日本シミュレーション&ゲーミング学会2003秋季全国大会発表論文

論文タイトル:ビジネス価値創造トレーニング

       (ビジネスモデルの仮想・現実シミュレーション)

著者名:池端正志

所属:IBT(インスティテュート・オブ・ビジネステクノロジー)代表取締役

キーワード:ビジネスモデル、シムマーケティング、シナリオ・チャート法

1 はじめに

 本論文では企業幹部・リーダを対象にビジネスモデル(儲ける仕組み)を理解・構築するための手法として2つのシミュレーション研修技法を紹介する。第1は仮想ビジネスモデルを体験演習するビジネス・シミュレーション・ゲーム「シムマーケティング」であり、第2は現実ビジネスモデルを構想演習するブレーンストーミング「シナリオ・チャート法」である。両者(IBT社の登録商標)にはビジネスモデルのコンテクスト(文脈)がマーケティング理論をベースに共通デザイン化してあり、受講者はビジネスモデルの仮想体験から現実ビジネスモデルへとトランスレートして考えることにより、実践的で豊かなビジネスの知恵(インテリジェンス)を育むことになる。 

2 ビジネスのソリューション化

 近年あらゆる業界でビジネスがソリューション化している。米国IBMやキャノンでは1980年代、製品から生まれる付加価値が最高であったのが、1990年代は最低となり、川下のニーズの加工度に焦点をあてたシステムやサービスが最高の付加価値を生み出すように変化した。(図1参照)今やソリューション化に成功した企業が勝ち組みになりつつある。ビジネスの基軸をソリューションに移すためには、自前の商品やサービスで顧客を囲い込むというメーカー視点の発想から、顧客のビジネスモデルに対して解決策を提案するという顧客視点の発想が必要となる。そのためには自前の商品・サービスのみならず、他社の商品・サービスを組み合わせて最適提案するアプローチも有効となる。(図2参照)ソリューション・ビジネスを成功するには、顧客のビジネスモデルを理解し、顧客のビジネス・パートナーになることが鍵となる。この顧客視点に立ったビジネス思考を根づかすためのビジネスマン教育としてシミュレーション技法をベースにした「ビジネス価値創造トレーニング」を企業幹部・リーダー対象に実践してきた。その内容と効果について以下論述する。

3 メンタル・マネージメントとシミュレーション

 ラニー・バッシャムはスポーツの世界にメンタル・マネージメントという手法を最初に取り入れた米国射撃の名手である。メンタル・マネージメントは意識、下意識、セルフイメージのトライアングルから構成される。意識としての目標を立て、下意識としての学習・訓練を重ね、最後にセルフイメージを繰り返すことによって目標達成に繋げるという手法であり、肉体のみならず精神面での向上策をスポーツ分野に取り込んだものである。(図3参照)「ビジネス価値創造トレーニング」も、メンタル・マネージメント同様、ビジネスモデルの実現という目標の下、ビジネス知識等の学習を重ね、最後にシミュレーションにより、考え抜き、体験しながらビジネス価値創造に繋げるものである。(図4参照)以下、「ビジネス価値創造トレーニング」におけるシミュレーション技法としてのビジネス・シミュレーション・ゲーム(シムマーケティング)とブレーンストーミング・ツール(シナリオ・チャート法)の内容と関連について解説する。

 4 ゲームの輪

 「ビジネス価値創造トレーニング」ではシミュレーション・ゲームによる仮想ビジネスモデル体験とブレーンストーミング・シミュレーションによる現実ビジネスモデル構想を統合し学習するものである。「ゲームの輪」と称する仮想と現実の相互依存ループが研修設計の重要視点となる。「シムマーケティング」というビジネス・シミュレーション・ゲームは現実ビジネスを参考に設計(モデリング)し、受講者はそのゲームを演習(プレイング)することによって仮想のビジネスモデルを通し、マーケティングや財務、競争戦略、人事組織等の戦略経営を仮想体験する。その後、その仮想体験をヒントに「シナリオ・チャート法」というブレーンストーミング・ツールによって現実のビジネスモデルへと発想転換(トランスレイティング)し、ビジネスモデル構築へと繋げる研修手法である。このモデリング、プレイング、トランスレイティングのサイクルを「ゲームの輪」と称する。(図5参照)モデリングにより作成した「シムマーケティング」と現実システムへトランスレートする手法としての「シナリオ・チャート法」は共通のコンテクスト(文脈)としてマーケティング理論を導入している。両者共、マーケティング・ミックスと称される価格(PRICE)、製品(PRODUCT)、流通(PLACE)、販促(PROMORTION)といったマーケティングの4Pを中心にビジネスモデルを発想するという共通のプラットフォームを設計ベースにしている。

