2001年4〜5月

春がきました。今日から新年度が始まります。気分も新たに、これからも宜しくお願いします。

「なにょうコイテルだ」と思う方はメール下さい        


●今月も終わりである。明日からページを「つぶやき7」にしますからお願いします。

●そろそろホームページを立ち上げて1年になる。ほとんど毎日「つぶやき」の更新をやってきたが、よくも続いたと感心する。8月にアクセスカウンターを設置したから本当のアクセス数は分からないが、常連さんが出来て安定したアクセス数を維持している。それを励みに続けているのである。「つぶやき」は私の日記と同じである。続けることに意義があると思っている。

up date 2001.5.31

●鉄棒が庭にあった。下の子ももう高校3年生である、鉄棒をやる子もいない。何年前から有ったのだろう。これは布団を干すのに丁度良く、そのまま置いてあったが邪魔なので片づける事にした。錆びて分解出来ないから鉄ノコで切る事になる、結構大変だが何とか細かく切って危険物ゴミに出すことにした。買う時は必要だと思っても、いらなくなると邪魔なものである。こんな物が沢山あるがなかなか捨てられないものですね。

up date 2001.5.31

●「猫の蚤に刺されて痒い」と晴美が言いだした。タマちゃんを蚤取り櫛で梳いたら10数匹取れたという。「こりゃいかん」という訳である。例年この頃になると蚤が発生して、晴美が真っ先にやられる。例によって行きつけの犬猫病院に行って3匹分の蚤取り薬を求める。フランス製のこの薬、毛をかき分け直接肌に塗るのである。血を吸った蚤が生んだ卵は孵らない、3、4ヶ月間一匹もいなくなる。3匹をそれぞれ逮捕して薬を付けた。シロちゃんとクロちゃんは毛が密集していて、地肌が出てこないからやりにくい。「これじゃあ暑いだろうなあ」と同情しながらの作業である。まあこれも猫を飼っている致し方ない年中行事だと思っている。

up date 2001.5.31

●晴美はコーラスグループでピアノを弾いている。近所の同年輩の奥様方10名程のグループで10年以上続いている。メンバーの入れ換えなしで気が合って続いているのである。たまにはコーラスのコンサートや敬老の日などに出演しているのである。レパートリーは色々有り楽しんでやっている。我々プロで必死にやるのと違い、ああいう音楽の楽しみ方も好いもんだと思う。そういえば下の息子がやっているロック音楽にも抵抗なく理解できる、晴美は音楽に垣根を作っていない。頭が柔らかいというのだろうか、始めて晴美の演奏を聴いた時、先端のチックコリアや変拍子の曲を弾いていてブッ飛んだ。我々ジャズ屋だってまだやってなかった頃だった。先入感が無い事は素晴らしい、こうでなくては駄目だと思う事が駄目なのである。その瞬間「負けた」と思ったもんね。

up date 2001.5.30

●1964年頃からジャズを聴いていたから、当時流行っていたビートルズなどには魅力を感じなかった。ロック音楽に背を向けていたのである。その後プロになってステージに立つと「ロックは出来ません」などと言っていられません。晴美は若いから(?)は大丈夫なのである。FM放送などを聞いてロックのノリを覚えた、恥ずかしながら私がロックを弾ける様になったのは30歳過ぎである。8分音符はデュダデュダと引っ張ってしまうから、ロックのベタベタと乗る感じが出ず、タメも解らなかった。始めてロックが弾けた時は嬉しかった。アハハ

up date 2001.5.30

●車はほっぽらかしだから汚い、晴美が見るに見かねて洗った。それを見て康雄がもう1台を洗った。「お父さんもやりなさい」と脅迫されて3台目を洗った。そんな訳でまとめて3台が綺麗になった。こんな事は珍しい、地震でも来なければよいがと思ってしまう。以前はガソリンスタンドの洗車会員になっていたから、給油の度に洗車していたから綺麗でいたが、止めてしまったから汚れ放題である。車内が汚いと嫌だが、外は汚くても気にしない。汚れの目立たないシルバーグレーにしたぐらいである。毎週洗車している人を見ると「良くやるなあ」と思ってしまう。

up date 2001.5.29

●3.5Mhzが受信できる様になったので楽しくなった。このバンドはOM(Old Manの略、ベテランの意味)が出ているので多少専門的だが話が面白い。修理に出しているトランシーバが直って来ないとSWRの調整は出来ないから、まだ電波は発射出来ない。アンテナを揚げた日、発射したのだが電波が回り込んで音が歪んでいると言われた。SWRが高いと色々な障害が出るのである。早く直って来ないかなと首を長くして待っている。見た目は綺麗に揚がっているのだが、調整の出来ていないアンテナは使い物にならないのである。

up date 2001.5.29

●最近は肉体労働をしている所為かテレビを見ていても途中で眠ってしまう。借りてきたビデオも最後まで見た例しがない。何せ減量する程汗ダクになっているのである、当然である。減った体重は変化なしである、あと3Kgぐらい減量すればベストなのだが、これ以上汗ダクは勘弁して欲しい。しかし体重が減ると身体が軽く感じられるから楽である。ウエストが細くなれば履けるズボンが沢山あるのだが、お腹の方は期待に反して変化なしである。

up date 2001.5.29

●毎日庭を見回ってさつきの花の枯れているのやら、枯れている枝を切ったりしている。石楠花やアマリリスの花は散々咲いて終わってしまった。今は第二段の五月が咲き始めた。サーモンピンクや白、桃色など派手な色は無いが満開になると美しい。我が家の庭は今が一番輝いている時である。うっすらと雨に濡れた花弁に蜂の羽音が聞こえる。詩情を感ずる時である。

up date 2001.5.28

●さつきの樹は格好を整えようと無闇に刈り込んではいけない。花芽まで切ってしまうと花が咲かない事態になるからだ。花の咲いた後刈り込みをやるのだが、あまりバッサリやると泣きを見る事になる。飛び出した枝を刈るぐらいが無難である。新しい枝が生えてきて自然に格好がついてくるから不思議だ。よく肥料をやりすぎて植木を駄目にした話を聞く、私は基本的に肥料はあまりやらない。自然界ではそんなに恵まれた環境のはずがないと思っているからである。何年も樹勢が衰えないのは、土が合っているからだろう。造園した時沢山の砕石を混ぜた土を使ったが、水はけが良く根が腐らない環境なのだと思う。ただ「霧島」だけは合わない様で何回植えても花が咲かなくなってしまう。相性が悪いのである。この辺りは「きつね」と云われる山土で赤土(きつね色をしている)である。土そのものに栄養分はないと聞いた。松の様に厳しい自然環境に耐える樹には良いのだろう。

up date 2001.5.28

●貧乏症というのだろうか、目に付くと草だろうと物置の中だろうと綺麗にしないと気が済まない。何時もは汚くても気にしないのだが、やりだすと止まらなくなる。偏執狂なのだと思う、徹底的にやる。若い頃から汚れ仕事は平気である。汗ダラダラで足の裏も真っ黒で洗っても取れない程である。飯も食べずにやってしまう、やってしまうと気が済むのである。「ご飯食べずにやって、また体重が減ったと言うんでしょう」と晴美は言う。

up date 2001.5.28

●お盆が近づいたので冠婚葬祭業者のやっている初盆飾りの展示会に行って来た。この浜松地方は初盆飾りをやる風習がある。初盆の家にはお盆中にお参りに行くのである。浜松は新盆なので7月の13、14、15日にお盆の飾り付けと、お坊さんに来てもらいお経を上げてもらう。毎年お寺さんには来て貰っているが、今年は新仏さんがいるから丁寧に供養するのである。迎え火の松明を玄関で焚き、先祖をお迎えする訳である。毎年やっている事だが、茄子で牛を作りかわらけ(土で出来た器)に食べ物を供える。昨年は晴美が焼きそばとパンがあがっていて笑っちゃったが、普通はそうめんとか茄子を細かく切った物などをお供えする。仏様の為に御礼御膳を作るのだが、お椀が5つ有り何時も盛りつけを間違える。母が見本で作った時しっかり写真を撮り、いつもそれを見て並べている。晴美は豆煮、おなます、みそ汁などを手際よく作り、この四十九日までの法要をやってくれた。母と晴美がああだこうだと言いながら御礼御膳を作っていたのが懐かしい。

up date 2001.5.27

●ハムを俄然やる気になって、屋根の上に上がってアンテナ設置をやっているのである。短縮型のローバンドのワイヤーアンテナは以前とは違って稲妻型に張ったら前よりスッキリした感じになった。気の所為か蜘蛛の巣状には見えないから少しは良くなったと思っている。細かい調整は時間を掛けてやる必要がある、受信した感じでは前とは指向性が変わったと思う。しばらくしないと良かったか判定は出来ない。エレメントを調節してSWR値とにらめっこの毎日が続く、これが結構面倒くさいのである。DIYの店に行ってビスや部品を調達している毎日である。これをやっている時が一番ゴキゲンなのである。毎回晴美に「日頃言っている事は遺言だと思ってくれ」と屋根に上がる前に言ってから決死の覚悟で上がるのである。足がピクピクと痙攣して降りてくる、馬鹿だねえ。テーマ曲の「クレオパトラの夢」で間違って「ジジイのベースとはやりたくないね」などと嫌みを言われているが、アンテナ工事の所為だとは言いたくないもんね。

