寒風吹き荒れるドレスデンに着いた翌日、朝早くて誰もいない町を うろうろしていてこのコンサートのポスターを見かけた。午前11時から、 とのことだったので行ってみた。 一言で言うとあまり上手くないというか、音程もアンサンブルも良くない。 もしかしてこの町の音楽は衰退しているの?と思わせるものがあった。 「動物の謝肉祭」をとてもドイツな演奏で聴くことができた(というか、妙 だった)。弦楽器の音色や弓運びもなんかこうどっしりしすぎているし、 シロフォンのおっさんに至ってはドイツ的なリズムの感じを完璧に演奏に 出していた。先日「パイヤール室内管」で同じ曲を聴いたが、やはりお家芸 というのはあるもので、フランスのパイヤール室内管のほうが断然良かった。 まぁ、仕方ないか・・。 交響曲第3番は大迫力だった。圧倒されてそれなりに感動はしたものの、 やはりザクザクとしててすごくドイツっぽい。2楽章が特にすごかった。 これってこういう曲だっけ?という感じ。 会場のロビー にはこのオケと共演した演奏家の写真がいろいろ貼ってあり、その中に井上 道義氏の写真もあった。「ドレスデン管」は日本にも来ていることがあるよ うに思う(なんとなく雑誌のコンサート情報などで見かけたことがあるような 気がする)。
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12月26日(ドレスデン)
ゼンパー歌劇場
ワーグナー:歌劇「ローエングリン」
ゼンパー歌劇場は初代音楽監督がウェーバーで、こけら落としが「魔弾の射手」だった そうだ。またワーグナーが音楽監督を務めた時期もある(確か「さまよえるオランダ 人」などはここで初演されている)という、華やかな歴史を積み重ねてきた劇場。 その概観も美しく、内部の全体の雰囲気も気品を感じさせ、なおかつ大変厳かだ。 (ただ、昨夏の洪水の被害は甚大だったようだ。11月頭まで改修のため劇場は閉鎖 されていた。) ドレスデンへはここでワーグナーを観るためにわざわざ行ったわけだが、期待に120%応えて くれた!昼間のドレスデン管とは逆で、ここのオケはめちゃくちゃ上手い!! 今回の旅で10以上のコンサートやオペラを観たが、すべての中で、ここのオケが 最も良かった。具体的には、特に弦の緻密さ、繊細さ、美しさ。弦楽器アンサンブルはここま で極められるんだと驚愕。音程、音色、強弱、フレーズ感・・・どこをとっても本 当にすばらしい。絹のようなバイオリンの高音域フレーズが最も印象的だったが、 チェロやビオラがクレシェンドしてくるところでの音の膨らみ方もなんとも美しかった。 管楽器も凄い。フルートやホルンの淀みない音色、金管アンサンブルでフッとあらわ れる突っ込みの手際よさ・・。 本当に、こんなに鍛え上げられたオケは聴いたことがない。コンサートオーケストラ の鍛えられ方とはまた違う筋金入りな感じ。 実はワーグナーのオペラを生で鑑賞したのはこれが初めてだったが、本場で観る ワーグナーの厳かさに圧倒された。平土間の前から4列目センターに座っていた という好環境も手伝ったのか、迫力もさることながら凛とした空気が顔面に迫って きて、たまらなく良かった。ローエングリンはワーグナーの作品の中では御伽噺色が濃い方 だが、男性合唱の音の厚さもあって、今回観たローエングリンは神話世界の空気 さえ感じさせた。 「ワーグナーが活躍した劇場でワーグナーを観た」ことに心から感謝させられる 磨きぬかれた芸だった。 |
12月28日(ウィーン)
フォルクスオーパー
J.シュトラウス:オペレッタ「こうもり」
雪の中、市電に乗って郊外の中央墓地へ。ブラームス、ベートーベン、シュトラウスファミリー、 シューベルトなど偉大な音楽家のお墓参り。そしてまた市電に乗って少し離れた寂しい教会墓地へ モーツァルトのお墓に参る。中央墓地にも墓標はあるが、どうやらここが本当の モーツァルトのお墓らしい。前者は観光客もそこそこいて音楽家の皆様の墓前は賑やかだったが、 後者は完全に雪が積もっていたこともあり、寂しい雰囲気だった。弦楽アンサンブルに 取り組む者として、さらに氏の曲にまさに今取り組んでいるものとして、そして氏のオペラを 楽しむ者として、感謝の意を込めてお参りした。 夜、フォルクス劇場へ。予約していた筈のチケットが会場の不手際でとれてなくて、 開演直前まで冷や汗 をかきながら、会場のフロアマネージャーにバタバタと動いてもらって席の 確保を待った。怪我の功名というか、そのおかげで1幕はステージ真横の BOX席に突っ込まれて観劇。普通はなかなかとれない席。