2001年2〜3月
寒い日が続きますが、風邪などを引かぬよう身体を大切にして下さい。これからも宜しくお願いします。
告知:引っ越しました。http://homepage2.nifty.com/cwo/index.html
●明日から「つぶやき6」に移ります。
●明け方の4時に目が開いてしまい「つぶやき」を書くことにした。神経が高ぶっている時はこんな事がたまにある。こんな時、無理に眠ろうとはしない、眠い時に眠れば良いと思っている。猫と同じである、彼らは夜中に起きていたり昼間眠っていたり自由に生活している。「私は貝になりたい」じゃなく「私は猫になりたい」。
up date 2001.3.31
●康雄が始めてサックスを買った時、宮沢さんの所へ持って行った。セルマーのピカピカのアルトサックスである。「おー良い楽器だなー」と言ってケースから取り出してなで回した。康雄が「どう吹けば良いですか?」と聞くと「この音を出したいと思ってブリっと吹けば良いんだよ、出したいと思ってその音を出せば出るんだよ」と言った。「あなた中学生の坊やにそんなこと言ったって」と奥さんがおっしゃる。「解る人には解る、大人でも子供でも同じだよ」と言った。それが康雄が宮沢さんに教えて貰った最初である。康雄はサックスの音を聞いたのが小学5年生、私達が宮沢さんとカルテットを始めた時である。私達の録音を何時も聞いていた。家で練習する時は生で宮沢さんを聞いていたのだ。だから宮沢さんの音がサックスの音なのだと耳に染みこんだのである。ヒヨコが一番最初に見たのがお母さんだと思うのと同じである。そう信じて無条件に康雄は宮沢さんの音を出そうとした。彼はある面で可哀想である、両親が宮沢さんと比べてしまうからだ。でもそれが我が家に生まれた宿命なのである。クラシックを目指していたが結局ジャズに転向した。彼は24歳になる今、後悔していない、「この道で良かった」と信じて毎日3時間の練習を欠かしたことがない。
up date 2001.3.31
●ミュージシャンは職人である。銭金で考えない。それより音楽が良いか悪いかの方が大問題なのである。自分の作品(演奏)が手を離れる時、納得できるものかが問題なのである。他人に言われてどうこうじゃない、自分が納得できるかが大事な点なのである。言うなれば厳しい目で見て(耳で聞いて)恥ずかしくないと思わないと駄目である。自分の仕事に責任を持っているのである。本心を言うとダメだダメだと思い続けているのである。それがあるから良いものが出来るのだ。妥協はしない、これでないと本物のクソジジイになれない。クソジジイはポリシーを持っているのである。「職人気質」私が一番好きな言葉である。
up date 2001.3.31
●昨日はあまり真面目な事を書いたので自分が書いたとは思えない。面白い事はイコール不真面目とは云えないのである。此の世の出来事は面白くないことの連続かも知れないが、物事は面白いと思えば面白いのである。視線を何処にもっていくかによって見え方は違ってくる。楽天的に考えるのもそのひとつである、心を軽くする効果がある訳である。心根が爽やかであるかは育った環境にもよるし、夫婦であれば相方にもよると思う。「似たもの夫婦」とはよく云ったものだ。総てを悲観的に考えて生活するなんて顔つきも暗くなるし嫌である。「俊介は明るくていいね」と何時も母に言われた。馬鹿ばかり言っている、笑うことは好きである。みんなと一緒に笑えない人生なんて送りたくない。天真爛漫は宝である。冗談は人生の潤滑油だと思っている。
up date 2001.3.30
●宮沢さんの数奇な運命を聞いてもらいたい。終戦間際、陸軍音楽隊(團いくま氏や芥川也寸司氏が同部隊にいた)にいた宮沢さんは慰問の為に広島に駐屯していた。先輩の楽器を担がされヘトヘトに疲れていたから、軍医に診察してもらったら「単なる疲れだ」と言われ休ませて貰えなかった。鬼軍医に見えたそうだ。一人が急性盲腸炎で入院し、羨ましいと思ったそうである。彼を残して部隊は四国へ渡った、そこで広島に新型爆弾が落ちた事を知った。九死に一生とはこの事である。すれすれで原爆に遭遇しなかったのは運が良かっただけだろうか、ちなみに陸軍病院は爆心地のすぐ近くであった。盲腸炎の戦友は当然跡形もなく亡くなったのである。彼が原爆に遭遇していたら日本のジャズは変わっていただろう。
up date 2001.3.30
●「人を騙すより騙される方がまし」だと母や晴美のお母さんに言われてきた。心が澄んでいた二人は誇れるお母さんだった。だから私たちは人生を小賢しく生きる術を知らないのである。馬鹿正直だし自分を飾らないのはそう育ったからである。人を疑わないからすぐ騙されてしまうが、音楽に関してはいくら飾っても本性が解ってしまう、私達の耳は知らず知らずのうちに本質を見抜いてしまう能力が備わってしまった。当然他人の音楽にもそれを嗅ぎ取ってしまうのである。これは不幸なことなのかも知れない。音楽を楽しめない耳年増になってしまったのだろうか。厳しい聴き方だと言われるだろうが、「引越のサカイ」のバアさんの様に聞いてる訳ではない。音楽が耳に入ると自然にそうなってしまうのである。それでないと向上など望めないと思う。だから芸の道は厳しいのだと思う、己との闘いなのだ。久し振りに真面目なこと書きました。
up date 2001.3.29
●清廉潔白ということは裁判官みたいに人を裁く立場にいる人には一番要求される事である。日本の司法制度では裁判官が判決を出す訳であるが、彼らは己の心が偏っていないか絶えず自問すると聞いた。般若心経を唱えて己の心が真っ直ぐかを確かめるのだそうだ。人が人を裁くという事は本当に難しいことである。その点我々は気が楽である。それでも心の清らかさ公明正大さは人を清々しくさせるし、判断を自分勝手にはしない。自分の胸に手を当てて「間違ってないだろうか」と自問してみるのは必要である。毎日仏壇に向かって手を合わせるのはこの為である。
up date 2001.3.29
●温かくなったので窓を開けていることが多くなった。おかげで何時も煙草の煙が充満しているこの部屋も爽やかである。窓を開けると遠くから鳥の声も聞こえるし、風の音も聞こえる。「春が来たなあ」と実感するのである。子供たちが修学旅行に行く時にウオークマン持ってくというから「どうしてそんな勿体ないことするの?」と聞いた。「からだ全体で音も臭いも景色も全部楽しんで来たら良いのに」と思っている、そりゃその景色を好きな音楽を聴きながら楽しみたい気持ちも解らないではないが、自然の音の中にしたって感ずるほうがより楽しいと思うのだが。私みたいに音を職業とすると音楽が無い素晴らしさも解るのである。どこの店に入っても音楽の洪水である、買いたくもない気分にさせるBGMもある。そこに働く従業員の為にBGMはある訳ではない。センスを疑ってしまう音楽を流している店もある。パチンコ屋で「軍艦マーチ」を流すと玉が良く売れると聞いたことがある。それと同じでお酒が美味しくなる音楽もあるのである。シャンソンやストリングスを流すと高級品が売れると聞いたこともある。人間はムードに弱いということなのだろうか。
up date 2001.3.28
●窓から見える桜の花がほころび始めた。4月2日に予定しているお花見はちょうど見頃になるだろうか。お花見は満開をちょっと過ぎて散り始めが良い。杯にヒラヒラと花びらが落ちてくるのが情緒がある。日本には桜の花がすぐ散ってしまう儚さを美として受け止める心がある。それを潔いととらえたり、哀れととらえらえている。だから今を限りと咲き誇っている花を慈しむ気持ちがうまれる。詩情が生まれ、音楽が生まれるのである。人間の感性の奥ゆかしいところなのである。
up date 2001.3.28
●忌み明けのお返しを郵送する為に梱包をした。かなりの数になったので、郵便局に電話したら取りにきてくれた。10個以上は20パーセント割り引いてくれるそうだ。取りに来てくれて、なお割り引いてくれるのは有り難い。住所表示変更で郵便局を悪く言ったが、この事で前言取り消ししなくてはいけないね。やらなくてはいけない仕事が済んで一段落である。
up date 2001.3.27
●昨日雨が降って、この間プランターに植えたキンセンカの花が散っている。しかし横に蕾が出ていて次ぎの出番を待っている。鉢に植えた花はこれがあるから長く楽しめるのである。切り花より好きな理由である。お見舞いに持っていく花は根があるものを遠慮するのは、この所為である。あんまり長引いてはいけないという心使いである。母の祭壇用にと花屋をやっている義兄から貰った白い蘭の鉢が、綺麗な花をつけている。蘭はあまり水をやらないほうが良い、私のようにズボラな人にはピッタリなのである。長く咲くのが良い場合と悪い場合がある、とかく此の世は難しい。でも自然なのが好きである、生き物に対する気持ちである。
up date 2001.3.27
●強力なヤツを一発。私がまだ小学生の頃、みんなそろってコタツに入っていたら、猫が「プハー」と血相を変えてコタツから飛び出して来た。「何だろうな」と思ってコタツ布団をあげてみたら理由が判った。すごい「おならの臭い」である。イタチも負けそうな強力な臭いであれじゃあ猫も逃げたはずだ。卒倒しそうだった。「鼻毛が枯れる」とはこの事をいうのである。以来それを超える臭いをかいだ事はない。ネコのオナラは臭いと聞いた事があるが、その猫がたまらんと逃げたのである。天下一品だった、最高に参ったぜ。犯人は誰だ。
up date 2001.3.27
●「つぶやき」が毎日良く続くねと言われる。「フレーズが出なくなったら終わり、ベースが先か、つぶやきが先か」と答えている。「良く続くね」と言ってくれる人は良く見に来てくれる人である。「その内書いちゃうからね」と脅かしているが、それが怖くて見に来てくれるのである。「何故か気になる」そう思って貰えれば成功である。著者は「キタネー手」を使っている訳である。アハハ。「ホームページは更新することで良いページに成長していく」と言われているが、私のページは悪くなっていく。悪くなっていくのは品である。「気取ったところでしょうがない」とのっけから思っているから質(タチ)が悪い。世間ではこういうのをクソジジイと云うのだ、反省がないし可愛げがない事をクソジジイと云っている。「なにょうこいてるだ」と好戦的である。「こんな奴にメール出せば酷い目にあう」と敬遠される訳である。おまけにひがみっぽい、始末に負えない。これじゃあ嫌われるぜ。「アハハ、なにょうこいてるだ?」
up date 2001.3.26
●四十九日の法要を自宅とお寺で行った。子供、孫達の見守る中で納骨された。私が下手に縫ったさらしの袋に入れられ納骨した。一緒に納める写経も考えたが母には必要ないと考えてしなかった。「母が亡くなったらさぞ悲しいだろうな」と思っていたが意外に泣けないのは、潔く逝った母を悲しんではいけないという思いと、長男の義務感と責任感に目覚め、気が引き締まっているからだろうか。「今は泣いている時ではない、しっかりしろ」という声が聞こえてくる様な気がする。