up date 2001.5.27

●3.5Mhzはローバンドといって、冬場には安定した交信ができる得難いバンドである。玉にキズは波長が長くて(波長80m、半波長で40m欲しい)アンテナが簡単に張れない点である。いかにしてこのアンテナの問題を解決するかが鍵である。私の所は60坪に満たない敷地だから直線では無理で、短縮アンテナ(短縮率65%全長26m)をZ型に張って何とかオンエアーしていた。揚げていた竹竿が腐ってきたから降ろしてしまったのである。我が家は蜘蛛の巣状態だったのである。アンテナの事を悩み出すと頭が痛い、でも電波は出したいのである。また36本はヨバレそうです。「何が?」って決まり切ってるじゃん、アハハ

up date 2001.5.26

●アマチュア無線の事で悩んでいるうちは平和である。アイコムのトランシーバが修理出来るというので俄然元気が出て来た。このトランシーバはオートアンテナチューナーが付いていて、多少アンテナの共振点がずれていても同調してしまうのである。無線工学の講義みたいだけど、アンテナにはSWR(Standing Wave Ratio、定在波比という)と云って非常に難問がある、共振しないと効率が悪くて電波が発射されないし、インターフェア(テレビとか電話に混入する事)が発生したり具合が悪い。雨が降れば同調周波数は下にずれる、だからSWRを良くする為に色々と苦労する訳である。ある値、SWR1:1.5ぐらいが実用範囲である。短縮アンテナはSWRの実用域の幅が狭いので、長さが取れないと言って無闇に短縮率を上げる訳にはいかないのである。こんな事で悩んでいる。またそこが面白いところでもある。

up date 2001.5.26

●晴美のお弟子さんのSさんがトヨタのプリウスという、ガソリンエンジンとモーターを搭載した自動車を買ったので試乗させてもらった。これは面白いコンセプトの車だ、走り始めとスピードが遅い時はモーターで走り、ある程度スピードが出るとエンジンに自動的に切り替わる。交差点などでは自動的にエンジンがストップする。とても静かで自動車という感じがしない。動き始めはエンジンが回らないから燃費はすごく良いそうである。エンジンが回っている時はバッテリーに充電している事がディスプレイに表示される。環境汚染対策のコンセプトで設計されたそうである。次世代の車だと感じる、これでワゴンタイプがあれば私も欲しいなと思った。

up date 2001.5.25

●免許を取る時は必死にヒアリングをやった電信であるが、しばらくやらずにいたらとんと電信符号が取れなくなった。電信は聞く方が肝心だが耳が駄目になると打つ方も駄目になる。たまにはやっていないと、ちょっと早く打たれると取れなくなってしまう。トツーと来たらひとりでにAと書かないと、次の信号が取れなくなるのである。リハビリが必要である、たまには短波の電信バンドを聞いて耳を慣らしておかないといけない。何でもそうだと思うが、やっていないと退化するものである。反射神経が鈍くなる訳である。電信の良い処は海外との交信でも略語が使えるからスピーディに意志を伝える事が出来る。私の様に英語が下手でもちゃんと交信できるのである。それと少ない送信出力でも遠距離に飛んでいくメリットがある。プロの世界ではすでに廃止された通信方法だがハムの世界では健在なのである。

up date 2001.5.25

●昨年の夏の終わり頃だと思うが、トランシーバのディスプレイが故障して修理に出したのだが部品が無くて修理不能だと云われた話を書いた。偶々そのメーカーのホームページを見付けたから「部品が無くて修理不能だと言われた」とメールを出したら回答が来た。部品メーカー製造終了の為、昨年夏から今月始めまで部品在庫が無かったが、新たに手配出来るという回答である。修理可能という訳である。使いやすい気に入っていたトランシーバーである、また使えるのは嬉しい。メーカーのこういった対応には満足である。メーカー名はアイコム、私が開局した頃はまだ無かった後続メーカーである。最近は新しいコンセプトの無線機器を発売している、これからもユーザーに優しい姿勢を貫いて欲しいと願っている。こんな事でも俄然嬉しくなるのである。早速販売店に持ち込んで修理に出した。

up date 2001.5.25

●テレビのチャンネルをカチャと変えなければ其の放送は見ることが出来ない。縁というものは其れと同じであると云われた。自分が運が悪いのは触れあっている縁が悪いからである、縁があるとは自分の波長が相手と合っている事である。しかるに自分の波長(チャンネル)を変えなくては良い縁に触れる事が出来ないというのである。これは真理であると思う、波長の合わない人とは話も出来ない、だから縁は繋がらないのだ。当たり前の事である。自分を磨く事が肝心である、考え方を改める事も必要である。言い換えれば、この世は自分次第とも云える。

up date 2001.5.24

●朝から晩まで雨降りである。よくも降るものだと思う、梅雨に入ったのだろうかと思ってしまう。子供の頃玄関先に植えてあった紫陽花にデンデン虫が這ってたなあと思い出す。イメージとは恐ろしい、いつも雨が降ると思い出す。カンカン照りの暑い日にはハンミョウ(道教え)がギラギラした太陽の下を飛んでいる風景を思い出す。必ず子供の頃の思い出である。ヤモリのお腹のまだら模様やギンヤンマの迫力ある驚きと捕まえた時の嬉しさを、臭いまで伴っておもいだす。子供の頃は幸せだったんだなあと思う。

up date 2001.5.24

●「つぶやき」を書くことは私にとって良い事なのである。テーマを限定してないから日常の出来事や、昔の思い出を書くことになるから「記憶の喚起が出来る事に意義がある」と思っている。忘れている事は以外と多い、たまには記憶を思い出してみることは必要である。「人間は記憶は全部出来る」のだと聞いた事がある、「思い出す技術が大切なのだ」という。「記憶術」ではなく「思い出し術」なのだというのだ。この歳になると最近の出来事より昔のことを良く記憶していると思うことがある。記憶されてる場所が違うのだろうか。言語例えば外国語の記憶されてる部位は違うと云われている。脳の記憶に関する研究がもっと進めば勉強の仕方も変わってくるだろう。そうすれば創造の分野でも新しい可能性が生まれると思うのだが。

up date 2001.5.23

●スティーブン・キングの特集をテレビでやっていたから観た。キャリーやスタンド・バイ・ミーなど一連の怖い物語の売れっ子作家である。子供の頃の体験をモチーフにしているのである。体験無くして書けないと思う、全部をイマジネーションで書けばあれだけのインパクトは無いと思う。自分が恐怖を感じ、心に残った出来事を鮮明に覚えているから説得力のある物語に出来上がっているのだ。ゼロからスタートしたものではない、心に引っかかったものをさらけ出すから読者がそのリアリティに納得するのである。読者は作者の恐怖を共有できるのである。

up date 2001.5.23

●文章を書いていると「日本語を知らないなあ」と思ってしまう。言い回しの難しさやボキャブラリーの無さに愕然とするのである。これは読書の少なさに起因すると反省するのである。私の処には日本文学全集があるが全部読んだ訳がない。三島由紀夫の「仮面の告白」を読み始めた、内面的な描写で難解である。若い頃読んだのだが忘れているから新しく読み始めたと同じである。太宰治も読んでみたい、高校生に戻ったつもりで文学に勤しむのも悪くない。窓から入ってくるそよ風が心地よい。

up date 2001.5.22

●康雄のお弟子さんのSさんからメールを頂いた。彼は野球で突き指をして痛々しい姿でコンサートに来てくれた方である。来週指に入れてあるピンを抜けると報告があった。息子の足の骨折と同時期の怪我である、とにかく良かったと喜んでいる。彼は最近マウスピースを変えて音が良くなったと喜んでいる。吹奏楽器は音質が総てである、自分の出したい音を求めて悩むのが管楽器の宿命だと思う。だから音楽は面白いのである、だから音楽は難しいのである。悩みのないものなど面白くないのである。

up date 2001.5.22

●トランシーバのスイッチを入れて超短波をワッチしてみたら、千葉県と茨城県の局が入感した。40年前の50Mhzでは1エリア(箱根の向こう)の信号など聞いた事がなかった。市街地で車のイグニッションノイズが多かったのと、アンテナゲインも低くAM変調の電波では届かなかったのだろう。この40年で技術は格段に向上したし、メーカー製の機器の性能も良くなった。だがあまり面白くなくなった。「どうしてだろう」と考えるのだが便利に成りすぎたからだとしか思えない。便利イコール安易になったからだと思う、やっぱり悩みのないものは面白くないと云えそうだ。

