2000年12月〜2001年1月
2001年、新しい世紀が始まりました。「つぶやき」もリニューアルしようと思いましたが、そのまま続行します。本年も宜しくお願いします。
●今月も今日が最後である。例によって明日から「つぶやき5」にページを改めます。これからも宜しくお願いします。
●やっと「やるぞ!青色申告21」の打ち込み入力を完了した。これが面倒くさい、もっと楽な方法は無いのだろうか。12月31日付けで自家使用分の経費を振り替え伝票形式で入力する。計算ミスは無いので完璧な貸借対照表と決算書は出来る、後は写すだけである。日頃から入力していれば良い訳だが、1年分を一気にやろうというのが間違いなのだろう。いかに楽しようと狡い考えばかりしているから、こういう事になる。もうちょっと使いこんで使い方を検討してみようと思う。20年以上手書きで記帳して来たのである、パソコンに切り替えてすぐOKになる訳はない。いい勉強になりました。
up date 2001.1.31
●昔のバンマス「文さん(ふみさん)」に「これからはMDの時代だよ」とアドバイスしたら、CD、MD、カセットが3点いっしょになった一体型ラジカセが置いてあった。最近では新車にMDが標準装備している時代である。頭出しは楽だし振動にも強いMDは使い勝手が良いはずだ。昔から貯めてあったカセットをMDにコピーするそうである。音質が悪いのは仕方ない。DVDのジャズアルバムが欲しいそうだ、WebのDVD情報をプリントアウトしてあげた。DVDソフトもだんだん増えてくるだろう、画質も音質も良いDVDは今後益々普及するだろう。デジタル機器は当たり前になってきた、車でだってCD-Rで焼いた菅野先生の音楽が快調に聴ける。世の中便利になってきた、楽しみである。
up date 2001.1.30
●ヘンデルの「メサイア」を聞いてきた。ハイライト版であったが1時間20分、まともにやったら2時間半掛かる大作である。テノール、アルト、バリトン、ソプラノとアリアがあり、40人からのコーラスがからむ、あの有名な「ハレルヤ」でクライマックスになる曲である。そのオラトリオの宗教的感動は、我々ジャズなどをやっていて良いのだろうかとすら感じた。何故このコンサートを聞きにきたのかは、このコンサートのフィナーレの為に「Memory」のアレンジを晴美が依頼されたからである。フィナーレは100人からのコーラスである、そりゃ迫力ありました。弦にダブルカルテット、コントラバス、トランペット、アルトサックス、オーボエ、ピアノ、ティンパニーからなるオーケストラである。毎年このコーラスフェスティバルの為に編曲を提供している、勉強になるからそれで良いのである。
up date 2001.1.29
●自主防災隊の部長会に時々招集される。隊員の確保が問題となっている、私は6年目になるが長い人は9年以上になる人もいる。地域の安全の為には必要な組織である、義務としてやって貰わなければならないから自治会に相談する事になる。班長は持ち回りでやらなくてはいけないから、その後1年間は自主防災隊に入隊して頂くことに話はまとまった。来年度からそれがスタートする、部長は引き続き留年する羽目になる、なかなか止めさせてくれないのである。地域の活動を「俺は知らない」という考えはしていない、ミュージシャンのくせに結構真面目です。(自画自賛)
up date 2001.1.28
●今この時期は猫のサカリのシーズンなのである。クロちゃんとタマちゃんは避妊手術をしたが、シロちゃんはしてない。前飼っていたミーコちゃんは雄だったが去勢手術をした。タマ○ンを取っちゃったのである。「手術をすると前につんのめりますよ」「どうしてですか?」「タマ○ンを取るとバランスが崩れて前のめりになります」なんて冗談のきつい獣医と会話して手術したのだが、前のめりは嘘だった。ミーコちゃんはノイローゼになって、ピアノの足やらそこら中マーキングをやったので、仕方なく手術したのである。雄猫のタマ○ンがないのはどうもしまらない、同姓として忍びない。タマ○ンコロコロもできないし、面白くない。という訳で今日もシロちゃんはギャオーと飛び出して行くのです。
up date 2001.1.27
●「やるぞ!青色申告21」の入力が杳として進まない。「つぶやき」を書いてたり、猫のページを見に行ってたりサボってばかりだからだ。根がズルイから、やらなければいけないと思っても、先延ばししているのは昔から変わらない。この性格は治らない。先ほど「やるぞ!青色申告21」の取説が届いた。チラっと読んで又始めようかなと思う。
up date 2001.1.27
●二日酔いで寝ていたらマンちゃんから電話があった。マンちゃんは高知に住むピアニストで以前「つぶやき」にも紹介した友人である。年賀状にメールアドレスがあったから、メールを出したのだが、何時までも返事が来ないから変だなあと思っていたら、日本語のキーボードが打てないのだそうだ。娘さんに教わったが忘れてしまったそうでドジである。仕方ないから日本人相手に英文でメール送ったそうである、アハハ。早くキーボードに慣れて返事をくれと頼んでおいた。彼はアマチュア無線の1級の免許を持っている。和文電信なら出来るが、私は同じ1級を持っていても和文は苦手ときたもんだ。高知は約400Kmあるが使える周波数は7Mhzぐらいである。もうちょっと距離があれば14Mhzか21Mhzが使えるのに中途半端である。メールと和文電信がそれぞれの事情で駄目なら無線電話しか方法は無い。何処でも繋がる訳ではないというのは不便であるが、これがまた面白いところである。冬は波長の長い電波を使えば安定した交信が出来るのだが、そんな長いアンテナは張ることが出来ない。ループアンテナとチューナーを使えば、小さいスペースで長い波長を乗せる事が出来る。暖かくなったらアンテナの事を検討しようと思う。
up date 2001.1.26
●この話題は女性に読んで欲しくない。男性なら一度や二度掛かったことがあるだろう「シムタンキンイ」の話である。定番の薬はサルチル酸である、これが涙が出る程シミルのである。場所が場所だけにトイレでサルチル酸を塗ったのだそうだ、目から火がでる程凍みて、耐え切れず思わず壁についていた取ってをバリッと取っちゃた。その光景を想像するとお腹がいたくなる。思い出すと何時も笑える、何十年たっても思い出す。格調の高い「つぶやき」にはそぐわない内容でした。アハハ
up date 2001.1.26
●妹の所で新しく飼い始めた猫の写真を送ってもらったので紹介します。名前は「ネオ君」アメリカンショートヘアの雄です。飼い始めて3週間、この「ネオ君」が可愛くて、そりゃ夜も日もあけん状態だと手紙にありました。猫好きは竹内家の家系です。

up date 2001.1.25
●飼ってた猫が看護の甲斐なく昨日死んだという悲しいメールを頂いた。Nさんという猫好きのお弟子さんで「つぶやき」の購読常連である。ペットに死なれた経験は何度もある、それは寂しいものだ。慰める言葉も見つからない。我々猫好きには本当に気持ちは良く解るのである。ペットには家族の一員以上の気持ちを持っている。この寒い冬は呼べば布団の中に入ってくる、シロちゃんがゴロゴロ言って私も眠りにつく。こんな可愛いペットが死んじゃうなんて、そりゃ説明できない気持ちだぜ。私の回りは猫好きばかりだから猫の話になると止まりません、これが楽しいんです。「つぶやき」は猫専門のページに変わる予定はありませんが、時々話題が出てくるから悪しからず。
up date 2001.1.25
●最近パソコンディスプレーばかり見ている所為で目がショボショボする。これはディスプレーから出る電磁波が目への影響がある事であり、数年前から研究され始めた。調節の異常、瞳孔反応の異常、涙液分泌の低下、まばたきの減少などの患者が多発したからである。通常24時間程度で回復するらしいが合併症を誘発する恐れもあるそうだ。また「電波の機器への影響」では、病院内で携帯電話を使えないのは医療機器が電波によって誤動作するのを心配するからである。心臓ペースメーカーを使っている場合も注意が必要である。イミュニティ(妨害排除能力)問題は笑って見ている状況ではない。私は1アマの免許を持っているから1kWの電波を発射できるが、病院の側だから電鑑の局免許は下りないだろう。電磁波障害は私達に影響を与えているのは事実なのである、「Trigger」という科学技術情報誌で「電磁波障害」を特集していて、それを読んで恐ろしくなった。携帯電話が脳に影響を及ぼす事は無いのか、出力は小さいとは云ってもペタっとくっついて使っている、影響は距離の2乗に反比例して強くなるのはみんな知ってるよね。まだ研究段階で危険だというデータは出ていないが、影響は無いというデータも出ていない。送電線の電磁障害についてアメリカでは下にあった学校を移動した例がある。これも問題にすれば電力会社は送電線下の土地代だけで倒産しますよ。テレビのブラウン管から微量のエックス線が出ている事はご存じですか、技術者の頃「鉛のフンドシしなくてはいかん」と言ってた位だからね。人心を惑わす訳じゃないけど、知ってた方が良いと思います。私のグダグダだというだけで済めば良いんだけど。
up date 2001.1.24
●グダグダ言うのもカイダルクなった、疲れたという意味です。しかし「つぶやき」執筆を休もうとは思わない。カイダルイのは寒い日が続いて、活動力のパワーが低下したのに違いない。話題を限定してないから書くことは何でもあるが、猫の話が一番気楽です。猫専用ページを探してYahooで検索してみたら有るわ有るわで、つい時間を忘れて没頭しました。いいねえ猫のページは、世の中にゃネコ好きは沢山いるんだね。嬉しくなりました。シロちゃんとタマちゃんを「はちわれの会」のページに登録した。見てやってね。