オケピとステージ 上の歌手を同時に見ながら(しかも目線の高さがステージの歌手に近いので ほとんど演奏者側の視線で)楽しむことができた。 2幕が始まる直前にフロアマネージャーがやってきて、もっと素敵な席を 用意できたと言うのでついて行ったら、平土間のドセンターに座らせてくれた。 僕が最も好きな2幕のパーティシーンは、まさに絶好の眺めで見ることができた。 それにしてもヘタクソなオケだった。序曲から1幕最後まで真上から見ていたわけだが、 今にも崩れそうなアンサンブルで、しかも指揮者が曖昧なことばかりする。ちょっと ハラハラしたが、奏者はみんなとても楽しそうで、雰囲気は良かった。 しかし、そんな不安を吹き飛ばすかのように、歌手陣はすごかった。このプロダクショ ン専任の歌手ではないかというほど完璧に「こうもり」のお笑いを極めていたし、 特にアイゼンシュタインとアデーレ役は、もうこの人しかいないというはまり具合。 2幕の華やかさもこの劇場ならでは。こちらが休憩時間に飲むシャンパンの量も増える 一方。一言で言えば歌手チームとオケでセットになったサーカス興行のように芸が完成 されている(オケや指揮者のヘタクソさも、こう見ればかえって馴染みがよいから不思議)。
観客も観客だ。地元風おばさんたちの喜びよう。特に3幕は歌手たちがギャグを
連発するが、いちいち大笑い。(この人たち、こうもりを何回も見てる筈なのに・・。)
この人たちもセットで、フォルクスオーパー(市民劇場)の芸は成り立っているように
感じた。地元の観客と演者が一緒に「こうもり」を作っている。 それに、オペレッタはやっぱりこれ位の一体感のある中規模劇場の方が良い。 帰り際にフロアマネージャーのおじさんを見かけたので、お礼を言って握手した。 開演まで冷や汗ばかりかいていたが、終わってみればとても印象的でお気に入りな 感じの「こうもり」だった。 |
12月29日(ウィーン)
コンツェルトハウス(モーツァルトザール)
ピーター・グース指揮
ウィーンシュトラウス祝祭オーケストラ演奏会
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前日(28日)に雪の中コンツェルトハウスを見学しに行ってこの演奏会があることを知った。 モーツァルトザールは室内楽に向いた小さめ(と言っても結構大きい)のホール。 ピーター・グースは、おそらくその道では有名な指揮者なんだろう(たまたま知らないが、 もしかしたら日本にもこのオケを連れてよく来ているのでは・・)。ほとんどシュト ラウスファミリーの曲ばかりで構成されていたが、翌日(30日)に聴いたウィーン フィルのシュトラウスとはまた違った華やかな曲作りをする人。そして完全に板に付いた 独自の芸を披露する。時々弾き振りもする。常に派手。1曲目からそのアクションの派手さに 周囲の席の人も驚いていた。オケメンバーも女性はカラードレスで舞台に上がり、見かけ も華やかで楽しそうだった。 特に「皇帝円舞曲」がよかった。いままで聴いた中で最も「強い皇帝」らしい雰囲気が あった。ウィンナワルツは何がどう違うと言葉では言いにくいリズムの血のような もので演奏の雰囲気が全然変わってしまうが、ピーター・グースとこの祝祭 オケはウィンナワルツの血が濃いなぁ、という印象(あくまでも印象)を受けた。 もう一つのトピックとしては、このオケの中国人らしきコンサートマスターの素晴らしさ。 コンマスの役割をしっかり果たしている。非常に控えめでありながらしっかり仕切っている 感じがとても好印象だった。コンサートマスターはそれであたりまえだと思うかもしれないが、 観客にもそう思わせるということはなかなかあるもんじゃない。 |
12月29日(ウィーン)
ウィーン国立歌劇場
小澤征爾指揮
クジェネーク:歌劇「ジョニーは演奏する」
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この公演、良い席はチケットがかなり高かったので、5番目のランクの席を選んだ。 4階バルコニーのセンター下手寄り(上の写真は席から撮ったもの)。それにして もこの劇場は大きい。オペラのメッカというにふさわしい堂々たる劇場だ。日本人 観客も他に比べて多かった。うちのマダムによると日本人の有名な演奏家もロビー にいたらしい。(僕はそういうことに疎いので、聞いた名前も忘れてしまった。) しかし、みんなが全然知らない曲でこんなに感動させることができるとは・・。客席 は熱気でムンムンしていた。楽曲の様式がどうであれ、これがすべての演奏活動の原 点だと思う。作曲家クジェネークと小澤征爾をはじめとした演奏陣の合同勝利だ。