up date 2001.3.26
●菅野さんに聞いた話。九州にビータ(旅)した時、当時は何もやること無くて宿で仕方ないからラジオ聞いていたら韓国の放送が良く聞こえる。耳の良いミュージシャンの事である、みんなで真似して韓国語らしく聞こえる様になったが内容も意味も解らない。仲間でそれが流行ってやたらと使っていた。東京に帰って寿司屋でやっていたら、隣に本物の韓国人がいて変な顔したから「すみません」とみんなで謝ったそうである。馬鹿だねえ。リーケイコさんと一緒の時、「スミダってどういう意味?」と聞いてみたら「〜です」ということだと教えてもらった。
up date 2001.3.24
●Isn't She Lovelyというスティービーワンダーの曲がある。最後の2小節ブレークでドレファソラドレファファッファというフレーズがあるが、ここをベースもユニゾンで弾かなければいけないのだが、指の運指が巧くいかなくて何時もポシャる。晴美からは「練習しなさい」と怒られる。心を入れ替えて練習したら、出来る様になった。早いフレーズは覚えてしまわないと弾けない、目で譜面を追っている暇が無いからである。我々は譜面を読んでる様に見えても、実は流していると云った方が正しい。見ているのだが読んでる訳ではない。譜面があると安心だからという程度である。これはクラシック奏者も同じだと思う。本当は暗譜してしまう方が良い、ステージが真っ暗けという時もあるからね。フルバンで夏の夜、河口湖畔で合宿練習したことがある。羽蟻が飛んできて譜面の上を這っている、おたまじゃくしが動いていた。あの時のサウンドはかなりダンモだった。青いペンで譜面を書いた奴がいた、ブルーの照明を当てられてまったく音符が見えなくなった事がある。楽譜は黒インクで書く事が鉄則である。
up date 2001.3.24
●シロちゃんの両手(前足)の肉球(足の裏、足跡が梅の花になる処)が怪我していて痛そうだ。この気候だからしもやけの訳がない。マキュロンで治療してやらなくていけないが何処を探しても無い。やっと見付けて塗ってやるのだが痛がって鳴く。可哀想だが仕方ない。猫は目やにが出たり、怪我したりで結構世話をしなくてはいけない。嫌いでは出来ないのである。「猫は目が命」とかいって、時々目薬やっているが、いやがって嫌われている。猫好きは心を鬼にして世話をしないといけないのだ。珍しくシロちゃんが晴美に櫛を当てられている。「よく嫌がられないな」と言ったら「私に逆らえる訳ないじゃん」と言った。怖いー。
up date 2001.3.24
●宮沢さんの奥さんは「みや子さん」というが本当は宮子さんと書く。宮沢さんと結婚して宮が続くからひらがなに変えたのだそうだ。お父さんは宮内庁に勤めていたから「宮子」と名付けられたそうだ。ただ生まれた時大正天皇が崩御されたから、遠慮して生年月日をずらしたそうで本当じゃないと言っていた。水戸出身の家柄の家系である、それでないと宮内庁に勤められる訳がない。戦後宮沢さんが音楽家の家に下宿していた部屋に押し掛けて結婚したのである。「ドアを開けたら布団を抱えて立っていた」と宮沢さんは言っていた。大恋愛で一緒になったのである。あー当てられること、参った。宮沢さん夫婦は日本のジャズの創生期を見て来た訳である、本を書いてくれとお願いしたのだが「まだ関係者が存命中だから本当のことは書けない」とおっしゃった。「そして、風が走りぬけて行った」という講談社の本がある。これには伝説のピアニスト守安祥太郎のことが書いてあるが全部ではない、書けない事もあるのである。宮沢さんの亡き後、真相を知るのは宮子さんしかいない。
up date 2001.3.23
●満ちゃんとピアノトリオをやってる頃、毎日3人でバカ言っていて可笑しくて涙を流していた。「つま恋」がオープンし、レギュラーで出演していた頃である。普通のアハハぐらいのレベルじゃないから、立っていられないのである、転げ回るほど可笑しい。道を歩きながらでも道路に3人揃って倒れて転げ回ったことが何度もある。運転中は涙で前が見えなくなるから危なくて走っていられない。満ちゃん、O君、私の3人はウマが合ったというか、みんな若かったから本当に楽しかった。青春っていいね。満ちゃんは音大で教えてるというけど、どんな顔して教えてるんだろう?どうせ馬鹿言って「学生には人気あるだろうなあ」と思っている。
up date 2001.3.23
●ミュージシャン語(楽隊語)は仲間内だけで通じる隠語である。ステージの上とか仲間内の話を部外者に聞かれたくないから創られたのだと思う。それを面白がってやたら使っていた学生時代、「逆さ言葉」というのだろうか、だが単に逆さにいうとはちょっと違う。血のことは「イーチ」蚊は「アーカ」と子音を前に持ってきて延ばすのである。「ヒーコー」「シーメ」「ナオン」とか染みついてしまって、それが標準語みたいになっていた。ある時何を血迷ったか「クーソ」と言った奴がある。「それじゃ元のままじゃんか」と大笑い、やたら逆さにすれば良いというもんじゃない。ミュージシャン言葉は難しい。「サドリーマ」という専門語がある、「ドサ回り」(地方公演)のことである。ミュージシャンは面白い事を考える天才である。解読不能の時は私まで問い合わせてほしい。
up date 2001.3.23
●ヤバくてやりたくない仕事というのもあるものである。小津さんに聞いた話だが、どうしてもやりたくない仕事を頼まれた◯◯さん、悩んで道を歩いていたら「産婦人科」の看板が目に入った。フラフラと入院していまい、切らなくてもよい盲腸を手術してしまった。これで嫌な仕事を断る理由が出来たのである。誰のことか、有名なギタリストとだけ書いておこう。それぐらい嫌なのに断れない気の弱さ、ミュージシャンって人が良くて馬鹿みたいに純朴な人がいるのです。
up date 2001.3.22
●天下の宮沢さん、蚤の心臓だった。気が優しいと云った方が良いが、やりたくないライブが結構あったのである。「これじゃあ佐藤君(ピアニスト佐藤雅彦さん)に申し訳ない」とかなんだかんだと理由をつけて、断ろうとしていた。精神的プレッシャーに弱い人でレコーディングやライブというと、必ずどこかが具合悪くなって奥さんが頭をさげて回らなくてはいけない羽目になっていた。私の持っていった仕事を良くもやってくれたと感謝している。私達と一緒の時はプレッシャーを感じなかったのだろうか、「お前たちは息子と娘のようなものだから」と言ってたから良かったのだろう。とにかくピリピリしない様に家族揃ってという感じでやっていた。それが良かったのだろうと思う。昭ちゃん(宮沢さんの長男)と一緒にカルテットやってた頃は本当の家族みたいだった。懐かしい。
up date 2001.3.22
●佐藤雅彦さんで思い出したが、彼の書いたエッセイで飯田龍夫さん(笹塚で飯田ジャズスタジオが有った)にレッスンを受けた話が書いてあった。実は私も1ヶ月ほどレッスンに通ったことがある。ジャズベース界の重鎮で昔のベーシストなら誰もが知っている。レッスンに通い始めて教則本(彼が書いた本)をレッスンしたのであるが、私はすでに一応弾けたから終わりのページ(B♭のブルースが書いてある)をたまたま来たギターの人とレッスンした。「君は弾けるじゃないか、横浜で仕事があるからやってみないか」と言われた。同じことが佐藤さんのエッセイにも書いてあった。飯田先生は誰にでも「仕事やってみないか」と言うんだろうか。貧乏学生で月謝が払えなくてレッスンは止めてしまった。もっともすぐ後、銀座でプロバンドを経験する事になる。佐藤雅彦さんと兄弟弟子という事になるのかな?恐れ多くて言えません。
up date 2001.3.22
●満ちゃんと一緒にバカを言ってる頃、曲名や人名を漢字に書くとこうなるというのが流行った。ジャイブサンバは痔愛撫産婆、レッドガーランドは赤我乱痔(ちょっと苦しいね)となる。ロシア人名も流行って「ドスケビッチ・ポルノスキー」とか「ポルノスキー・ミルノフ」とか言ってたもんね。どうしてこんな馬鹿なこと考えるんだろうねえ。ミュージシャンとは愛すべき仲間である。馬鹿さ加減がたまらない。
up date 2001.3.22
●この話は絶対書きたくないが書いてしまう。まだ子供たちが小さい頃、ワンボックスカーに乗って家族でドライブに行った。下の子はまだオムツをしている頃である。ある日車の中が異様に臭い、ウンチの臭いがプーンとしている。ムカっとした私は「誰かオナラをした?」「誰がウンチもらしたの?」と機嫌は悪い。誰も名乗りを上げないので余計にプリプリ怒っていた。あまりに臭うので仕方なく車を路肩に止めて調べたら、「あれー」何と私が犬の糞を踏んでいるではないか。道路脇にある車止めに靴を擦り付けて犬の糞をそぎ取った、車に戻った私を見るみんなの冷ややかな目が怒っている。それからというもの親父の威厳は無くなった。あの事件以来誰も私を尊敬しなくなった。寂しいー!(財津一郎風に)「犬のクソ事件」の顛末である。書くんじゃなかった、こんなこと。ガクッ。
up date 2001.3.21
●菅野さんに聞かされた話である。お父さんは外務省に勤める役人で、戦時中は中国の大使館勤務、中国に家族揃って渡っていた。戦前の外務省と云えば大変なものである「赤いで、丸いで、すっぱいで」と中国人に必死に説明したら「リンゴの事でしょ」といとも簡単に答えたそうだ。中国で「地平線に沈む太陽を始めて見た」と言っていた。中国へ渡る時は1等船室、帰りは船底だったと言っていた。戦争に負けて一家は命からがら逃げてきたのである。お坊ちゃんで育った菅野さんは戦後苦労したのである。菅野姓はお母さんの姓である、両親は離婚したからである。身の上話を酔っぱらうと聞かされた。何でも良く話してくれた。彼の音楽の大きさ、寂しさ、ロマンティズムが解る気がする。終戦記念日に亡くなったのも因縁の様な気がする。
up date 2001.3.21
●私の好きなページで良く行く「心にしみるいい話」というオアシスの様なページがある。静岡新聞SBSサイトの中にあるこのページ、大好きで時々見に行く。心が温かくなり「此の世も捨てたもんじゃない」と嬉しくなる。「つぶやき」でバカばかり書いているが、根は結構真面目なのである。強烈さばかり目立つサイトが多い中お勧めのページである。心の安らぎを求めて是非どうぞ。静岡新聞SBSのページ
up date 2001.3.21
●品の悪さが目立って多くなった「つぶやき」であるが、購読者が減ることを恐れず書いている私もイイタマだと思っている。他人のことを変な人とか可笑しい人だとか言っておきながら、自分は何だと云うのだろう。ミュージシャンは変な人が多いと云ってるのは、実は自分の事なのかも知れない。これが私のキャラクターなのである。子供の頃からこうだから仕方ない、変わりようがない。我慢して付き合ってくれる心優しい購読者の皆さんの御厚情に甘えて、これからもバカを言っていきたいと思います。サンキュー!
