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七月の暑い夕暮れ、その男がやってきた。僕は、湖の見えるキャンプ場で、トマトとベーコンのサンドウィッチを噛っていた。遠くの森の
どこかで、カッコウが鳴いていた。
「こうして湖を見下ろしていると、何だか哀しくなってくるだ。森があんなに遠くにいった」と彼は独り言のように言った。つばの破れかけた麦藁帽子をかぶり、
薄汚れた長袖の作業服に軍手をはめ、左手にはカマの 三日月形の鋭い刃がにぶく光っている。 夏だというのに、そんな格好でよく暑くないと思うのだが、彼は涼しげな様子で、レイバンのサングラスをかけ直した。
「昔はここらへんも静かだっただよ。今じゃ、都会のもんが、アウトドアとかいって、週末になれば、車ん乗って家族でやって来る、最近じゃ、オメらみてえに
休みでもねえのにこの始末だわ。 オラの若いころ、このへんには、キツネとタヌキしかいなかっただよ。 めったに人間に出会うってことはなかった。神様が、
動物と人間の棲む世界を別けておられただ」と彼は言 うと、ちんと手鼻をかんだ。
おそろしく青い鼻汁が飛んで来て、僕があわててよけると、彼はふんと鼻で笑った。
「オラが頭にくるのは、オメらが自分で何やってんだかわかんねえくせに、カッコばっかしつけてることだ」
「はあ」と僕は言い、ためしにサンドウィッチをすすめてみた。
彼は軍手のまま、皿からひとつつまむと、一口でほおばり、ゆっくりと噛んでから飲み込んだ。
「こりゃ、ブタの肉の味が少しするだな」と言い、残りのサンド ウィッチも全部平らげてしまった。 彼はまだ食い足りないかのように、あたりを見回していたので、僕はクーラーボックスからよく冷えた缶ビールを二缶出してきて、彼に一缶手渡した。
僕がプルトップを引き、ひと口飲むと、彼も軍手の上から器用に栓を空け、グイと飲んだ。そして、満足そうにうなずいて僕を見ると、
急に思い立ったように、背中のずだ袋から、新聞紙に 包んだものを差し出した。
「オメは今日、運がいいだ。ひとりで食っちまおうと 思っただが、いっしょに食うべ。これは、オラの働きがいいってんで、特別いただいたもんだ」と彼は得意そうに言った。
新聞紙の中身は、乾し肉の塊で、まっ黒い肉の表面に塩の結晶がところどころにあった。僕はその半分ほどをナイフで薄く切り、皿の上に並べた。彼は肉の厚さが気に食わないのか、不服そうに二、三枚つまんで口に放り込んだ。
そして、ビールを一口飲むと、左手のカマの刃を宙にかざして嬉しそうに眺めた。
僕も彼の流儀にならって、二枚つまみ、口に放うり 込むようにして食べた。その肉は、今まで僕が食べたことのある乾し肉と比べ、はるかに弾力があり、ジューシーでしかも柔らかかった。
牛肉独特のうまさだ。 ぼくがそう言うと、彼は嬉しそうにうんうんと頷き、「オメはいい奴かもしんねえ。だが、油断してるわけじゃねえってことは忘れてるでねえぞ。ここは、オラたちにとって、とても神聖な場所なんだ」と言った。
それから僕たちは、残りの干し肉と、ビールを交換した。これはおまけだと、僕はメッツの野球帽を彼に被らせた。彼のレイバンにはくたびれた麦藁帽子よりも、こっちのほうが似合うと思ったからだ。
また来いよ、と彼は言った。 その日以来、いちども彼に会っていない。もしかしたら、ファッショナブルな姿に変身している彼に、僕は気がつかないだけかもしれない。 |