ク ジェネークのこととこの演目のことを真剣に研究した小澤征爾や演出家など、すべての 作り手が「この作品でクジェネークが表現したかったこと」をしっかり引き出した成果 だろう。また斬新な舞台美術がそれを見事に引き立てていた。 ちょうど年明けにNHKスペシャルで「小澤征爾魂の響きを伝える」という番組が 放映され、このオペラを作っている内幕のことが紹介されていたが、そこで小澤征爾 は「作品に秘められた作曲家の感情を表現したい」と言っていた。(これは帰国してから 見た。)クジェネークの感情までもがしっかり伝わったからこそ、客席に異様な熱気が 生まれたのかもしれない。 曲は非常にその時代空気を反映したものだった。予想通りクルト・ワイル(クジェネーク と同じ1900年生まれ)と色合いが似ていた。自由の国アメリカが一つの軸に描かれて おり、古めかしいヨーロッパのとの対比の形で象徴的に物語が進んで行くもの。(途中で 劇中の作曲家が汽車にひかれるシーンがあるが、それも「ヨーロッパの古めかしいもの」が 「アメリカの近代」にアタックを受ける、という意味らしい。)途中、宝塚のようなジャジーな 雰囲気になるシーンもあったが、最後に主人公のジョニーが自由の国アメリカへ発つ時の 音楽はことさらに美しかった。なんとも儚い音楽なのだ。 帰ってからもこのオペラのCDを聴こうと思って、ウィーンのCDショップに行ったが、 他の作品のは置いているが「ジョニーは演奏する」は品切れだった。このオペラ、 プルミエが12月16日頃だったので、以後買い求め人が多かったのだろう。(歌劇場 で買ったパンフレットに載っていた情報だが、この作品のCDは2種類過去に出ている ようだ。絶版になったりしているかどうかは不明。) 音楽の殿堂「ウィーン国立歌劇場」の音楽監督として初めての新作披露をこの作品で おこなった小澤征爾。小澤さんの演奏会やオペラを僕は高校生の時から今まで何回も 見たが、ここでもいつもと変わらないあの「小澤征爾」だった。17年前に京都会館 で見た小澤征爾と同じだった。この人の恐ろしいまでの安定感というか信念のブレの 無さには本当に脱帽してしまう。 もうひとつ。この歌劇場のオケ(≒ウィーンフィル)の真骨頂の一つを見た気がした。 出さなきゃいけない音をすべて完璧に実現させる。オペラでそれが本当に際立っている。 これがウィーン流のように思った。 ピアニシモの美しさ、荒々しいシーンでの荒々しさぶり、基本的なことだが各パートの 入りと収めの完璧さ。すべて完成されていて美しい。小澤征爾のような「楷書の指揮」 をする人に、このオケはより向いているのではないかと思った。徹底して「作品のしもべ」 たらんとするところが、小澤征爾とウィーン国立歌劇場管弦楽団に非常に強く共通 している感じがする。 |
12月30日(ウィーン)
ウィーン楽友協会大ホール
アーノンクール指揮
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団「ニューイヤーコンサート」ゲネプロ公演
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いよいよ楽友協会へ。上の建物全体写真は前日(29日)夜、国立歌劇場の帰りに通り
かかって撮ったもの。もちろんゲネプロ公演は本番と同じ朝11時開演である。
オーストリア軍人がバスに乗ってたくさん来ていた。 ゴールデンザール。本当にこれだけで美しい。しばしここにいること自体を楽しむ。 まだ本番ほどの飾りつけはされていなかったが、今年の花は白一色だった。それより 何より、とれた座席がとてもよかった。平土間の一番後ろだが、このホールの平土間 はずーっ高低差なくまっすぐなのに一番うしろ数列だけがせり上げっている。だから 全体がとてもよく見える。またこのホールはそんなに大きくないので、一番後ろといっても じゅうぶんステージが近い。気が動転するほど眺めが良い(上の写真で伝わるかどうか)。 そんなところで写真を撮ったりしながら期待に胸膨らませているところへ、オケに引き続き アーノンクール先生が登場。昨日のシュトラウス祝祭オケに比べて非常に高貴でスマートな演奏が始まった。 例えば皇帝円舞曲。非常にさらさらしている。最も盛り上がる中間部の最後手前などは 昨日とは違う曲のよう。なるほど違うもんだ。良し悪しではなくてどちらの流儀も素敵だ。 以前けいはんなフィルで小学校の音楽鑑賞会をした時に僕が提案して演奏した「農夫のポルカ」 (あまりの恥ずかしさとやりにくさゆえに楽団のみんなには極めて不評だった)が、 プログラムに入っていた。すばらしい!チャキチャキして迫力があって。ウィーンフィルの皆さん の歌は、以前クライバーでやったときよりも上手かった。