up date 2001.5.22

●しろちゃんがパソコンのあるこの部屋の椅子で眠っている。この椅子が気に入っているからである。夜はどこで寝ているとか大体決まっているのである。彼らの習性で押し入れが好きである、時々晴美に怒られて押し入れからフニャーと出てくる事がある。ダンボール箱などあれば必ず入る、新聞紙や衣服があるとその上に寝る。抜け毛が激しい時期だから毛だらけになる。どうして猫達はそういう処が好きなのだろう。

up date 2001.5.21

●最近パソコンのご機嫌が良く、フリーズなどはしなくなった。いったん調子悪くなると参っちゃうのである。新しいソフトをインストールした後などは気を付けないといけません。ソフト同士が相性悪いと機能拡張でぶつかってしまう事があるのである。このパソコンは沢山のソフトが入っている割に調子良い、まあ文句無しである。デザイン学校に行ってる息子は「学校で使っているG4は結構フリーズするよ」と言っている。彼らは映像を扱ってるから、データ量も多く仕方ないのかも知れない。時々このパソコンで学校の課題だとやっているが調子良いと言っている。OSもバージョンアップせずやっているから安定しているのかも知れない。

up date 2001.5.21

●日曜の朝は8時から草刈りである。年2回、一斉草刈りが行われるから鎌を持って出かける事になる。いつもやる斜面の作業だが足場が悪くすべるから危ない。今日もズリっと滑り、コケそうになった。1時間程で作業は終わりである。近所の御主人が参加するから、この時は色んな話が出来る。自衛隊を退官したTさんはジェット機整備の教官をやっていた人だから、元技術屋の私とは話が合う。「最近はコンピュータ制御になったから、車をいじっても面白くなくなった」と私と同じ様なことを言っている、技術者魂で新技術には物怖じしない事は共通である。「息子ってどこか自分に似ているね」といって笑って別れた。

up date 2001.5.21

●足を骨折した息子は月曜にギブスが取れる予定だ。4月5日にやった事故だから1ヶ月半の松葉杖生活を送った事になる。五体満足という事は感謝しなくてはいけない、人間は普段何もない事に感謝せず随分我が儘を言っているが、不自由な生活を強いられると有難みが解るというものである。折った左足は見た目にもはっきりと筋肉がおちている事が分かる。これからリハビリが待っている、結構きついと聞いている。単純骨折で若いし回復も早いからラッキーだと主治医は説明してくれた。数ヶ月先には骨折部分を固定したボルトを取る再手術が必要だ、正常に戻るまでまだ日数がかかる。やはり大変な事だ、事故など起こしてはいけない。

up date 2001.5.20

●「みっちゃ」から久し振りにメールを貰った。彼は康雄とおない年のクラリネット吹きだが、最近の難曲をサラリと吹いてしまう風潮に苦言を呈している。ブラームスを重いゴリゴリした音で吹いている演奏や、カザルスの説得力ある演奏に音楽の凄さを感じているのである。表面的な事ばかりで内面をあまり考えない風潮がある、以前「動けば良いって訳じゃない」と書いたが同じ事である。若い彼らがその事を感じる事は喜ばしいと思う。感じなくてはしょうがないのである。若者がこの様なことをいうのは奇異に映るかも知れないが、芸術に年輩も若者も関係ない。たまには真面目に音楽を論じることも必要だ。

up date 2001.5.20

●一番気に入っているCDは、菅野さんのオリジナル曲を先生自身が弾いている演奏を編集して作ったCD-Rである。先生の演奏は「砂の器」1枚を除いてレコード盤でしか聞くことが出来ない。先生が出版されたレコードから気に入った演奏をセレクトしてCD-Rに焼いたのである。気に入らない訳がない、彼のピアノの音はブリリアントに輝いている。誰の演奏よりも私の耳には魅力的に響く、「菅野光亮作品集」最高のCDなのである。ロマンティズムの集大成がそこにはある。勿論ハードディスクにはAIFFファイルが大切に保存してある。

up date 2001.5.19

●紫陽花(あじさい)が花を付け始めた。まだ小さい蕾が噴いたばかりであるが「梅雨が近いな」と思う。植物は利口だなと思う、時期がくれば必ず毎年新芽を出し蕾を付ける。それが楽しみで彼らと付き合っているのである。季節の移り変わりを彼らを通して実感する事ができる。満開を迎えた石楠花(しゃくなげ)の花は今を盛りと咲いている。花弁は五月の花に似ている事を発見した、可憐な花である。真っ赤なアマリリスが大輪の花で咲いている、派手すぎて見ているこちらが恥ずかしくなる程である。横で遠慮ぎみに咲いているデージーなどは陰が薄い、植物の世界でも他を圧倒してしまうインパクトの前にはひれ伏してしまうのである。

up date 2001.5.19

●庭木の手入れが一段落したが、これから入梅までに気を付けないといけないのが害虫の被害である。スミチオンなどの殺虫剤を散布して駆除する、効果を持続したい場合は展着剤を加える事がある。大きい樹には4リットルの噴霧器を使うが、小さい木ではそんな大袈裟な装置はいらないから、小型のスプレーに薄殺虫剤液を用意しておく。以前山桃の樹が美しい新葉をつけたから感心していたが、ちょっと目を離した隙に葉巻虫にやられて全滅したことがある。クチナシの樹は良い香りがするし花も綺麗であるが、毎年芋虫が付く。人差し指ぐらいの芋虫(角がある蛾の幼虫)で一匹一匹ゴミバサミで取るのである。葉っぱは全部食べられて丸坊主になってしまう。毎年嫌な思いをしていたが、ついに木をこいでしまった。山茶花に毛虫が大量発生した年もある。山桃とクチナシは害虫の為に諦めた樹である。いずれにしても良く見回っていないと手遅れになる、伊達に何十年もやっているのではない、これでも苦労しているのである。

up date 2001.5.19

●パソコンを息子達に占領されていたので「つぶやき」の更新が遅れたら、「また何か悪いことでも起こったのか」と心配された。毎日閲覧に来てくれる人がいるのである。毎日更新を続けているとネタ切れになりそうな時もあるが、なんとか続けている。別に話題を限定してないから、書くことはいっぱいあるのである。パソコンのスイッチを入れるのが癖になっているから、キーボードに向かうのは億劫にはならない。「つぶやき」が途切れたのは、義兄と母が亡くなった時だけだから心配を掛けて済みません。我が家もそうそう悪いことは続かないと思います。ここらでドーンと良いことがあるかも知れません。アハハ

up date 2001.5.18

●島田のSさん(SBSで放送したボーカルリスト)から産地直送の新茶を送って頂いた。早速賞味させて頂いたが「いいねえ新茶は」。シーズンで忙しい毎日だそうである。最近ホームページ作りに頑張っているそうである。公開したら知らせると文面にあった。どんどんやればよいと思う、この「つぶやき」の様に思ったことを書けば良いと思う。彼女は絵も詩も書くし素晴らしいと思う、期待しているのである。

up date 2001.5.18

●録音屋をやっていて良かったと思うのは、一般リスナーでは聞くことが出来ない録音を聞くことが出来るからである。市販された音だけでなく、スタジオの無編集の音やライブのマザーの音などを聞くことが出来る点である。その時は技術屋の耳とミュージシャンの耳で聴いている自分がある。味付けして(例えばエコー処理など)仕上げる場合があるが、素材のクオリティーで良い悪いは決まる。ミクサーが音楽をクリエイトするなどは思い上がった考えだと思う。元が不味い素材をどの様に料理してみても美味しくはならない。ジャズ音楽はクラシック音楽に近い考えをしているからだと思う。最近はミクサーが音をいじって作っている録音が多くなった。その時は美味しそうだと思っても味付けが鼻に付く場合だってある。例えばムードミュージックの流行った頃のサックスやペットには、必ず深いエコーが掛かっていた。品が無いと感じたのは私だけだろうか。

up date 2001.5.18

●「ジャズサウンドはこれだ」と決定ずけたのは、ブルーノートレーベルの録音の多くを手がけたルディ・ヴァン・ゲルダーの功績が大きいと思っている。存在感のある管楽器、太く腰のあるピアノ、福よかでドッシリとしたベース、煌びやかシンバルの音、当時のオーディオ再生装置の特性も有るだろうが、どちらかと云えばドンシャリの音である。ジャズを魅力的にしたこのサウンドは凄いと思う。50、60年代のジャズを今聴いても惹きつけられるのはこの為である。当時JBLのスピーカーから出るジャズにしびれたのは私だけではない筈だ。あたかも目の前で演奏していると錯覚する程のリアリティが有った。これでジャズは決まりという存在感があった。