up date 2001.3.21
●神崎愛(フリューティスト、女優)のコンサートを私の入っている芸術協会が企画したから、そのお手伝いに晴美と行ってきた。札止めになる程入場券は売れ大盛況である。受付の券もぎりやら出演者接待、私は進行係で舞台袖で待機する役である。晴美はCDの販売まで手伝っている。とにかく裏方さんは大変である。私たちはコンサートを数やってきたが、裏方さんの支えがあるから出来るのだと改めて思い知った。コンサートが終わり全員近くのレストランで打ち上げをやった。前町長、教育長、議員などが居並ぶなか私が乾杯の音頭をとった。小さい町のイベントだが和気藹々で温かい、赤ワインですっかり良い気分になった。
up date 2001.3.20
●自転車はチャリンコと言わず「ジッテー」、スクーターは「スックー」と我が家では言っている。随分乱暴な言い方だがそれで意味は通ずる。浜松ではバイクの事を「ポンポン」と言って、ここ50年ぐらいは定着している。原動機付き自転車を「原チャリ」とか婦人用自転車を「ママチャリ」とかいうらしいが、全国共通略語は面白くない。その地方独特の言い回しや、その家だけの隠語に近い言葉の方が面白いし好きである。だから我が家では新語を造って面白がっている。Take5のリズムを覚える時「でちゃったよ、う◯こ」と歌っていたら、瞬く間に子供たちは5拍子を覚えてしまった。外でも歌うから赤面であったが、あれはインパクトがあった。私もそうだが晴美も面白がってやるから変な子に育つ訳である。我が家は変な家なのである。
up date 2001.3.20
●CDを持ってWさんが来宅した。息子さんの行っているデザイン学校の校歌(賛歌)の入っているCDである。作詞作曲編曲は彼女がやったのだが、これには逸話がある。彼女は晴美の若い頃の作曲、編曲のお弟子さんで優秀な耳を持っている。「貴女には才能が有るのだから、シーケンスソフト使って自分でアレンジに挑戦してみたら」と勧めたらパソコンを勉強して本当にやってしまった。ジャケットデザインは息子さんがやったとても良いCD である。親子でこんな素晴らしいものを作った、そのお礼に来たのである。「とにかく良かった、宝物だね」と誉めたのである。内声の動きの美しい良いアレンジで「合格!」の出来であった。
up date 2001.3.20
●「つぶやき」で少々エッチなことを書いたが、それを読んだ性格改善委員会のメンバーMさんに「大ちゃんの事だね」とすぐ言われた。仲間内にはすぐバレルのである。「僕に何か言うとホームページに書いちゃうよ」と「ペンの脅迫」をしているが、ネタを絶えず探しているから面白い話は見逃す訳がない。「大ちゃん」は性格改善委員会のメンバーである。Mさんと兄弟揃ってメンバーなのは異例であるが、いいキャラクターをしていて面白い人柄である。私を真似して4人の子持ち、次男だけあってフテクサレテいる処なんざ性格改善委員会会員の資格は十分である。その感じはメンバーの中にあって、とても良いコントラストになっているし、愛すべき性格である(これって誉めてるだぜ)。映像と音楽にとても良い感性をしている。やっぱり「仲間だな」と思ってしまう。
up date 2001.3.19
●「団塊(だんかい)の世代」とは我々の年代のことを言うらしい。「団塊」を間違えて「ダンコン」と覚えてしまったから始末が悪い。よく漢字を間違えて覚えてしまう事があるが、この間違いは傑作である。「ダンコン」って漢字で書くとまず何を思い出す?私しゃ「男コンの世代」という方が好きである。何故か元気が湧くからね。相変わらずバカ言ってるね、このページは。アハハ、バーカ!
up date 2001.3.19
●エレキベース(略してエレベという)はほとんど弾かないから、とやかく言うのはおこがましいが、ウッドベースとは次元が違う楽器だと感ずる。弦長が短いから半音のポジションが短い、その上フレットがあるから微妙なニュアンスが表現出来ない。フレットレスのエレベはその点、表現出来る幅は広いと言える。私も若い頃エレベを弾いていた頃があった、「フェンダーのジャズベース」を持っていた。1ドル360円の頃だから目が飛び出る程高かった。ジャズでもロック音楽を取り入れ始めた頃である、30年以上前でフュージョンなんてジャンルがまだ無かった頃だ。私はギターをやっていたからすぐ弾けた、1週間触っただけですぐステージに立ったのである。これでギャラを貰った。随分乱暴な話だが本当である。ウッドベースが弾けたらエレベは超簡単である。音程は正確だし必死で弾かなくても良いから楽である。ピアノはなかなか良い音が出ないが、電子楽器は誰でも音が出るのと似ている。音楽制作の仕事でどうしてもエレベの音が欲しかったからY社の1番高い楽器を買ったが、息子に取られてしまった。どっちみち弾かないからそれで良いのである。これでもエレベは過去4本買ったのである。どうしても電気の音は好きになれない。その当時「エレベは歳とったら絵にならないな」と思っていた。やっぱりジジイと言われてもしょうがない。
up date 2001.3.19
●ベースという楽器、以外と知られていない。中学や高校に教えにいっても指導者の先生がコントラバスについてほとんど知識はない。コントラバスはバイオリンと同族だと思われているが、同じ形に見えても元祖が違うのである。ヴィオール属(ヴィオラ・ダ・ガンバなど)という古楽器がルーツである。調弦は4度調弦で、バイオリン、ビオラ、チェロのバイオリン族の5度調弦とは異なる。楽器が大きいから裏板はフラットバックが普通である。ラウンドバック(バイオリンの様に膨らんでいる)の楽器も見られるがあれだけ大きい図体である。クラフトマンがカンナで削ってラウンドを出すのだからかなり大変な作業だと想像できる。ガンバはフラットバックである。以上が理由である。ジャズではレッド・ミッチェルが5度調弦で弾いている例があるが亜流である。運指(指の飛び方)が違うしフレーズにも影響する。400年ぐらい前、イタリアのクレモナ地方の天才製作者アマティ作の楽器が、演奏出来る現存する最古の楽器であろう。ゲーリーカーの演奏を聴いたがそれは張りがあって甘い音色は絶品だった。一般的にイタリアの楽器は甘い音、ドイツ製は男性的な芯のある音と言われている。たまに名器といわれる楽器を目にすることがあるが、涎が出ることがある。ただ古いから運搬に凄く神経を使っているらしい。私だってゴンゴンぶつけてるからね。ハードケースもあるがツタンカーメンのお棺みたいで、とても持って運べる代物ではない。大きい割にデリケートな楽器なのである。
up date 2001.3.18
●楽器について書いたから弓についても触れなくてならない。僕の弓はドイツ製だが結構高かった。弓の専門家に言わせると、せめて楽器の半分の値段は出さないといけないと言っている。事実良い弓はいい値段している。フェルナンブコ材と言って弓に合う木材がある、持ち重り感や弦に吸い付く感じは言葉では表し辛い、釣り竿と似ている。それと松ヤニである、これが難しい。私もいろいろ試して今使っている「トマステックのミディアム」に落ち着いたが、以前使っていた「ペッツ」(オーストリア製)という松ヤニは馬力は出るのだが柔らかすぎて、夏場は水飴の様にベタベタになってしまう、冷蔵庫にしまっておいた程だ。弓が吸い付き過ぎてゴリゴリの音になってしまう、日本の夏では使えないと感じた。張ってある毛は馬の尻尾の毛である。白い毛と黒い毛とあるが、黒毛は男性的で荒い音がする。私は白い毛を使っている。人によって好みが違うから、気に入ったものを探し出すまでは悩む訳である。これが面白いとも云えるし職人に相通ずるところでもある。
up date 2001.3.18
●マック党の「みっちゃ」から「メールが来ました」というサウンドファイルを送って貰った。システムフォルダの中のシステムに入れると「メールが来ました」としゃべってくれる。今までメールが到着すると「グエ」とか「ポロン」という音だったが「メールが来ました」と言ってくれる訳だ、面白い。こんな事してだんだん自分のマックが好きになってくるのである。自分が使い易いようにすることをカスタマイズという。どんどんやろう、楽しくなる事請け合いである。
up date 2001.3.18