up date 2001.1.23
●この時期になると憂鬱である。確定申告の為、昨年一年分の計算をして申告書を完成させなくてはいけない。だいたいミュージシャンがこんな簿記を好きな訳がない、苦手である。税務署に云わせれば「納税は国民の義務」としてやって当たり前と思っているだろうが、こちらから言えば「税金の為に仕事をしてる訳じゃない」と言いたい。まあ仕方なくやってるのである。もっと簡単に納税できるシステムは無いものかと思ってしまう。サラリーマンを羨ましいと思っている。
up date 2001.1.23
●S社の「#206」というオープンテープが全滅した話を書いたが、Oさんからメールが来た。彼は某テープメーカーに勤務していたそうで、業界を代表して謝って頂いた。10年ぐらい前から材質の問題は無くなったと教えて貰いました。「つぶやき」は色んな人が見ているから下手なことは書けません。先日ミュージカル「金のがちょう」の問い合わせがあった、マスターテープも楽譜も劇団に渡してあって手許には無い。いい加減なのである、何10年も前のテープは保存してあるが肝心のテープが無かったりする。昨年晴美のオリジナル曲で舞踊公演があったのだが、練習用のカセットのザーザーの音で本番をやった。録音屋として恥ずかしい、急いでテープの山の中からオープンマスターを探し出し、CD-Rに焼いて姉に届けた。こんな具合でドジである。
up date 2001.1.22
●康雄が手に入れた「The Real Little Ultimate Jazz Fake Book」という米国製の曲集(センイチ)だが625曲入っている優れものの本である。他にもポップスやクラシックなどのバージョンもあるらしい。B♭やE♭のEditionがあると書いてある。ペラペラと見たところスタンダードからジャズの名曲が入っている、驚いたことにエリックドルフィーのOut To Lunchまで書いてある。私の作った曲集とほぼ同じ数を集録してあるこのメモランダムは、なかなかの出来だと思う。ただ譜面が小さすぎる、老眼の爺にはちょっと厳しい。これでU.S.$29.95は安いと思う。
up date 2001.1.22
●MIDI規格にGXとかSGがある。これはヤマハとローランドがそれぞれ独自に開発した規格で互換性は無い。1991年、GM(General MIDI)なる規格が制定され互換性が著しく向上した。しかし両社は拡張性を目指しGX,SGフォーマットを開発したのである。1998年にGMをグレードアップした「GMレベル2」を制定したが、3種類のフォーマットは業界やユーザーにとって利便性に問題があった。今回の発表は互換性を高める為に基本合意し、「GMレベル2を積極的にサポートする」「GX,GS両フォーマットをオープンにし、両社の製品、ソフトの相互乗り入れ」「3つのフォーマットをカバーする製品、ソフトの開発、提供」の3点である。これからはMIDI製品を使っても悩むことは少なくなると思う、ユーザーにとって歓迎される合意だと思う。互換性の問題は色んな分野で存在するが、もっと世界的規模で考えてくれたら万人の利益につながると思います。いやー偉そうなこと言っちゃったなあ。
up date 2001.1.21
●東京に住んでいる妹夫婦だが猫好きで何年も猫を飼っている。その愛猫が去年死んじゃったのである。家族全員嘆き悲しんでそれは可哀想でした。旦那の方は寝込んでしまった、気持ちは良く解る。ペットは長く一緒に暮らしていれば家族の一員である、がっくりしてしまうのは当たり前だ。アメリカにはペットに死に別れた人の専用カウンセリングがあると聞く。しばらくしたらペットショップでアメリカンショートヘアを購入したと聞いた。あの「ファッツマイケル」の猫である、さぞ可愛いだろうなと思う。早く写真を送れと頼んである。お陰で旦那は元気が出て病気は治ったという、良かったと喜んでいる。
up date 2001.1.21
●新聞紙上に松下電器とNECがワープロ機の製造を止めると発表したと書いてあった。私だってパソコンを導入したらワープロ機は全然使わなくなったもんね。前に使っていたワープロ機は印刷するのにリボンが必要だったし面倒でした。データベースやパソコン通信機能もついていたけど、今のようにインターネットが普及してた訳じゃ無し中途半端だった。それだけパソコンユーザーが増えたって事だね。機能を考えたらパソコンの方が何十倍も高性能だし、単独機能しか持たないワープロ機は同じコンピューターとしては力不足ですね。この様にある時代に現れて消えていく物って色々ありました。時代が何百年経とうとも変わらないもの、「普遍性」というのは凄いと思います。私達がやっている音楽だって流行があるけど「本物は変わらない」と思います。「何が本物だろう」と考え出したら又悩みます。
up date 2001.1.20
●インストールしてあった「やるぞ!青色申告」はバージョンが古くて、新しく「やるぞ!青色申告21Mac版」をWeb上から購入した。今までは銀行振り込みや郵便振り込みだったが、今回は作ったばかりのクレジットカードで決済した。これは便利ですね、わざわざ銀行や郵便局に行かなくても済むし楽ちんです。ネット上で買い物をするのが流行してると聞いたけど、無理ないと思いました。ただ調子に乗って買いすぎるのを注意しなくてはいけません。いよいよ確定申告シーズンです、パソコンに向かって頑張ります。
up date 2001.1.19
●最初に買ったプリンターはエプソンの安物だったがMacとの相性が悪かったのか印刷速度が遅くて参った。ある時ギアが故障して修理に出したのだが、機器の見えない所まで綺麗に拭いてあり其のサービス姿勢に感動した。だがいくら何でも遅すぎるのでMac純正(キャノン製)のプリンターに変えた。数年したら良い製品が発売されたので又買い換えた、3台目がエプソンのPM-800Cである、これは優れもので綺麗だしスピードも早いし静かである、おまけにUSB接続なので簡単だ。この製品に決めたのは最初のプリンター修理でメーカーの姿勢を覚えていたからに他ならない。私が物を買う時、値段だけで決めない理由である。
up date 2001.1.19
●晴美とお餅を焼いて食べていたら、「しろちゃん」が呼ぶので、お餅が欲しいのかと思ってちぎってあげたら喜んで食べた。醤油をつけて海苔を巻いた普通の餅である。しろちゃんは顔はパツキンだが、好みはお刺身などが大好物で日本風である。「たまちゃん」が日本風の顔立ちなのに洋風好みなのと対象的です。夕飯の時はいつも側にいる。前飼っていたミーコちゃんはトウモロコシが大好きで何時もねだられた。猫は個性があって好みも違う、どちらかというと贅沢だが塩分の多いものや鶏肉の骨などはやらない方が良いと聞く。同じ様に餌を食べていてもしろちゃんばかり太っているのは雄だからだと思う、見た目では同じ兄弟の「たまちゃん」より4倍位あるもんね。顔が大きく耳が小さく見える、ゴロゴロいう声だってでかい。猫はデカ猫に限る、そりゃあ迫力あるよ。「しろちゃん」が訛って「ぴろちゃん」になり「びろちゃん」「ぴろちん」にまでエスカレートする、どんな呼び方でも返事する。アハハ
up date 2001.1.18
●以前車に付いているCDプレーヤーがCD-Rを読めないと書いた、メーカーのホームページを見つけたので、「なんとかならないか」と問い合わせたら、返事が来た。「読み込みの回路を調整すれば改善するからサービスステーションに送ってほしい」という返事である。調整が終わり本体が帰ってきた、音飛び無しで快調である。メーカー(KENWOOD)の対応に満足である。最近はCD-R,CD-RW対応のプレーヤーが出ているから問題は無いそうだ。このメーカーとの付き合いは古い、前身は春日無線とかトリオといった頃もあり、アマチュア無線を昔からやってる人には馴染みが深い。トリオのコイルキットや中間周波トランスなど使って受信機を自作したものである。だから我々は信用してるのである、メーカーイメージとは何十年も掛かって出来上がるものである。NTTのボタン電話機に障害が出て、色んな対策を施しても駄目だったがKENWOODに変えたらピタっと止まりました。妨害排除能力(イミュニティ)が高い製品である、メーカーの姿勢が問われる事である。一般の人はそこまで考えて購入しないものね。
up date 2001.1.17
●発表会でトリオをやるから付き合って欲しいと依頼があった。曲はFly Me To The MoonとCARAVAN で知ってる曲だから良いけれど、参考に送って来たカセットテープを聞いたら参った。ケニードリューとニールスペデルセンだった。ペデルセンのベース聞いたことありますか?超テクでギターみたいに弾いてます。これと同じ様にやってくれという訳である。そう云えば去年も頼まれてSoftly As In A Morninng Sunriseのベースソロを2コーラス弾かされたもんなあ。ペデルセンだったぜあれも。こういう頼まれ方は参るだよ、「つぶやき」を読んどくれ、ホントに。
up date 2001.1.17
●1日と15日は神棚と地の神様(この地方は風習がある)にお洗米、塩、御神酒、水をお供えするのである。たまに忘れることがあるが大体やっている。曹洞宗ではお稲荷さんがこれにあたり、どこのお寺でも赤い鳥居を見ることができる。このあたりでは豊川稲荷が有名である。当のお寺より稲荷様のほうが有名になった。ご神体は「ダキニ天」で京都の伏見稲荷とは派が違う。伏見稲荷は神道系である。真言宗の本山、高野山には守護神として伏見稲荷が勧請してある。なぜ私がこんな事に詳しいのかは、以前好きでお寺回りをしたからである。さて面白い言い回しがある、2ビートのことを「ついたちじゅうごんち」というのである。うまいこと云うなあと感心する。4ビートは何と云うんだろう?