ピッコロの人を筆頭に管楽器の人も 自分が吹く直前まで一生懸命歌う。お客さんも大いに盛り上がっていた。思い切ればめちゃく ちゃ楽しい曲なのだ、やはり。 このホールで聴くとなおさらだと思うが、ウィーンフィルの本気のフォルテは凄い。ドカーン と迫ってくる。その感じも快感だ。アーノンクール先生の演奏は正月の生中継を見ての通り だが、当日はゲネ公演ということもあり先生の衣装のズボンはヨレヨレだった。しかし、 この先生はとてもウィーンフィルとウィーン人々に愛されている感じがした。なにせ、拍手 が違う。特にアンコール後の拍手は地響きに近いような迫力だった。こんな拍手の中 に身を置くこともなかなかないことだろう。 ということでドナウ(とてもひらひらしてて僕は好きだった)も聴いて興奮のうちに席を立っ たわけだが、ゲネプロ公演だからなのか、なんかステージまわりが適当に開放状態なのだ。 一番前のBOX席に入ってみようと思って扉を開けると、そこはそのままステージにつながっていた。おそるおそるステージへ踏み込む。誰も気にする様子はないし、他のお客さんもうろうろ していたので、どんどん歩いていき、ついにやってしまった・・・指揮台横に立つという暴挙! うひょ〜。。。それにしても、ここの舞台は奏者同士もそうだし指揮者と奏者の距離がとても近い!! さすがに指揮台に上がる勇気はなかったが、ようするにビオラのトップサイド席あたりに立ったわけだから、せっかくだからオケの中にいるつもりで周りをキョロキョロ見回す。いつもテレビで見るオーボエのトップのおじさん(Gottfried Boisits氏?)が、まだ席で楽器の掃除をしていた。バイオリンの最後列も全然近い。自分がここでアインザッツの息を吸えば今にでも音楽が始まるんじゃないかと錯覚するほどの距離感。こんな自然な風景を見てしまうと、夢見心地というよりは、かえって日常に思えてならない。世界のトップオケでもアマチュアでも、「場」は同じなんだ。(音響とか じゃなくて、オケが作る場。)ここにみんなが座って、ただしゃべっているうちは京都人の茶飲み場と同じような感じなんだと思う。でも演奏が始まると別世界なわけだ・・・。ああ、3秒でいいから こんなところで指揮してみたい・・。(あ、それは指揮者じゃなくても思うことですわなぁ。昨秋 シアトルに行ってセーフコ球場の客席最前列に立った時にも「ここで走ってみたいなあ」と思ったし。) 余談だが、この日のハンガリー舞曲5番はなんかオケが噛み合わなくて、あきらかに 演奏が混乱していた。聴いたことのない古い版を使って演奏していたので、多分楽譜の感じが 変で混乱を招いたのでは・・・と思う。
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つ、ついに楽友協会大ホールのステージに!^^)ゞ
(デジカメで撮ってなかったので、カラープリントをデジカメで撮影。)
12月30日(ウィーン)
コンツェルトハウス(大ホール)
ウィーン交響楽団
ベートーヴェン:交響曲第9番
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この演奏会も現地に行ってからチケットを買った。 ウィーンも最終日。この日は朝ウィーンフィルに行って、20時から始まるこの演奏会 前までずっと街中をウロウロしていた。 このホール、とても綺麗な上にとにかく巨大なのだ。合わせてなのかオケも合唱も すごい人数で巨大だった。このホールはさぞかし音響が悪かろうと思っていたが、 演奏が始まってみると意外と良好。 やっぱりベートーベンは「地」の楽団というか、少なくともドイツ語圏のオケの演奏が いいわ・・・と、率直に感じさせる圧巻の演奏だった。本当にこういう曲で民族性とい うか芸の伝統の重みの違いが出る。オーケストラのマルカート感、ザクザクとしたリズ ム感、合唱の発音の明瞭さと野太さ、音の立ち上がりの良さ。「ああ、これが第九だっ たんだ」という感じだった。こんなところで突然目からうろこ。久々に第九でじーんと きた。 細かいことを言えば、指揮者の動きがとにかくうるさかった。3楽章ではその弊害が演奏に。 あの緩やかで美しい楽章を元気よく「ハイ!ハイ!」ってかんじで振るから、なんかなぁ という感じ。まぁでも、上述のように圧巻の第九を聴かせてくれたのだから、これはオケ だけじゃなくて指揮者の能力も高いということなんだと思う。 ウィーンの最後に圧巻の第九を聴けたこと、そしてなんかすっきりこの曲が腑に落ちて 感動できたことが妙に嬉しかった。 |
12月31日(ベルリン)
ベルリンフィルハーモニーホール
