■谷川岳馬蹄形 単独縦走■

■谷川岳馬蹄形 単独縦走■


---序---


 上越国境の山岳は寂しいところだ。とりわけ秋の、眺望の良い尾根道を歩きたくて、土合に向かった。単独だから、気ままに登った。天候ははっきりせず、風雨に悩まされ、当初の予定の貫徹しなかったことが、心残りとなった。

●1978年10月7日 (曇り時々雨、雪)●


 土合駅にて仮眠。7:00起床。白毛門を登り始める。前夜からの雨の中、泥濘がひどい。三時間の喘ぎながらの登高の末、白毛門山頂に独り立つ。展望はなく、寒い。

 笠ヶ岳へは、クマザサの生い茂るぬかるみの道を辿って一時間と少しである。藪の丈高く、抵抗が激しい。おまけに足元も見えない。ズボンまで泥まみれとなって笠ヶ岳山頂着。小雪、舞う。今日、他にこの尾根を行く者は誰もいない。

 

 朝日岳へ向かうと、風が俄かに強くなる。朝日岳手前の痩せた小突起をいくつか越えるあたりは、雪がついて凍結している。灌木は樹氷となって綺麗だ。が、立ち止まって眺めるゆとりはなく、風の冷たさに涙が出るほどだ。山頂より広がる朝日ヶ原にて休む。霧と風と、草原に囲まれた池塘群との、幻想的な場所だ。がたがた震えつつ、いつまでもキスに腰をかけている。

 清水峠への急下降が始まる。木の根に躓きながら、ブッシュを掴んで下る。へたをすると泥の中に膝までもぐりこむような悪路だが、危険はない。清水峠非難小舎泊。客は他に一人。単独行しかいないのか、この尾根は。15:15、行動終了。

●1978年10月8日 (晴れ、強風)●


 台風なみの暴風が吹き荒れているが、よく晴れ渡っている。7:00出発。昨日にも増して激しい風の冷たさだ。早速、クマザサとの闘い。尾根へ出ると、大源太山が険悪な様相で構えいるのが眼を引く。

 大源太方面縦走路おとの分岐でもある七ツ小屋山頂は、突風の中にあった。

 蓬峠、9:00。水場へは往復20分を要する。峠には有人小舎があり、人が多く、昨日の寂寞感はどこにもない。明るい空だ。澄んだ秋空だ。武能岳山頂に人影が見える。ほとんどが逆コースからの縦走者だ。

 ふたたび荒れた風の道を歩き出す。ヤッケ要。武能岳へは大した苦労もなく頂稜伝いに辿り着く。この辺りのメインルートであるためか、人が多く、皆、山頂直下に風を避けて休んでいる。頂上、10:35。眼の前に腰を据えている茂倉岳が意外に高く、大きい。

 道はひとたび笹平へと急下降して、うんざりするような長い登りに変わる。武能岳よりは遥かに高く、遠い。茂倉岳の半分ほどの地点で、笹平にカメラを置き忘れたことに気づき、取りに戻る。二度、同じ登りを繰り返すのが辛い。

 縦走中最も苦しかった登りを詰めれば、さすがに好展望の頂へと達する。太い緩やかな尾根が、眼の前の一ノ倉岳へと延びていて、中途に、昼寝を貪る者たちの点在する風景が、やけにのどかだ。風は相変わらず。風から逃れねば、憩うことはおろか、煙草に火を移すこともかなわない。谷川岳双耳峰が、すっきりと青年のような姿が延びており、万太郎山、仙ノ倉山、平標山へと続く豪快な山稜が、西へ西へと際限もない。

 一ノ倉岳へと駆け上がると、一ノ倉沢の登攀を済ませたクライマーたちが、そこかしこで休んでいる。ノゾキから、切り立つ一ノ倉沢大岩壁を眺め下ろす。メットの面(おもて)が、随所に輝いている。しかしここは一様に暗く、全体を影の中に投じられてある。

 オキノ耳、トマノ耳を辿り、谷川岳山頂に至って、風の叩きつけて来る痛みに耐えつつ、長居を決め込んだ。テント場もなく、非難小屋へはかなり遠く、オジカ沢の頭を越えねばならない。肩の小舎炊事場にシュラフを広げたが、料金は規定どおり普通の一泊分徴収されてしまった。無念である。

●1978年10月9日 (晴れ、のち曇り)●


 ラジオで天候悪化と聞き、下山。天神平へと達したものの、ここからは土合に下りる方途もなく、ロープウェイを利用することになる。

 土合は観光客でいっぱいだ。紅葉もたけなわ。マチガ沢出合にツエルトを張り、午睡を貪った後、一ノ倉沢に足を延ばして、遊ぶ。夜、かなり激しい雨。

●1978年10月10日 (雨、のち曇り)●


 朝、雨中にツエルトを撤収し、荷造りを済ませ、帰路に着く。土合9:00初のバスにて水上へ向かう。

【後記】

 水上駅前の鍋焼きうどんとビールは、谷川帰りの一番の愉しみだった。  「日本で二番目に鍋焼きうどんのうまい店」という看板。「味がわからなくなるので七味を入れないで」と注意される鍋焼きうどん。 「うちはビールは置いてないが下山祝いならあるぞ」と言ってビールを出し、「うちは酒は置いていないが風邪薬ならあるぞ」、と言って酒を出す店であった。夜行でここに到着しても、夜中にちゃんとやっている店でもあった。相当の登山者を惹きつけていた店だったはずだが、今は、もうない。(2007.2.17)


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