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2002/11/01 【作品名】『OUT』 【監 督】平山秀幸 【原 作】桐野夏生 【脚 本】鄭義信 【出 演】原田美枝子/室井滋/西田尚美/香川照之/間寛平/大森南朋/千石規子/倍償美津子 ≪ストーリー≫ 弁当工場で深夜パートに就く身重の弥生が、ギャンブル狂の暴力夫を勢い余って殺害。その死体の処理を押し付けられた同僚の雅子は、弥生からの報酬を目当てに、仕事仲間のヨシエと協力して死体をバラバラに切断する。だが、作業に途中参加した同僚の邦子の雑な性格が災いし、ゴミ置き場に捨てた死体の身元はあっけなく発覚。おまけに、真相を知ったサラ金業者、十文字から新たな死体解体の仕事まで舞い込んで来る。そんな折、殺人の濡れ衣を着せられたカジノ経営者の佐竹が4人への復讐を開始した。 −感想−【評価=☆☆☆★★】 原作は桐野夏生の同名小説。僕は原作が発売になった直後ぐらいに読んだ。グイグイと引き込まれる、力のある作品だった。確か田中美佐子主演でも一度、ドラマ化されている筈だ。 物語は、弁当工場のパート仲間の弥生が暴力夫を殺害するところから展開して行く。家庭崩壊、老人介護、カード破産、夫の暴力。4人、それぞれに問題を抱えていた。まるで下り坂を転がる石のような最悪の展開。でも、それを雅子は楽しんでいた。それは何故か。弥生との別れのシーンで「楽しかったよ。ドキドキしたもん。久しぶりにね。」と雅子が言う。雅子にとって犯罪と言う行為は、きっかけだった。崩壊してしまった自分の家庭からの脱出(OUT)のきっかけだったのだ。もしかしたら雅子は、そのきっかけを待っていたのかも知れない。それは雅子だけではなく、誰もが心の奥底に持っているものだと思う。生まれ変わりたいとか、人生をやり直したいとか。犯罪がきっかけと言うのは極端な話だが…。 映画は原作より軽く、コミカルに描かれている。室井滋を筆頭に西田尚美、間寛平らが名演技を見せていた。特に悪役(佐竹役)初挑戦の間寛平が良かった。劇中、ヨシエの家で金属バットを振り回し、家中を滅茶苦茶にするシーンがある。あれを見て誰もが思う筈だ。 「あっ!吉本新喜劇だ!」と。 2002/11/02 今日はチビトシを連れて動物園へ行って来ました。高知県立のいち動物公園は、自宅から車で30分の近距離にあります。僕は行くのは初めて、勿論チビトシも初めて、彼女は前の彼氏と来たことがあるような感じでした。深くは追究しませんでした。僕は大人の男だから。 動物好きに悪い人はいないとは良く言ったもので、例えばムツゴロウ動物王国のムツゴロウさんは誰がどう見ても良い人です。ムツゴロウさんはライオンに噛まれても笑顔です。そして、僕もムツゴロウさんに負けないくらい動物は大好きです。中でも1番好きな動物は哺乳類ヒト科のメス(女性)です。間違いないです。 幼少の頃は、シートン動物記を愛読し、関口宏司会の「わくわく動物ランド」は毎週欠かさず見ていました。動物の知識は同学年の男子よりは上の筈です。例えば、オーストラリア大陸にのみ生息する哺乳類のカモノハシは、卵で産まれ、オスは毒を持っています。クイズで“アニマル”は、得意なジャンルです。 ![]() 動物園は5年前に上野動物園(東京)へ行って以来です。動物園と言えば、檻の中に動物が閉じ込められて、と言うイメージがあったのですが、のいち動物公園は広い敷地内に動物達が放し飼いみたいな感じで、自然に近い状態で飼育されていました。キリンやシマウマのいるサバンナ・ゾーンを見た時、まるで映画「ジュラシック・パーク」を観ているようで、感動しました。キリンの首がこんなに長いなんて、シマウマの縞模様がこんなに綺麗なんて。チビトシより僕が楽しんでいました。 「のいち動物公園、最高ー!入園料450円、安ーい!」 チビトシが大きくなったら、また行きたいです。 2002/11/03 「愛すべき動物達 in のいち動物公園」 【レッサーパンダ】 ![]() 今年6月に赤ちゃんが生まれました。写真はお父さんレッサーパンダです。赤ちゃんとお母さんは屋内施設の中にいました。奥の方で熟睡中でした。残念。