サイモン・ラトル指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団「ジルヴェスタコンサート」
バーンスタイン:「ワンダフルタウン」他、ワイル、ガーシュウィンの作品
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観光地であり伝統を継承する責を負ったウィーンとは全然違って、ベルリンはとても
現代的な街だ。そして、人々がおしゃれだ。壁崩壊前の雰囲気はほんとんど残ってい
ない。 ウィーンから昼前にベルリンに到着し、夕方5時からのベルリンフィル「ジルヴェス タコンサート」を待ちながらウンター・デンリンデン周辺を歩く。今回の旅で最も 楽しみにしていた演奏会だ。若きカリスマ、サイモン・ラトルが音楽監督に就任して 初めてのジルヴェスタコンサート。本当にわくわくしながら夕方を待った。 カラヤン・サーカスと呼ばれるホールの一種異様な概観を眺めて(上の写真)ロビーに入ると、 やはりみんなおしゃれ。今回行った演奏会の中で最も蝶タイの人が多かった。女性も ドレスの人が非常に多かった。ロビーにも演出があった。バーンスタインの様々なス チール映像と楽譜の断片の映像をロビーの壁や天井のあちこちに投影している。大変 スマートだが演奏会前の興奮を呼ぶ仕掛けだ。(上の写真はその一部) ホールに入ってびっくり。席がめちゃくちゃ良い!1階の上手側一番後ろなのだが前から 10列目。ステージがとても近い(上のステージ写真は席から望遠無しで撮ったもの)。 このホールは指揮者(カラヤン)がすべての中心に来るように設計されているワイン ヤード型なので、より距離感が近い。生中継が入っているコンサートなのでカメラが何台もあって、なんとなく気にはなりつつもとにかく席でわくわくしていた。帰国してから発覚したのだが、 まさにこの「席でわくわくしながら待っている」我々がかなりのアップで映っていた。あらら〜。 さて、安永さんをはじめベルリンフィルのメンバーが颯爽と登場し、いよいよサイモン・ラトル が登場。単純な感想だがかっこいい!キャンディード序曲が始まり、ベルリンフィルならではのドライブがかかる。今回最高のさぶいぼが立った。多少アンサンブルに乱れはあったものの、急激なクレシェンドやスビトピアノの瞬発力が、オケ全員×身体全体にみなぎる。ベルリンフィル(やベルリンフィルメンバーによるアンサンブル)は何度か日本で見ているが、このドライブ感こそが このオケの真骨頂かもしれない。入り口で僕らの心をぎゅっと掴んでしまう。ラトルの指揮は しなやかで思った以上に上品だった。顔の表情にはとても力があって(むしろ表情は下品になれる)、奏者とのアイコンタクトにとても長けている人だと思った。 続いて、僕が最も好きな作曲家の一人、クルト・ワイルの歌曲が数曲。ベルリンで聴くワイル。 なんとも感慨深いものだ。ガーシュゥインも織り交ぜながら休憩なしで後半の「ワンダフル・タウン」へ。正直言って長ったらしい曲だが(そして、なんでベルリンフィルでこの曲やねんという 気にもなったが)、とにかく歌手陣もオケもラトルも力いっぱいだった。この作戦は会場 のベルリン人の心のニーズにはマッチしていたようで、客席もかなり盛り上がっていた。衛星中継 を見た人はご存知の通り、アンコールは「コンガ!」で会場全体がパーティ状態に。ラトルの 呼びかけで客席からも「コンガ!」と大合唱。歌手陣が連なって客席を練り踊り、観客も立ち上 がってその列に混じり、ステージと客席の垣根無しにみんなでダンス。ステージを見るとオケの メンバーも出番以外は立ち上がって踊っている。安永さんもバイオリンをぶら下げて踊っていた。 ・・・出演者と客がぐちゃぐちゃになったまま狂喜のうちに終演。 帰国後見たネットでの評価はいろいろだったが、僕は聴衆としてとても興奮したし、なにより サイモン・ラトルがまずは「築かれた栄光のベルリンフィル」を壊すことから始めていること にとても感銘を受けた。カラヤンもアバドもいわゆる上品に楽しいコンサートやあるテーマで 括ったコンサートに組み立ててきたジルヴェスタコンサートで、聴衆も入り乱れてのコンガダンス!・・やはり壊しにかかっている。彼が本気で10年〜20年かけてこのオケと共に新しい世界一の形を作ろうとしているに 違いないと思った。「すごいベルリンフィルを指揮する」ではなく、「ベルリンフィルのメンバー と一からすごいものを作ってやる」という気概だ。 終演後、ロビーへの出口の隣にステージ裏への出口がステージからつながってあいているので、 (そしてみんなそこへ入っていくので、)入ってみた。あらら。