up date 2001.5.18

●いつも同じ窓から同じ景色を眺めていると、同じ発想しか浮かばない。色々な景色を眺め色々な経験を積む事が、バリエーションに富んだ発想に繋がるのだと思う。私は子供の頃、空想にふける事が好きだった。頭の中に映像が浮かんできたり、一人言が口から自然に出てきたりした。空想に耽るのはイマジネーションが湧く時と同じなのだと思う。音楽から絵が浮かんだり、絵から音楽が浮かぶのはごく普通のことだと思っている。これが無い人には創造とは無縁だと思う。

up date 2001.5.17

●愛情を感じている感じは巧く説明出来ない。それは母の腕の中に抱かれている安心感みたいなものである。癇が強かった私は子供の時、夜中によく飛び起きた記憶がある。その感情は不安そのものである。何と説明したら良いのだろう、暗闇に引きずり込まれる様な不安と自分をしっかり抱きかかえてくれる存在を探している自分があった。母の慈しみの心で充分に可愛がってもらっているのにまだ足りないと云うのだろうか。情緒が安定していないのである、母もすごく心配した筈だ。「どうやってこの子を育てれば良いのか」と悩んだそうである。線が細い、神経ピリピリの子供だったと聞いた。私はまだ自分が精神的に成長しきれていないと思っている、私には音楽や絵があるから助かっているのだという自覚がある。だから止める訳にはいかないのである。観世音菩薩の光を浴びていないと駄目になってしまう、という恐れを抱いているのである。

up date 2001.5.17

●組み立てる事と創り上げる事は似ているが違うと思う。元にイメージがあってそれを具現化する行為と、やっているうちに新しいアイデアが湧いて創造していく行為との違いである。後者の方がめちゃくちゃ楽しい、ジャズは正にこれである。やった本人が自分のやった事に興奮するのである。アドレナリンが出るとはこの事を指す。演奏中は心の中で冷静な自分を意識していないと駄目である。一点だけは醒めていないとデタラメになってしまう危険がある、この状態を知っていなければいけない。心の持ち方が難しいのである。

up date 2001.5.17

●庭木の手入れをゴールデンウィーク前からかれこれ2週間続けてきた、もうクタクタである。日頃身体を使う労働をやっていないからすごい運動になった。おかげで腰が痛い、腰に当てる快癒器の御世話になっている。体重計に乗った事は書きましたが、凄いダイエットになりましたね。だって汗ダクだもんね、首からタオル下げてないと目に額の汗が入ってくる状態です。全部でビニール袋いくつ分の枝葉を切ったか数えられません。とにかくやったもんだぜ、もう参った。

up date 2001.5.16

●運勢というものは不思議だと思う。何をやってもトントン拍子だったり、その逆だったりする。物事は波に乗らなければ駄目である。良い波かどうかを見極めなければならない、感も必要だろう。自分の事は以外と解っていない、第三者の意見が正しいことがある。自説を頑固に貫いていくだけが幸せになれるとは限らない。素直な気持ちを持つ事が大切である。「大自然の息吹きの中に生かされている」という心境になれる事が大事である。自分が幸運なのか不運なのかは心掛けで変わる様な気がする。

up date 2001.5.16

●久し振りに日本舞踊をやっている姉と芸術論を話した。姉のところも二代目が頑張っているが、お母さんの芸を娘が超えられるか保証はない。私のところでも康雄がいるが同じである。親が敷いたレールの上を走っていけば良いから二代目は楽であるとは言えない。こと芸の道では親子の甘えは通用しない、ライバルなのである。良いものは良い、駄目なものは駄目である。親と同じ道を通ることに近道は無いのである、彼ら自身が悩み苦しんで何かを掴むしか方法は無いのである。冷たいみたいだがライオンが我が子を谷底に落とす喩えは必要な時もある。教えて判るばかりではない、本人がそう思わなければ駄目である。本当に厳しいお話ですが芸の道は厳しいのです。

up date 2001.5.15

●松の剪定に始まった植木の手入れであるが、家の周りには沢山の植木が植えてあるから全部この時期にやらねばいけない。玄関先の植木もかなりあるから、大変な作業である。刈り込み鋏の刃がこぼれてしまったから新しい鋏を買いに行って来た。鋏は砥石でといで使っている、道具は切れないと駄目である。汗だくの作業がしばらく続くことになる。6Kgも体重が減った。体重計が壊れているかと思った。

up date 2001.5.15

●妹は高校で演劇にはまっていて、あるシリアスな劇を演出するのだがBGMは何が良いかと相談を受けた。内面的な内容で当時聞いていた「エリック・ドルフィーのフリュートのYou Don't Know What Love Isが良い」とアドバイスした。とてもリリカルで素晴らしい演奏である、今聞いても感動する。おかげで演出は大成功で名古屋で賞を貰ったと最近聞いた。私達姉弟妹は舞台芸術に興味を持った、みんな違う道だが共通なのである。東京に住む妹は最近も演劇鑑賞に行ったと聞く、不思議な事だが血筋なのだろうか。最新のパソコンを買ったという、早くインターネットを始めろとアドバイスした。

up date 2001.5.14

●母の百ケ日の法要を新居のお寺で営んだ。父と並んだ位牌も新しく作り精入れをした。これで家の先祖の仲間入りをした事になる。早速仏壇に安置したのだが、なにかほっとした気分である。法事の予定は詰まっている、次は初盆はどうしようという話になった。浜松は新盆で7月であるが寺施餓鬼は8月の旧盆でやる。土地土地の風習があるからややこしい。父も母も新居町出身だからそれで良いのである。

up date 2001.5.13

●白い石楠花(シャクナゲ)の花が綻んだ。まだ寒い頃植えた苗であるが、大きな蕾で何時咲くか楽しみにしていた。蕾の周りに新葉がヒョロヒョロと出てきて直に蕾が綻んだ。蕾には7、8個の花がまとまっている。ジンチョウゲの様にまとまって咲くのである。日に日に新しい花が咲き目の保養になる。ジジクサイと云われ様が好きなものはしょうがない。サザンカやもみじ、ツゲ、ボケ、梅の枝を切って落ちた葉を大掃除である、ビニール大袋2個分である。身体中痛い。

up date 2001.5.13

●「母の日」を息子たちは忘れていたようだ。夕方になってケーキを買いに走った。ケーキ屋は満員でケーキが売り切れである、売れ残ったチーズケーキを買い帰った。お母さんの事を感謝していない訳ではないが、「母の日」ぐらいは気持ちをアピールしなくてはいけない。それがエチケットというもんだ。

up date 2001.5.13

●松の剪定が終わってしまったので気抜けした。晴美のお父さんの10年目の本命日なので掛川のお墓参りに行った。いつもの康雄を加えた3人である。掛川には晴美のお兄さんがいる。「最近亡くなったお父さんに似てきたね」と話は弾んだ。たまにはこうしてお邪魔するのである、兄妹とは好いものだと思う。私だって妹は可愛いと思う、母は姉弟仲良くと何時も言っていた。仲良く話してる私達を見て、目を細めていたものである。そう言えば息子たちは兄弟喧嘩をした事がない。それぞれが友達を連れてくるが、みんな仲良しになってしまうから誰の友達か分からなくなってしまう。玄関は友達の靴で足の踏み場も無い、若者が集まりやすい家、我が家はそれで良いのである。

up date 2001.5.12

●「カウント・ベイシー/スイングの心象」のDVDはどうだとO君から問い合わせがあったから、一押しだと解答した。我々はベイシーの素晴らしさにシビレてジャズの虜になった、もうあんな素晴らしいバンドは世に出てこないと思う。スイングのバイブルだと思う、音楽的にはエリントンの方が高度なことをやっているとか言われているが、スイングしていると言えばベイシーだと思う。理屈ではない、音楽は聴いていて楽しくならなきゃと思う。ジャズやブルースのエッセンスの総てが入っている。若い頃はベイシーが神様だと思っていた、その気持ちは今でも変わらない。

up date 2001.5.12

●アマチュア無線の国家試験免許は、電話級、2級、1級と全部名古屋の試験会場まで行って取得した。昭和36年4月に受けた時は、中学2年が終わったところだから随分難しいと思った。無線工学と電波法の試験である。無線工学の問題は共振周波数の計算問題が出題された、まだ平方根を勉強して無かったからルート4すら解けなかった。今と違って記述式である、電波法など法文丸暗記で臨んだ。運良く合格した、それは嬉しかった。毎日合格通知を郵便受けに見に行ってたもんね。

up date 2001.5.11

●1級アマチュア無線技士(国家試験)の免許を取る事は夢であったが、取ってしまえばどうって事ないのである。日本の1アマ免許は世界一難しく、まだ1万数千人に満たないはずだ。初級(電話級)の免許の頃が一番頑張ってやっていた。何でもそうだが上級免許を取得しようと憧れて頑張るのだが、終身免許だから取ってしまえば終わってしまう。熱意は原動力になる、音楽の様に免許が無い世界は死ぬまで頑張るしかない。熱意を持ち続けるしつこさが大切なのだと思う。電話級の免許証には中学2年生の学生服姿の私の写真が貼ってある、昭和36年日本国政府発行のオレンジ色の無線従事者免許証である。これの方が私には宝物である。