up date 2001.1.16
●電話会社選択サービス(マイライン)がスタートした。ややこしい申し込み書に記入したのだが、我が家ではすでにACR電話機を使っていて市外電話はKDDIを経由している。インターネット電話も利用している。息子達の彼女が東京と大阪なので安く済む方法を探したのである。日本の電話料は世界的に見ても高い、アメリカの5倍位だと云われている。ここ数年の間に携帯電話が普及した、確かに便利になったが通話料が馬鹿高い。これが何とかならないかと思う。ガキの長電話に泣いている親は多いと聞く、携帯電話の通話料が安くならなければ駄目だと思う。私はパソコンの設定で自動ダイアリングにしていたら、勝手にパソコンが電話していて酷い目にあった。通話記録を見て驚いたのである、後の祭りであったが。今はケーブルインターネットにしたので電話料を気にしなくてよくなった。常時接続は精神衛生上誠に良い。とにかく電話会社間で競争して電話料が安くなることを切に望んでいる。
up date 2001.1.15
●「Memory」をパソコンで楽譜出力する話を先日書きましたが、大苦労しました。12/8拍子や6/8拍子の部分は良いのだが、10/8拍子が曲者なのである。ノーテーションソフトがちゃんと読み込まないので、楽譜の音符が変テコリンな表記になってしまい、悩みぬきました。お陰で徹夜になる始末。手書きにするしかないとまで行きましたが、「ぴかっ」と閃いて「6/8拍子と4/8拍子に分けたらどうか」と思いやってみたら、「ジャーン!」大成功でした。パート譜は楽なものである、B♭譜だってE♭譜だってオクターブ上げるのだって一発である。ビオラが中音部記号が書けなくて今一だがト音記号で読んでもらいます。大体10/8拍子なんてのはおかしいですね、コンピューターだって悩んだ訳だ。一つ利口になりました、髪の毛は36本抜けたけど。
up date 2001.1.14
●IT革命と騒いでいるが、「いくらインフラを整備してもコンテンツが成熟しなくては意味がない」と警告している人がいる。要は内容だと云っているのだ。情報は山の様にあるが、必要な情報を取り出すのが大切なのである。何が必要なのか個人によって千差万別である、選び出すのが大変なのである。「竹内晴美の世界」を探し出してくれた人は検索エンジンで苦労して見つけてくれた。彼らには目的があったからである。これからはインターネットという「宝の山」をいかに自分の為に役立てるかに掛かっている。私の様に思いの丈をグダグダ書くのも良し、自分の得意分野のノウハウを発表するのも有益だと思う。インターネットの情報が総て正しいとは限らない、嘘の情報もあるのである。「目的の情報が正しいかを見極める必要」がある訳である。事実を間違って伝えたり、都合よく解釈したり、嘘をまことしやかに書いたりしているから見分けるのは難しい。表現の自由は侵すことが出来ないが、何を言っても良い訳ではない。「理論武装して相手をやっつける」など悪い心掛けだと思う。インターネット上で誹謗、中傷はタブーである、電波の上でも同じだ。「紳士的に良識を持つこと」それしかない。
up date 2001.1.13
●正月2日の「ニューイアーQSOパーティー」だが規約があって、交信した証拠としてサマリーシートとログシートをJARL(日本アマチュア無線連盟)に提出しなければいけない。昨日郵送してしまったのだが、榛原郡の局と交信していて「今年から提出書類がB5判からA4判に変更になった」事を聞いた。JARLニュースの規約を読み直すと確かにそう書いてある。慌ててFAXで用紙を注文する羽目になった。私はどこか抜けている処がある、2月1日の提出期限には間に合うだろう。今年がパーになると6年分の努力が無駄になる、気が付いて良かったと胸を撫で下ろした。
up date 2001.1.12
●時代に遅れない様についていくのは大変である。我々の業界も日進月歩だから知らない内に置いて行かれてしまう。最近ではコンピューターを無しに考えられなくなった。技術の世界は何時も勉強だと思うが、本質は変わらない。私がクソジジイなのは新しい技術を否定してるのではない、本質を忘れているからそれに対して文句を言っているのである。エンジニアスピリッツは持っているつもりである、これが無くなったら本当のクソジジイになると思っている。「つぶやき」を書いても意味がない。エレキベースを弾いている息子と楽器のネックの反りの問題を話し合った。弦高が低い楽器は弾きやすいが「ドシっとした説得力に欠ける」などと表現の本質に関わる話はしなくてはいけない。やっているジャンルは違っても同じなのだ、親子が断絶しているというが共通の話題はあるのである。解る言葉で伝えれば良い。奴がアコーステックベースに転向してくれたら良い、私の持っているノウハウを全部教えてやるのだが、それは望み過ぎというもんだ。
up date 2001.1.11
●私は五線紙をコピー機を使って作っている。コピー機は業務用でフル稼働である。10段で五線の間を広く取り、コード記号を書き込み易くした。紙はあまり薄いとステージで透けてしまうから、厚手の紙を紙問屋に注文してA4サイズに誂えてもらう。この五線紙は見やすくて非常に好評である。最近はあまり譜面を書かないが手書きの譜面は読みやすい。市販の譜面サイズはA4とかB4サイズではないから、コピーする時やっかいである。このA4五線紙はとても重宝である。ちなみにスコアー用五線紙は菅野先生のオリジナルスコアー五線紙を形見で沢山頂いたから、無くなる心配はない。とにかく最近は五線紙を買ったことがない。
up date 2001.1.11
●録音業界で大事件が起きた事がある。1982、3年頃製造されたS社製の「♯206」という業務用定番のオープンリールテープが、製造不良でロット全滅になった事である。磁性体をベースに散布するのに糊を使うのだが、経年変化で磁性体面がベタベタになってしまうのである。当時我々は「206」を使うのが当たり前としてマスターなどに使っていた、録音バイアスやイコライザーもそれに合わせていた。スタジオや放送局で使っていた業界の定番テープであるが、ヘッドが真っ黒けになってしまうのである、5分と走らない。放送局では自動送出装置を使っているが、それもストップしてしまう。私も菅野先生や鈴木博さんの貴重なマスターテープが被害にあった。1/2インチテープも総て駄目になった、メーカーは新品テープと交換してくれたが、録音内容が戻ってくる訳ではない。あれでS社の信用は失墜した、私はM社製に変えたしA社製に変えた局もある。菅野先生の劇判テープは古いのは良いのだが、82、3年の録音は駄目である、出来る限りDATテープにコピーしたのだが、しきれなかったのが残念である。主にプロが使っていたテープなので、一般にはあまり大問題にならなかったが、そんな事実があったのである。それからテープと云う物を信用していない。
up date 2001.1.10
●朝からシーケンスソフトの設定をやっている。私の使っているソフトは米国製でPerformerという定番ソフトだが、もう5年も使っている。全て英語表記だからうざったいが、厚いマニュアル片手に動かしている。バージョンアップしてハードディスクレコーディングが可能になった。歌とか生楽器を録音出来るからマルチトラックのレコーダーは必要無くなった。コンソール内蔵でエフェクトも出来るから便利だし、エコーマシンや調整卓もいらない本当に楽である。今まで10インチのでかいリールを回していたのが馬鹿に見えてくる。さて何故設定をやってるのかは「Memory」というミュージカル「キャッツ」のアレンジを依頼されたからである。この曲は12/8だが、途中で10/8やら6/8が入っている嫌な曲である。拍子を変える設定が必要なのである。いつもスコアー譜やパート譜を手書きで書いていたが、今回はパソコンでプリントアウトしようと思っている。便利な世の中になったもんだ。
up date 2001.1.10
●DAT(Digital Audio Tape)の出る少し前、1986、7年頃デジタル録音の走りであるPCM(Pulse Cord Modulation)録音がマニアの間で流行った時があった。良い音で録音するにはオープンリールの38cm/sの時代である。PCMプロセッサーを使いデジタル信号に変換して、ビデオレコーダーにデジタル録音するのである。ビデオレコーダーはベータマックスでもVHSでも、業務用のUマチックでも何でも良かった。デジタル録音された音はヒスノイズが無く、透明感のある音で感動したものである。プロ現場では早くからPCM録音されたマスターでLPが発売されていたが、マスターの音を直接聞くことは出来ない。我々はライブをやっていたから、録音するチャンスはいっぱいあった訳である。私と仲の良いK君と録音しまくったのである。テープは今でも手許に残っている。その後DATが発売されたが、小さいテープで2時間の録音が可能だから放送局の保存用などに使用されたのと、オーディオマニアに支持されたぐらいで、一般にはあまり普及しなかったようだ。私も2台のDATレコーダーを持っているが、あまり使わなくなった。ウイークポイントは頭出しに時間が掛かる事と、トラッキングエラーがあって音飛びがたまにある事である。使い勝手ならMDの方が良い、サンプリング周波数から言えばDATが上だが、そこまでの音質を要求するかの問題である。カセットテープの音質の比ではないクオリティーを持っている。しばらくはMDが標準になるだろう。この世界は移り変わりが激しい、CDだって後何年続くか疑問である。
up date 2001.1.9
●我が家を造園してくれた庭師は森下さんというが、彼は面白い事を言っていた。「松はちょうけていなくては駄目だ」というのである。「ちょうける」とはこの辺の方言だが、「ふざける、変わっている」という意味である。「松の枝は真っ直ぐに伸びていては駄目で、曲がっている方が面白い」という訳である。松だけに留まらずツゲ、細葉などの枝振りも石の格好にしてもしかりである。まるでジャズの事を云っている様である。個性がある事をその一言で云ってる様でインパクトがある言葉だと思っている。彼とは小堀遠州の作だという名園にも観に行った。「植木屋は沢山いるが庭師はそれ程いない」と云っていた。自然の中にモデルがありアイデアがあることを彼から学んだ様な気がする。
up date 2001.1.8
●寒い毎日が続いている。あまり動きたくないから電気カーペットの上で毛布を被り、目だけ「たにし」の様に出してテレビを見ている。私だけかも知れないが、寒いと人間は怠惰になる。浜松は10年に一度ぐらいしか雪が積もることはない。だからタイヤチェーンとかスタットレスタイヤは持っていない。何年か前、雪が積もり路面が凍結した時は大パニックになった。日が照って大丈夫の道でも日陰部分は凍っている所があるのである、本当に危険であった。私はスキーもやらないし雪道を走った経験が無い、そういう時は外に出ないに限る。雪が降って喜んでるのは子供達だけである。
up date 2001.1.8
●貰った年賀状にメールアドレスが書いてあったからメールを出した。時代である、数人に上る。私も年賀状にアドレスを書いた口である。メールは電話と違い本人がその場に居なくとも連絡がとれる。緊急の用事でも無い限り誠に便利である。私のように何時もパソコンを立ち上げている場合、すぐに返事も出せる。他の作業中でもメールが入れば音で知らせてくれる様に設定してある。アメリカでは普通10分で返事が返って来るそうである。朝からパソコンのスイッチ入れっぱなしなのが普通だそうだ。これから益々スピーディーな世の中になっていくと思う。
up date 2001.1.7
●ドラムの教則本を見ると、ボサノバの基本パターンはベースドラムを付点4分と8分で規則正しく打つ様に書いてある。あれは勘弁して欲しいのである、ベース奏者はベースドラムにマスキングされることを嫌う。全体のリズムはドンドコした重い感じになる。60年代ベードラ不要論というのがあった。ベースドラムを規則正しく打つとベースの邪魔になるし、ランニングベースのスイング感が損なわれるという理由である。だからソロの時、アクセントを付ける時以外はベードラは打たなくなった。古いスタイルのジーンクルーパーのドラミングを聞いてみると良い、彼の一人舞台である。明らかにそれ以降バンドのサウンドは変わった。「バンドのリズムをリードするのはドラムではなく、ベースである」といわれ始めたのである。不思議とそれ以降、ピックアップが出回り、ベースの音がでかくなったのは無縁ではないだろう。ベースとドラムはリズムを創る上でコンビネーションが重要である。
up date 2001.1.7
●仕事の帰りラジオからボサノバが聞こえる、私が初めて聞いたボサノバはハービーマンやスタンゲッツの時代である。8分音符もスネアーを擦って出すカバサの感じでセクシーに感じた。今のドラマーはハイハットクローズをステックで叩く人が多くサンバに聞こえる。元がサンバから出来上がったボサノバだから、激しくなればサンバになっても不思議はないが、立て乗りのボサノバはセクシーには聞こえない。フロントもフンワリとジャストには乗らず雰囲気が出るのである。「気分」を解って欲しいのである、それを一々説明しない晴美がいけないのかも知れないが、説明したくもない気持ちも解るのである。16ビートの曲でベースが細かくやりすぎると言われることがある。「音が無い処にリズムを感じる」「細かくやればよいという訳じゃない」という意味である。アンサンブルの妙味はどこまでも続く、まだまだ勉強することはあるのである。
up date 2001.1.6
●よく利用するバイパスがあるんですが、そこの料金所でお金を投げ入れる時、どうしたはずみか100円が狙い外れてコロコロと転がってしまった。悪いことに財布をぶちまけてしまったから追加の100円硬貨が見つからないときたもんだ、後続の車が数台ついている。後ろの車に一礼して後部ドアを開けてフロアの100円を探した。やっと探し出してゲートを通ることが出来た。こんなバツの悪いことはない、正月早々マイッタぜ。カッコワルー!