サイモン・ラトルが横に いるではないか。近しい友人のような人と興奮した様子で話している。横にいた観客のおばさんと 一緒に、サインをしてもらおうと彼の会話が終わるのを待っていたが、ラトルはきっぱり無視して 奥の別の人の所へ行ってしまった。 ロビーに出るとシャンパンが振舞われていた。ジルヴェスタコンサートならではだと思う。 調子に乗って2杯も飲んでしまったが、周りの人々の雰囲気の良さ、ロビーに施された 演出、そして何よりもステージの興奮の余韻で、本当に気分が良かった。 戻って深夜にブランデンブルグ門へ。花火(クラッカーとロケット花火)があちこちで 破裂して本当に怖かった(若者はワインボトルをラッパのみしながら歩いている)が、 すごい人垣を切り抜けてなんとかブランデンブルグ門前で新年を迎えることができた。 |
1月1日(ベルリン)
ベルリン国立歌劇場
バレンボイム指揮
ベルリン国立歌劇場管弦楽団「ニューイヤーコンサート」
ベートーヴェン:交響曲第9番
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とにかく行ってみたかったという感じで、特に何がどうなるかを期待していたわけ
ではなかった。しかし、やはりヨーロッパでは凄いものに出会ってしまう可能性が
高いものだ。今回行った中で最も深い感銘を受けた演奏会だった。 つまりバレンボイム先生(と、このオケの長年の親密な関係)が凄かったのだ。 僕は先生の音楽についてこれまでそれほどまでに強い興味を感じたことがなかった。 もちろんいくつかのCDは持っていて聴いたことはある。録音にするとあまり感じ られにくくなる特性があるのかもしれない。 とにかく「これぞ巨匠!」という演奏。非常に堂々たる第九。12月30日の ウィーン交響楽団の第九とは全然違う。1楽章の最初から違う。冒頭で醸し出される 創生感の奥行きも違うし、弦楽器の32分音符の揃え方すら堂々としているではないか! ティンパニも加わって全奏で最初にドカーンとやるところでいきなりゾゾゾっとさぶいぼ が立った。バレンボイム先生の端正なうしろ姿も、この時ばかりはものすごく巨大に見えた。 今でもその映像が目にしっかり浮かぶ。 あとの楽章までいちいち説明をするわけにはいかないが、とにかくその先もこちらが背筋を 伸ばして聴きたくなるような、ある種神聖な空気すら漂う演奏だった。ひとつだけ例を挙げ れば、4楽章のテーマを低弦がピアニッシモで弾く所。こんなに静かなこの 箇所の演奏を聴いたことがない。美しく立派な歌劇場全体が音楽の中に吸い込まれていくような 感じがした。そして耳がツーンとなった。なんということだ・・・「音楽の神が降りてきた感」 というのはこういうことを言うのかもしれない。 このオケとバレンボイム先生の関係は非常に長く続いているが、その中で着実に熟成されて きたベートーベンなんだと思う。帰国後、このカップリングのベートーベン全集(99年) を見つけたときは「これでいつでも聴ける」と本当にホッとした。そしてまず第九を買って 聴いてみたが、あのときの映像が目に浮かぶ。ライブ同様、堂々として神聖な演奏だった。 ベートーベン全集はバーンスタイン=ウィーンフィル、カラヤン=ベルリンフィル、アーノ ンクール=ヨーロッパ室内管を持っているが、久しぶりにバレンボイム=ベルリン国立歌劇 場管で買い揃えてみようと思う。
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1月1日(ベルリン)
コーミッシェオーパー
コーミッシェオーパーオーケストラ「ニューイヤーコンサート」
ドヴォルジャーク、レハール、の曲を中心に、J.シュトラウスなど
バレンボイムの第九を聴いてからウンターデンリンデンを少し散歩し、次は国立歌劇場 から徒歩10分の所にあるコーミッシェオーパーへ。ほとんど劇場に入りたいからという 理由でチケットを予約していた。 ウィーンフォルクスオーパーのオケの危うさを見てしまったあとだっただけに、 ここのオケにもあまり期待はしていなかった。ところがである。ここのオケは とても巧い!弦・管・打楽器のすべてが相当に鍛えられている。音色、リズム感、 アンサンブルの三拍子見事に揃っている。特にアンサンブル能力には平伏したくなる ものがあった。 ものすごくかわいらしく、そして美しい装飾に彩られた歌劇場。そこで繰り広げられる 小曲や歌曲の数々。レハールの歌曲では3人の歌手が曲ごとにそれぞれ登場し、 素晴らしい歌声を披露する。その歌手陣がまたものすごく包容力があってウマイ。歌モノ でのオケ&指揮者の合わせて行き方もソツがなくて快感。お客さんも大いに盛り上がった。 