●「つぶやき」の為に下書きをする。だがあまり「書きだめ」をすると、タイムリーでなくなって内容が面白くなくなる。以前「企画が腐る」と書いたことがあるが、それと同じで新鮮さがなくなるのである。なるべく毎日書いてすぐアップしてしまう様に心掛けている。前に書いた文章は読み返してみて、駄目だと全部削除してしまう事がある。人の心は日に日に変化しているのである。コンサートでもやりたい曲を事前に決めずに、その場で決めた方が良い場合がある。気分が違うからである、我が儘とは意味が違う。それを大切にしたい。NHKに出演した時カメラリハーサルで何分何秒まで計り本番に臨んだ、こんな事やって良い演奏が出来る訳ないよね。パーティーなどでは細かいタイムスケジュールなどは決めない方が良い、イニシアティブを取っている司会に合わせてやる方が巧くいく、ぴったり合わせるのがプロの仕事である。CD音楽とは一味違うところである。
up date 2001.3.17
●私の使っている楽器は2本あるが、1本は東京のクレモナに頼んで作ってもらった手工品で、糸巻と本体材料はドイツから輸入したもので作った物である。竿(ネック)と側板、裏板は楓で美しい虎模様が出ている。表甲版は松の正目で目は詰んでいる。綺麗な楽器だと誰からも誉められる。もう1本は京都茶木弦楽器製で箱が大きいから低い音は重いが、楽器がでかすぎて弾きにくい。共にスピロコア(オーストリア製)の弦を張ってある。何10年も使ってるから表板が割れていたり塗装がはげていたり、良く見るとボロボロである。しかし苦楽を共にした相棒だと思うと「労ってあげよう」という気持ちになる。ベース弾きは「女房と同じ様に楽器を大事に思っている」のである。
up date 2001.3.17
●「ことわざ事典」を持っている、読み出すと面白くてつい時間を忘れる。昔の人はよくも巧いことを言ったものだと感心してしまう。「情は人の為ならず」の意味を誤解している現代人が多いと聞く。「よかれと思って人に情をかけるのは確かにその人の為だが、その行いは巡りめぐって自分に帰ってくるものだということ」が正解である。簡潔に説明してあるから解りやすい。こんな事ばかり書いてると「あまりしゃべるとお里が知れる」と言われそうである。
up date 2001.3.17
●昔の話を思い出した。私の楽器(コントラバス)がグランドホテル浜松の昔のスカイラウンジに置いてあった。酔っぱらった木村新弥さん(世良譲トリオなど往年のベーシスト)がその楽器を抱えたまま倒れて帰らぬ人となった。スズキバイオリン製のあまり上等の楽器ではなかったが、縁起が悪いと触るのが嫌になってしまい中学の吹奏楽に寄贈してしまった。当時楽器は3本もっていたから困らなかったのである。木村さんの楽器を見せてもらったがネックは細く、フィンガーボードの親指が当たる所は削ってあった。「手が小さい人だったから」と未亡人に聞いた。ちなみに父親は有名な彫刻家だったから渦巻きの部分は顔が彫ってあった。良い材料を使った良い楽器だった、茶木弦楽器(京都)の手工品と聞いた。Softly As In A Morning Sunriseが18番で、リフをベースソロでやっていた。私がまだ30才そこそこの頃である。
up date 2001.3.16
●またシロちゃんが隣の椅子で寝ている。顔をみればニャーと鳴く。昨日植え替えた花の名前が分からないのがある。濃いピンクと黄色の八重椿の様な花なのだが横文字の名前が付いていたが忘れてしまった。最近は知らない名前の苗を売っているが分からなくて苦労する。綺麗なら何処の産でも一向に構わない。花の図鑑を買ってきたが載っていない。名前を調べにまた行くのもねえ、今度行った時に調べてこよう。
up date 2001.3.16
●リターンキーが調子悪いのでキーボードを分解して直したのだが、組み立てたら字が打ち込めなくなった。もう一度ケースをはずして、キーボード出力線のコネクターの接続を確かめたらはずれていた。これと同じポカは何回もやってきたから慣れたものだが、直しているより潰している方に近い。結局キーボードは交換することになった。「うちの旦那はパソコンで遊んでいるからいいのよ」と晴美がよそで言ったらしい。そうなのだ、男には玩具が必要なのである。私に言わせれば「時々調子が悪くなるから面白い」訳である。必死で直そうとするからね、それが面白いのである。子供の頃、機械物は全部ドライバーで分解していた癖は今だに直らない。変な習性なのだ。
up date 2001.3.16
●温かくなったからこの部屋から外の庭に出て、風で飛んだ洗濯物を干し直したり、沈丁花(ちんちょうげ)の花を見たりしている。今の時期はボケの花、梅ぐらいしか木の花はない。猫たちも外に出ていることが多い、彼らも伸び伸びとしているのだ。だんだん春が近づいて来る、私も少し元気が出てきた。プランタンの花を植え替えた。近くにホームセンターがあり時々苗を買っている。白いデージーとオレンジ色で八重咲きの金盞花などである。可憐な花に気持ちが休まった。
up date 2001.3.15
●トップページの晴美の写真、宇宙飛行士の向井さんに似てると言った人がいる。そう言われると似ているね。目がクリクリで大きい、私しゃ目が細いから(糸目の俊介と異名をとる)大きい人に憧れる。「男の目には糸を張れ、女の口(?)には鈴をはれ」と昔は言ったそうだが、そうすると「江戸時代はいい男だったのかなあ」などと乙にすましている。「お前の顔は縁の濃い眼鏡を掛けないとしまらん」と菅野先生に言われたけど、その通りだと思った。テレビを見ていても「目が細くて眠ってると思った」などと晴美に顔をのぞき込まれ嫌みを言われている。「バカヤロー、起きてるワイ!」
up date 2001.3.15
●聴和会(ちょうわかい)と言って、私のレギュラー出演しているホテルの業者100人程の親睦会に出席しなければならない。私も一応出入り業者という訳だ。酒類業者や食料品業者などが大半を占めるのだがディスプレーデザイン関係の業者もいる、美術と音楽はちょっと場違いの感ありである。Tさんは昔懐かし映画の看板を書ける、業界で一目置かれる貴重な人である。彼と会えるのを楽しみにしている。宮沢さんと通ずる職人らしさがたまらなく好きなのである。今日は隣合わせた近海物の鮮魚卸業者と楽しく飲んだ。その後デュオを演奏したのだが、集中力が今一で酔っぱらって弾くのは駄目である。「10年早い!」と言われそうだ。
up date 2001.3.15
●「お母ちゃん」と呼ぶと「用もないのに呼んじゃいかん」と言われる。シロちゃんが「ニャー」と私を呼ぶのと同じである。つい呼びたくなるのである、シロちゃんの気持ちは良く解る。我が家は「おかあちゃん」が居ないと始まらない。息子から電話があっても「お母さんいる?」と必ず言う。長良川の鵜飼いの様に構図が出来上がっている。さしずめ鵜匠はお母ちゃんで、息子たちと私は縄に繋がれている鵜の様なものである。アハハ
up date 2001.3.14
●時々ストリーミングでジャズなどを聞きながらワープロを打っていたりする。WGBHというロンドン発のサイトではジャズとかクラシックをやっているのでゴキゲンである。昔音楽の編集が忙しい頃、BGMを聞きながらというのは出来なかったから「音屋は損だなあ」と思ったものである。音そのものを扱ってるから他の音が聞こえちゃ具合が悪いのである。当たり前のことだが、仕事となれば仕方ないことで聞きたくもない音楽もあるのである。クラシックピアノの演奏は嫌という程聴いた、バイエル、ブルグミューラーから、ベートーベンのソナタ、ショパン、リストまで朝から晩までピアノ漬けである。夜は晴美のピアノに付き合わされる、ピアノが嫌いじゃ勤まらん。お陰で耳年増になりミスタッチやペタルミスはすぐ判る。幸か不幸かピアノにうるさい耳になった。この浜松で私のようにピアノと関わった男もいるのである。
up date 2001.3.14
●Netscape6をインストールして使ってみたが、使い難いし表示が汚いので止めてしまった。これならNetscape4.7の方がまだ使い易い。気に入ったブラウザソフトはなかなか無い、Internet Explorer5と使い分けて使っている。メールソフトはEudoraを使ったこともあるが、今はNetscapeの方が楽だからもっぱら使っている。他の作業をしていてもメールが入ればすぐ知らせてくれるし便利である。
up date 2001.3.14
