろ向きに座り込んでしまいました。
「ああ、驚かなくてもいい。オイラは怪しいもんじゃねえ」

 でも、その男は十分怪しい格好でした。夜とはいえ、真夏の暑さの中、長袖シャツに軍手をはめ、サングラスに、つばのほころびた野球帽をかぶっているのです。

「いいから、オラのあとをついて来い」男はさっさと湖へ続くなだらかな坂道を歩きだしました。
「乗るだ」岸辺には二人乗りのカヌーがありました。二〇世紀文化保存博物館の映像ではなく、実際の湖やカヌーを見るのは初めてでした。私は怖さを忘れて、好奇心で一杯でした。すべての虫が絶滅しているシティでは、自然のままの草原を見ることさえできないのですから。

 カヌーは湖の水面を滑るように進みます。男が漕ぐオールと水しぶきの音だけが、静寂の世界に響きました。ときおり、湖の上を青い魚が跳ねます。男は漕ぐ手を止めて、方角を確認するかのように空を見上げました。白みはじめた空には、サソリ座が輝いています。

「あの、これからどこに行くんですか?」私はちょっと心配になって聞いてみました。「それと、ここはどこで、あなたはいったい誰なんですか?」

「ここはオイラたちにとって、とても神聖な場所だが、オメらには癒しの場だったはずだ」男は私を見て、疲れたような微笑を見せました。「だが、ある日から誰も来なくなった。御主人様はその方がいいと言いなさるし、オラだって最初は、へんな奴をおっぱらう手間がはぶけてせいせいしてただよ。ところが、いなくなったのはオメらばかりじゃなかった。虫も魚も鳥も一匹残らずどこかに行っちまった。オラひとりここに残されて、みんなが戻ってくるのをずっと待ってた」

「ひとりきりで、淋しかったでしょう」私は言いました。
「ああ、でも、これからみんな戻ってくる」男ははじめて嬉しそうな顔をしました。「だから今日は特別、オメにいいものを見せてやる。で、ここまで漕ぎだしたんだ」

 湖の真ん中あたりで、男は舳先をもと来た方角に回転させました。目が痛いほど空気は澄み渡り、小鳥のさえずりも聞こえてきました。

 そのときです、一瞬空がまたたき、森と湖が緑色に輝きました。夜明けです。時が止まってしまったようでした。私は体じゅうから何かがすうっと抜けていくような気がしました。

 湖の岸辺で私たちは別れました。
「また来てもいいかしら?」と私は訊ねてみました。

 答えるかわりに、男はかるくうなずきました。そして、さよならと言い、帽子をすこし持ち上げました。枯れ草色の髪の間から小さな角のようなものが覗いていました。

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