このコンサートに行って良かったなぁと今でもしみじみ思うのは、アンコールで、今まで 僕が聞いた中で最も素晴らしい「雷鳴と電光」の演奏が聴けたこと。僕はこの曲の いわばマニアみたいなもんだが、こんなに雷鳴&電光らしい演奏は初めてだ。テンポ感も 絶妙だし、ティンパニの雷鳴感、バスドラとシンバルの掛け合い(二人の奏者がお互いを 牽制し合うように演奏して客席も大笑いだったが)の迫力と面白さも、これ以上ないでし ょうというほどの極みに達していた。また、場面転換時のスビト感を極めていて、ここま ですばやくできて初めて聴こえる行間みたいなものが聴こえてきてびっくりした。 そういえば、阪哲朗さんはこのコーミッシェオーパーの常任指揮者(だったかな?)を最 近までつとめていた。阪さんはトレーニング上手でも有名だが、もしかしたらこのオケの 技能は阪さんに鍛えられたのか? しかし、ベルリンには素晴らしい楽団やオペラオケがたくさんあるものだ。今回行った ベルリンフィル、ベルリン国立歌劇場、ベルリンコーミッシェオーパーは、互いに徒歩 圏内にある。こんなぜいたくなことってあっていいの?!3つともウィーンより刺激的 で密度が濃く本当に素晴らしかった。 そんな感じで大感激しながら、翌朝、ベルリン「ツォー駅」から電車でプラハに向かった。 ツォー駅は旧西側だが電車はプラハに向けて東へ走る。駅を出てすぐに旧東ベルリンの 中心街へ進んでいくが、この辺りの建物はやはり旧共産圏の雰囲気がとても色濃く残って いて、つい10年ちょっと前までこの都市が分断されていたことを実感させるのだった。
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1月2日(プラハ)
王の道マリオネット劇場
モーツァルト:歌劇「ドン・ジョバンニ」
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ドン・ジョバンニも初演されたモーツァルトゆかりの劇場、スタボフスケー劇場
(エステート劇場)。ここでこの日まさに「ドン・ジョバンニ」が上演されること
を数ヶ月前から知っていて、もちろん日本から「ボヘミアチケットセンター」に
チケットの申し込みをしていたのだが、なかなか採れず、結局そのまま現地に乗り込んだ。
が、席数が少ない上に立ち見席もないようで、当日券もゲットできなかった。美しい劇場
の周りをうろうろして「見たいなぁ、見たいなぁ」と繰り返すばかり。 あきらめてカレル橋の方へ歩いて行くと、プラハ名物、人形劇の劇場 (マリオネット劇場)を発見。プラハ城から火薬塔へ続く王様のパレードの道「王の道」 沿いにある「王の道マリオネット劇場」。「ドン・ジョバンニ」を上演するというから 入ってみた。 狭い劇場に小さな小さな舞台。何が起こるのかとドキドキしていると、「ドン・ジョバンニ」 の序曲の録音が流れ、小さなオケピに人形オケが・・。曲に合わせて弓が動いたり、とても おもしろいのだ。序曲が全部終わって幕が開く。楽曲そのままに人形劇が始まる。音源に 合わせて歌い、マイムをする人形達。とりあえず最初のクライマックス、ドン・ジョバンニ と女の父親が戦い父親が刺し殺されるところまで、カット無しに進行した。とにかく器用だ。 表情のない筈の人形が感情を見事に表現する。 「あらら、このまま全曲やってしまうのか?すごいなぁ」と思っていると、そのうち曲が どんどん端折られて行き、約1時間半で終了。途中のパーティシーンもよく描かれていたし、 最後のクライマックス(ドン・ジョバンニが亡霊の大石像に引きずり込まれてしまうところ=上の 左側の写真はそれ。でもこの写真、全然わかんない。)なども、なかなかの迫真の演技だった。人形とわかっていてもついつい等身大の人間が演じているように 錯覚する。 お客さんは若い観光客ばかりだったが、みんな真剣に見ていた。劇が終わり、人形師の 皆さんがカーテンコールに出た時(右側の写真)には、客席から感動の拍手が湧いた。 古い観光地ゆえに少し暗い雰囲気が漂う町だが、「人形劇」「モーツァルト」「歌劇」 という大切な文化資産を守る芸術家達が日々頑張っている。
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1月3日(プラハ)
プラハ国立歌劇場
ビゼー:歌劇「カルメン」
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ドイツ人のために建てたというこの劇場。外見もなかなか立派だが、中の装飾が
ものすごく派手だ。客席には・・メジャーな演目ということもあって日本人が多い!