毛色がびっくりするぐらい鮮やかでした。 【チンパンジー】 ![]() このチンパンジー、ここから一歩も動こうとしませんでした。写真では分かり難いですが、超内股です。女性4人組に「キャアーーー!!!キャワユーーーイ!!!」とか言われてました。人気者のようです。羨ましい。 【ミーアキャット】 ![]() 至近距離で見ることが出来ました。日光浴が好きなのか、皆で立ち上がって太陽のある方向に向いてました。「おー!このポーズ、テレビで見たことがある!」と僕は少々、興奮気味でした。 【フタユビナマケモノ】 ![]() 怠けてました。 【プレーリードック】 ![]() 交尾してました。 2002/11/04 僕のイビキが余りにも五月蝿いので、夜中に彼女に起こされました。蚊のモノマネで。 ブゥウウ〜ン!ブゥウウ〜ン!ブゥウウ〜ン!(超似てた!) 地味だけど耳元で囁くと効果絶大です。 2002/11/05 ローカルディスクのDドライブには、“コンセント”というフォルダがあります。この中には当サイトを構成している300近いファイル等(htm、jpg、gif)が収められています。通常サイトを作る場合、各コンテンツごとにフォルダを作成して、分かり易くしておくのが良い方法だと僕は思います。サイト更新の際に“コンセント”のフォルダを開くと「何だよー!このファイルの数ー!」と僕自身びっくりしてしまい、目的のファイルを探し出すのに時間が掛かってしまいます。 ![]() これを改善するには、各コンテンツごとにフォルダを作成して、きちんとその中に目的に合ったファイルを収めると言う作業をやらなければなりません。一見、簡単そうに見えますが、これが結構、手間です。画像ファイルのリンク先が彼方此方したり、外部スタイルシートを再設定したりと。でも、これをやっておかないと、後々厄介なことになりかねません。 ほら!ずっとやってなかったから、今、とても厄介だ! 2002/11/06 「私とホームページ、どっちを取るのよ!さあー!言って御覧なさいよ!」 と、彼女に言われたので今日から僕のインターネットタイムは1日1時間になりました。とても健康的です。この台詞、妻(夫)子がいるサイト管理人は一度は言われたことがある(言われて見たい)のではないでしょうか。 2002/11/07 今朝、高知の気温は10度。僕の両手には手袋が嵌められ、吐く息は白かった。そして、(多分)臭かった。横断歩道のシグナルが黄から赤に変わると、皆、足を止めた。 「赤信号 皆で渡れば 怖くない」の格言を生み出したのは、かの北野武であると記憶している。群集心理を見事に付いた北野武らしい言葉だと思う。自動車を運転している時、信号を無視しては行けない。それが自転車や徒歩になると、どうだろう。僕は左右を確認してから、信号を無視して渡ってしまう時がたまにある。天才柳沢教授に言わせれば、こんなのは以ての外だろう。道路交通法違反に間違いない。僕もそれを知りながら、信号を無視している。「いいや、渡っちゃえー。」と言う軽い気持ちで。 でも、子供が産まれてからは、これがちょっと変わって来た。対面で信号待ちをしている子供を見掛けると、躊躇してしまう。やはり彼ら彼女らから見れば、僕も立派な大人だ。その大人が、信号無視をしては教育上、宜しくない。僕達、大人は子供の見本にならなければならない。いつも見られていると言う意識を持つことが大切だ。ここ最近は、急いでいても、信号を守るように心掛けている。 そんな僕に彼女が言う。 「ねえ、チビトシの前で鼻クソ穿るの止めてくれない?真似すると嫌だから。」 僕には道路交通法よりも先に守らなければならないルールがあった。いや、これはルールと言うより、モラルの問題か。 2002/11/08 「愛してる」って最近 言わなくなったのは 本当にあなたを愛し始めたから : : : 「ひとり」/ゴスペラーズ