up date 2001.1.5
●初詣に近くの小国神社へ行って来た。我が家では何年も前からこの神社に行くことにしている。何時も大渋滞でたどり着くまで何時間も掛かることを覚悟しなければいけないが、裏道を通ったらすんなり到着した。参道の両側には店が出ていて大賑わいである。これでないと初詣の感じはしない。康雄は年男なので破魔矢と神棚のお札を受けてきた。帰りに鯛焼きと大阪焼き(お好み焼きの様なもの)を買った。人、人、人の賑わいの中を歩いて雰囲気を味わうのは、とても浮き浮きする気分である。
up date 2001.1.4
●朝の9時半より6時間頑張って、22局との交信を達成した。年中行事なので実家のお年始回りは失礼して晴美と子供達が行く事になった。何とかノルマ達成して安堵した、今夜は初演奏である。晴美と連れだってステージに立つ訳である。この家業、盆も正月も無いのである。
up date 2001.1.3
●毎年1月2日は忙しいのです。何故かというとアマチュア無線で20局と交信しなくてはならないからです。「ニューイヤーパーティー」と云って、20局と交信すると干支のステッカーを貰い、全部で12支集まるとアワードが完成する訳です。私はねずみ年から始めましたから今年は6回目になります。「ヘビ」のステッカーを貰うべく頑張るのです。12年掛かるというのは気の長い話ですが、そうでもないとアクテビティーは下がる一方です。目標があるから続けられるのです。この日には1年振りにお会いできる方がいます、その方も私と同じ様なものだと思います。アマチュア無線には色んなコンテストが有りますが「ニューイヤーパーティー」が一番気が長いコンテストです。とにかくこれだけは完成させて、コールサイン入りの記念盾を貰おうと思っています。年中行事ですが、正月2日は朝9時からマイクに向かって怒鳴っているのです。
up date 2001.1.2
●あけましておめでとうございます。皆様良い年を迎えられたとお慶びいたします。昨年は2000年問題で随分心配させられましたが、今年は落ち着いていますね。世の中コンピューターに振り回された感がありました。これだけ普及されたのですから無理もありません。IT革命と騒いでいます、私の加入しているケーブルインターネットも、この春4倍の接続速度にするとインフォメーションがありました。ニフティーとの乗り入れが決まりサービス向上するそうです。それに伴いホームページURLとメールアドレス変更を余儀なくされる様です。その時はこのページでご案内しますので宜しくお願いします。
up date 2001.1.1
●ついに大晦日、20世紀最後の日が来ましたね。我々はこの時代に生きていて世紀をまたぐことが出来ます。今年は宮沢さん始め他界した人がいて悲しい年でしたが、良い事もありました。今日は感慨深い思いで今年を振り返ることにします。6月にホームページ「竹内晴美の世界」を立ち上げ、沢山の方に購読を頂き、それを励みに「つぶやき」を書いてきました。本当にありがとうございました。来年も元気に続けたいと思っています。皆さんも素晴らしい新年を迎えられますようお祈りしています。
up date 2000.12.31
●何かし忘れたと思っていたら、松の葉の手入れを忘れたのを思い出した。我が家には背丈程の2本の松があり、これが悩みの種なのである。初夏には新芽を取り、年末には古い葉を除いて枝を整える必要がある。素手でやらなくてはいけない、ツンツン痛いし手は真っ黒けになる。以前は5本の松があったがノコギリで切ってしまったから2本残ったことになる。2本の松で手入れに3日程掛かるから結構手間である。ツゲや細葉などはハサミで刈ってしまえば済むからまだ楽であるが、松だけはそうはいかない。20数年前に庭を造った頃は庭師さんに来て貰っていたが、松の葉の剪定の仕方を習って自分で出来る様になった。それからずっと自分で管理をやる様になった。根が嫌いじゃないから出来るのである。
up date 2000.12.31
●猫の「ノミ取り用の櫛」が行方不明になって、そこら中探し回ったら見つかった。早速嫌がるシロちゃんのノミを取る事になった。春先程はいないが数匹ノミを取ることが出来た。これが猫好きにはたまらんのである、結構面白くて病み付きになる。ノミ取り櫛は細かいクシの歯で金属で出来ているから、引っ張られると毛も抜けるし痛いのである。やられている猫は嫌がって怒るが、ねじ伏せて取ることになる。やりだすとこっちも真剣になるからギャーギャー鳴いても続行する。「バカヤロー」と怒って外に逃げていくが、ほとぼりが冷めた頃帰って来たらまた捕まって餌食となる。猫との葛藤ドラマがある訳である。
up date 2000.12.30
●「テレビは想像力をダメにする」と思っている。テレビの無い時代、ラジオから聞こえてくる紅孔雀のお姫様や笛吹童子が、どんな姿をしているのかイメージしていた。それぞれの人が勝手に登場人物像を創り上げていた、音からその情景もイメージ出来た。昔の人は想像力があったんだなあと思う。一時云われた「一億総白雉化」とまでは言わないが「映像をこれだと押しつけるテレビ」はイメージを湧かせる力を弱くさせてしまった。菅野先生が言っていた「絵があれば音がある、音があれば絵がある」という意味すら解らなくなってきた現代である。
up date 2000.12.30
●前を走る軽トラックの冷凍車にステッカーが貼ってあるので、良く見たら「全長18m追い越しは命掛けでやれ!」と書いてあった。思わず笑ったぜ。世知辛い世の中、これでなくっちゃね。座蒲団3枚!