●「春がそこまで来ている」と感ずるこの頃である。三寒四温というが、雪が降ったかと思えばポカポカ陽気が来る。「暑さ寒さも彼岸まで」という、四十九日の頃までには春になるだろう。春は新芽がふき、花が咲くから好きな季節である。ポカポカ温かくて気分が良い時である。自然も人間も猫も(?)希望に輝く季節である。寒かった冬から解放されて活動の時を迎える。それに浜松は待ちに待った「凧あげ祭り」が来る、理屈ぬきに嬉しい。菅野先生の「冬の終わりに」という曲がある、5/4拍子が入った曲で私達もよく演奏している。丁度今演奏するのがぴったりのモダンでロマンチックな曲だと思う。石楠花(しゃくなげ)や木蓮の蕾はどうなったかと見に行ってきた。
up date 2001.3.13
●書類を整理していたら懐かしいパンフレットが出てきた。10年前の宮沢さんと写ったものである。「この頃は若かったなあ」あんまり懐かしいから掲載します。真ん中のお姉ちゃんはモデルで知らない人だけど、とにかくこの3人で表紙になったんだよん。

up date 2001.3.13
●ディスクトップの色を変えてみた。ダークブルーだったのをブルーグリーン(エメラルドグリーン)にした。ディスクトップは毎日見ているから飽きてくる、実に沢山のディスクトップパターンがあるが使いたくない色もある。誰しも好きな色は持っている。この色は油絵を描いている頃好きな色だった。これだけで気分は変わり清々しくなる。
up date 2001.3.13
●シロちゃんが膝に寝ている。パソコンをやっていると側にくるから膝に乗せることになる。ゴロゴロ言って眠ってしまった。猫が可愛いのは仕草である、手(前足)を折り曲げて寝る。見ているだけで可愛いなあと思ってしまう、猫好きはみんな同じだと思うけど。平和なひとときである。
up date 2001.3.13
●グランドホテルの私達の出演してる処に、良く飲みに(聞きに)来てくれるSさんとTさんがいる。面白い取り合わせの二人だがTさんの方が昔から知っていた。彼は漢方薬分野では有名な薬剤師である、高校時代からジャズにはまり良い時代のジャズを聞いている。一方Sさんはクラシックのトロンボーンを吹いていた麻酔の専門医で、時々法医学の方もやっているそうだ。共にその道では優秀らしいが、酔っぱらって来るのである。浜松では一番ウルサイふたりだが妙に気があって話が合うのである。リクエストの一覧表で40分のステージが構成されてしまう。良く知ってるからいい加減に演奏出来ない、ウルサイ客だがやり甲斐があるというもんだ。愛すべき彼らのいる浜松は捨てたもんじゃない。
up date 2001.3.12
●YahooやGoo、GOYで竹内晴美を検索すると、このページが出てくる。検索を上手にやらないと、なかなか目的のページにたどり着けない。ネットサーフィンの巧い人は検索上手なのである。他のページからリンクで来ることがある。「友達の輪」である。「竹内晴美の世界」も沢山の方からリンクを張ってもらっている。「リンクを勝手に張るな」と言ってるページもあるが、私しゃ勝手にやってくれと思っている。リンクを張って貰ってデメリットありますか、それで「沢山の人に見て貰えばいいじゃん」と思っている。時々ハムでもそういう人がいる、「聞かれて悪い事は言わなきゃいいじゃん」と思っている。世の中総て賛否両論、言い出したらキリがない。自分の意志を発信する事は本人の責任も生ずることなんだから。音楽だって同じである、私みたいに下手なベースを弾いている事自体、ツラの皮が厚い訳だから。
up date 2001.3.12
●パソコンがまたフリーズする様になった。再起動で直るがどうも安定しない。OSを上書きでインストールしたら治った。ハードディスクの断片化の解消やディスクトップの再構築やら、色々いじっているうちに調子悪くなる事がある。「いじり潰している」というのが正しいのかも知れない。トラブルに見舞われると覚えることが多い、こうやってだんだんパソコン使いに成長していくのだと思っている。
up date 2001.3.11
●コーヒーが好きで1日10杯は飲んでいる。それも砂糖とクリーム入りでインスタントでも何でも、とにかく甘ければ良い。糖分は脳の栄養になるそうだが、飲んでいてこの程度だからコーヒーをやめたら馬鹿になるだろう。いずれにしてもコーヒーと煙草の毒が身体中回っていることは確かである。酒と煙草とコーヒーを取ったらジャズは絵にならなくなる。煙草の健康に対する風当たりが厳しくなった。病院の喫煙室で会った小父さんは「煙草をやめるぐらいなら死んだ方がマシだ」と言っていた。当然その小父さんと仲良くなった。アハハ
up date 2001.3.11
●NHKテレビで「パソコン入力の方法」に関して特集していた。我々は今キーボードで文字を打ち込んでいるが、もっと簡単に入力する方法はないかという内容であった。若者は携帯電話のキーを親指で器用に打ち込んでいる。キーの配列を親指の動き易いように配置した例とか、ゲーム機のキーボードで文字を入力する例などを紹介していた。パソコンが敬遠される理由に「キーボードの操作が面倒」だと上げられているのはうなずける。もっと簡単に入力できれば、もっと普及すると思う。まだパソコンは発展途上であると認識した。
up date 2001.3.11
●この部屋は煙草スパスパだから、パソコンを含め中の物はヤニだらけで真っ茶色である。煙草のヤニは機器の接点や、CDの読みとりレンズの汚れとなり良くないが、その割に故障しない。悪いことは解っているけど止められない。「解っちゃいるけど止められない」という歌があったけど、植木等の「スーダラ節」だったっけ。まあクソオヤジだから言うこと聞かないのである。へらず口をたたくからねえ、「オラ長生きなんてしたくないもんね」と言ってる可愛くないクソオヤジである。
up date 2001.3.10
●「これでもか」とやる演奏も時として必要である。でもやりすぎると「いい加減にしてくれ」と思ってしまう。プチっと切れると面白くなるが、すぐ切れて大ブローになってしまう演奏家がいる。なるべき時にプチっと切れると違和感が無いのだが、切れ方が問題である。取って付けた様に大ブローになってしまうと「押しつけ」に感じてしまう。フレーズの組み立ては難しい、発展性の無いソロが何コーラスも続いて「いい加減にしてくれ」とサイドメンに思われてしまうと、其のライブは駄目である。こうやれという決まりはないが、やっていると解ってくる。「もっとソロを続けて欲しい」と共演者が思った時は良いアンサンブルなんだと思う。人間の心理を無視した演奏は駄目である。「パッションが有る」とはクライマックスに持っていく行き方が巧いことだと思う。
up date 2001.3.10
●友人のO君からメールが来た。彼は「性格改善委員会」の会員だが、私と同じヤマハの1000M(スピーカー)を使っている。そのスピーカーのウーハーとネットワークを交換したというのだ。低音が多少締まったと言っている。エッジが堅くなったからだろうか。いずれにしてもスピーカーはエッジが駄目になるものらしい。JBLなどは5年でへたってしまうらしい。だからコーン紙はそのままでエッジだけを張り替えるメンテナンスを専門にやっていると聞く。私と同時期に購入したスピーカーである、そろそろ交換時期かなと思う。
up date 2001.3.10
●浜松には珍しく昨夜雪が降った。私の家の周りにはうっすらと積もっている。さすが「住所表示が半田山と変わっただけのことはある」と晴美と二人で感心した。日が出ているのでそのうち溶けてしまうだろうが、たまには情緒があって良いものだ。
up date 2001.3.9
●下ネタは嫌いである(ウソツケ!)。このページに書けないことや、ライブハウスの笑える話は下ネタが多い。「つぶやき」の読者は女性もいるし真面目な人もいる。ミュージシャンは砕けた人が多いから、それに目くじらを立てる人はいないが、笑いにもフィーリングがあってどの人にも合う訳じゃない。ただ前にも書いたが「純粋な和音が美しいだけで面白くない」と感ずる人もいるのと同じで、スパイスの様なものである。ジャズとは汚いものまで全部含めて表現する手段だと思う。だから表も裏も全部知っている人と、純粋培養された人との差が出てくるのである。バッハの音楽が神様に捧げたものならば、ジャズは人間のために存在しているはずだ。やはり餓鬼の音楽ではないと思う。言ってる意味解ってくれる?