ここ最近の彼女です。全く「愛してる!」とか「好き!」とか「今夜、ガンバルマン?」とか言わなくなりました。言うのはいつも僕の方からです。 「今夜、ガンバルマン?」 「頑張らない!」 歌のタイトル通り、今夜も僕は「ひとり」です。 2002/11/09 「1日幸せでいたければ、床屋に行けば良い。」 と言うことで床屋へ、いや僕みたいなお洒落さんになると床屋ではなく美容院へ行く。その割、行くのは2ヶ月に1回程度のペースだったりするから驚きだ。もう耳の上とか襟足のヘア達が圧倒的な勢いで自己主張し出して、どうにも手の打ちようがなくなってから「もうそろそろ、髪、切ろうかな?」と思う。でもそう思っても、2週間はそれで過ごしてしまうから、また驚きだ。 僕の通っている美容院は、彼女も行き付けで、担当の美容師さんも同じ人を指名している。先月、彼女がチビトシの散髪を失敗した後、物の見事に直してくれたのもこの人だった。カリスマ美容師!午前中、彼女に予約の電話を入れておいて貰った。ヘアスタイルに特別な拘りはない。寝癖が付いてなければ、僕は何でも平気だ。そんな僕が、今日はいつもと違っていた。イメージチェンジ、略してイメチェンを試みようと言うのだ。パーマかカラーか迷った挙句、カラーを入れることにした。人生初カラーである。初体験である。因みに初体験には、ほろ苦い思い出(青い青春)があるが、それはまた別の話。 担当の美容師さんに「トシさん、今日はカラーですか!」と言われ、数十種類のサンプルの中から色を選ぶことになった。 「初めてですから、これぐらいが良いんじゃないですか?」 「じゃあ、これでお願いします(迷うことなく即答)。」 もうこの辺はお任せである。身を委ねるのである。カラーの準備をしてくれた女性が、僕のタイプだったので、「あっ!この人が染めてくれるのかー。超ラッキー!」と思っていたら、カラー担当の人は物凄いオオカミヘアのワイルドお兄さんでした。ワオー!でも話して見ると、気さくなお兄さんでした。 所要時間、2時間半。カラーとカットで合計7,000円。このカラーはイケてるのか、イケてないのか。それは分からないけれど、取り合えず、数本あった白髪がなくなったのが嬉しかった。これで年明けまで美容院へは行かない。 2002/11/10 現在、チビトシ生後7ヶ月。ここ一週間で、ハイハイが恐ろしく上達しましたが、まだまだ半々人前の赤ん坊です。でも、オナラの臭さだけは一人前(大人並み)です。 「何か、臭くない?トシ君、もしかして(オナラ)した?」 「いや、してないよ。チビトシじゃないかな。」 家の中でオナラをしても、犯人は全てチビトシです。気軽に透かせます。プスゥー。 2002/11/11 土曜日、美容院で2,000円のヘアワックスを購入しました。その時、若い美容師さんにワックスの付け方をレクチャーして貰いました。兎に角、手に擦り付ける。ワックスが手に馴染んで、見えなくなるまで擦り付けるのだそうです。早速、その通りにやって見ました。このワックス、青リンゴに似たとても甘い香りがします。すぐに髪には付けず、暫く鏡の前で嗅いでいました。「ちょっと舐めて見ようかな?」と思うぐらい素敵な香りなので、きっと街を歩いていると、綺麗なお姉さんにいきなり頭を舐められるのではないかと心配で堪りません。でも、その時は言ってやるんです。 「お姉さん、こっちの頭もどうですか?(ズボンのチャックを下ろしながら)」 今日の僕はどうかしているとしか思えない。 2002/11/12 「今日は僕が作るよ。」 彼女にそう伝えると、僕は台所に立ち水道の蛇口を勢い良く捻った。人参とまだ泥の付いたジャガイモを洗った。カレーは僕の得意料理だった。それだけしか作れない料理に対して、得意と言うのも可笑しな話ではあるが。 幾分、今日の僕は仕事で疲れていた。それは長時間に渡り、細かな数字達と格闘していたからだ。目が痛い。でも不思議と料理を作ることを億劫だとは思わない。元来、僕は作る作業が好きなのだ。料理にしても、ホームページにしても、子供(セックス)にしても。世の中を「建設」と「破壊」の2つに分けるとするなら、「建設」する側の人間になりたいと思う。 僕はワイシャツの袖を捲くり直し、今度は玉葱を規則正しい大きさに切った。途端に涙が出て来た。そんな僕の下半身はパンツ一枚。 その姿がまた泣ける。 2002/11/13 制作費7,200ペソ!制作日数50日!飲んだジョージア30本!剥がした応募シール30枚!