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四十八滝沢は、千段の滝沢とも呼ばれ、著しい滝の数と豊富な水量、また氷瀑の訓練場として他に例を見ない長さと、何よりも混雑を知らぬこと等、魅力溢れる沢である。沢沿いに走る登山道は、アプローチや下山路として利用可能である。
●1980年1月20日(日) 晴れ●
TIME:ケイゴヤ橋8:55→9:25林道分岐→10:10滝ノゾキ岩→12:15七段ノ滝下→15:10白竜ノ滝上→16:40尾根上→18:15ケイゴヤ橋 *J氏、Y嬢、私
前夜22:00、赤羽を車で出発。2:00、ケイゴヤ橋まで乗り入れる。建築中の建物があり、その隣の資材置き場が、格好のねぐらを提供してくれた。オガ屑の上に手ごろな板を敷き、ツエルトを張って、馬鹿でかい工事用電球を炬燵代わりにして、酒を呑んだ。一升瓶をシシャモ肴に三人で七合ばかり呑み、シュラフに潜ったのが5:00頃。
8:15、大工たちの到着とともに起床。心温かき人ばかりで、焚火に勧めてくれもした。とにかく寝坊したので、慌てて出発。
雪深き林道をしばらく行くと、やがて北口登山路に合する。この登山路が沢を渡るところから、最初の三段の滝が始まる。中央が流水、両端がブルーアイスの状態。ここで3パーティほどの順番待ちとなる。登攀具装着。
初めてのダブル・アックスであるが、特に教えることは何もないから、好きなように登ってみろと言われ、この15m滝を見よう見まねで登る。不都合は特に感じず、スチュバイのピッケルに、IKから昨日強引に借用してきた新品のシモンのアイス・バイルも、どうやら氷瀑登攀には最適の道具であるみたいだ。
二つ目の滝は、薄氷10m。ピッケルが氷の下の岩に弾き返されるので難儀である。半ば岩登りと言っていい。トップをゆくJ氏は、新婚旅行でシャモニに出かけてモンブランを夫婦で登ったり、国内では第一級の氷壁である冬季一ノ倉、屏風岩、鹿島槍北壁と、凄まじいばかりの十年余の登攀歴を持つベテランであるが、子供を二人も抱えての家庭生活に追われ、メットを被るのも実に久しぶりで、今日はどうも怖くっていけない、と漏らす。
ところで、前方40mの懸崖に、我々の沢は行手を塞がれている。先輩ら二人とも前に一、二度来ているが、この滝には覚えがないと言う。今年はどうやら氷が発達しているらしい。
さて、ぼくの方は、これを機会とばかりに、生意気のようではあるが、トップ交代を承諾して頂いた。40mザイル2本を股ぐらに、流氷右側の、側壁に沿って氷瀑を攀じる。撥ねを上げる水の冷たさを頬に受けつつも、よくよくピックの刺さり具合を確かめながら、これに身を委ねてのせり上げだ。だいぶ時間を要したが、無事落ち口に立ち、後続二人の確保にまわる。
ビレーをしつつ後方を(つまり行手を)見ると、次なる滝は七福ノ滝、やはり40m。これは全面的に凍りついた瀑である。この直登はさすがに躊躇われる。瀑というよりは氷柱であった。前回はこれほど悪くなかったそうだが、今回は仕方なく、七段滝のまず左をトラバース気味に乗越し、右端に移って残りを片付けた。こうしてみると、案外容易に切り抜けることができた。
皆、この辺りで下降に移って行くようだが、我々としては頂上に出てゲレンデを一本くらいやってゆきたかったので、さらに前進する。15mほどの滝がまだまだ連続し、おかげで腕力の消耗が激しい。ビオレ・トラクションには、脚力(主にふくらはぎ)とともに、腕力・握力が大きな要素となることを、切に感じた。ピッケル・バンドに手首をかけてぶら下がりながらの登高の連続で、最後の滝に向かう頃には、腕が痙攣でも起こすかと思われるほどの筋肉疲労を感じた。Y嬢もベテランであるが、既に今日二度も落ちているので
、登ってしまったJ氏に白竜の滝下から確保のためのザイルを投げ上げるなど、しんどい登攀となった。ここでもIK借用新品アイス・バイルは目覚しい活躍をし、投げ縄ですっかり消耗した腕力を助けてくれている。逆にJ氏の方はすっかり感覚を取り戻し、ピッケル一本で、次々と氷滝を越えてしまった。
ところで、いくら行っても沢が尽きない。滝はどうやら終わったようだが、詰めても、詰めても、稜線は遠い。予想以上に氷が多かったせいか、時間のロスは甚だしく、周囲もだいぶ冷え込んできていた。足跡も、もはや我々のものだけになっており、とうとう意を決し左岸の登山道に出て、下降することにした。
そうと決めてからも、かなりの距離をアルバイトして、ようやく一般路に飛び出した頃には、早くも日没が迫っている。遠く谷あいの開けた場所を、最後の残照がたゆたうばかりだ。一日中何も食っていない腹に、蜜柑と水を詰め込み、ふらふらに笑う脚で、急ぎ下山する。
振り返る四十八滝は、眼を疑うばかりの氷瀑の急峻なる連続。夜気に輝く美しさは、妖しいほどである。途中ですっかり日が暮れ、闇の中、白い雪の、ぼかしたような明るみを、見つめながら歩いた。星は、夏の穂高を凌ぐほどに満天。車に辿り着いた頃は、西空に、剣(つるぎ)の如き三日月が冴えていた。
−了−
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