up date 2000.12.29
●年末の大掃除をしていて、七福人の置物の人形がポロっと取れてしまった。横一列に並んでいるのだが真ん中に弁天様がいる。唯一琵琶を抱えた女性で「技芸と音楽の神様」である。我々があがめ奉る「ミューズの神」と同じ「尊い神様、弁才天」だが、鎌倉の「銭洗い弁財天」が有名である。「弁才天」の才の字が財に変わり「弁財天」となってお金儲けに関係する事になり、広く庶民に信仰される様になった。「つぶやき」に書いてあるように音楽はお金儲けとは無縁である、弁天様を見ると人間の望みとは「お腹がいっぱいになる方が大切なんだなあ」とつい思ってしまう。
up date 2000.12.29
●クリスマスが済んでしまうと気が抜けてしまう。今まで忙しかったのが嘘のように感じられる。年内はまだ通常のステージはあるが、クリスマスが終われば仕事納めのようなものである。息子達も学校が休みになるし遊び回っている。年末はいつも此のパターンである。昨年は年越しライブがあったので、除夜の鐘はガンガンやってるジャズにかき消されたが、今年は静かな年越しが出来そうである。
up date 2000.12.28
●ラジオをつけながら隣の部屋を掃除している晴美が「掃除はまだ済んでないわ、バカヤロー」と急に怒っているので、何だと尋ねると、放送で女性のアナウンサーが「もう年末の大掃除も済んで、くつろいでいることでしょう」などと言ったようだ。「ラジオに向かって文句を言うようじゃババアだぜ」と言ったら「Oさんもテレビに向かって言ってるよ」ときたもんだ。我が家ではテレビやラジオに向かっていちいち文句を言っている。子供の頃映画を見に行って、鞍馬天狗や白馬童子が登場すると拍手したよね、あれと同じである。ルイフーの話でごめん、アハハ
up date 2000.12.28
●暇にまかせて2001年のカレンダーを作った。既製品の高いカレンダーを買って来るよりオリジナルのカレンダーの方が楽しい。我が家の猫ちゃん達の写真を入れて作り机の前に貼った。こんな事をやって遊んでいる、私は全て遊び感覚でやる、これでないと事が進まない。仕事でも遊びでも楽しくやるのがモットーである。道楽人と思われても気にしない。
up date 2000.12.27
●ここへ来て急に寒くなった。窓から遠くに見えている木々も落葉して枝だけが寒そうに震えている。冬の景色はこれだけで寒く感じる。庭の植木は落葉樹はあまり植えていないが、それでもモミジや木蓮は葉を落としている。この時期は木が休養してるので、植え替えなどはやらない方が良いと云われている。来春「木蓮に花が咲いてくれれば良いのになあ」と期待している。私は町中育ちだが田舎暮らしが30年になる、こういう楽しみはやはり田舎に限ると思っている。土の無い生活は私には駄目である、多少不便でもこの方が良い。何処へ行くにも車が必要だが、田舎暮らしが板についた感じである。
up date 2000.12.27
●私はよく「音楽は教えられないが悩み方を教えてあげる」と言っている。「問題意識を持つ事」がまず大事だと思うからである。まず「解らない処が判る」のが大切だと考えるからである。答は時間を掛ければ解る時があるが、解らない場合もある。ヒントぐらいは見つけられるかも知れないが、本にはまず解答は無いと思ったほうが良い。。奥を掘り進めば必ず疑問点は出てくるものである、とことんやってみる事が大事なのである。「解らない処が無い人」は幸せというものである。答えは他人から教えてもらうのではなく、自分で出すべきだ。それがその人のオリジナリティでありその人の肉声なのである。そこにアイデアや工夫が光るのである。借り物で無い説得力を持つ。他人の物まねやアイデアを盗んであたかも自分のオリジナルの様な顔していても、そんなメッキはすぐ禿げる。物作りも音楽も同じである、元祖は光り輝いている。「どうしてだろう?」と疑問を持つことからすべては始まる。あとは答えを求めて努力するのだ、悩むのである。本当の勉強とはこのことを指す。学校の勉強は嫌なものだが「求めてする勉強は面白い」人間は死ぬまで勉強だと思っている。「求める人にミューズの神は微笑んでくれる」と思っている。
up date 2000.12.26
●「来年はどうしよう」などと考えたこともない。年末は気が急いて気持ちの余裕がないのである。ただ予定をこなして何となく大晦日を迎え正月になってしまう。来年の確定申告はパソコンでやってみようと思い、ほっぽらかしていた青色申告用のソフトだけはインストールした。私は今まで現金出納帳や総監元帳などは手書きで記帳してきたが、申告シーズンには捻り鉢巻きで数日間掛かって提出書類を書いていた。ここらでパソコン管理に変更しても良い頃だろう。それでないとパソコン使いへの道は遠のくと感じている。これが来年へのささやかな抱負である。
up date 2000.12.25
●日溜まりの中「翳」を聞いている。この年末の忙しい時期なのに、時間が空いてホッとしたときに聞く「翳」は趣がある。私達が本当に好きな曲である。思い出したが弟子の青沼君がライブハウスで演奏していた頃、「冬の終わりに」をAさんが弾いたが「その曲はそんなのじゃない」と怒った話を思い出した。Aさんは菅野先生と縁もゆかりも無いピアニストである、彼は曲の解釈で怒ったのである。クラシック音楽では作曲者の意図を汲んで表現しなくてはならないなどと云われるが、ジャズの世界ではまるっきり解釈が違う場合がある。菅野先生のロマンチィズムを崩してしまう演奏に怒ったのである。それを聞いて「孫弟子である青沼君に菅野先生が伝わった」と嬉しかったのを思い出した。その作品が良くなる事は何をしても良いが、逆の場合もある。「エデンの東」という美しい曲がある。晴美がフェイクして弾いていたら「原曲が美しいこの曲は崩さず綺麗に弾け」と言った。正にその通りである、ジャズ屋は崩せば良いと勘違いしている。良くなることは最大限努力しなくてはいけないが、悪くすることは避けなくてはいけない。要はセンスなのである。ジャズを囓りだした頃陥りやすい盲点である。
up date 2000.12.25
●クリスマスシーズンたけなわである。私達もクリスマスソングをおおいに演奏している。日本は仏教国なのにクリスマスの時はクリスチャンになってしまう、みんな飲み歌い騒いでいる。堅いこと言わなくて良いのである。これが経済効果ならそれでいいのだと思う。ボーナスも出て一年の憂さを晴らそうとするのは人の常だ、遠慮などいるものかと思う。アメリカで施行された禁酒法は世界でも類を見ない悪法だったと云われている。こんな法案が議会を通ったというのも驚きである。酒の上でのトラブルは良く聞く処だが、禁止してしまうのは行き過ぎだと思う。
up date 2000.12.24
●ラチエットレンチのハンドルが故障したのでDIYの店に買いに行ってきた。工具を沢山扱っている店なので心ゆくまで見て回った。私は工具を見て回るのが好きで良く訪れる。工具は職人の命である、使いやすく壊れないものを手に入れたい。良い道具は何時までも使えるし手に馴染む、だから多少高くても手に入れる。工具が悪くてネジ山やボルトの頭を駄目にすることがある、ドライバーであってもエッジが丸くなったら使わない方が良い、ネジを傷つけてしまうからである。最近はミリゲージの工具があれば大体使えるが、ハーレーはまだインチゲージを使っているからインチ工具も揃えておかなくてはならない。
up date 2000.12.24
●浜松は楽器の街、オートバイの街と言われているが、元々の地場産業は繊維である。戦前から繊維業界に身を置いていた親父は、戦後の「がちゃまん時代」を経験した。「がちゃまん」とは「がちゃ」と織ると「万」と儲かる意味である。終戦を迎え物資の無い時代である、濡れ手に粟という言葉が正に当てはまる。繊維業界は大盛況だったのである。昭和20年代この浜松には織物工場が沢山あったし、中心部を流れる馬込川は染色工場のために藍色をしていた。豊田自動織機がトヨタに鈴木式織機がSUZUKIにと自動車産業に転向して、世界企業に成長したのは周知の事実である。浜松という土地柄はトヨタ、スズキ、ホンダ、ヤマハ、カワイ、ホトニクスと世界に翔いた企業が起こった所だから凄いパワーがあるのである。一時はバイクメーカーは30数社、ピアノメーカーは40数社を数えた。浜松人は向こう気が強いのだろうか。「職人の街浜松」にはそれに続くノウハウを持った企業が何社もある、元気の良い街なのである。
up date 2000.12.23
●庭に植えてある千両だが、日当たりの良いところより日陰の千両の方が赤い実を沢山つけていて綺麗だ。どうしてなのかと思う。例年鳥が来て実を食べていくので正月には無くなってしまうのだが、今年は沢山の実をつけている。千両だけではなく万両や南天も赤い実をつけているから庭が綺麗に見える。この時期花をつけているのは椿とさざんかぐらいぐらいのものである。赤という色は目立つ、殺風景な庭に彩りを加えてくれる。
up date 2000.12.22
●SBSテレビで「世界に挑んだ町工場 本田宗一郎」という番組を興味深く観た。昭和30年前後の浜松の技術屋たちの情熱を、余すことなく伝えていて感動した。本田技研の前身である「アート商会」のすぐ近くに住んでいた私はとても興味を引かれた。姉は「アート商会」を良く覚えていると云う。番組の中で言っていたが当時の浜松には雨後の竹の子のように沢山のポンポン(オートバイ)メーカーがあった。ホンダだけがダントツだった訳ではない、ライラック(丸正自動車)の伊藤さんのお話はとても胸が熱くなった。実は伊藤さんの甥のHさんが晴美のお弟子さんだから、ライラックの話はよく聞いている。顔も伊藤さんに良く似ていて色男だ。私達家族はオートバイ狂だから、彼からお父さんが今だにBMWに乗っているなど色んな話しを聞いた。釣りをやっていても本田宗一郎の話を聞ける土地柄である、他人事とは思えない。浜松に住んでいて良かったなあと思った。「男の夢」を放送してくれてありがとう。
up date 2000.12.22
●ハムの交信記録(ログ)をパソコンで付けている。検索すれば一発でその局と初交信かが判る。データベースを管理するにはパソコンに限る。40年前はパソコンは無かったから手書きのログ帳を使っていた。検索する術が無かったから整理簿を付けるしかなかった。私は沢山の局と交信しなかったからコールサインで記憶していたが不自由はなかった。不思議な事だが昔のコールサインははっきり記憶されている。名前もすぐ出てくるし顔まで思い出す。パソコンなどに頼っているとだんだん記憶力が低下してくるのだろうか。パソコン管理になってから、ちょっとしたメモをコメント欄に書くようにしている。それでないと中身の無いことをやっている様な気がしてくる。記憶力ゼロになる日も近い。
up date 2000.12.21
●パソコンをしょっちゅう使っているとマウスの動きが悪くなるから、時々掃除してやる。アルコールを綿棒につけて内部のローラーやボールを拭いてやるのである。手垢で真っ黒になっている。こまめにやらないとポインタが動かなくなったり遅かったりで具合悪い。最近ではボールを使わない新兵器のマウスが出たそうで、どんな盤面でも使えるという、膝の上でも動作するそうである。掃除をする時「手垢は汚いなあ、何とかならないものか」と何時も思う。
up date 2000.12.21
●鈴木博さんのCDのレコーディングパーソネルが分からないと「つぶやき」に載せたら、早速Oさんからメールで教えていただいた。鈴木博Vocal 、杉本喜代志Guitar 、市川秀男Piano、 鈴木勲Bass、 日野元彦Drums、 Jake Concepion Saxという構成である。とてもリラックスした雰囲気で録音された最高の出来だと思う。博さんを蘇らせてくれてありがとう。
up date 2000.12.20
●インターネットでメールのやり取りをしていると、偶に添付書類が付いてくることがある。Windowsの方からの添付書類でMacでは開けない事がある。ExcelとかWord書類は私達は使ってないから開けない、写真にしても駄目の場合がある。標準のJPEGとかPDFのファイル形式で送って欲しいとお願いしている。誠に不便である、まあMac党のほうが少数派だから文句言ってる方がおかしいのかも知れない。最近はWin、Mac双方の移植が進んでいる、Macが独壇場だとかいうのは過去のことかも知れない。ソフト開発会社だって9:1で多数派のWindowsのほうが売れるだろうと考えるのは素人の私にだって分かる。「コンパチビリティ」(互換性)の問題はビデオやオーディオテープで嫌というほど味わってきた。フィリップスが特許をフリーにしたからカセットテープは世界中に普及した。VHSとベータマックスは勝負がついたが、発売当初その渦中にいた私は「こんな事してると結局ユーザーが振り回されるだけ」だと思いました。パソコンの世界もOSの問題を抱えている、将来みんなUNIXになっちゃうのかな?