遂にこの日がやって来た! ![]() Gコート'02「ザ・ムートン」キャンペーンへの応募資格はジョージア製品に付いている応募シールを15点(1口分)集めること。僕はそれを30点(2口分)集めることに成功した。およそ1ヶ月半。僕は来る日も来る日も、ジョージアを飲み続けた。ジョージアを飲まない日はなかったと言っても過言ではない。毎朝の仕事の始まりは、ジョージアと共にあった。 「俺、今まで1つのことをやり遂げたことなかったんだ。いつも中途半端だった。自分から逃げてばかりだった。そんな俺にきっとアイツも嫌気が差して、俺の前から去って行ったんだと思う。でも俺、今回のGコート'02「ザ・ムートン」キャンペーンにジョージアを30本飲んで30点(2口分)集めたことで、ちょっぴりだけど自信が付いたんだ。もう何からも逃げないって。もう背中は見せないって。人は何か、きっかけがあれば変われるって言うけれど、あれは本当さ。俺が言うんだから間違いない。ちょっと変わるのが遅かったけどさ。でもアイツだけには今の俺の姿、見て欲しかったな。…元気でやってるかな?」 さて、この成年の努力は実るのか、実らないのか。それはジョージアだけが知っている。 2002/11/14 1日にウンコを最低3回はする僕は便秘知らずで御近所のコマダム達にも超有名。快便生活、まっしぐら。そんな僕にしては珍しく、今朝はウンコをするタイミングを見失ってしまった。 「踏ん張れ出そうだけど、後にしよう。」 これが宜しくなかった。何と午後3時までオツウジがナッシング。便秘8時間耐久レース。僕は産みの苦しみを味わった。 【今日の学び】 ウンコも愛の告白もタイミングを逃してはいけない。 2002/11/16 1994年12月に発売されたソニーのプレステーション。販売価格は39,800円。当時、僕は20歳で、実家から高知市内にある専門学校へ通っていた。僕はどうしてもプレステーションが欲しくて、翌年3月の春休みを利用してアルバイトをすることにした。アルバイト先は、実家からほど近い精密機器の部品を作る工場だった。自転車で10分ぐらいの距離で、昼は実家へ食べに帰っていた。アルバイトを始めて1週間ぐらい経った頃だっただろうか。あの地下鉄サリン事件が起こったのは。 その工場には、中学時代の友達S君とT君が働いていた。彼らは中学卒業後、すぐに就職した。社会人5年目の彼らが、とても大人に見えた。同時に進路さえも定まっていない自分がとても情けなく思えた。今でも忘れない。僕は3週間余りそこで働き、予想以上のアルバイト代を貰い、そしてそのお金で念願のプレステーションを買った。しかし、僕はお金より大切なものをそこで教えて貰った。 社会人になってからも友達は出来た。だが同級生の友達と比べると、やはり何か違う。血気盛んな学生生活を共に過ごし、その思い出の数々に勝るものはない。何年、何十年も逢っていなかろうが、ものの数分話せばでその距離は縮まる。同級生とは、そう言うものだ。しかしながら、中学時代の同級生の多くには成人式以来、逢っていない。皆、どこかで頑張っているのだろう。風の便りに、結婚や出産の話を聞くと自然と笑みが零れてしまう。僕が結婚して子供が出来たことを、皆は知ってくれているだろうか。 今日、母からT君が死んだと聞かされた。自殺だったそうだ。T君に一体、何があったのか。何故、28歳と言う若さで「死」を選択しなければならなかったのか。僕には、それは分からない。だが、これだけは言える。同級生の皆は、悲しんでいる。「何故?」と言う言葉と共に。 思い出は、いつまでの僕らの心の中に。合掌。 2002/11/17 昨晩、彼女の見た夢は、アドベンチャーで尚且つ二部構成だったそうです。 「凄い冒険だったわ。」 今朝の彼女は、いつになく満足気でした。和製ララ・クロフト、ここにあり。 2002/11/18 チビトシに歯が生えた。まだチビトシは母乳も飲む。僕は彼女の乳首が傷付きはしないか心配で堪らない。それは彼女の乳首であると同時に僕の大切な乳首でもあるのだから。 「チビトシよ。くれぐれも歯は立ててくれるなよ。」 2002/11/19 週に何度か、歩道脇の花壇に水を掛けているおじさんの夜の顔を僕は知っている。会員制のSMクラブ「ラフレシア」。