up date 2001.3.9
●あぶない話題で恐縮だが、「ジャズはセックスだ」と言って教えていた頃がある。「嫁入り前の娘にとんでもない先生だ」と反省して、今ではそんな暴言は吐かない。レッスンを終わった後すぐに結婚しちゃったから「先生の言った事は本当だ」と解ったか知らん。私がベースを習い立ての頃、先生はアバンギャルドを好きでよく聞いていたのだが、ベースが心臓の鼓動でサックスがあえぎ声、あまりにリアルで発禁になったレコードがあると聞いた。芸術協会の会合で「クラシック音楽の精神性の高さには脱帽する」と話して来たばかりだ、えらい違いである。写真集などで巷で騒いでいるが、表現は自由であるが何をやっても良い訳ではない。昔テレビ番組を作っていた友人と、「水着の女性からはみ出している◯毛が◯本までなら◯◯放送では大丈夫」などとバカを言ってたが(アハハ)、上品だ下品だの問題どころではない、芸術の定義は難しい。エロヒヒジジイはすぐこういう話題にするからね。格調高い「つぶやき」の読者には合いませんでした。有害ページに指定される日も近い。
up date 2001.3.9
●アマチュア無線局免許状の住所変更申請だが、名古屋の電気通信管理局から電話があり、私のように固定局の場合は住所変更通知書が必要だと言われた。早速コピーを取って送った、なかなか面倒である。電波法で定義されている無線局とは放送局とアマチュア局は同じ扱いなのである。こんな事ばかりしている今日この頃である。
up date 2001.3.9
●晴美のやっている「男のジャズピアノ」という教室がある。Gooで検索していたら、Nさんというお弟子さんのページをGooゼン(偶然?)発見した。彼は学校の先生で神戸の大学院で2年間勉強していたが、教室は休まず通って来ていたそうである(マジメを絵に描いた様な人)。彼のページには「男のジャズピアノ発表会」の写真が載っている。私も発表会には出演したから写っている。見に行って下さい。Nakane Online
up date 2001.3.8
●我々の業界用語で「芸者する」と言って忌み嫌われる言葉がある。意味は首筋に白粉をべたべたと塗って男を色香で誘うことである。こうすれば客が喜んで「受けることを知っていて」演奏する事である。芸者さんがみんなそうだとは言わないが「客をたぶらかす心根」それを称して上品だとか下品だとか言うのである。カデンツアを聞けばその人の本性が大体解ってしまう。音楽の表現は人によって異なるが感じ方も違うのである。だから難しい、「どう思われてもいいや」と開き直れば道も開けてくるというもんだ。不適切な表現でごめんなさい。
up date 2001.3.8
●確定申告はとうに終わったのだが、提出した後でJASRACの支払い調書が送られてきた。仕方ないから晴美の確定申告をやることにした。税務署はゴッタ返していたが、職員は3人相手に書き方の指導している。私の他に年輩者と女性である。実に手際良い、帰りに「貴方は聖徳太子みたいに手際良い、ありがとうございました」とお礼を述べてきた。3千円ぐらい還付されて戻ってくるだけだが良い経験だった。
up date 2001.3.8
●「大須賀町ライブ」の日程が4月22日(日)に変更になった。会場の都合で次週に順延したのである。早速インターネットのコンサート案内を修正することになった。修正は簡単である、変更画面でIDとパスワードを入力して変更すればOKである。3月18日は「神崎愛フルートコンサート」を熊野の里芸術協会で企画している。こちらもコンサート案内に掲載したから見てやって下さい。アットエス案内ページ
up date 2001.3.7
●数年前、短波のある周波数で「私は癌に冒され抗ガン剤の副作用で苦しんでいる」という交信を傍受した。いつも聞いていたからコールサインも覚えてしまったが、ついぞ交信したことはない。ある時からその方の電波は聞くことが出来なくなった。しばらくしてJARL NEWSでサイレントキー(亡くなった事をハム用語でそういう)になったことを知った。仲良くお話していた方が急に出て来なくなりサイレントキーになった事もある、悲しいことである。「渚にて」というオーストラリアの白黒映画があった。核戦争で潜水艦だけ生き残ったのだが電信の信号をキャッチする。生存者の信号源を求めて突き止めると、窓のブラインドにキーが結び付けられていて風に揺れていた、という筋書きだったが、とても寂寥感を感じた。テーマミュージックのワルティングマチルダを聞くと思い出す。
up date 2001.3.7
●ベースアンプのスピーカーを交換した話を以前書いたが、これには後日談がある。エレクトロボイスのこのスピーカー、馬鹿重いのである。今まで片手で持って行けたのだが、重くて持ち上がらない、手が抜けそうである。考えた末、庭に捨ててあった買い物用キャリアーを拾って来てアンプを縛りつけた。車輪が付いているので取ってを持って運べて、とても重宝である。外にほっぽらかしてあったから錆も出ているが、非常にゴキゲンだと感心している。重くはなったが「音は芯があり締まって良くなった」のだから良しとしよう。
up date 2001.3.7
●「利き酒の会」にSさんという晴美のお弟子さんがお母さんと一緒に来てくれた。話を聞けば私の勤めていた関連会社に勤務しているという。とてもモダンなお母さんでジャズ好きだそうである、「最近母を亡くしました、お母さんを大切にしてあげて下さい」と言いました。彼は私のホームページを見てくれている「つぶやき」愛読者である。「お母さんの娘時代のほうがジャズは良かったんですものね」といって別れた。
up date 2001.3.6
●Saxの岡崎資夫さんのバンドで御世話になった事は書いたが、岡崎さんのホームページを見にいったら素敵なページだった。しばらく演奏活動を止めていましたが、最近はアクティブに活動を再開されたようだ。あれだけやっていた人である、もったいないと思っていました。ベテラン岡崎さんのページを見に行ってください。http://www5.ocn.ne.jp/~okazaki5/index.html
up date 2001.3.6
●SBSのページを見ていたらコンサート情報のページがあることを知り、早速登録して大須賀町ライブの事を投稿した。アットエスというこのページは情報化時代を反映してとても便利だと思う。情報を求めている人や、どこにイベント情報を流したら良いか困っている人には朗報だと思う。インターネット時代はこれを利用しない手はない。
up date 2001.3.6
●昨夜はベロンベロンに酔っぱらって帰宅したのであるが、パソコンの前に座るなんざ習性だね。二日酔いで頭が重いがまたパソコンの前にいる。「酒飲んで演奏するなんざ10年早い」と諸先生方に言われて来ましたが「利き酒の会」だから仕方ないですね。聞いてる方もベロンベロンだからみんなで酔っぱらってる方が違和感ないですね。サックスは酔っぱらうとアンブシャーが駄目になるから音程とかタンギングが危なくなる。それが無かったから飲んでなかったね。耳だけはしっかりしてたから気は張ってたんだね。晴美は全然しらふでした、帰り運転して来たんだから。とにかく良かった、ご苦労さんでした。
up date 2001.3.5
●「利き酒の会」ライブが終わり一安心である。50人をこえる人が来てくれて盛り上がった。リクエストが来て全部応えたのだがまあ良かったであろう。なにせ酒を飲んでのライブだからベロンベロンである。今だって酒が残っている、よく覚えていない。ただ楽しかったのは覚えているから良かったのだろう。
up date 2001.3.5
●「電磁波が人体に与える影響を調べている総務省の生体電磁環境研究推進委員会(委員長=上野昭剛東大教授) は,このほど「携帯電話による脳の学習能力や健康に影響を及ぼす確たる証拠はない」との見解を盛り込んだ中 間報告を発表しました。同委員会は1997年に発足し,当時の郵政省が策定した電波防護指針で安全が確保されるかどうか,国際保健機関(WHO)のプロジェクトなどと協力して,確認作業を進めてきたものです。」というニュースがアマチュア無線(JARL)のページに書いてあった。これで一安心というところだが、本当に大丈夫と太鼓判を押された訳ではない。どうも最近疑り深くていけない。
up date 2001.3.5
●四七日なのでお寺に法要に集まった。もう母が亡くなってひと月になる。お墓に上げる花を買って行った、春らしく桃の花とピンクのカーネーションにした。花の好きな母だったからきっと喜んでくれるだろう。お墓の花壺も石屋に頼んで水が切れないように大きいものに替えた。お墓は私達が結婚してすぐ建て替えたから25年になる。私の名前が建立者として刻んである。昭和51年建立とある、歴史を感ずるこのお墓に母が入ることになる。帰りしな「1月23日に母と階段上がってお参りしたのにね」と姉がポツリと言った。
up date 2001.3.4
●市役所総務課住居表示係の職員が、市サービスセンターまで出向いているというので行ってみた。国民年金の変更は葉書で出せばいいというから5人分貰ってきた。不動産登記簿の変更は別に今すぐでなくとも必要に迫られた時やれば良いと言われた。それに今登記所は混雑してるそうだ。自動車検査証は面倒だから、車検の時業者にやって貰えば楽だという説明である。運転免許証は7人いるが、本籍も変更だから市役所から送られてくる本籍変更通知書も必要になる。国民健康保険は新しい保険証が送られてくるから古い保険証を返送すればよい。無線局の免許状と局名録の変更の変更手続きはもうやった。これだけの面倒な手続きをやって、メリットがあるのは郵便局と宅急便業者ぐらいしか無いと思うのだが。
up date 2001.3.4
●「3月3日は雛祭り」と言われても、我が家は晴美を除いてみんな男性だから、色気も何もあったもんじゃない。父親からすれば娘というものは可愛いらしい。嫁に出す時はそりゃ悲しいらしい。私には経験出来ないから娘を持った友人に聞いてみるしかない。男の子ばかりというのは結構静かなものである。兄弟仲良しだからバイクの話などをクタクタしてるが、大騒ぎの時は友達が押し掛けてマージャンをやる時ぐらいかな。まあ平和な生活を送っている訳である。
up date 2001.3.3
●NTTの職員が来てTA(ターミナルアダプター)の避雷器を置いていった。局線と電源にパルスをカットするフィルターを入れるのである。私のパソコンの裏は線がグジャグジャになっているからスパイラルチューブで束ねている。それを取って配線したが面倒なことこの上ない。現役技術者の頃、落雷した機器は何度も見たが、そりゃ酷いものである。アンテナから入ったものは入力回路は焦げて真っ黒になっている。プリント基盤も真っ黒である。直撃を食らったらひとたまりもない。付けた避雷器はパルスノイズを軽減しデータを保護するだけの気休めに過ぎない。浜松は比較的雷は少なくて安心だが、雷多発地域に住む人はデジタル機器の雷対策を考えないと苦労するだろう。この浜松でも海岸地帯には障害が起こっていると聞く、私の所は北の外れだから今まで経験が無い。「備えあれば憂いなし」という処である。
up date 2001.3.3
●「初盆までには畳を換えないといけないね」と話していたら、今朝新聞折り込みで「畳張り替え先着30名様大バーゲン」と宣伝しているから、即電話した。我が家は畳の部屋18畳あるから、まともにやったらかなりの出費になる。渡りに舟とはこの事である、こんなあばら屋でもお盆の時は沢山の人に上がって貰わないといけないから、少しは小綺麗にしなくてはいけないのである。「女房と畳は新しい方がいい」なんて言ってる奴は誰だ?一言でも言ったら殺されるぜ。
up date 2001.3.2
●保険屋さんから電話があって住所の変更の話をしたら、保険証書の変更をしなくてはならないと聞いた。思い出したらハムの局名録、同窓会名簿の住所の変更もあった。12どころじゃないね、きっとまだあるはずだ。全部は出来ないよ、きっと。
up date 2001.3.2
●電話局から請求書が来て、高いと文句言ったら「お父さんだって良く長電話掛けてきたじゃん」と晴美に言われてしまった。「わたしゃ、それに騙されて結婚した」と思わぬ方向に話は行ってしまった。「25年も前のこと今更言われても、モゴモゴモゴ」と歯切れは悪い。一つ言えば十返って来る、どうも形勢が悪い。晴美は子供たち全員を味方に付けているから発言力は強大である。多勢に無勢で勝負はついている。そんな訳で晴美は我が家では女王様である。内の中はこれで巧くいっている。「亭主関白?」我が家の辞書には載って無い。
up date 2001.3.1
●住所表示変更に伴い、手続きしなくてはいけない事が山とある。住所変更の案内葉書はもう出した。他に国民年金、不動産登記簿、自動車検査証2台分、運転免許証、国民健康保険証、ガス、電気、水道、NTT、NHKの他、無線局免許状など、ざっと12である。アマチュア無線技士と電気工事士と電話工事担任者資格は良かったかしらん?名刺と封筒の印刷がある。とにかくヤニナルよ。ほんとにバカヤローだぜ。
up date 2001.3.1
●今日、銀婚式を迎えた。晴美と連れ添って25年になる。普通ダイヤモンドの指輪などを贈るのだろうが、貧乏ミュージシャンの僕は買ってやれない。「愛があれば良いだろう」と言っても「現ナマを積まなきゃ駄目」と晴美は言う。冗談ばかり言ってるからシリアスに迫っても駄目である。せめて「つぶやき」の読者だけには感謝してることを解ってほしい。映画みたいに面と向かって言えない、テレ臭くて仕方ない。プスッ!