5 シムマーケティング

 シムマーケティングはマーケティング型のビジネスモデルであり、販売・生産・人事・資金計画からなる意思決定(113項目)を伴う、メタ戦略型のノンゼロサム設計によるグループ対戦型windows版ビジネス・ゲームである。(図6参照)販売計画ではマーケティングの4Pを取り込んだ競争的市場価格、直販・間接販チャネル、品質管理投資、研究開発投資、広告媒体選択を意思決定し、生産計画では顧客指向の製品機能グレードアップを可能とし、人事計画では退職・解雇はもとより、昇給・降給や教育投資による従業員満足度の算定、資金計画では長短の借入れや増資も可能な総合的経営シミュレーションに特徴がある。また、意思決定結果から財務諸表(PL、BS、CF)や経営分析指標(ROA、ROE、EVA、マーケットシェア、レーダー・チャート、株価等)が算出される。経営は管理とは別次元ともいわれる。シムマーケティングは単なる経営管理を極めるゲームではなく、市場を取り巻く競合の中で人、もの、金、情報といった経営資源を考慮して行う総合的な価値判断がシナリオ化されたビジネス・ゲームである。作品コンテンツ詳細内容については割愛する。

6 シナリオ・チャート法

 シムマーケティングが仮想ビジネスモデルをゲームにより体験するのに対し、シナリオ・チャート法は現実ビジネスモデルを構想するブレーンストーミング・ツールである。チャートの語源はラテン語で「紙片」の意味であり、「海図」とも訳され、かって植民地時代にヨーロッパ諸国が海を渡り領土拡大をしていった歴史の中で、船の乗組員が集団で航路計画を立てるための基本ツールでもあった。シナリオ・チャート法はチャートを使ってビジネスモデルをシナリオ化しながら構想・計画を練るものである。未来を予見する意思決定手法としてのシナリオ・プラニングは有名であるが、シナリオ・チャート法はビジネスをシナリオ発想でチャート化しながら新しいビジネス価値や戦略立案につなげる手法である。シナリオ・チャート法は4象限のチャートと縦横両軸のシナリオ軸から構成される。シナリオ・チャート法は現実のビジネスモデルを発想するための創造的ブレークスルーを実現する。演習の流れとしては(1)マーケティング・ミックスに沿ったシナリオ軸コンテクスト・パターン(図8参照)から摘出パターンを選び出し、ビジネスモデルとして妥当なシナリオ軸を模索する。(2)チャート各象限のキーワードを検討する。(3)チャート内にビジネス・ステイタス(現況、最良,最悪)をポジショニング化する。(4)現況ステイタスを確認する。(5)最良ステイタスへの戦略立案シナリオを検討する。(6)最悪ステイタスへの要因シナリオを検討する。(7)シナリオ・チャート完成。(8)完成したシナリオ・チャートは戦略重要性や新規性、インパクト性や不確実性等によって分類し、現実ビジネスモデルの重要な検討・実行アイテムに絞り込む。シナリオ・チャート法の利点は、シナリオ軸のユニークさと各象限のキーワードで新しいビジネス価値を創出し、シナリオ軸を試行錯誤で具体化しながら、ビジネスモデルの本質を明確化することにある。作成した各チャートは現状ビジネスの整理分析のみならず、ユニークなシナリオ軸設定により、ビジネスモデル自体のコンセプトを洗練する道具となる。また、結果としてシナリオ・チャートはビジネス戦略立案グラフとしても利用できる。以下、ビジネスの具体例は多岐に渡るので、有名な渡河問題を事例にシナリオ・チャート法を作成してみる。(図9参照)渡河問題は人間、虎、羊、キャベツを1艘の舟で対岸へ渡す方法を考える問題である。「舟は小さいので全員一度には乗れない。虎や羊は舟を漕げないから、とにかく人間だけ乗ることになる。あと乗れるのは虎,羊,キャベツのどれか一つ(一匹)だけである。人間がいれば問題ないが、人間が目を離すと虎は羊を、羊はキャベツを食ってしまう。全員無事に対岸に渡るにはどのように運べば良いだろうか。なるべく河の往復回数が少なくなるような渡河方法を見つけなさい。」渡河問題を解くには2つの方法が考えられる。ひとつは試行錯誤で解くヒューリスティック(発見)型、もう一方はグラフで解く理論型である。答はどちらの方法であれ2解ある(3回半の往復で渡河可能)。ヒューリスティック型で考える場合、シナリオ軸として渡河可能性(横軸)と食われる確率(縦軸)を設定し、各象限でのシナリオ状況を考え、試行錯誤で解を探る。同様に、ビジネスモデルをシナリオ・チャート法で考える場合は、グラフ理論のように全てをセオリーで解くことは難解であり、試行錯誤で考えるヒューリスティック型アプローチが実践的である。ビジネスモデル構想の場合はシナリオ軸コンテクスト・パターンに沿って順次ブレーンストーミング形式のシミュレーションを繰り返しながらシナリオ・チャートを作成していく。チャート作成に際してはビジネスモデルの思考目的(何の商品・サービス等をビジネスするのかWhat is my business)が明確でないと、単なる独り善がりの落書きにもなりかねない。また、シナリオの各象限のステイタス(状況)として現況current status、最良状況desired status、最悪状況undesired statusをポジショニング化し、最良状況に向かうための解(戦略)や最悪状況に陥る要因をシナリオ化する。(図10参照)最良状況を考えることはプラス思考であるのに対し、最悪状況を考えることはマイナス思考であり、人間の成功心理からすると否定されがちであるが、ビジネスモデル構想においては最悪状況を当初に考えておくことは、結果的に思わしくないビジネス状況に陥った時の撤退判断に寄与することにもなるので必須である。また、メンバーがシナリオ・チャートを活用するシーン(場面)を想起して効果的に活用しないとチャート自体陳腐化する。ブレーンストーミングで作成するシナリオ・チャートはビジネスモデル自体の完成度を高め、プロセスをメンバー間で共有し合意を形成していく利点もある。シナリオ・チャートを作成しながらビジネスモデルを検討することによって受講者は見えなかったビジネス上の論点が見えてきたり、様々なビジネス発想が積み重なり、ビジネス自体の考えが研ぎ澄まされ、新しい創造的なブレーク・スルーへと向かうことになる。                     