おじさんは、そのクラブのVIP会員だった。このラフレシアは市内でも、会員になるのが飛び切り難しいことで有名なSMクラブだった。会員証は裏では数百万の高値で売買されていると、おじさんに聞かされた時、僕は子供のように何度も聞き返した。「マジですか!マジですか!」と。ゴールドに輝くその会員証の表には、大きな赤い華が描かれていた。初めて見る華だったが、僕はとても美しい華だと思った。 おじさんと知り合ったのは、今から3年前の1999年8月のある暑い朝だった。その前夜も、汗が噴出すぐらいの暑い夜で、何年ぶりかに熱帯夜の連続記録を更新した夜だった。おじさんは、いつも決まった時間に決まった格好で、花壇に水を上げていた。歩道脇に設置された給水口から、緑のホースを使って30mほどのその花壇に水を満遍なく掛けていた。その作業は実に手馴れているように見えた。 僕は、その朝もいつものように、そのおじさんの横を自転車で通り抜けようとした。その時だった。後方から「パァーン!」と言うピストルの発砲音に似た音が鳴り響いたかと思うと、僕の乗った自転車の運動エネルギーは瞬く間に0になった。音の発信源はパンクだった。良く見ると後輪のタイヤに全長3pほどの小さな釘が職人技の如く垂直に刺さっていた。それに気付いたおじさんが花に水をやりながら、僕に話掛けて来た。 「おい。坊主、パンクか?」 「あー、そうみたいです。参っちゃったなー。」 「ちょっと寄って行くか。ほら、そこの自転車屋、俺の店なんだ。」 おじさんの指差す方向には、「高橋サイクル」と言う大きな看板が掛った自転車屋があった。おじさんの下の名前が、ツトムだと知るのに、そう時間は掛からなかった。これが僕とおじさんとのファースト・コンタクトだった。そして、それは僕が異世界への第一歩を踏み出すきっかけでもあった。 2002/11/21 インターネットは怖いと言うけれど、それを使う僕たち人間が1番怖いのだ。 2002/11/22 おばあちゃんがペースメーカーを付けた。ペースメーカーと言うのは心臓に直接、取り付けるものだとばかり思っていたら、それは大きな間違いだった。おばあちゃんの心臓の心拍数は1分間に35〜40回ほどで、時折何秒間か止まってしまう。これは心臓そのものが弱っているのではなく、心臓を動かす神経系統に何かしらのトラブルがあるらしい。ペースメーカーは、その神経系統の代わりに心臓に電気刺激を与え、心拍数を正常値に制御する役割を果たすメカだそうだ。またペースメーカーは電池で動いており、その寿命はおよそ7年だと言うことだ。 おばあちゃんが入院したと言う話を母から聞いたのは、手術が終わってから3日目のことだった。母はおばあちゃんに、僕達が心配するからと口止めされていたらしかった。夕方、彼女とチビトシを連れてお見舞いに行った。顔色も良く元気そうで安心した。チビトシを見て喜ぶ横顔は、いつものおばあちゃんと変わらなかった。 ペースメーカーは、電子レンジ、磁気ネックレス、携帯電話等の電磁波を発生する機器は宜しくないらしい。勿論、単純に磁石なんてのもダメだ。ここで1つの不安が頭を過ぎる。常に世の中の女性達の注目を惹き付けて止まない僕がペースメーカーに悪影響を与えはしないだろうか、と。僕の思い過ごしであって欲しいと思う。 2002/11/24 住宅展示場を見学に行くのは2回目だ。ダイワハウスの分譲住宅を4軒、梯子した。南向き、ダイニングキッチン横に和室、風呂場は冷暖房完備で洗濯物も乾かせる、至るところに収納、2階には子供部屋が2つと10畳の就寝室。担当の方が関西出身で、とても楽しく見て回ることが出来た。下は2,980万円から上は4,000万円近くまで。数千万円クラスの金額になると、もう金銭感覚が麻痺してしまう。ニッキュッパ!(2,980円)的感覚になるのも無理はない。500万円違っても500円ぐらいの感覚しか僕にはないのだ。でも男としてマイホームを持つのは夢だ。今は無理でも10年後には、自分の家を持ちたい。 その帰り道、レストラン「12か月」で午後のティータイムとなった。ここは建物が見えないことでも有名なレストランだ。階段を下りたところに建物があるので道路からは見えない面白い構造になっている。