up date 2001.5.11

●私の行っていた中学は「無線部」というのがあって、当然入部したのである。「無線部」には3年生の先輩で同名の竹内部長がいて、優秀な人だった。彼の家に行ったらすでにテレビを作っていた。昭和34年、あの時代である、すでに自作していたのである。凄いショックを受け、私も頑張った。「無線部」は3年生で部長をやることになった。本当にガンガンやったのである。もっとも私は高校1年でテレビを自作した、そのテレビ大変調子が良く東京の下宿で使っていた。「11PM」でジャズの番組を観たり大いに貢献してくれた。今の私が有るのである。

up date 2001.5.11

●「子育ては、いい枝を伸ばす様にしなくてはいけない。そうやって枝振りを良くしていく」良い事を言うなあ、と妹の言うことを聞いていた。子育ては庭木の剪定と同じだというのだ。松の枝を剪定鋏で切りながら思い出していた。親は子供の良い枝(長所)を見抜いて延ばしてやる事である。良くない枝はバッサリ切り落として接ぎ木しても良い植木にはならない。良い枝を見分ける眼力が必要ですね。

up date 2001.5.10

●松の剪定はやっと終わった。2本で1週間掛かった事になる。腰は痛い、手の甲は松葉にやられてヒリヒリである。髪の毛には松ヤニがついてベタベタになった。只でさえ毛が淋しくなっているのにヤバイったらありゃしない。下に落とした松葉はビニール大袋に5個分である。そりゃ大変だったぜ。

up date 2001.5.10

●岡崎さんに教えて貰ったGMNというサイトはゴキゲンである。最新のジャズを聞く事ができる。MDに録音して聞いている。リアルプレーヤーによるストリーミングはそこそこの音質をしているから、不満に思う事はない。こうして聞いてみると知らないプレーヤーでもゴキゲンな演奏しているから、刺激になること請け合いである。是非アクセスしてみてください。gmn.comのホームページ

up date 2001.5.10

●GKアンプのスピーカー交換の問い合わせのあったOさんからメールが来て、大成功だと報告があった。彼は12インチのスピーカーを付けたから、電源トランスを移動して取り付けたとあった。技術力に脱帽である。やはり腰のある低音が出て満足だと言っている。「つぶやき」も人の役に立ってると思った。少しは役に立つ事を書かないと駄目ですね。

up date 2001.5.9

●超短波送信機のファイナルチューブの事を思い出した。829Bという双ビーム管である。これは50MHzの送信管では憧れの球なのである。私は829Bで送信機を作った。プレート電圧をかければ100Wぐらいは楽に出た真空管である。ソケットは特殊なタイト製のソケットを使った。腰の部分が太くなっていてまるでフンドシを締めている様である、プレートは2本ツノの様に上に出ている。ユニークな格好をしているから見た目も楽しくなる。青春の思い出にと棚の上にコケシの様に飾ってある。思わず楽しくなる、当時を思い出す。

up date 2001.5.9

●雨がよく降る、松の剪定は中断である。沖縄、奄美諸島は梅雨に入ったと聞く。今年は例年より早いと感じる、ばかに雨ばかり降ると思う。水不足はおきないだろう。数年前、狡くて庭木の手入れを7月の暑い時期まで放っておいたので、暑い最中の汗ダラダラの仕事で熱中症という病気にかかった。それに懲りて早めに手入れをやる事にした。熱中症という病気を知ってますか、体内から体液が汗と一緒に出てしまい、フラフラになってしまいます。真っ直ぐに歩けなくなります。コード進行も忘れてしまいます。ポカリスエットみたいな飲み物を毎日2リットルぐらい補給しなければいけません。調子が戻ったのは秋になってからです。8月にコンサートがあってヘロヘロだったもんなあ、あれには参りました。という訳で無理はしない様にしましょう。お互いもう若くないんだから。

up date 2001.5.9

●ここのところ庭師になっている。松の剪定をやっているからである。松はとにかく時間が掛かる、一枝やるのに何時間もかかる。この調子だと何日掛かるか解らない、考えるだけで気が遠くなる。気が付いたのだが松の緑は青緑で他の葉とは違った色をしている、だから目立ってリンとした感じがする。剪定が終わった枝は散髪に行った後の様にサッパリしているから気持ちが良い。

up date 2001.5.8

●音が出る物には何にでも興味がある。どうしてあんな音が出るのだろうか、「あんな格好していて音には関係無いじゃないか」とまで考える。楽器は芸術品だと思う、ビルマの竪琴で有名な弦楽器は美しい形をしているし、今年年賀状にしたセルパンという楽器は蛇の格好をしている。ハープシーコードの天板に描いてある絵は素晴らしい。現代は機能的だとか理に叶っているとかで作られるから美しさを感じられない。古楽器はとても面白いし美しい。理屈で作ってないからだと思う。一見無駄である事は無意味ではないと思う。無駄と思われる事の方があるいは人間にとって大切な事かも知れないのだ。浜松市楽器博物館のホームページは面白いです。

up date 2001.5.8

●周波数の単位を昔はサイクルと言って、cで表した。何年前か忘れてしまったがHz(ヘルツ)を使う様になった。最初はとまどったものである。気圧も昔はバールだったのをヘクトパスカルと言う様になった。私が現役技術者の頃はネジもインチとミリがあって、そのうちISOネジが出てきてこんがらがった。今ではミリネジが当たり前になったが、アメリカではまだインチネジが横行してると聞く。あの国はフィートとマイル、ガロンで言ってるもんね。おばあちゃんは尺と寸で言ってた、クジラ尺とか全然解らなかった。尺貫法は難しい、まっいいか。

up date 2001.5.8

●「お寺でコンサート」という案内メールが来た。ドラムの内山淳平さんからである。「おお、頑張ってるなあ」と思う。こういう事はどんどんやると良い、何もライブハウスだけが会場ではない。そう言えば私たちもお寺でライブをやった経験がある。晋斉寺という浜松でも由緒あるお寺の本堂で、笛の大家で藤舎某という達人とご一緒した事がある。能管(能で使われる笛で凄いハイノートが出る)でピーッと鳴った音が本堂に響き渡り「凄いなー」と思った。和楽器の凄さは生を聞いてみるに限る、笛も太鼓も人間国宝クラスになるとシビレます。姉が日本舞踊をやってるから、時々地方さんの生演奏に接する事があるが、何時も「いいなあ」と思う。話がとんでもない方に行ってしまったが、お寺のライブは面白いから行ってみたらいかが。案内ページをどうぞ。

up date 2001.5.7

●嫌われる事を覚悟してハムの話題である。昭和30年代は自作が当たり前の時代であった。発振回路はハートレー式とコルピッツ式が代表的回路である。コルピッツ発振回路は発振し難いが周波数安定度は高い特性を持っている。あの時代発振方式と云えばクリスタル(水晶)が定番であった、安定度は高いが固定周波数しか出ない。今では当たり前になったが、当時超短波では相手の周波数にピッタリで交信している局は無かった。CQを出してもスタンバイしてバンド中ワッチしたのである。これが面白くないと思った私はVFO(可変周波数発信器)を作ろうと思い立った。私の自作送信機は12逓倍していたから4.2MHz台の原発振周波数である。1Hz動いても12Hz移動してしまう事を意味する。周波数の安定度は最重要事項なのである。回路はコルピッツを採用する、コイルはパラフィンで固める、温度変化に対応する為にコイルとバリコンはシールド箱の中に隔離する、電圧の変化には安定化管を使う等して作った。こうして50MHzの電波でピッタリ合っている交信を成し遂げたのである。スイッチを入れて30分すれば安定し実用になった。浜松でもこれをやったのは私が一番早かったと自慢できる。変な事にプライドを持っているのである。アハハ

up date 2001.5.7

●法被やら腹掛けが処狭しと干してある。祭りの後は何時もの風物詩である。球根で植えたグラジオラスとアマリリスが芽を出した、アマリリスは花の蕾が今にも綻びそうである。松の剪定は進まない、途中までやりかけて脚立を出したままである。何時までにやらなくてはいけないという訳じゃないから、こういう事になる。見る度に「やらなくちゃいけない」と思うのだがエンジンが掛からないのである。

up date 2001.5.7

●「池田の渡し」の5月公演を観に行ってきた。1音下げたキーで歌が沈んでしまったのではないか心配もあったが大丈夫だった。自分の手を離れたと云っても心配なのである。台詞も歌も良く出ていて「上手くなったなあ」という感想である。進歩しているというのは嬉しいものである、若い人はこれがあるから楽しみだ。私などクソジジイは「これで大丈夫かな」と心配になってくる。