up date 2000.12.20
●Photoshopで悪戦苦闘している。IllustratorやPhotoshopは写真や映像を扱う上でとても便利なソフトである。スキャナーに付いているPhotoDeluxeというのもそこそこの編集が出来るが、本格的にやろうとすると前者のソフトが欲しい。画像の編集はやりだすと時間が瞬く間に経ってしまう。またこれではまりそうである。パソコンは面白過ぎる。晴美の名刺のデザインもIllustratorで作った、やりだすと止まらない。
up date 2000.12.19
●今年は珍しく年賀状が早く出来上がった。デザインが浮かばず悩んで年を越しちゃったこともあったのに、どうした事だろう。私にしては珍しい、元旦に準備万端整って初詣に行った年は入院しちゃったしなあ。あんまりしっかりやっちゃうとロクな事がない。ズボラの人はダラダラやる方が調子良い、晴美にだって「あんまりしっかりやっちゃうとロクなことがないから、いい加減にやれ」等と言っている。私は結構気が短くて、すぐやらないと気が済まない方だが、コロっと忘れてほっぽらかしている事もある。あんまり深刻に考えると、世の中面白く無くなると思っている。ミュージシャンなんてやっちゃいれない。
up date 2000.12.19
●書類を整理していたらすごく懐かしいものが見つかったから掲載します。それは平成元年「浜松わたしの歌」本選会の写真と絵譜面です。「すてきな街浜松」でコンクールに応募して、本選会出場が決まったのですが、歌を歌うのに家族が出演しようという事になったのです。福田まゆみさんにボーカルをお願いしたまでは良かったのですが、下のチビちゃん達はまだ幼稚園と小学2年生、康雄が6年生だった。さて困った、まだ字が読めないから苦肉の策で歌詞を絵にするのを思いついたのです。昔字が読めない人の為に絵般若というお経を見たことがあった、それからヒントを得たのである。これでちゃんと歌えました。お陰で最優秀賞を受賞し、現在でも浜松市のイメージソングとして歌われています。

平成元年本選会出場、フロントの歌は福田まゆみさん、康雄、佑介、利郎の順。ピアノとベースは勿論私達。(写真静岡新聞社提供)

苦肉の策の絵の歌詞カード、竹内俊介作だがダルセーニョの指定もある 「すてきな街浜松」の歌詞
up date 2000.12.18
●私と外部とを結ぶ手段は電話、Fax、インターネット、アマチュア無線がある。電話はあまり好きではない。何故かと云えば私が技術者の頃、掛かってくる電話はクレームばかりであった。受話器を取るのが嫌になった、リンリンと鳴るのが恐怖とさえ思った。それから電話嫌いになった、今でもそうである。電話の呼び出し音は好きになれない、条件反射とは恐ろしい。インターネットもハムもこちらが応答したくなければしなくても良いのだ、電話はそうはいかない。ストーカーの話題が報じられている、相手の悪意に満ちた暴力行為である。Faxやメールでも有りうることだが電話程ではないだろう。ただ、最近は宣伝メールやら選挙の時ある党からのメールが来た。時代だと云えばそれまでだがこれも迷惑な話である。
up date 2000.12.17
●「つぶやき」愛読者のみっちゃから、ショートカットやアプリケーション切り替えウインドウの便利な方法を教えてもらった。「つぶやき」に書いた内容にすぐメールをくれるなんぞは大したもんである。彼はG3のタワー型を使っているMac使いで、色々やっている康雄の友人である。本職はクラリネット吹きであるがマック党なのである。40Gのハードデスクを買ったなどと言っている。パソコンをいじり出すと面白く、はまり易いものですね。
up date 2000.12.16
●宮沢さんの未亡人(みや子さん)から電話を頂いた。今年は夫の宮沢昭さんが他界され、大変な年だったのである。私たちは10年以上に渡る長いお付き合いで、宮沢昭さんの一切の面倒を彼女が取り仕切っていたのを知っていたから、亡くなった宮沢さんは勿論の事、奥さんにもご苦労様と申し上げたい。あんなに神経がナイーブだった宮沢さんを陰で支えていた人である。普通では出来ない、彼の音楽を理解し心を解っていた御夫婦を他に知らない。掛川城の誉れ高い「山の内一豊の妻」にも負けないと思う。私たちが宮沢さんを尊敬しているのは音楽だけではない、素晴らしいご夫婦の生き方に感動したのである。年明けに追悼コンサートが企画されていると聞く、まだその打ち合わせがあるそうだ。夢に御主人と小津さんが出てくるという、「亡くなっても心配することないのに」とお嬢さんに言われたそうである。お嬢さんは中野にある高校の音楽の先生である。合唱の指導で関東では有名だそうである、奥さんの血を継いでいる。
up date 2000.12.16
●パソコンは面白い、作業効率を上げる為にショートカットキーを使う。コマンドキーとアルファベットキーを押せば操作が実行できるからスピーディに処理できる。いつも使う「保存」「ウインドウを閉じる」「ゴミ箱に入れる」などは一々マウスを使わなくても一発でOKである。「パソコン達人」はこんな事でも手早いのだ。私も暇に任せて触っているが、如何に早く操作出来るかを考えている。マウスで全部処理出来ると云ってもそれでは遅いのである。なかなかビギナーを脱出出来ないがスーパーマンみたいに「キーボードと日夜戦い続けているのです」。
up date 2000.12.15
●菅野さんの奥さん(今は再婚されて小坂さん)から電話を頂いた。先生が他界され17年経ってもお付き合いさせてもらっている。偶に電話でお話したりお会いしたりしているが、元気なお声を聞いているから安心である。その彼女が私のインターネットページを読まれたと聞いたから恐縮である。先生の事は沢山書いてある、それは私たちをこれまでに育てて頂いたのだから当然です。全部私が経験した事だから嘘は書いてない。とにかくあんな凄い人はお目にかかれない、先生が亡くなって此の世が面白く無くなった。「死ぬまで先生の事書きます」と奥さんには言っておきました。しつこい弟子を持つと先生もなかなか成仏出来ない、「馬鹿野郎」と聞こえてきそうである。
up date 2000.12.14
●デザイン学校に行っている息子にIllustratorの使い方を習ってタイトル文字をいじった。最初のイメージに囚われて良いデザインは浮かばない。少し気分を変えてというところである。半年も同じだったから少しイメージ変えると毎日開いている当事者は気分が変わる。使っている写真もまだ沢山有るから入れ替えていこうと思う。スキャナーで取り込んでファイル形式を決めページを編集するのが面倒だが、やろうと思っている。期待して下さい。
up date 2000.12.14
●我が家にはセカンドカーというと格好良いが古い軽自動車がある。スモールランプを消し忘れバッテリーが上がってしまった。一晩充電しても回復しないから新品に取り替えた。3000円で売っているのである、買ったほうが良い。普通は始動性が悪いとセルモーターを多めに回してしまうから、すぐバッテリーが駄目になってしまう。だから電気系とか燃料系をメンテナンスして始動性を良く保っておかないといけない。冬場はバッテリーの活性も落ちているからバッテリーへの負担も大きい。日頃の整備は大切である。機械とつき合っていくことはこういうことを云うのだと思う。酷い話を聞いた、車が調子悪いというからエンジンオイルを点検したら真っ黒けなので何キロ走ったのか聞いたところ、4万キロ交換してないとその女性ドライバーは答えたそうだ。「え?エンジンオイルって交換しなきゃいけないの?」と聞かれて思わず絶句したそうである。バイク乗りでも好きな人はエンジンの音だけでメカの健康状態が解ると言っている。1340ccのハーレーに乗っている康雄は真っ先に点火系とスターターを改良した、それでないとあんな重いバイクは酷い目に遭う羽目となる。排気量が大きいから当然燃費は悪い、乗用車並である。「吸気と排気のバランスが良くないとガスの濃さが変わり難しい」等と講釈を言いながら、ドスンドスンと調子良く乗っている。現在7台のバイクが置いてある、まるでバイク屋の様相である。我が家はメカキチガイ一家なのである。
up date 2000.12.14
●年の瀬が近づくと何やら忙しく、窓ガラスを拭いたり部屋を掃除したり日頃やらない晴美が甲斐甲斐しく働いている。私も少しは手伝わないといけないから嫌々手伝ってる振りをする。この部屋に掃除機をかけたり窓を拭いたりするのである。別に正月を迎えるからといって綺麗にしなくたって良いけれど節目だからやってる訳である。そうでもないと障子や襖を張り替えたりしないもんなあ。日頃無精な人には良い風習だと思っている。
up date 2000.12.14
●人間の精神活動ほど面白いものはないと思っている。宮沢さんは面白いことを言っていた。「毒になるものを入れてやらないとだめだ」という訳だ、例えば煙草は体に悪いとか酒は良くないという類である。音楽も同じである、純粋に美しいハーモニーでは満足できず汚い音を入れてやる。これをテンションの音という。半導体の不純物を取り除いていく過程で逆に不純物を加えてトンネル効果を発見し、エサキダイオードを発明した事と似ている。ノーベル賞を受賞した江崎玲於奈博士のことだ。協和音、不完全協和音は研究しつくされた。現代は不協和音を研究をしてるのである。どれだけ汚いか(汚い度合い)を考えていると言える。菅野先生はブタペストのジャズコンベンションで一等賞を獲得した「詩仙堂の秋」というLPをビクターから発表した。ライフワークとして、毎年2回「現代音楽祭」に作品を出品していたが前衛だからもろにモダンな音を使っている。理論を超えた和音もある。バルトークを彷彿させる弦カルの作品もある。だがそれら作品群は私でも余程気が向いた時でないと聞いてみたいとは思わない。彼のロマンチックな音楽との二面性である。その世界をやったから、とろける様なロマンチックな自分を発見したのかも知れない。先生に質問したことがある、「どんな作曲家が好きなのですか?」との問いに「シェーンベルクを尊敬しているが、シューベルトが好きだ」と答えた。一見矛盾する答えに彼の音楽の指向が解った様な気がした。「砂の器」の全楽章を聞けば言っている意味が解る。
up date 2000.12.13
