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学生食堂の窓の外には、コスモスが初秋の風に吹かれて揺れていた。その細い枝は淡い桜色や紅色の花をつけ、無数の花びらは点描画のようになって坂の下まで細長く群生し、小さな池にぶつかったところでちょっとした花畑を作っていた。池のそばの木陰のベンチでは、女子学生がふたり謎めいた言葉を語り続けていた。蝉の鳴き声に混じって、遠くクラブハウスからロックバンドの練習する音が聞こえた。時間が止まってしまった幻影の世界にいるような、1970年代末の夏の終わり。
白いテーブルには、六桁の数字が記されたペーパーナプキンがのっている。
「やっとのことで、突き止めたよ。少々のお礼じゃ、こいつは渡せないね」
すらりと細い指が紙を摘まむより一瞬早く、ぼくはその紙をかすめ取った。
少しふくれて彼女はぼくを見返した。
「それほど、あいつに熱をあげてるとは知らなかった」
「そうだった?」彼女の瞳は太陽のように輝いている。
「彼って、ああ見えてけっこう歳とってるんだね」
「何よそれ」
「この数字がさ、生年月日にしては歳がいってるなって」ぼくははじめの二桁の数字を独り言のようにぶつぶつ言う。昭和21年。
「ねえ、どうでもいいけど、そろそろ渡してよ」
ぼくは彼女に、彼女が今いちばん知りたかった謎の番号、そして同時にぼくが彼女にいちばん教えたくない情報を教えた。その番号があれば、彼の家の電話がりんりんりんと鳴って、いつでも彼女のすきなときに、すきなだけ彼と話ができる。
「いまのところ、あいつに彼女はいないそうだ」
「そうなの」彼女は言い、それから? と瞳が催促する。
「食堂で見かけたことがあるそうだ」
「まあ」
「五月の風のように素敵なひとだよ、って言っておいた」
「そう」彼女はぼくのためにほんの少し微笑んだ。素敵な笑顔だった。
「これはぼくだけ知っている秘密だけど、ほんとは彼女、雪女なんだ、って言ってみた」
「それで」
「伝えてほしいそうだ。彼も実は狼男なんだって」
「いろいろ、ありがとう」
「どういたしまして」とぼくは言って立ち上がる。
自分が伝書鳩になったような気持ちになった。こんなにつらい気持ちを味わうのなら、狼少年のように、嘘をついて違う番号を書いておけばよかったと思った。嘘がすぐにばれて、狼にひどい目にあい、みんなに軽蔑されたとしてもだ。
でもそんな嘘を用意できないぼくが言った言葉は、自己完結的な哀しい嘘だった。
「その恋が、うまくいくように心から祈っているよ」
「ええ、ほんとにそうね」と他人事のように彼女は言った。
喉もとに固まりのようなものがこみあげてきた。
「そうそう、あなたにも伝言があるのよ」
「伝言って、誰から?」
「誰って、決まってるじゃない。あの娘からよ。彼女のこと、話したわよね」と彼女はぼくの顔をのぞきこむようにしてにっこりと微笑んだ。
「あなたに直接お礼を言わなきゃいけないんだけど、このチケットで、映画でも観て来てだって。勇気を出して彼に電話してみますって」
「ああ、そう」やっとのことでぼくは言った。
はじめ彼女が何を言っているのか、うまく理解できなかった。あの男の電話番号が知りたかったのは、彼女ではなく、その娘だったのだ。
彼女は嘘はついてはいなかった。ただ本当のことも全部言っていない。その娘のことを、聞いた覚えはなかった。彼女の言葉の落とし穴に、まんまとはまってしまったというわけだった。
どこかからか、おかしさがこみあげてきた。
「いまから映画にいかないか」とぼくは訊いた。
彼女はうなずくと、相変わらず涼しげな顔をして、ぼくを見つめていた。
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