up date 2001.5.6

●「つぶやき」にハムの思い出にSSBが出来なかった事を書いたら、Oさんからメールを頂いて「もっと書いてくれ」とリクエストをもらった。アマチュア無線はかなり入れ込んでやっていたから、書くことは一杯あるが専門的過ぎて嫌われるかも知れない。とにかく昭和30年代は過渡期と言おうか、技術が進歩していた時代で新しい技術が取り入れ始めた頃である。私が中学生の時エサキダイオードが発明されたと、静大の学生から聞いた。トランジスタはまだ安定した物ではなく、特性も一定していなかった。ほとんどの理論は真空管で勉強したが、トランジスタは電流増幅の考え方でインピーダンスが低いからマッチング回路もちょっと違った。今の様にパワーの出るトランジスタは無く、メサ型シリコントランジスタで2Wほどの送信機を作るのがせいぜいでした。自作のトラジスタ式トランシーバーを担いで湖西連峰(愛知県との県堺)の山の上から移動運用をやった。元気がありましたね。

up date 2001.5.6

●母のたち日なので晴美と連れだってお墓参りに行って来た。途中浜名湖の有料橋を通るのですが、潮干狩りをしてる人がいっぱいで大渋滞である。海の中の瀬は人で真っ黒です、「貝より人の方が多いね」と言いながら通りすぎた。ゴールデンウィークは車で大混雑です。まあ日本は平和ってことですね。帰って来てド疲れてグワーと昼寝しました。

up date 2001.5.5

●RCAの77DXというリボンマイクで放送した話を書きました。内容はまったく忘れていましたので、同録テープを聴いてみた。二人と司会者の楽しいおしゃべりが録音されていましたが、何と鈴木博さんとコンサートで演奏した曲が入っていました。My One And Only Loveでした、これは博さんの好きな曲でした。今更「いい声だなあ」と感心しました。東京のOさんにプリントして送りましたが、メールで喜んで返事が来ました。私の処には沢山の録音テープが有りますが、ほとんど後になって聴いたことが有りません。でも懐かしいですね、康雄が赤ちゃんのハイハイしてるビデオもあります。何10年も経つと本当に懐かしいです、記録は写真でも録音でも大切にして置かないといけませんね。

up date 2001.5.5

●昨年松の手入れを忘れたからボウボウになっている。見るに見かげて手入れをすることにした。新芽を摘む事と枝振りを直すから、時間がかかる。手はヤニで真っ黒けである。普通の洗剤では落ちない、クレンザーでブラシを使って落とすしかありません。松の手入れは軍手などは使えず素手でやるしかありません。手の甲はツンツンした葉で刺されて痛い、ブツブツになって赤く痕が残る。小さい方の松をやり終えた、背丈程ある松は時間が掛かるだろう、ため息がでる。

up date 2001.5.4

●「浜松祭り」と言っているが、僕らの年代の人は「凧揚げ祭り」と言っている。この祭りの起源はおよそ430年前の永禄年間(元年〜8年)、飯尾豊前守の長子義広公の誕生を祝して、大凧を揚げたとされているが定かではない。江戸時代の記録では、文化4年(1808年)城主井上河内守(徳川12代藩主)や天保年間城主水野越前守忠邦公は、凧の寸法、彩色、図柄等はてはご馳走に至るまで、華美を禁じたとまで記録が残っている。歴史はともかく「凧揚げ」とは単に揚げるだけではなく、大凧の凧糸を切り合う合戦にある。小指程の麻糸が摩擦熱で焦げて相手の凧を落とすのである。この勇壮な凧揚げに浜松の男達は血を滾らせるのである。凧は大空に揚がっていなくてはならぬ、相手の糸は切らなければならない、必死になって1本の凧糸を操る。当然若い衆は頭に血が昇る、「喧嘩祭り」と云われる所以である。昔は喧嘩が元でよく人が死んだり怪我をしたヤバイ祭りであった。私が組長をやった30年前は参加町は50町ぐらいであったが、今はその3倍を超える168町だという。年々豪華になっていくが、なぜか面白くなくなっていく。歳の所為ばかりではないと思うのだが、ヤバくなくなったからだと思う。だって昔は法被の下に必ずサラシを巻いてたもんね。やっぱり危険思想のクソオヤジでした。浜松祭りのホームページを御覧ください。http://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/db/festival/to_01.htm

up date 2001.5.4

●浜松祭りの初日は雨に祟られた。今年は史上初めて168町の参加で大いに賑わう予定、とても楽しみにしていたのだが出鼻を挫かれた格好である。NHKも取材にきてテレビ放送の予定もある。みんな空を見上げて「雨が上がらないかなあ」と思っている。

up date 2001.5.3

●窓を開ければ「ニャー」と庭にいるシロちゃんが呼ぶ。我が家の猫は向こうから挨拶するから呼べば部屋に入って来る。愛想がとても良いのである。椅子の上に乗って身体をペロペロと舐めている。猫は気位が高いというか自分の気に入らない事は知らん顔している。そこが良い処なのである。他人に媚しない、自尊心が高いというのだろうか、テコでも動かないガンコさに職人気質を感じてしまう。毎日「いい猫になれよ」と言い聞かせているのだが、知らん顔している。「フン」と人を見透かしている様な顔をしている、そこが良いのである。猫好きの読者なら解ってくれるでしょ?

up date 2001.5.3

●「つぶやき」は難しいと指摘を受ける事がある。イントロ無しで突然本題に入るからかも知れない。コンピューターの取説の様に、それを読む為に用語の辞書を必要とするからかも知れない。だから玄人の読者が多いのだろう。少ないスペースでは1から書く訳にはいかない。だから不親切な文章になってしまう。筆者はなるべく簡潔に書く様心掛けているが、至らぬ点はご容赦いただきたい。「なにょうこいてるだ」と思われても仕方ないと思っている。論文じゃないんだから、アハハ

up date 2001.5.3 

●美空ひばりが全国を公演する時、持って回ったマイクがあるのをご存じですか。RCAの77DXというリボン(ヴェロシティ)マイクで年輩のミクサーだったら知っている名器である。昭和30数年以前のコンデンサーマイクが開発される前は、高級マイクと云えばリボンマイクを指した。このマイクはデリケートで振動体に使っているリボンがすぐ曲がってしまう、吹いたり落としたりしたらすぐ故障するという難物であった。値段も給料2ヶ月分はすっ飛んでしまう程高価であったから、ビクビクもんで扱った。私は晴美と共にSBS静岡放送のスタジオでこの77DXに対面した。焦げ茶色の大きいマイクである、ドッシリとした風格のある様は流石と思った。今はリボンをメンテナンスする術が無いとミキサーは言った。リボンが曲がれば終わりだという其のマイクを使って1時間の生放送をやった。酒メーカーがスポンサーのその番組、水割り5杯飲んでベロベロに酔っぱらって終わった。何を喋ったか全然覚えていない。アハハ

up date 2001.5.2

●無線機器を自作した経験で1つだけ心残りがある。私が開局した昭和30年代は無線電話と云えばAM(振幅変調、中波のラジオがこれに当たる)が主流であった。勿論真空管の時代だったがハイシング変調、プレート変調、プレート・スクリーン同時変調とやったのだが、SSB(シングル・サイドバンド)という今では当たり前になった方式が、進んでいる人は研究して試作している人がいた。これはジェネレーターと言って周波数発生器を作り、リニアアンプで増幅する方式なのだが側帯波をカットする理論やフィルター入手が難しくて作れなかった。FM変調もまだ実験の段階の頃である。自作の受信機の検波回路を改造してFM波を復調することは出来た。高い周波数の送受信機は144MHzまで自作する事が出来たが測定器ですら自作の時代である、苦労したが実現できた。その上の430MHzが解放されたので、やってみようと部品まで揃えたのだがキャビティの設計方法が不明で断念した。そんな訳でかなり入れ込んでやっていたのだが、SSBだけはお手上げだったから、やり残したと今でも思っているのである。青春時代のくやしい思いの1つとして、今でも「やりたかったなあ」と思う。しつこいオヤジである、40年前の思い出である。

up date 2001.5.2

●映画が好きだから良くビデオ店からテープを借りてくる。返しに行くとまた借りてくるから、週に3、4本程観ている事になる。このビデオで一つ気に入らない事がある、それは本編が始まる前に他ビデオの予告編が入っている事である。10分程度の予告編なのだが邪魔くさい、早送りで飛ばしている。文(ふみ)さんからカウントベイシーなどのDVDを借りた。画質は勿論、音質がゴキゲンである。音楽を聴くにはクリアーな音で最高である。