●郵便局で年賀状の受付は15日からだと聞いた。パソコンを使い出してから年賀状作成は随分と楽になった。以前は宛名書きに3日掛かりで指も痛くなったが、今ではプリンターが瞬く間にやってくれる。数年前にタックシールで出したらダイレクトメールと間違われ捨てられそうになった。誠評判悪かったので今は葉書に毛筆文字で印刷している。これで何とか怒られずに済んでいる。私は晴美と合わせると200枚程度の枚数になるから「パソコンさまさま」である。ただ名簿の管理はちゃんとやっておかないと、とんだ失敗をやらかす、喪中の人に出しちゃった事がある。後で気が付きそれからと云うもの、神経使って調べる様にしている。文明の利器もいい加減に使っているととんだ間違いを犯す、便利過ぎるのも考え物だ。しかし私たちは職業柄年末は忙しいから、文明の利器は本当にありがたい。
up date 2000.12.12
●菅野先生がレッスンしていた頃の生徒だったSさんから電話があった。「ラフマニノフのピアノコンチェルト」の譜面がボロボロになってしまったから手に入らないかと云うのである。そう言えば当時ジャズピアノ教室と云えども菅野さんはコンチェルトも教えていたのだ。手書きの解りやすい譜面で彼女と他にH君がやっていたのを思い出した。菅野先生の弟子は日本中に散らばっている、音楽関係をやっている人ばかりではないが彼の音楽への考え方はみんな受け継いだのだと思う。こうやって不肖の弟子である私が先生の事を書いている。何か申し訳ない様な気がする。
up date 2000.12.12
●私の唯一の弟子がいる。弟子と呼べるのは彼一人である。青沼君といい浜松医大の学生の頃数年間教えた。ピアノをやっていたから耳も良いし和音も解っていたから優秀な弟子だった。「お前、それだけ弾けるのだったら、もったいないから医者は止めてベース弾きになれ」などと冗談を言っていた。卒業を控え何科に進もうと迷っている時、眼科は暇そうだから眼科に決めたと言った。しばらくして市内の総合病院に勤務する彼に会った。真っ赤な眼をしている彼にどうしたのか尋ねたら「寝不足だ」というのである。眼科の医者がウサギの様な眼をして居ちゃいけない。暇そうだと選んだ眼科は超忙しいのである。その後その病院の美人の看護婦さんと結婚して子宝にも恵まれた。勤務する病院が変わりしばらくして又医大病院に戻って来て博士号も取得したと聞く。その彼が独立して眼科医院を開業するというのだ、こんな目出度いことはない。20年前の可愛い学生の頃を思い出す、アレキサンダーにも彼の運転で行ったことがある。成長した彼は私のことをまだ「先生」と呼ぶ、彼を何て呼べば良いのだろう。
up date 2000.12.11
●「宮沢昭ディスコグラフィー」をリストアップした人がある。実に70タイトルを超えるジャズのLP、CDを発表した事になる。宮沢さん本人はそのほとんどを持っていなかった。というより「そんな録音やったっけ」という具合で無頓着だった。越路吹雪さんとの13年間で作ったLP、その他のジャンルの録音を数えたら膨大な量で、忘れてしまっても無理はないと思う。アルトサックスでクラシックの作品を吹いている珍しい未発表の録音も手許にある。ただそれだけ沢山のレコードを発表しても気に入ってるものは数枚しかなかった。「あれは最初ちゃんとやっているが後半は嘘だ」とか「あの録音は駄目だ」と言っていて、気に入ってるのは2枚だけだったようだ。そのCDでも「あの曲は気に入らない」と言ってたぐらいである。とにかく厳しくて、完璧と言えるものを求めていたから難しいものだと思った。一曲といえども完璧を目指せばケチを付ける事ができる、「ミューズの神」というのは厳しいもので遠くにいると思った。
up date 2000.12.10
●高校2年の息子がコタツで珍しく数学のプリント問題をやっている。覗き込むと三角関数である、私も散々やった思い出がある。電気の勉強は数学と同じ、数式の計算ばかりやっていた。直流理論はまだ良い、交流理論になると三角関数と微積分の計算ばかりである。おかげで電気が嫌いになった。同級生にはこれが役に立ってる奴もいるだろうが、私はほとんど役に立たなかった。電気分野のアウトラインは掴むことが出来たが「だから何だってんだ」と思っている。私の様な不良が出来上がった訳である。
up date 2000.12.10
●このシーズンになると年賀状のデザインを考えなくてはならず、良いアイデアが浮かばないのでイライラします。来年の干支は巳(ヘビ)ですね、ニョロニョロしていて難しい。アー難しい。いっそ他人の盗用をしちゃおうと毎年誘惑に負けそうになりますが、結局自分で考えます。これがプライドだね、こだわりってもんです。他人のを見ると良いのがあるんです、負けたなあと思うんだけど真似しない、真似したくない。世の中盗作問題が五万とある、絵や音楽では昔からある。結局作者のプライドの問題だと思う。神様は見ている、他人は誤魔化せても自分の心は誤魔化せない。本人が一番知ってるのだから。
up date 2000.12.9
●文章を書くのは苦痛とは思わない、この「つぶやき」を毎日書いている所為もあるが昔から作文は平気だった。だから私は筆無精ではない。死んだ親父から遺伝したのかも知れない。母も86才になる今でも毎日日記を書いている、習慣である。紙と筆さえあれば意志を伝える事ができる、これは素晴らしい事だ。書くことを億劫がらず、書き続けることは自分の思いを記録する訳だから後で読み返すと面白い筈だ。小説家はさぞ面白いだろうと思う、それは悩むだろうが、自分の思いを発信することは爽快感がある。私の場合は害毒を発信してるのかも知れないが。
up date 2000.12.9
●久々にピアノの娘を教えに行って来た。19、20才のギャル達を前にしてジャズを教えるのだが、左手とベースのコンビネーションについて理論を教える、リズムの乗り、イントロやエンディングについて説明する。2時間の講義時間は瞬く間に過ぎてしまう。彼女達の頭は柔らかい、数週間前に言ったことは出来上がっている。一緒に講義したインラン○ジイ氏も舌を巻いていた。「バカオンナ!」と日頃怒っていることを改めなければいけない。耳も良いし感性も柔軟だ、将来が楽しみである。こんなに誉めるようになったら、私も「呼ばれないように」気を付けなくてはいけない。たまには若いお姉ちゃんに囲まれるのは良いことだ、卑猥な話も堂々と出来る。エロヒヒ爺丸出しの講義、これってセクハラだよね。アハハ
up date 2000.12.8
●ボーカル鈴木博さんの再復刻のCDを東京のOさんから送って頂いた。何時聞いても最高だ、録音メンバーのクレジットが無いから最初発売されたLPを見たときの記憶しかないが、ピアノアレンジ市川秀男、ベース鈴木勲は覚えている。アルトサックスは外人で、ドラムス、ギターは誰か忘れた。ストリングスも曲によって入り、ゴキゲンな出来映えである。唄の発音はイギリス人が聞いてもアメリカ人が歌っていると思っていた程本格的だ。菅野さんが「来年は俺が書いて一緒に録音する」と言っていたことを思い出す。さぞ無念だったろうと思う、あんなに意気投合していた二人だ、菅野さんのアレンジでアルバムを残してほしかった。
up date 2000.12.7
●晴美のお母さんの本命日だから康雄、晴美を連れてお墓参りに行って来た。亡くなって丸5年になる、康雄は浪人中だったから心配していた。うちの子供たちは「おじいちゃん」「おばあちゃん」に育てられた様なものだ。その所為か年寄りの人にはみんな優しい。この点は良い子に育ったと自慢できる。これは理屈では無い、年寄りと暮らすことは良いことだと思っている。核家族化が進んで思いやりの無い人が多くなっていく傾向である。日本人が当たり前に持っていた心が変化していくことに悲しい思いをしている。大切なものを忘れてしまった様に感ずるこの頃である。ほのぼのとした温かさを求めるのは私がジジイになってきた所為なのだろうか。
up date 2000.12.7
●宮沢さんは茶目っ気があったから、楽屋で面白半分に誰スタイルで吹いてくれとリクエストすると何でもやってくれた。レスターヤング、コールマンホーキンス、ハンクモブリー、スタンゲッツ、ソニーロリンズ、コルトレーン、はたまたシルオースチンやサムテーラーまでそっくりに吹いてくれた。音質もフレーズもそっくりなのである、耳が良いのだ。「俺はカメレオン宮沢と言われたことがある」と言っていた。ステージでは絶対吹かなかったが、「ダニーボーイ」「ハーレムノックターン」はクリソツで笑っちゃったよ。「ほんとに巧いなー」と思った。みんなが知らない彼の一面である。宮沢さん曰く「40才になった時、物まねじゃ駄目だと気がついて宮沢節を考えた」という訳である。
up date 2000.12.6
●ベースアンプのスピーカーが入荷したので、早速取り付けた。口径が違ったので取り付けに手こずったが、何とか取り付けた。エレクトロボイスの此のスピーカーは抜けが良く、低音が重い音で気に入った。なかなかの物である、これでしばらくは仕事でも困らないだろう。下手なPAをやるよりベースアンプから出る音だけの方が良い場合がある。ある程度パワーが必要だがその方が良い時を何度か経験した。こんな小さなアンプからよくも出るもんだと感心する訳である。箱の容量が無いからfゼロを低くとれる訳がない、コーン紙の面積だけで押しのある低音を再生するのである、驚きに値する。音響とは理屈だけではないと思うところだ。
up date 2000.12.6
●私の言っていることはジャズファンの聞くところの域を超えているかも知れない。多少ジャズ鑑賞の助けになれば良いと思うのだが、奥が深いと理解してくれたら良いのだが屁理屈と取られると立つ瀬がない。やってる側の考えであるから仕方がない。いずれにしてもミュージシャンは神経ピリピリで音楽を考えている。たとえ解ってもらえなくてもやっている人がいるのである。以前ジャズ雑誌でミュージシャンのインタビュー記事を目にした。「あの部分はオルタードドミナント7thのアベーラブルノートを使っているのですか?」という記者の質問に「俺はそんな理屈考えて吹いてる訳じゃない」と答えていた。そうなのだ、屁理屈こいてるっていうのはこういう場合をいうのである。確かに理屈でやっている音楽は面白くない。
up date 2000.12.5