up date 2001.2.28
●「ベースがあんなに格好良いものとは知らなかった」と母は言っていた。1回目のリサイタル、そう菅野先生と鈴木博さんが出演してくれた時である。ベースのソロからスタートしたのである。ステージには私一人がサスライトに浮かび上がっている、ゆっくりカーテンが上がっていく、何コーラスかベースのランニングソロが続いた後、ドラムが被っていく。そしてピアノがテーマを弾く、C Jam Bluesである。その演出を考えたのは、フルバンでEasy Moneyをやった時、ベースソロで始まるアレンジだったのを思い出したからである。そりゃ「格好イイ」ゼ。録音は8トラックのオープンでされ、FM放送でオンエアされた。その後LPレコードにカッティングされた。マイクアレンジから照明、台本まで総てを考えた、それからコンサートをプロデュースする味を覚えたのである。
up date 2001.2.28
●若い頃「母に何かあったらどうしよう」と心配で仕方なかった。血圧が高かった母は緊急入院した事があり、東京から真っ青になって帰ったことがある。それ以来母の身体の事が心配で気遣って来た。心配かけてはいけないと息子の事故の時も「大した事はない」と言っておいた。母の死はあまりに突然だったので悲しんでる暇もない。ジワジワと悲しくなってくるだろうが、時が解決してくれるだろう。小津さんの未亡人から電話を頂いた。3年を過ぎやっと心の整理がついてきたそうである。それは良いことだとご返事した。
up date 2001.2.27
●母はいつも日記を書いていた。祭壇の前で日記を読んでみたら涙で読めなくなった。姉の舞台のこと、私のステージのことなど4人の子供たちと孫のことばかりが書いてある。子供たちを愛していたことは日記を読まなくても解っていたし、私たちもそれに応えていた。生前母は言っていた、「人生で嬉しかったことは3つある、秀雄さん(父)が戦地から帰って来たこと、男の子である俊介が生まれたこと、すてきな街浜松がグランプリを受賞したこと」なにか他の姉妹に申し訳ない気がするが本当である。「私は親孝行できたのだろうか」と自問する。「浜松わたしの歌本選会」には雪の降る中、母も会場に来てくれた。「すてきな街浜松」が最優秀賞と発表された瞬間、嬉しかっただろうなあと思う。苦労も人一倍かけたが、このことで許してもらえるだろうか。母親は息子を可愛いらしい、一人息子の私は差をつけられてる訳じゃないが可愛がられた。母にぞんざいな口を使ったことはない、母からも頭ごなしに怒られたこともない。こんなことがあった。中学生の頃、「雨が降りそうだから傘を持って行きなさい」というのも聞かず学校に行ったら大雨になった。帰り玄関に傘を持った母を見つけた。この雨のなか迎えに来てくれた母に申し訳ないと心より思った。それからというものピーカンの日でも毎日折り畳みの傘を持って行った。母の誕生日に緑のかんざしを小遣いで買って贈った、箪笥の奥に大切にしまってあった。もったいなくて使えないらしい。今年の正月、始めてお年玉を母にあげた、喜んでくれただろうか。母は心に訴える教育をしてくれた、此の世の菩薩様に育てられたと感謝している。
up date 2001.2.27
●母の亡くなったのが日曜日なので7日ごとの法要は土曜日になる。「三七日の法要」を迎えた、奇数の法要は自宅まで住職が来てくれる。初七日と偶数回の法要は、新居にある菩提寺まで出かけることになる。四十九日忌まで7回の法要をやることになる。四十九日忌の時、納骨と位牌に魂をいれる。これを忌み明けという。新居では49日間毎日お寺参りをする風習が残っており、半数近くの家でやっていると聞く。母は生前言っていた、娘時代父(祖父)が亡くなって、毎日お寺参りをしたそうである。それに比べたら7日ごとの法要は楽なものである。新居のお寺まで車で40分で行ける、母と良く通ったものである。父は早死にだったから50回忌の法要を昨年やって母は亡くなったのである。それも結婚記念日の2月4日、愛する父の許に旅立った。母は仕事をやり終えて亡くなったのである。みんなに愛されて、欲もなく、夫に早く先立たれたことを除いて幸せな人生を送った。一日も早い成仏を願っている。
up date 2001.2.26
●SBSのページを見ていたら「ベリーカード発行の停止」というインフォメーションがあった。昨年8月で発給サービスを終わったというのである。懐かしいから「ベリーカードとは何か」から説明しなくてはいけない。リスナーが放送局に受信リポートを送り、お礼に放送局が発行するカードの事である。もう40年以上も前だが私も自作のラジオでダイアルをグルグル回し、そこら中の放送局にリポート送ってベリーカードを集め喜んでいた。忘れられないのが北海道北見放送局の電波がかすかに聞こえたことである。当然リポートを送りカードを送ってもらった。まだ小学生である、宝物であった。それが高じて後にアマチュア無線に繋がるのである。リポートする内容は受信した時間、放送内容、信号強度、混信の状態などであったと記憶する。放送局ではリポートを元に実用性を検討するデータにしたのである。「時代は変わったなあ」とつくづく思うのだ。
up date 2001.2.25
●大須賀町ライブの依頼がきた。ここの音楽愛好会とは縁があり、代表を榊原さんという女性が精力的に努めてきた。過去に宮沢昭カルテットと竹内晴美デュオで出演したことがある。今回の依頼はデュオに康雄を加えたトリオで演奏する。10年の長きに渡る音楽愛好会の解散に当たり、我々に白羽の矢がたったのである。榊原さんは愛好会の運営にご苦労された、我々も豊田町で「友の会」を数年前立ち上げたばかりである。現代は趣味も多様化してみんな忙しくなった。こういう会を運営していくのにも色んな苦労が伴うのである。スケジュールページを御覧ください。
up date 2001.2.24
●昨夜のコンサートで興奮したのか朝6時半に目覚めてしまった。パソコンの前に座っていたら7時23分、突然地震である。モニターもグラグラ揺れるほどの強い揺れである。ストーブのスイッチを切り晴美のところへ飛んでった。テレビをつけたら静岡県西部地方の震源地で震度3だと報じている。浜松はそれ程地震が無い所である、東海沖地震が頭をよぎったが、それ程の強震ではない。でも嫌なものですね、心細い気持っていうのは。
up date 2001.2.24
●康雄と二人でライブコンサートへ行ってきた。川島哲郎Ts、多田誠司As、岡崎好朗Tp、今泉正明Pf、力武誠Dr、荒巻茂生Bからなるセクステットである。フロント3管のサウンドは迫力あり、とても好感が持てた。ライブを聞きに行くのは久しぶりである。真ん前のAsaxの前、唾が飛んでくる所に座った。マークシックスのアルトは鳴っていて耳がガンガンする。被り付きというのもたまにはいいもんだ。こんなライブならまた聞きにいきたいと思う。喪中であるがしばし淋しさを忘れられた。
up date 2001.2.24
●K社に勤めるS氏を語るには「性格改善委員会」なる組織をまず話さなくてはならない。「性格改善委員会」はもう20年にもなるが誠にユニークで変な会なのである。私が行きがかり上、一応委員長を仰せつかっているが権限は無い。冷凍庫会社経営者、データ無線機器製造会社経営者、カメラマン、映像制作会社経営者、寿司屋経営者、楽器製造会社勤務、ミュージシャンなど音楽好きを除いておよそ繋がらないメンバーで構成されているが、これが何故かピッタリと気が合って最高の仲間なのである。みんなで集まって飲み会で議論をしあったり楽しいのである。新しく入会するには全員の承認を必要とするが、審査が厳しくて今だに新会員になった人はいない。名前の通り性格が悪くないと入会できない、しかし本当に悪いと駄目である。今だ改善されたという話も聞かない。さてS氏であるが独身時代のことである。意中の人が北海道にいると聞き、その場で北海道へ電話した。仲間が代わるがわる彼女を説得して「浜松へ嫁に来い」という訳である。「こんな変な仲間のいる浜松」に来ようと決心し、めでたくゴールインしたのである。彼はホルン吹きだがチェロも弾く、最近はバンドネオンに凝ってピアソラに挑戦している。マーラーを語らせたら右に出る者はいない。子宝にも恵まれて幸せな家庭を築いている。めでたしめでたし。
up date 2001.2.23
●「今日はなんにもやることが無いなあ」という時、「あれをやろう」というものを持っている人は幸せである。「パチンコへ行く」という人もいるが私はギャンブルが嫌いだから、そういう所には行かない。「魚釣り」なら行っても良いが、これも行きつけていないとなかなか行けない。忙しい仕事を持っていて「あれをやりたいなあ」と思っているから趣味は楽しいのである。メールが来て「仕事が忙しくなって連絡が取れないといけないから」と携帯電話の番号を教えてもらった。「俺は絶対携帯電話は持たないよ」と返事しておいた。地球上で最後になっても携帯電話は持ちたくない。「魚釣りしていて、魚がかかった時電話が鳴っても困るから」と理由を説明している。可愛くないオヤジである。
up date 2001.2.22