何か秘密基地的雰囲気があって僕は好きだ。彼女はモンブランとアイスレモンティーを、僕はチョコバナナとアイスレモンティーを、それぞれ注文した。チビトシはオシボリの包みをパク付いた。注文したアイスティーは家で彼女が作るよりも、さらに美味しかった。そして、僕達は僕達がどれほどラブラブかを向かいの席の女性2人組及び店員に見せ付けるべく、お互いの注文したモンブランとチョコバナナを交互に「ア〜ン♪」して食べ合った。 しかし、時として幸せな時間は脆くも崩れ去るものだ。チビトシが急に「ウーン!ウーン!」と顔を真っ赤にして踏ん張り出した。約1分後の臭いを嗅ぐまでもなく、それはウンコだと分かった。彼女はまだ半分以上残っているモンブランを口に詰め込み、僕はアイスティーを一気に啜った。そして、僕達はレジで支払いを済ませ、逃げるように店を出た。 今日、1ヵ月後のクリスマスイヴは自宅で行うことで2人の意見が一致した。 2002/11/25 「ねぇーミキ、今月号のHOTこうちもう見た?」 「あー見た見た。クリスマス特集でしょう。HOTこうちの編集部、今年はみどりの広場にクリスマスツリー、飾るんだってね。タカシに一緒に行こう♪って言っておかなくちゃ。因みにね。今年のクリスマスプレゼントはカルティエのリングなんだよ。前から欲しかったんだー。あっ、チカは今年のイヴはどうするの?」 「アーン?ミキ、あんた私に彼氏がいないの知ってて喧嘩売ってる訳?今年もバイトよ!バイト!」 「…かわいそうな、チカ。」 「テメェー!コロス!…いや、本当はもう3年も彼氏いないから慣れっ子になってるんだ。寂しくなんかないよ。そんなことはどうでも良いんだよ。KIDS CLUBのコーナーに超可愛い男の子が載ってるんだ。オメメ、パチパチでさ。首を傾げて、カメラ目線なんだ。それがもうマジ可愛いんだ。抱きしめたくなるね。きっと旦那さんに似てるんだろうね。旦那さんってどんな人かな?(想像に胸膨らますチカ24歳OL、菅野美穂似のFカップ)」 「チカ!あなた、もしかしてその人に恋したんじゃないの!」 「バカ!違うわよ!そんな訳…そんな訳………ある!(ポッ)」 今月号のHOTこうち(P122左上)にチビトシが載りました。立ち読みせずに買って下さい。皆さん、5冊は買って下さい。通常用、保存用、携帯用、旅のお供用、夜のオカズ用にと。 2002/11/26 ピピッー!ピピッー!ピピッー!(洗濯機が止まった音) 「あっ!トシ君!洗濯物、終わったみたい。ベランダ、寒いから干して!」 「じゃあ、干して上げるから今晩いい?」 「だったらいいよ。私が干すから。」 「そげなーーー!!!」 いつからだろうか。愛し合う(エッチする)のに交換条件を出すようになったのは。そして、それを頑なに拒まれるようになったのは。 2002/11/29 「ちょっと、今日(仕事)早く終われない?体調悪いの。」 と言う彼女からの電話を受けて、すぐに休暇を取れることが出来るのは、とても恵まれていることだと思う。 2002/11/30 御免−奈半利線の高架から見下ろす水平線は、その言葉通り横一直線だった。車の運転席から眺める太平洋の風景とは、全く違って見えた。視線が数メートル上がるだけで、そこはいつもの見慣れた世界とは別だった。ただ残念なのは空がブルーではなくグレーだと言うこと。ただそれだけ。 印象派の画家クロード・モネの自宅の庭を再現したモネの庭(北川村)のメインは水の庭。評判の睡蓮の花は季節外れで見ることが出来なかった。でも池の周囲には、モネの絵が数点飾られてあって、そこには綺麗な睡蓮の花が咲いていた。季節が合えば、きっとこの絵のような風景が見られるのだろう。また春にでも来よう。 モネの庭から二十三士温泉(田野町)へ。建物前には、温泉の由来でもある土佐勤皇党二十三士の物語が書かれた看板があった。温泉へ浸かり、昼間から会席料理に舌鼓を打ちつつ、酒を飲んだ。帰りに列車の中は、行きとは逆の風景を楽しむどころではなく、睡魔に襲われた。そして、家に帰って彼女がいない隙にAVを見た。良い感じになって来てジーパンを脱いだら、温泉で穿き違えたのだろうか、パンツが前後ろ逆になっていた。 良い大人がなんてことを!(いろんな意味も含めて) |