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●1980年10月22日(水)●
*のち風雪
*TIME:山口(8:45)−里宮(8:50)−2合目(9:15〜30)−6合目(11:00〜10)−最終水場(11:50〜55)−千本桧小舎(12:45〜14:00)−八ッ峰〜6合目(15:55〜16:05)−2合目(17:05-10)−山口(17:30)
IKに誘われるままに八海山を計画してみた。天気は非常に期待が持てたし、出発当夜、KYさん宅で鍋物などご馳走になり、上機嫌で出かけた。無論IKは例によって気が変わったから、一人旅となった。しかしこの日の私は、人と連れ立つ山行を重ねる中で失われてゆく、自分自身の甘さとの闘いや内省が時には欲しいと思っていたし、それ以上に静かで冷たい山岳を独占したいというエゴも感じていたので、その契機を与えてくれたIKに感謝の念さえ覚えたのである。
隧道を過ぎると、車窓に大粒の雨が降りかかった。ショックである。IC先生の予告した通り天気は崩れるのか。巻機山以来の六日町駅にて仮眠をとる。朝、変わらず雨。躊躇しながらもバスに乗り込む。
山口の分教場前で降りると、雨は上がって雲間に陽が覗いた。よし、これならと、錦秋の八海山に向かう。四囲の山なみのなかで、八海山だけはひときわ彩り濃く、上半部に纏わり突く深霧の流れに時折り顔をもたげる黒っぽい岩壁の凄まじさ。どこに登山道があるのかといぶかしくなる。里宮を過ぎて、また雨。傘を広げススキの群生する山麓の原野を行く。2合目の鳥居を見て合羽を出し、まあ鎖場辺りまで行ってやろうと思う。
沢を渡るとすぐに単調な登りが始まる。車中から望めた純白の見事な滝が、どうやら清竜の滝らしく、径はその辺りを目指している。先の日曜は行者の火祭りなどあったらしいが、嘘のように淋しい山である。4合目清滝にはお地蔵様が並んでいるので、手打ち鳴らし自問する。どこまで登る?
答えぬうちから足が先に進んだ。雨は霙に変わって来た。まずいな。鎖場が現われた。どうせ短いだろうと、岩峰上に立った。が、鎖場は一向に終わらず、どんどん登る急傾斜だ。手袋はなるたけ我慢するが、既に雪は本降りとなっている。6合目の小ピークにようやく腰を休めると、麓の山口集落が広いススキヶ原の向こうに見え、それをたちまち雪と霧が隠し去った。雪の密度は急速に細かくなり、周囲の岩壁群を朧ろにしてゆくが、すべては極めて美しかった。聳立する岩壁に取り巻かれ、きめ細かく大気を埋め尽くす降雪に見とれているうちに、やっとこの屏風尾根の名の由来が判然と感じられて来た。
下ろうかと思う。が、今まで越えて来たいくつもの鎖場が厄介だ。体力のチェックをし、全行程貫徹しようと決めた。
積雪は徐々に増して来た。予想と違ってだいぶ吹雪き出したが、径は相変わらず険しく鎖場が連続する。礫岩は案外滑りやすく、手も次第にかじかんで来たので、遂に手袋を着けた。切りのない登高。独りで良かったとも思うし、逆に不安も掠める。焦ることはない、と言い効かせるのだが、日帰り用の装備が気になって、急いでしまう。吹きだまりから鎖を掘り起こす。
尾根が太くなって、やっと千本桧小舎に着いた。1棟だけ開放されていたので、ここで休息。ツエルト被って、メタで茶を沸かして、昼メシをかき食らった。二重窓の隙間から吹き込む雪の吐息は、みるみる床を白く染める。その息吐くような冬の到来は、かつて茄子の山小舎で三日間閉じ込められた頃の、初心の、あのよるべない寂漠を思い起こさせた。
休憩の後にアイゼンを着け、意を決して、いやいやながら小舎を出た。来たときの足跡は奇麗にかき消えていた。下山は新開道と決めていたが、その下降点へは、越後三山縦走路中最悪と言われる八ッ峰を越えねばならない。こちらは屏風尾根のスケールをさらに超絶した悪場であった。冬の西穂稜線に近い悪さだ。ザイルが欲しいなと思いつつも、仕方なく吹きだまりからピッケルで鎖を探し出して、垂直に近い登高を一つ一つの岩峰に強いられる。全き鎖に身を委ね、悪絶で知られる水無川に向かって削げ落ちた断崖を、前後左右に吹きつけてくる風雪に耐えている己れが、何だかひどく真剣で、状況は凄絶を極め、後悔したくてもそんな悔恨のゆとりはなく、獣のように棲家に向かうことの野性を肉の歓びとして密かに感じ取っていた。
新開道への下降点は、日ノ池・月ノ池から始まり、なぜこんな険悪なところに、このような小広い雪原があるのか不思議に思いつつ、とにかく日没を怖れて駈け下りた。しばらく鎖場は続いたが、駈け下りているうちに樹林帯に飛び込み、いつのまにか片方のアイゼンが外れていたので、これを手にぶら下げて、チンバになってさらに駈け下りたが、チンバでは尻餅ばかりつくので、遂には両方のアイゼンをザックに引っ掛け、駈け続け、2合目の鳥居を抜けてみると、ちょうど暗闇が肩の辺りにもたれかかってくる頃合いであった。
ほっと一息ついてススキの原を辿った。前方遠く人家の灯りが疎らだ。脈打つ雨音が、背のザックにちゃぽちゃぽと鳴き続ける水筒の水音と、私の小さなコウモリ傘のなかでやたらにハーモニィして、田園からいま下山したばかりの峰を振り返る私の瞳には、もはや夜と霧との荒びた闇しか映らなかった。
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