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時代遅れの映画館「ネプチューン座」の年老いたオーナーは、ここがもう過去の遺物であることをよく知っていた。人生のほとんどを過ごしてきたこの映画館も、今では孫娘にすっかりまかせっきりにしていた。誰にも秘密にしていたが、彼は最近自分がぼけてきてしまっていることに、ふとしたきっかけで気づいたからだった。 この映画館では、昔ながらにフィルムを映写機のリールでカタカタ鳴らせて巻き取りながら、スクリーンに映像を映し出す。ほとんどの映画はフィルムが何巻組かで構成されているので、別の映写機にあらかじめ次のフィルムを用意しておいて、タイミングよく入れ替ることになる。何年間も同じことをやっているので、映写機とフィルムは彼のからだの一部のようになっている。まず、しくじることはないのだ。 それはあの本を読んだせいだと、今では、彼は確信していた。なぜおれが、こんなぼけた失敗をしてしまったのか。 『蝿の王』の上映中のことだった。この映画は、航空機が南太平洋の孤島に不時着し、生存者は少年たちだけ、彼らはそこでどう生きていくか、という話だ。その映画を観るのははじめてだった。映画館を経営していると、さぞ多くの映画が見放題だと、多くの人はうらやむのだが、実際には、特定の映画をくり返しくり返し観る特典が与えられているだけのことにすぎない。 次のフィルムを用意しようとしたときのこと、スクリーンの中の少年たちは、うまそうに豚の肉をほおばりはじめた。ここで彼は唐突に、既視感に襲われることになる。 「おかしいぞ、ここはウミガメのスープでないとうまくないぞ」 少年だった彼は、ウミガメを捕まえて、はじめて生肉を料理するのだ。彼には、そのスープの味まで思い出すことができた。だが、いくらがんばっても、彼がそれをいつどこで味わったのか、思い出すことはできないのだった。 ここで彼は、はたと膝を打った。これは小説の話だ。だが、はてさて何の話だったか。彼は、よだれをたらしながら、一生懸命に思い出そうとしたが、だめだった。 いっぽう、映画館の客席では、陽だまりの蜜蜂のように、客たちがざわめきはじめていた。スクリーンはしばらく前から、まっ白だったのだ。しかし彼にとって、映画館がどっちを向こうが、客がぶうぶう言おうが、もうどうだってよくなっていた。ウミガメのスープの謎さえ解けたなら。 |
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