*Peminat menentukan〜ファンが決めたこと〜

2001年10月14日、Amugerah Bintang Popular-Berita Harian(ABP-BH) 2001という賞の授賞式が行われました。過去にも受賞した経験を持つシティですが、今年も「もっとも人気のあったスター」という最高の賞と「もっとも人気のあった女性ポップス歌手」賞の2つを受賞しました。ABP-BHではこれで5年連続受賞になります。
先日のマレー語紙「Berita Minggu」の中で、今回の受賞に関するシティや関係者のコメントが出ていましたので、その内容の抜粋を紹介します。
なお、翻訳はshinさんにお願いしました。

■シティのコメント
今回の受賞は、ファンの皆さまのおかげです。そして、(主催者の)ブリタ・ハリアン、TV3に感謝します。
ファンの皆さんは、わたしにとって全てです。ファンの皆さんは、私に投票するために新聞を何部も買ってくれました。しかも、投票するために郵便料金を払ってくれたのです。
ノミネートの段階でファンの皆さんが投票のためにかけてくれた電話の数は600件にも上ります。これにはたくさんの通話料がかかっています。わたしのためにこんなにお金を費やしてくれたファンの皆さんを、とってもありがたく思っています。
賞品としてプロトン・ワジャ(マレーシアの国産車)をいただきました。(自動車販売会社の)EONにも感謝します。
ファンの皆さんは、単にその歌手を「好き」というだけでなく、アルバムや雑誌、新聞を買ってくれています。
今回のイベントでステージに立った時、会場に詰め掛けてくれたファンの皆さんは、「シティが選ばれても選ばれなくても関係ない。私たちはいつでもシティを応援するし、いつまでもシティは私たちの心の中にいます」――などの言葉を言ってくれました。わたしはそんな言葉に感激しました。ファンの皆さんは、わたしにとって特別なものなのです。

■タルディン・イスマイル(59歳 父)のコメント
右はシティの兄
シティに幸運をくださった神に感謝します。今日シティが手に入れたものは、各方面の応援、とりわけ家族の協力の上にあるものだと思います。
わたしはいつも、Sitiに自分の行動に責任を持ち、他人に敬意を示し、規律正しく、そして東洋人らしい慣習に従うように言っています。
わたしと妻の祈りが通じたのか、子供たちは立派に成功しています。シティはこれまで、家族のことを忘れたことはありません。
シティの才能は神から授かったもの。そして、ファンの皆さまがいなければ今日のような成功はなかったでしょう。

■シティ・サルマ・バチック(49歳 母)のコメント
シティが「歌手になりたい」と言ったとき、わたしはいつも、礼儀正しく行動するように言いきかせました。両親の協力のほかにも、何かをする時は正直な心がなければいけません。
シティが成功したのは彼女の努力によるだけのものではなく、応援してくださった人々のおかげです。今回の受賞も、ファンの皆さんの応援あってのものです。

■サイフル・バフリ・タルディン(29歳 兄)のコメント
わたしは兄として、シティを見守り、彼女が歌手としてキャリアを積むための責任を果たしています。これは、両親からの命令でもあるのです。
シティの成功は、彼女自身のたゆまない努力、そして各方面の支援によるものです。わたしたちができることは、シティのファンたちに最高のものを与えることだけです。いつも応援してくれているファンの皆さんがいるからこそ、シティは成功を収めることができるのです。

■ロジ・アブドゥル・ラザック(27歳 義姉)のコメント
わたしは、シティの倫理的、そして正直な心が成功をもたらしたと信じています。シティのやり方に賛同しない声もある中、彼女はいつも努力をし続けてきました。
皆さんがシティの存在を受け入れてくれたことをうれしく思います。いつも応援を絶やさないファンの皆さんは本当に特別な存在です。

■タン・スーロク(スリア・レコード社長)のコメント
わたしは、シティがデビューから5年間で成功をつかむと見込んでいましたが、既に目標の100%が達成されました。それは、アルバムのクオリティ、そしてどうやって各年代層のファンの心をつかむか、といった目標でした。
シティが成功したのは、彼女がレコード会社の計画を常に実行してきたからです。そして彼女は、レコード会社に対し、5年間にわたり最高の仕事をしてくれました。わたしたちが企画したものを彼女が断ったことは、スケジュールが重なったときを除いて一度もありません。
いまわたしたちが彼女に望むものは、さらに次のステップへ進み成功することです。わたしは既にそのための計画を用意しています。


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