●猫は気に入った決まった所で居眠りしている習性がある。今もパソコンやっている私の横の椅子に「しろちゃん」が寝そべっている。7Kgのデブ猫だから椅子からはみ出そうになっている。私が「猫を好き」というより「猫が私を好き」なのである。猫に好かれる人とは普通「猫が嫌がることしないこと」が鉄則なのだが、私は結構猫いじめをやっている。それなのに「しろちゃん」には好かれている。ムヒの臭いを嗅がせたり、ミカンの皮で汁を鼻に向けて飛ばしたり、タ○キンコロコロやったりしている。いじめてるつもりでも「しろちゃん」は可愛がられていると思っているのかしらん?セクハラの話題が賑やかだがやってる本人には自覚が無いんじゃないかと思う。されてる女性が喜んでるとでも思っているんだろうか。
up date 2000.12.5
●私の地域でも自主防災隊の合同訓練が行われる。今年は消火ポンプの一斉放水訓練であった。私も一応隊員だから、朝8時に集合して訓練の行われる近くの河川敷に行った。各町の自主防災隊は消火ポンプを持っているから、40を超えるホースから一斉に放出される水柱は見物である。市長も視察に来た、東海地方は東海沖地震が騒がれてからすでに25年になる。まだ来ないのは良い事だが、何時来てもおかしくないと言われている。阪神地震の後は意識が高まったが又忘れられようとしている。ミュージシャンの私がこんな事言ってるのは似合わないとは思うが、みんな少しは心配しないといけません。
up date 2000.12.4
●「ベースは一音でコードの感じを出さなくてはいけないから難しい」と言った人がいる。ピアノやギターなら和音で鳴らすから、そのコードの構成音を鳴らせば用を足すことができる。例えばCdim、E♭dim、G♭dim、Adimは同じコードだがルートを取るベースから言わせると、ちゃんと指定すべきだ。前後のコードの流れからおのずと決まる。ピアノが書いた譜面とギターが書いた譜面は見てすぐ判る、ディミニッシュコードの指定がいい加減のことが多い。ギターは左手のフォーメーションでコードを覚えてしまうからだ。また明らかにBm7-5なのにDm6と書いてある場合もある、次にくるコードがE7-9でもだ。ベース奏者は習性でルート音を弾いてしまう。分かり切っている事だが、和音の意味をもう一度考え直してほしいと思っている。「ベースは低音部のメロディー」だと云われる、最初にベースを教えてくれた先生は、「メロディーラインに沿ってベースラインを作るのか、縫って行くような対旋律にするのか、上昇か下降かも良く吟味しなくてはいけない」と言った。ウオーキングベースと云われる所以である。「1、3拍目はコードトーンを取れ」という一応決まりみたいなものは有るが、どうやれという決まりは無い、要はセンスなのである。4ビートはいつやっても難しいし面白いと思う。「こうやってみよう」という「気力」が一番大切だと思う。それが無いとジャズは活力が無くなって死んでしまう。
up date 2000.12.4
●カルテットでステージが始まる前は「何を演奏するか」で何時もメニューを書いていた。「宮沢さん、この前はこの曲だったから今日はこれで行きましょう」「ここらでスローかボサノバを入れた方が良いのではないですか」等と曲順を決めるのである。「同じキーが続いてしまうからこの方が良い」などとなかなか良いメニューはできない。テンポ、キー、リズムとかを考慮してメニューは作られる。「毎回考えるのが面倒くさいから、竹内君そのメニューを残しておいてくれ」などと言っていた。これだけ苦労して曲順を決めるのである、リクエストが来ると流れがメチャクチャになってしまう。出来ない訳ではないが遠慮してほしいのである。何でも出来たがやらないのである、同じキーが続いてしまうとアドリブフレーズが似てしまうのを恐れた。そこへいくとデュオとかトリオでは気楽に対応できる、その場の雰囲気を壊さずにやってのける。小回りがきくのである。デュオ、トリオのステージではあらかじめ演奏曲は決めずにスタートする。わざわざ違うキーで演奏することがある、マンネリを避ける為である。晴美は同じキーが続くことを極力避けているがこの方が結果が良い、場の雰囲気を読む方が先決だからだ。瞬時にそれらを決断する。
up date 2000.12.3
●宮沢さんは反応が素晴らしいミュージシャンであった。ピアノがテンションいっぱいのコードをガーンと弾くとフレーズが俄にモダンになった。オルタードコードとナチュラルコードでは明らかに吹くフレーズが違う。宮沢さんは耳が良いのである、バッキング和音にすぐさま反応した。「音が多すぎる、片手を縛って弾け」などと言われ晴美はサウンドについて良い勉強になった。ピアノにうるさい人だったから、カルテットをやり始め、私たちは本当に勉強になったのである。本に書いてない事、これは実際やってみるしか方法がない。それを体験できたのである。「チックコリアは理論どうり音を使っている、嘘はやってない」などと言っていた。音楽に対して何処までも真摯な姿勢だった。私たちが「バッキングの巧いピアニストは誰だ」と意識し始めたのは宮沢さんの所為である。ソロを取っている時ではなく「バックにまわった時どんな事をやっているか」が問題なのである。そういう聴き方をするとピアニストの評価が変わってくる、管と歌とではバッキングの仕方はおのずと違う。誰も気がつかない所でゴキゲンな事をやっているピアニストがいるのだ。
up date 2000.12.3
●In A Sentimental Moodというスタンダードがある。オリジナルではDm-Dmmaj7-Am(onC)-A♭dim(onB)と半音下降のベースラインを取るのは、元祖のエリントンを聞けば解る。しかし宮沢さんはBm7-5からE7に取れと言うのである。最初のベース音はBが鳴らなくてはいけない、キーはFmajである。かなり過激な♭5thの音からスタートするのである。この意外性が好きだったのだ、ピアニストの佐藤雅彦の本にこのくだりが書いてある。今でも冷や汗が出ると言っている。Bm7-5はDm6の代理コード(構成音はDFABで同じ)だから使って悪い事はないが、元祖エリントンや大方のミュージシャンはオリジナルコードでやっている。ピアニストの小川さんに聞いてみた。「そりゃDmの方が正しいよ」と言ったので、宮沢さんとやる時だけBm7-5を使う様に演奏した。それでないと内声の美しいオブリガートが出来ないからである。ミュージシャンによって好き嫌いが有るという訳だ、康雄に言わせるとコードチエンジをやり過ぎると「吹きにくくて参っちゃう」と言っている、鍵盤奏者とホーン奏者では感じ方は違うのだ。同じ曲でもリハーモナイズで違った感じになる例である。ジャズの面白いところだ。
up date 2000.12.2
●ハムのラグチューを聞いていると「なるほど」と思うことがある。電波法には「通信を傍受した場合その内容を第三者に漏らしたり、窃用してはならない」と規定されているから此所に書く訳にはいかないが、本当に為になる話を聞くことがある。秘話装置を付けることは禁止されているから全部聞くことが出来る。40年前のハムは今の交信の仕方と違って、親切で博愛主義のとても紳士的なものであった。最近は電話代わりに無線を使い不法運用する者が増え、目に余る状況だったが、携帯電話が普及してその輩は大分少なくなったと感ずる。アマチュア無線人口は減ってきたが本来の姿が戻ってきたと言える。我々は電波利用料として年間500円徴収されている、不法運用の取り締まりや監視の為に使われている。電気通信監理局(昔は電波監理局と云った)という全国11カ所の役所でその業務を行っている。勿論無線局の開設その他の手続き総べての業務はここでやっている。電監は鬼より恐いと教え込まれてきた。航空機や警察無線などに妨害を与えた場合罰則はすごく重い、懲役刑だってある。とにかく電波法(国内法と国際法がある)に違反しないように運用を心掛けている真面目なハムである。電波を発射すれば「世界中で少なくとも30人に聞かれている」と云われている、電波上で言うことは言動に責任を持たなくてはいけない。インターネットでも同じ事が言える。「つぶやき」でこんなグダグダと書いていて良いんだろうか。
up date 2000.12.2
●クリスマスのポップを掲載します。毎年クリスマスにはカルテットなどで出演します。聞きに来てください。詳しくはスケジュールページに掲載してありますから御覧ください。

●Macでは「ことえり」というワープロソフトが付いているから私もずっと使っていた。最近「ATOK 13」というソフトを使ってみたが、これが優れものなのである。漢字の意味を表記してくれる、ワープロで書いた書面には明らかに変換ミスで嘘の字が印字されてることが時々ある。ワープロをやる程字を知らなくてはいけない、とんだ恥をかく事になる。横に国語辞典を用意しなくていけない。このソフトはその必要がなくなる。世の中は便利になってきたが我々は馬鹿になってきた。晴美の亡くなったお母さんは知らない字は無かった。とにかくどんな難しい字でも全部知っていた、師範学校で先生になろうとした記憶力抜群の人である、昔の人は筋金入りだ。読書好きでいつも本を読んでいた、心の広い最高のお義母さんだった。晴美の読書好きは母親譲りなのだと思う。ワープロをやっていると思い出す。
up date 2000.12.1
●知人のお母さんが90才で亡くなって葬式に参列した。参列者が多く外に立ってお経を聞いていたのであるが、外に向けてスピーカーから拡声していた。お経の声は勿論、鳴り物のバランスがとても良いのに感心した。曹洞宗のお葬式には普通「チン、ドン、ジャラン」と楽隊(?)がつくのである。葬儀屋がマルチチャンネルでPAをやる訳がない、素晴らしいバランスでスピーカーから聞こえてくる。不謹慎だが変なところで感心するのは音屋の習性なのだろうか。話は変わるが宮沢昭、守安祥太郎などがジャズの創生期に録音したモカンボセッションのCDを聞いたことがある。天井に吊したリボンマイクでワンポイントの録音だったと聞く。これが良いバランスで良い音なのである。タイコが被ってベースが聞こえないとか一切ない、これには驚いた。雰囲気は最高で、その時の熱気を余すことなく伝えている。その頃はポリエステルとかアセテートのテープは無くて、紙テープで開発されたばかりのフルトラックのレコーダーが使われたそうだ。録音した人はジャズ好きな大学生である。GIで日本に駐留していたハンプトンホースの演奏も聴くことが出来る。貴重な録音である、音質も大事だがやっぱり内容だよね。
up date 2000.12.1