up date 2001.5.1

●自分の職業に満足している人は2割だという意識調査がある。私たちは其の2割に入る訳だが、食っていく為に嫌な職業に就いている人が大勢いるという事である。「自分の思う道を選ぶなら多少経済的に苦労でもやっていく意味がある」と思っているが、「嫌いな道で経済的に大変なら、踏んだり蹴ったりだ」と思う。そんな人生を歩みたくない。私が技術者を止めてミュージシャンに成ることを周りの人は反対したが、後悔はしていない。今でも技術屋だと思っているからだ、私の場合完全なミュージシャンとは違い録音屋という技術を伴った世界へ足を踏み込んだからやって来られたのである。中学生の頃から機械が好きで必死に電気の勉強をしたから助かったと言える。好きな道なら困難に遭っても、勉強でもやっていけるからである。「ディジタル回路の基礎の基礎」という参考書を買ってきた。我々アナログ時代に電気を勉強した者はディジタル技術に弱い、今からでも勉強しようという熱意はあるのである。電子工学の進歩は日進月歩である、ロジック回路(論理回路)の考え方においていかれる訳にはいかない。

up date 2001.5.1

●電気の世界では利得と損失という考え方をする。増幅回路や伝送系は全部この考え方で、dB(デシベル)という単位を使う。一見論理的で間違いが無い様に思われる、だが音楽の世界ではこの考えは通用しない。人間の感じ方は損得ではないからである。この世は論理的にあることを言えば、まるで頭が良いと思われている節があるが、私はそうは思わない。理屈で説明出来ないから難しいのである。「理屈で説明出来るならまだ簡単だ」と思う様にしている。人々は真理を知る為に努力しているのである、人生には哲学が必要だと思う。「此の世には解らない事がある」と解っただけでも進歩なのだと思っている。

up date 2001.5.1

●一言で音楽活動30数年と云っても色んな事をやってきた。コンサートのチラシ、プログラム、新聞の切り抜きなどが山とある。どれを見てもその時を思い出す。コンサートは一瞬で終わってしまうが記憶は鮮明に覚えているのである。記録の中には録音テープがある、カセットテープやらオープンテープ、デジタル録音、レコードやCDにもなっている。晴美との足跡である。だが不思議と聞き返してみたいとは思わない。ミュージシャンは生演奏が総てである。済んでしまった事にはあまり興味ない。現役でやっているという自負心があるからだと思う。昨日の演奏より今日の演奏の方が大切だと思っているからである。

up date 2001.4.30

●ゴールデンウィークはあまり良いお天気には恵まれない予報だ。恒例の「凧あげ祭り」は雨だと最悪である。凧は竹の骨に和紙を貼って作られる何畳もある大凧である、雨ではどうしようもない。夜引き回される屋台は、けやきなどを彫った彫刻で飾られている何千万もする豪華なものである。雨が降っても青年達は「練り」をやる、使う和太鼓は皮が湿ってしまいボテボテの音しか出ない。とにかく雨は大敵である。私の若い頃は5日間やっていたが全日晴れた年がある、フラフラになった思い出がある。お天気だけは喧嘩にならない、「いい天気でありますように」と願うばかりである。

up date 2001.4.30

●母が亡くなってしばらく休んでいたアマチュア無線であるが、久し振りに電波を出してみた。春になるとコンデションが良くなり超短波でも遠くの局が聞こえてくる。ゴールデンウィークの頃はEスポと云って電離層が活発になり、超短波で北海道とか九州(500Km〜1000Km)の遠距離がガンガンと入感する様になる。夏場はこのEスポ(正しくはスポラディックE層の反射)の為に楽しくなる。ただコンデションが一定してない場合は途中で交信が途切れてしまう場合がある、だからとてもスリリングなのである。冷や汗もので交信した事は何度もある、これも魅力の一つなのである。

up date 2001.4.30

●国分寺のライブハウス「アレキサンダー」に出演してた頃の、懐かしいスケジュール表が出てきましたので掲載します。

●ゴールデンウィークは何処かへ遊びに行く予定はありません。浜松は「凧あげ祭り」ですから道が混むだけで出かけないのが正解です。若い頃はお囃子の音やラッパの音が聞こえてくると、ムズムズしちゃって落ち着かない気分でしたが、最近はそういう事もなくなりました。しかし根が嫌いじゃありませんから遭遇すると切れちゃう訳です。子供の頃からやっていた事が簡単に嫌いになる筈がありません。今年は喪中ですから大人しくしています。

up date 2001.4.29

●康雄が手に入れた1300ccの車、スターターを回しても一発でエンジンが掛からなかったが、添加剤を入れたら調子良くなった。こんな効果あるものとは知らなかった。60リットルのガソリンに240ml入れると指定が有ったから半分の120ml入れただけである。内燃機関の事はあまり知らないが、エンジン内部の強力清浄と燃費の向上、水抜き効果、アクセルのレスポンスアップなどをうたっている。とにかく恐れ入りました。

up date 2001.4.29

●気がムラというのだろうか、汗だくで車の掃除をやった。いつもはほっぱらかしにしてるのに、やりだすと必死にやる。偏執狂だと思うほどである。中途半端が嫌いだからやってしまうのである。タラタラやらない、とことんやってしまう。何でもそうである、ギャンブルは好きじゃないし、やって奥が深いものが好きである。面白さが解るととことんやってしまう。私のやった趣味は結構深くやったから、休んでいても再開すればエンジン全開になる。ただ時間が無くて一遍に出来ないだけである。

up date 2001.4.28

●晴美にピアノの調律をやって欲しいと頼まれてやった。1時間もあれば大体の処はやってしまえる。冬場は暖房の所為ですぐ狂ってしまうが、今の時期は長持ちする。ピアノの弦やフレームは鉄だから温度変化が激しいのが大敵なのである。年間5、6回調律する、ピアノは定期的にお守りしてやらないとゴキゲン斜めになる。生き物と同じである。健康状態を気遣ってやらなければいけないのである。大体のところで調律は終わった。グランドピアノの方が縦型ピアノより調律が楽である、どうして料金がグランドの方が高いのだろう。

up date 2001.4.28

●DIYの店に買い物に行くのが好きである。工具などを見て回るのだが、つい「買おうかな」と立ち止まってしまうのである。細かい文房具とか目に付いた物を買ってしまう。女性がショッピング好きというが気持ちが解る。先日もノコギリを買ってしまった。両刃鋸を無くしてしまったからだ。私は工具マニアだから「これがあれば便利だな」と思ってしまうのである。習性だから仕方ない。電気ドリルを初めて買った時嬉しかった。

up date 2001.4.27

●コード進行をそっくり真似ても著作権侵害にはならない。チャーリーパーカーがインディアナと同じコード進行でドナリーという曲を書いた話は有名である。Two Fiveで作ればおのずと似たコード進行になってしまっても仕方ない事である。好きなコード進行というのは人によってあるし、アドリブフレーズの組み立てがモダンになる場合もある。我々はコード進行と何時も向き合っているから「あ、あの曲と同じだ」と思ってしまう事がある。しかしオリジナリティーはメロディーを指していうのである。音楽の3要素はメロディー、ハーモニー、リズムの順だと菅野先生は言っていた。菅野先生は酔っぱらって演奏してる時、後ろのベース奏者が「Dm、G7などと教えてくれるから、誰か一人覚えていればいい」などと乱暴なこと言ってましたが、私達だって片一方が忘れた時教え合っていますよん。コロっと忘れちゃう事があるんですよ、恥ずかしながら。アハハ

up date 2001.4.27

●私の乗っている車はニッサンのプリメーラワゴンである。ベース弾きはワゴンタイプの車が便利である、歴代ワゴンでセダンは買ったことがない。ちなみに軽と今度手に入れた普通車はセダンであるが、康雄が乗る位でサックスを乗せるだけだから事は足りる。ワゴンはヘッドライトとエアコンディスプレイが故障したので6ヶ月点検で治してもらった。10月に1回目の車検が来る、もう6万Kmも乗った、年間2万Km以上乗ったことになる。普通の人より倍乗っている計算である。どこへ行くにも車である、歩いて行けるタバコ屋にも車で行ってしまう。足が退化してしまう訳である。ズルイ人間になってしまった。

up date 2001.4.26

●久し振りに雨が降っている。ちょっと肌寒い、たまには雨もいいものだ。庭木は喜んでいる、雨が降ると庭石や木々がクッキリと鮮やかになる。生き返ったように瑞々しくなるのである。このパソコンのある部屋から庭を見渡せるから何時も見ているのだが、表情が変わるのが楽しいのである。自然と共に感ずる心は単調な生活にコントラストを付けてくれる。松が新芽をふき出した。

up date 2001.4.26

●デザイン学校に行っている息子は松葉杖で学校に通っているが、3Dの勉強を始めたそうだ。コンピューターグラフィックを専攻している彼は、まだパソコンを使い出して1年そこそこなのに高度な技術を使い最先端のデザインの勉強をしている。面白くなって頑張っているようである。研究科に進級してもっと勉強したいと言い出した。若い内である、やれば良いと思っている。私などはもう5年半もパソコンにさわっているのに息子に追い越されてしまった。若いという事はどんどん吸収して自分のものにしてしまう。ゲームで育った年代はパソコンなどに物怖じしない、とても良い事だと思う。彼らの新鮮な感性に期待したい。

