その日、彼は夕暮れの人混みでごった返すショッピングセンターで一人たたずんでいた。アフガニスタンに対する義援金募集の一環として行われたそのチャリティ・オークションに『彼女』が出演するという情報を聞きつけて、遠く200キロメートル離れた田舎町から急ぎ首都であるその町にやってきたのであった。
午後4時からの開催までまだ大分時間があるというのに、会場である特設ステージ周辺はすでにたくさんの観客で埋め尽くされていた。当然のことながら客の大部分はマレー系の人々が中心で、インド系のファンはチラホラ見える程度。中国系の買い物客は何事だという顔をしながら人だかりに目をくれるが、興味はない様子であった。
ステージ上ではその日出品される「商品」の紹介が始まっていた。様々なアーティストの衣装やグッズがステージ上に並べられている。司会者と思われる男女が、それぞれの品物を、短いコメントをつけながら紹介していた。
ステージはショッピングセンター入口前の野外に設置されていた。そのため彼も観客も空調のない屋外でそのステージを観ることになってしまった。夕刻でやや曇りがちだったとはいえ、太陽に照らされればずいぶんと暑い。彼は額を流れる汗を拭きながら、今しばらくステージの様子をうかがっていた。
「みんな、暑いかーい!?」ステージから声が飛ぶ。
「あつーい!」すかさず観客から不満げな声が返された。
「でも、アフガニスタンはもっと暑いんだからね〜」と司会者の声。
確かアフガニスタンは今冬だったと思う...
しばらくすると、ようやくオークションが始まった。
「○×△さんが実際に履いていた靴、10リンギから!」
「□○×さんのステージ衣装、10リンギから!」
という具合に次々と商品が取り上げられる。よく見ていると買い手のつかない商品もある。これではせっかく出品したアーティストが可哀想だなと思いながら、彼もしばしステージと観客のやりとりを眺めていた。
いつの間にかショッピングセンター前の車道にまで観客があれている。どうやら警察官が出てきて車が入れないようにしているらしい。
Hetty Sarlene
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突然歓声が上がった。
何事かと思い、彼はステージに目を戻した。そこにはシンガポール出身のマレー系アーティストであるHetty Sarleneが立っていた。昨年来マレーシアのテレビでよく見かけるアーティストであったが、彼は大して気にとめていなかった。しかしその日見たHettyは彼の目にずいぶんと可愛く写ったらしい。やおら愛用のデジタルカメラを取り出すと、さっそくHettyの写真を撮り始めた。
Hettyは自分のお気に入りらしいぬいぐるみなどを出していたが、さすがに本人が出演しただけのことがあって、トントン拍子に値がつり上がり見事に競り落とされていった。その後Hettyは歌を披露してからステージを後にした。
さて次に出てきたのはElla。Ellaもステージ衣装などを出品していて、やはりつつがなく競り落とされていった。
Ella
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Hettyの時もそうだったが、競り落とした観客はステージに上がり実際にアーティストから品物を受け取っていた。当然司会者とのやりとりもあって、Ellaの衣装を落とした男は司会者と、
「君、これ(女性の服だから)夜しか着れないね」
「そうですね、部屋の中で着ます」
「ガールフレンドにあげないの?」
「もし可愛かったらあげようかな」
という具合のやりとりをし、観客からも笑いがあふれていた。
ふと何かの気配を感じて彼は後ろを振り返った。警官がいきなり人混みの整理を始めたのだ。なんだろうと思いながら彼は向こうに見える交差点に目を向けた。車両通行止めをしていたはずの通りに1台のプロトン・ワジャが入ってきた。彼の周りにいた人々が突然沸き立つ。
「ABP、ABP」
彼の隣にいた人が声を挙げた。何のことかと思いながらも、彼もやってくる車に目をやった。よく見てみると、その車両のナンバーが「ABP 2001」となっている。彼は何かを思いだしたようにあわてて目の前を通り過ぎるワジャの車内に視線を移した。
そう、その車こそ昨年『彼女』がAmugerah Bintang Popular-Berita Harian(ABP-BH) 2001で受賞したときに副賞として獲得したプロトン・ワジャだったのである。もちろん『彼女』がその中に乗っていたのである。
車が止まると、オークションそっちのけのファンが車の周りに集まっていた。その日の前日にちょうど誕生日を迎えた『彼女』は、ファンから花束やプレゼンをもらいながらステージ後ろの控え室に姿を消していった。
『彼女』
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オークションの後にやはり歌を披露したEllaはいつの間にかステージを下りていた。
そして大歓声とともに『彼女』がステージに上がったのである。
最初にオークションされたのは『彼女』が「ENGKAU BAGAI PERMATA」のVCDの中でかぶっていたニットの帽子。そういえば、先週のテレビ番組の中でも紹介されていたものだ。司会者からスタートの値段を尋ねられた『彼女』は、
「10リンギかな?」
というやいなや、落札希望のファンから声があがった。
「30!」
「50!」
「100!」
と、アッという間に値がつり上がっていく。
あっけにとられる彼をよそに、値段は瞬く間に200リンギを越えていた。これまで見ていた中での最高落札価格をはるかに上回っている。
「300!」
の声が聞こえたときは、さすがに会場からもどよめきと拍手が沸き上がった。
ここまで値段がつり上がると、さっきまでのようにテンポよくは行かない。それでも数人が300リンギ代の応酬をしていると、ついに400リンギの声が聞こえてきた。
彼は真剣に悩んでいた。すでに会場に来る前に一応の現金は用意してあった。実際にどの程度の価格で落札されるのかまったく予想が立たなかった彼は、それなりに多額の現金を用意してあったのだ。
「450リンギ!」
観客のどよめきとともに、更に値が上がっていた。
彼は焦った。
ここでもし「500」といえば間違いなく落札できるであろう。しかし、周囲を完全にマレー人に囲まれた中で声を挙げることもさることながら、ステージに上がってインタビューされて、あげく写真まで撮られてしまうことには相当抵抗がある。見れば、メディアのカメラマンも多数詰めかけているし、ここで日本人である彼が落札したら間違いなく記事になってしまうだろう。のど元まで出かかっていた「リマラトス(500)」という言葉を、思い切って吐き出すか否か。
ステージ上では入札締め切りの秒読みが始まる。
「450、3」
「450、2」
「450、1」
彼の苦悩は頂点にさしかかり、そして...
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