●住居表示変更に伴い案内葉書を出さなくてはいけない。約200枚である、手書きではたまらないからパソコンの世話になる事になる。市から送られてくるハガキは「様」が印刷されているからレイアウトを変えなくてはならない。案内面はコピーをしてしまった、一切手書きはしないから楽である。しかし面倒である事には違いない。大体、住居表示を変えて誰が得するというのだろう。
up date 2001.2.22
●K社の音楽学校「35周年記念セレモニー」コンサートのゲストとして、若い先生の卵とピアノトリオをやってきた。17日に他会場で卒業コンサートに付き合ってきたのだが、その彼女たちと又共演したのである。彼女たちの感性は素晴らしい、ちょっとしたアドバイスを短期間で物にすることができる。音楽の雰囲気を表現出来るのである。ブルージーな大人のジャズを20歳そこそこの娘が演奏するのである。私も一緒に付き合ったインランフ○イ氏も舌を巻いた。我々は30年もジャズをやってきたから「ガキに出来っこない」と思っていたのだが、どうしてどうしてちゃんとやっちゃったのである。驚いたと同時に嬉しかった、思わず顔を見合わせちゃったのだ。彼女たちに無限の可能性を感じる、人を教えることは喜びなのだと知った。
up date 2001.2.21
●しばらく「つぶやき」を休んだから、キーボードのタッチが思うようにいかない。ページを引っ越すのと「つぶやき」再開が同時になったが、アクセスカウンターを付けるのに「CGIが解らないから駄目かな」と思ったが、NiftyのページにあったカウンターのCGI一行をペタっと張り付けたらOKになった。まあ私の作ってるページはそんなもんでいい加減なのである。購読者の皆さんは新しいページに移って来てくれただろうか。こちらは10Mまで大丈夫なので一杯になることは当分ないだろう。3月1日に私の所は住居表示が変わる、案内のハガキを出さないといけない。名刺も作り換える必要がある。免許証もあれもこれも換えなくてはいけない。ホント面倒くさいよん。
up date 2001.2.21
●ライブのご案内をします。「利き酒の会」ライブを市内「ハートランド」でやります。主催の片山酒店のオーナーは「浜松を元気にする」情熱に燃えている人ですから、僕ら祭り男はすぐ意気投合しちゃう訳です。詳しくは片山酒店のホームページを御覧ください。http://www.japan-net.ne.jp/~katayama/
up date 2001.2.20
●突然パソコンが起動途中でフリーズしてしまい大慌てでした。原因が解らず色々やってみたもののバンザイになってパソコン店まで本体を持っていく羽目になりました。ハードディスクとかCPUを疑ったのですがOSを入れ換えたら治りました。パソコンが無いと夜も日も明けない状態になってますから、大慌てです。突然くるから参っちゃうですよ。天災と同じだね。
up date 2001.2.20
●在りし日の母の写真を掲載します。まだこのページに母は登場したことがありません。亡くなってからというのも変ですが、私がとても好きだった母ですから皆さんにお礼の意味で紹介します。

●母が急逝したので大慌ての日々でした。母は前の日までピンピンしてました。2月4日の朝、元気がないから病院に連れて行こうと迎えに行ったのですが、車に乗れる状態ではなく救急車を呼びました。病院に着く前に心臓が止まってしまいました。急性心筋梗塞と診断されました。こんな事言っちゃいけませんが大往生だと思います。病んで寝込むこともなく元気でした。当日は姉の踊りの舞台があり、前日から楽しみにしてましたから美容院にも行って綺麗にしてました。私は話しも出来たし良かったのですが、姉は舞台に乗ってました。「親の死に目にあえない」と覚悟してた姉もさすがに悲しかったと思います。舞台の終わる時間を見計らって亡くなったことを伝えたのです。そんな訳で四十九日の法要までは忙しいのですが、何時までも悲しがっていてもいけませんからホームページを再開します。沢山の方からお悔やみのメールを頂いてありがとうございます。ページの引越と再開が同時になってしまいましたが、これからも宜しくお願いします。
up date 2001.2.19
●母が2月4日86歳で急逝しました。「つぶやき」はしばらくお休みします。
up date 2001.2.5
●アクセスカウンターを見ていると、ほぼ同ペースでカウンターの数字が増えていく、有り難いことである。私の入っているケーブルインターネットでは「ニフティー」の乗り入れサービスが始まって、「ニフティー」にホームページとメールを移す案内が来た。近いうちに移動しようと思います。私の住んでいる所の住居表示が3月1日から変わる。それに合わせてホームページも引っ越ししようと思う。近々「ご案内」を出しますので宜しくお願いします。とりあえずメールアドレスを変更して、今までのメールアドレスは転送手続きをしました。これでプロバイダを3回目に変更した事になる、設定は結構面倒ですね。
up date 2001.2.4
●夜中にテレビのチャンネルを切り替えていたら、BS放送で「小熊物語」をやっていたので明け方4時近くまで観てしまった。皆さんはこんなことは有りませんか?明日朝から用事がある人はこんな生活してたら身体がおかしくなってしまうけど、私は時々こんな事があります。自由と言おうかダラダラしてると言いましょうか、とにかく生活パターンを決めてる訳ではありませんが、だいたい2時〜3時頃眠くなって朝9時半頃起床します。これで夜仕事しても大丈夫というパターンです。自然に生活リズムというのは出来て来るものですね。
up date 2001.2.3
●確定申告の計算が終わり、もう申告書を税務署に提出してしまったから気分が楽になった。例年2月10日ぐらいには提出しているが、今年はコンピュータ導入の所為か早かった。まだ慣れないから作業が遅いが、その内手早い打ち込みが出来る様になるだろう。月に一度ぐらいのペースで打ち込みをやろうと思う。そうすれば一年分を一度にやる事もなくスムースに完成するだろう。やはり日頃の行いが大切だと思った。取りあえずバックアップを取って今年1月分を打ち込んだ。
up date 2001.2.3
●東京のOさんからよくメールを頂く。博さんのCDを復刻してくれた方である。私と同年代で若い頃ハムをやってたから話が良く解る。オールディーズのバンドもやっている、彼は万年少年の心を持っている。男はこれが無くなったら終わりである。社会の波に揉まれて忘れちゃう人がいるが、悲しいことである。二番目の息子が聞いている曲は私にはピンと来ないが、珍しい事に「布袋某」という歌手の曲にはジーンときた。男の淋しさ、男のロマンを感じてしばし聞いちゃったもんね。若い人が聞いてる曲が全部だめじゃない事を認識しました。私にも少年の心が残っていたってことかな?うん。
up date 2001.2.2
●もうすぐ節分である。旧暦では節分を始めとするから、年が変わっても節分を過ぎなければ前年の運気を引き継いでいると考えられている。私達の仲人さんは暦とか方位とかに詳しい人だが、来年とは節分過ぎを指す。彼によれば1年には2月と8月に節があり運気が変化するらしい。良い行いをすれば節が変わって良くなり、悪い行いをすれば節を過ぎて運気が下降すると言っている。行いとは種まきと同じだと説明する、良い種をまけば良い芽が出るという道理である。因果報応をこの様に説明する。方位についても年回りを九星でいうが難しくて良く解らない。だからと云って非科学的だと決めつけられない。菅野先生の死を10年も前に予言してしまったからである。聞いた時は「そんな馬鹿な」と思ったが、先生が亡くなった後、その予言を思い出して怖くなった。理屈では解らない事が此の世には有るんだなあと思った。
up date 2001.2.2
●新聞によると今年この時期に、インフルエンザが例年の5分の1しか発生してなくて、「どうもおかしい」と書いてあった。学級閉鎖も3校ぐらいしか報告されてないそうだ。結構なことだと思っている。私は普通の風邪とインフルエンザの違いは判らないが、この時期は嫌になっちゃうのである。風邪が元で耳鳴りが半年続いた話は以前書きましたが、風邪などと高を括っていたら酷い目に遭いますから気をつけて下さい。
up date 2001.2.1
●偶にパーティーの仕事を頼まれることがある。ピアノトリオの仕事でドラムがY社の製品でないと困るというのがあった。どうしてだと思ったら、Y社のドラムを作っている会社社長の就任パーティーだった。シンバルスタンドを見て、「これは自社で作った物だ」と言っていた。もうこうなるとドラマーを探す時、Y社のセットを持ってるかに掛かっている。レギュラーのO君が昔のY社製を持っていたから良かったのである。色々と気を遣うことがある、浜松はヤマハ、カワイ、ローランドを始め色んな楽器メーカーがあるからこんな事もあるのである。ちなみに今日はK社の教室にベースかついで教えに行ってきた。晴美と康雄はY社の講師をしている、堅いこと言ってると浜松じゃ生きていけないよん。Y社の社員で構成するフルバンがあるが、キング、バック、セルマーと色んなメーカー製だったもんなあ。個人で買う分には会社は何も言えないんだね。アハハ
up date 2001.2.1