バスで乗り付けて来たツアー客のようだ。チケット料金はそんなに高くなかったので
最上ランクのチケットを予約していて平土間の前から数列目だったが、かなり空席が
目立っていたため、途中から一番前で見ることに。音響はもともと良かったが、一
番前で聴くとこれまた凄い迫力だ。指揮者や歌手の息遣いもはっきりわかり、この席
ならではの貴重な体験ができた。 そして、あらためてビゼー天才ぶりを実感した。「カルメン」は映像では観ること があったし、組曲の勉強をした時にストーリーや各シーンの曲の位置づけや意味合い などはじゅうぶん理解・把握していた。しかし生では初めてで、ビゼーが音楽の響き にこだわった(響き作りの天才だった)ことが誠によくわかったのだ。 最初のタバコ 工場前での子供の兵隊や、途中のトランプのシーンなどの音楽も感動的。闘牛士の 登場シーンの演出性もお見事(今回の公演ではここはイマイチな立ち回りだったが)。 だが特にフィナーレの闘牛場のシーンが際立って天才的だ。バンダでこんなにさり げなく悲劇の空気を演出する曲は他にもあるのだろうか?賑やかな闘牛場の裏で繰 り広げられる悲劇的な殺戮シーン。現前の悲劇を強く描きながら、その背景に時々 もれ聴こえる闘牛場の勇敢な音楽。その対比によってより浮き彫りにされる悲劇性。 ベルリオーズも音楽で空気を演出することや心理を際立たせることに非常に長けて いるが、ビゼーも劣らない。フランスの作曲家ならではだと思う。 オケも歌手も演奏全般が最初は良くなかった。決して技術的に劣るということ ではなかったが、オケも歌手もなにか力に欠けるという感だった。 「プラハの音楽はただの観光的見世物に堕落してしまっているのか。」と思わせたほど。 だが、進行していくにしたがってどんどん良くなって行き、ほっとした。
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1月4日(プラハ)
国民劇場
ドボルジャーク:歌劇「ルサルカ」
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「国民が国民自身のために」・・・。この劇場はドイツ劇場(現在のプラハ国立歌劇場)
とは逆にプラハの人々が自分たちチェコ人のために建てた劇場だ。従ってチェコ語での
上演が多いし、ドヴォルジャークやヤナーチェクなど地元の音楽家の演目の上演も多い。
(上の左側写真は、ステージの上の部分だが「国民が国民自身のために」と書かれてい
る。)ブルタヴァ川(モルダウ川)のほとりに燦然と金色に輝く。完成しこけら落
とし間近に火災に遭ったが人々は募金活動をし完全に建て直したらしい。
ドヴォルジャークもスメタナも、この劇場とは深い関係にあったそうだ。
(ドヴォルジャークの弦楽セレナーデはこの劇場を建築中に、ドイツ劇場オケと国民劇
場仮オケの合同演奏会で初演されたそうだ。) この旅行を決めたときからこの公演にはどうしても行きたかった。ネットで一度申し込 んだが、年明けにこのオペラを見るのはプラハの人たちの恒例行事なのか、早い時期から すでに満席表示が出ておりほぼあきらめかけていた。しかし、出発2週間前にもう一度 トライし、なんとか確保できた。なぜこんなにも行きたかったか。それはもちろん、今ドヴォル ジャークの弦楽セレナーデに取り組んでいるから。プラハの人々が熱烈に支持するこの 作曲家の演目を、プラハで、国民劇場で、大勢の地元の人々と共に観てみたかった、その 空気を感じたかったのだ。(もちろんこの前日にドヴォルジャーク博物館にもちゃんと 行ってきた。) 会場に来てみると、本当に客層が良い。決して派手に着飾っていないがこの日を楽しみ にしていたという雰囲気が漂う。そして外国人が(おそらく)いない。前日の国立歌劇場 とは全然雰囲気が違う。 ドヴォルジャークの歌劇で唯一海外でも上演される機会があるという「ルサルカ」。(初演 はもちろんこの国民劇場。)ストーリーはひらひらした御伽噺だが、そして曲は「ドヴォル ジャークはやっぱりオペラは下手かも」と思わせるメリハリのなさが目立つ曲だが、とにか くドヴォルジャークらしい濃さとキラキラしていて美しい響きの両方がふんだんに盛り込ま れている。 前日の国立歌劇場とは違ってオケが上手い。「プラハ国立劇場」という 同じ団体であるにも関わらずどうしてこんなに演奏に違いがあるのだろう?弦の厚みも 充分でしかも整った音色だし、フォルテの迫力もピアニッシモの繊細さもしっかり併せ 持っている。 上手ステージ近くオケピの真上のBOX席で鑑賞。個室BOXで、おばあちゃんと その孫娘の二人と相席だった。とても可愛い孫娘は、劇の最初から最後まで、本当に 真剣に鑑賞していた。(このページの一番上の写真。おばあちゃんによると彼女は 11歳でドイツからプラハに遊びにきているらしい。プラハに住むおばあちゃんが 彼女を連れてきてやったらしい。) 公演は非常に暖かい雰囲気の拍手に包まれて終了。旅の最後の夜に、素晴らしい劇場で 地元の作曲家の演目を地元の人々と共に鑑賞できたことがとても嬉しかった。苦労して チケットを確保した甲斐があった。
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