北八ツ
山深き池畔冬景凍て残り
雨降りやまじ北八ツ原野
白駒へ急ぎし乙女いたわりつ
樹林残雪とどこおる春
木々越しに風覚ゆれば白駒の
池にしじまの雪氷麗し
木の根踏み雨に霞める麦草へ
急ぐ隊列言葉少なく
白馬岳
夢果つる夜汽車の窓に茜映え
降り立つ白馬ゆく峰聳ゆ
ひととせを岳に努めし乙女らと
霧のやさしき花の白馬路
ひさかたの遠山入りに萌ゆ心
吹くは我らがアルペンの風
天幕の傾く夜は夢の絶え
天駆る風に心震えむ
安曇野のめぐる季節に過ぎし峰
なつかしみ問う残雪の夏
雲ノ平・槍・穂高
まためぐる夏よ穂高の峰に触れ
共にさすらう雲の通い路
豊饒の天(そら)を抱ける太郎平衛に
連なり聳ゆ薬師ぞ白き
幽谷に岩魚のあまた棲むという
黒部水神瀬音の痺れ
黄昏れてキスゲ群れ咲く原踏めば
脚下にのぞく吊り橋近し
振り仰ぐ薬師はるかに溪へだて
遠雷の歌雲間に響く
霧巻けば異国の牧地さながらに
咲き乱る花茫漠の午後
遠山も花残雪もガスに溶け
いかづち渡る黒部源頭
氷雨衝く登高の辛さ身に沁みて
湯気に震えるヒュッテの憩い
双六の石のしとねに仰向きて
谷に生まるる雲もてあます
初晴れに踊る横顔茜冴え
暁闇を断つ北鎌の剣
烈日の射果てぬ尾根に藍の天(そら)
小槍聴けよと歌う我かな
夢背負えば喰らいつく荷のかく軽き
氷河名残れる縦走路たれ
天を駆る雲のキャラバン闇に融け
憂いを溪に染むる落日
北壁に纏わり絡む雲の指々
黄泉をたゆたう蹌踉の月
圏谷に酒宴の灯火点る頃
ようやく知れる友らの抒情
夏日燃ゆ華宴の正午奥穂高
夢に融け落つ雪洞の宵
八峰に金色(こんじき)の水脈(みお)拡げつつ
めぐる月影永劫を射ぬ
徳本峠
黒髪に借日の陽の降る峠
小舎に葉擦れの唄の優しき
憧れの峠をはなれ夏の濃く
島々の渓尽きる寂しさ
安曇野の静かさ名残る無人駅
情(こころ)駆られし旅愁忘れじ
(1979.09)