2





岡田真次     


 月刊「スチュワーデス」の表紙で微笑む彼女は、去年まで図書館のカウンターで受付をしていた。ネイビーブルーのスーツを着ていて、銀の指輪のほかには何も装飾品をつけていない。淡い色の口紅にポニーテール、大きな瞳は夢見るように輝いていて、いつもビリー・ジョエルやカルチャー・クラブを口ずさみながら、パソコンのキーボードをぱたぱたと叩いて図書を検索したり、返却された本や雑誌をきちんと整理したりしていた。

 ひとたび彼女が図書館の受付につくと、見えない歯車がカチリとかみ合い、眠っていた図書館の本の一冊一冊が目覚めたように背表紙の文字が輝いて見えはじめたり、いつの間にか受付にそわそわした男性の行列ができる、なんてことはまずあるはずもない。そう、彼女はごく普通の女の子だった。

 彼女がスチュワーデスになった。航空会社の客室乗務員採用試験に合格したのだ。彼女が、図書館司書をやめてスチュワーデスになると公表すると、周辺は夏の午後の夕立のようにひとしきりざわめき、落ち着くとみんなそのことを受け入れた。

「これまでのわたしは人目を欺く仮の姿をしていて、今私がいる世界が、もともと住んでいた世界だったのよ」と彼女が言ったとしても、そうだったんだとあっさり納得してしまいそうなくらい、その職業は彼女にふさわしく思えた。実際、雑誌の写真の彼女は、ジェット機の妖精のように見えなくもない。

「すごく時間が惜しい。若さを無駄にしたくないわ」そう言っていた彼女の本心は、今ここで自分に賭けなければ、これからの自分はほんとうに生きているとはいえないのではないか、と感じていたのだと思う。人生はとても短いのだ。

 彼女からの暑中見舞いの絵葉書はギリシャからだった。


「エーゲ海に浮かぶミコノス島で泳いだり、日光浴したり、少し早めで、そして短めのヴァカンスです」とある便りの上には、こわいくらい青く、いかにも聖地というかんじの空があり、二頭のロバがそれぞれ別の方向を向いて立っている。その間の空間はただただ限りなく、吸い込まれそうになるくらいずっとずっと水平線まで続いていて、「君はこれからどこへ行こうというのか?」と問いかけられているようだ。

「もうこれ以上、僕たちはどこへもいけないのかな?」と右側のロバが訊くと「こんなに遠くまで来たのにね」と左側のロバが答える。途方に暮れるロバたちに、誰も何も答えてはくれない。

 静かで穏やかだけど、平凡で退屈な日常の岸辺に立ち水平線の向こう側を眺めると、そこには未来の夢や希望があるようで、われわれの勇気や決意が試されているかのようだ。そして僕は既に、あまりに多くのものを捨ててしまったことに気づくのだ。人生はとても短いのに。

 あなたが今でも、ビリー・ジョエルを口ずさみながら、水平線のかなたの街を、いきいきと歩いている姿を想像しました」と短い返事を書いた。