7 おわりに

 「ビジネス価値創造トレーニング」はシムマーケティングとシナリオ・チャート法という二つのシミュレーション技法を通して、仮想・現実を融合した豊かなビジネス知を育み、具体的ビジネスモデルの戦略立案を可能とする学習手法である。シムマーケティングがフィードバック・シミュレーション論(結果が原因を生む:だったら、どうなる)を基軸とするのに対し、シナリオ・チャート法は因果・シミュレーション論(原因が結果を生む:だから、こうなる)を中心に展開する。厳しい企業間競争の中での新しいリーダーはオーナーシップ(当事者意識)や強い目標意識のみならず、目標達成に向かって考え抜くビジネスの知恵(インテリジェンス)が求められる。企業組織が拡大すればするほど組織のビジネス価値と個人のビジネス価値が相克する場面も見うけられる。組織における相互依存関係は複雑化し、企業間競争もコーペテション時代に入り、ビジネス活動もあらゆる局面をシミュレートし、予見し、戦略化することが求めれられる。かかる状況下にあって、企業のビジネス・リーダーにとって未来は未知の分野であり、誰からも答えを教わることも出来ない。ビジネス・リーダー自らが仮説を立て、シミュレーションを通して、検証・判断していく能力や意識が必要となる。シミュレーションは業績結果自体を生み出すものではなく、ビジネス価値の創造プロセス(価値ドライバー)を気づかせるためのツールである。このようなシミュレーション・マインドともいうべきビジネス文化が企業組織に浸透した時、リーダーとしてのビジネス価値は企業組織のビジネス価値と整合し、より高いレベルでの価値創造を個人にも組織にも可能にせしめると思われる。「eBusiness is The Game. Play to win.」は日本アイビーエムの最近のコマーシャルだが、良い意味でのゲーム感覚が経営に求められ、より質の高いビジネス・シミュレーション・技法で訓練されたコア人材が明日の企業のwinを勝ち取れるであろう。学習する組織の構築やビジネス知の内面化(企業文化・風土の醸成)に、シミュレーション技法が如何に有効であるかは、「ビジネス価値創造トレーニング」を受講した企業幹部・リーダーが実践証明してくれると思う。シミュレーション技法による研修については講義スタイルの研修以上に知識の定着化が図れるという効果も期待できる。(図11&12参照)「ビジネス価値創造トレーニング」は企業幹部・リーダー研修のみならず、来年度以降専門職大学院(MBA)での講座開講も予定している。

*挿入図は省略してあります

参考文献

シナリオ・プラニング-戦略思考と意思決定-(2001)キース・ヴァン・デルハイデン

                          西村行功訳 ダイヤモンド社

バリュー・クリエーター(2001)         アンジャンV.セイカー

                          松林博文訳 ダイヤモンド社

コトラーの戦略的マーケティング(2000)     フィリップ・コトラー

                          木村達也訳 ダイヤモンド社

コーペティション経営(1997)          B.J.ネイルバフ,A.M.ブランデンバーガー

                        嶋津祐一・東田啓作訳 日経新聞社

知識創造の経営(1990)             野中郁次郎 日経新聞社

メンタル・マネージメント-勝つことの秘訣-(1990) ラニー・バッシャム

藤井優訳 星雲社

チャートで考え伝える技術(2003)  日本能率協会コンサルティング(JMAM)

Tadashi.Ikehata      Tel:0426-46-1923

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