up date 2001.4.25

●Oさんというベーシストからメールを頂いた。「つぶやき」にGallien-Kruegerベースアンプのスピーカーの取り替えを書いたから、その問い合わせである。私の経験を教えて差し上げた。秋葉原でスピーカーを仕入れると返事を頂いた。以外と仲間内の方が読んでいてくれるのだなあ、と思った。「つぶやき」はミュージシャンの悲哀や悩みを包み隠さず書いている、共感して頂いたのだろうか。ミュージシャンは今、冬の時代である、ことさらジャズに拘ると大変である。私の30数年を振り返ってみると、「よくも続けて来られたな」と思う。自分の信じる道を歩むことはエネルギーを必要とする。食えなくて何度止めようと思ったことか、怖くなる。銀行でHさんというバイク店を経営する、元プロライダーにお会いした。彼はヤマハのテストライダーとして10年勤め、国際レースにも数々出場したバイク大好き人間である。30年来の知り合いであるが、私がミュージシャンを続けている事を知っている。「身体に残っている傷は男の勲章ですね」と言ってお別れした。70歳に近い今でも後ろ姿が輝いていた。男はこれだぜ。

up date 2001.4.25

●「大須賀町ライブ」でステージの両側に美しい花を榊原さんが飾ってくれました。欄などの春の花である、ご自宅に咲いている花だと聞きました。それで私は嬉しくなりました、いいですねえ花は。「大須賀町音楽愛好会」は皆さん好い人ばかりです。こんなに良い会が解散するなんて残念です。出演するのは3回目とばかり思っていましたが4回目だったと思い出しました。その解散コンサートに私達が喚ばれたなんて光栄です。ちょっと寂しくて嬉しいコンサートでした。皆さんのご多幸をお祈りしています。

up date 2001.4.24

●Sさんという康雄の生徒さんが痛々しい包帯姿で「大須賀町ライブ」を聴きに来てくれた。彼は45歳だというが康雄より私の方に歳が近い。「康雄先生」と彼は言っているが、ハートのあるゴキゲンな人柄だと康雄は言っている。歳など関係ない、そんな人と付き合っていきたい。今年Sさんと知り合えた事は本当に良かった。野球が好きで「突き指」して重傷なのだという、早く完治して欲しいと願っている。

up date 2001.4.24

●「大須賀町ライブ」は無事終了しました。沢山聴きに来てくれた皆さんの温かい声援に支えられて、コンサートは成功でした。前席、真ん前で先輩岡崎さんが聴いていましたから、「やりにくいったらありゃしない」状態でしたが「良かった」と誉めて貰いました。どうも同業者が聞いてるとやりにくいですね、アハハ。康雄などは「まな板の鯉」でしたが落ち着いて演奏してました。少しは成長したのでしょうか、私の方がアタフタしていました。その内にクビになりそうです。「つぶやき」でグダグダ言ってるだけになったりして。クスン

up date 2001.4.23

●アクトホールが出来上がった時、新築のホールで演奏する機会に恵まれた。弦カルとオカリナそしてコントラバス、ピアノの生コンサートである。音楽ディレクターはコントラバスのエンドピンをステージにブスッと刺してやった方が響くという。ご存じかと思うが、コントラバスのエンドピンは尖った針状になっており、ステージ板に突き刺して使うと共鳴して豊かな音がする。当然舞台に傷を付ける事になる。私の楽器は傷を付けない様にゴムキャップがしてある。新しいホールの舞台に穴を空けるのは忍びなく、ゴムキャップをつけて演奏した。アンプを使う場合は関係ないが、アコースティックで使う場合は大いに関係あるのである。

up date 2001.4.23

●夏場と冬場ではホールの残響が違うのは知ってますか。それは観客が着ている服に関係あります。冬はセーターとか洋服でも厚い素材が多く、音が吸収されるのでデッドになります。夏は肌が出ているし着ている素材で吸収されにくくライブになります。面白いですね。ジャズ系の音楽はデッドの方が良いです、エコーは後から機械的に掛ける事が出来ますが逆は不可能です。だから我々はデッドなホールを好むのです。モエンモエンのホールでPAをやったら聞けたものではありません、最悪です。クラシックのバイオリンや合唱をデッドなホールで聞くとカサカサの痩せた魅力ない音になります。同じ音楽でも要求が違うものですね。

up date 2001.4.23

●東京の妹が飼っているネオ君というアメリカンショートヘアがいる。兜を買ってやった話はこの間紹介しました。写真を送って貰ったので早速掲載します。だいぶん大きくなりましたね、4.5Kgになったそうです。端午の節句がすぐ其処です、ゴールデンウィークはどう過ごされますか?

up date 2001.4.22

●息子が退院した帰り、学校に荷物を取りに松葉杖の息子を車から降ろしたとたん、ミニパトカーが来て婦人警官が車をすぐ移動しろという。ムカっとした私は「今、松葉杖の人を降ろしたのを見たでしょう?」と言った。「すぐ帰って来るから待たして欲しい」と言っても、車を移動せよの一点張りである。どうしてミニパットーは融通が利かないのかねえ。仕方ないから一周してまた元の場所に車を止め、息子を乗せた。この間たった2分である。こんな経験みなさんも有るんじゃないですか?自分ちの玄関前で駐車違反の切符を切られた事もある。荷物を降ろす為に停めた数分間の間にである。規則一点張りの石頭、やだねえ。

up date 2001.4.22    

●「赤とんぼ」のアレンジは成功であった。5分程合わせたのだが良いサウンドがしていた。我々はほとんど音合わせをしない、大体初見で本番をやってしまう。これが当たり前のやり方である。出来ないところがあれば本人の責任である、出来るまで個人練習すればよい。本番でコケれば恥をかく、あまり度々だともう仕事は来なくなる。厳しい世界だが仕方ない、プロ現場は何処でも同じだと思う。出来て当たり前、だから妥協の無いこの世界が好きである、真剣なのである。

up date 2001.4.22 

●掛川のお墓参りに行った帰り、「柿の新緑の葉は綺麗だね」と晴美が言ったから道沿いの柿の木を見たら本当に美しい黄緑だった。この時期は何もかも輝いている、自然が美しい。ウグイスが美しい声で鳴いている。小高い丘の上にあるその墓地は五月が咲きほこりいい気分にさせてくれる。久し振りに晴美康雄と3人で行った掛川のお墓参りは良い気分にさせてくれた。

up date 2001.4.21

●「赤とんぼ」のアレンジをやった。デュオ用に美しくアレンジしてあるから、サックスがベースのオブリガート部分を綺麗に吹けば良い。サックスの音域は鳴らせる処がコツがあるからこのキーではキツイかも知れない。いずれにしても1音上に移調することが必要である。B♭管はまだ簡単である、E♭管は短3度下げることになるから面倒である。移調楽器は面倒である、ビオラ用の中音部記号(ハ音記号)に7度変えるのも面食らいますよ。シの処をドと読むんだから。頭がコンガラガリます。

up date 2001.4.21

●いくら頑張っても出来ない事は出来ません。こと芸事の世界では「やれば出来る」というのは嘘だと思っています。感性を要求される世界は理屈では説明出来ません。努力では解決しません。出来ない人は逆立ちしても出来ません。努力して出来る位なら楽なものです、それこそ死んで生まれ変わるしかありません。何10年やっても出来ない、鼻血も出なくなる程やっても出来ない、それで才能の無さを嘆くのです。ジャズはヤバイ世界です。それでもやっているしつこさは何と説明すれば良いのだろう。「いい加減に諦めればよいのに」と自分のことを思う時があります。やっている自分に呆れる訳です。バカだねえ。

up date 2001.4.20

●モミジの木が2本あって、どちらも美しい新葉をつけた。赤い葉と緑の葉のそれぞれの木である。モミジは落葉樹です、冬場葉が無いから庭が寂しいが、春は新芽がふきだして一遍に賑やかになる。窓を開けて楽しむのである。庭師のMさんは「お前は家にいる仕事だから、庭はちゃんとやらなくてはいけない」と言って彼の思う様に造園してもらった。康雄が生まれた頃である。当時お金が無くて、しばらく何回かで支払った。でもやって貰って良かったと思っている。庭石だって今では手に入らない石が沢山使ってある。何10年もこの庭の恩恵に与ってきたのだから安いものだと思っている。

up date 2001.4.20

●我が家まで来て貰うのにファックスで案内図を送らなければならない時がある。いつも手書きの図を送っていたが、ちょっと洒落た地図を送ろうとクラリスワークスというソフトで書いた。直線も楕円も綺麗に書けるからなかなかの地図が書けた。最近近くの道が整備されて新しく交差点が出来た、地図を書く上で方角は大切であるが以前と違う様に感じる。これで間違わずに来てくれるだろうか。

up date 2001.4.20

●真っ赤な「太陽」という五月(さつき)が咲いた。春の花の一番に毎年咲くこの花は派手でインパクトがある。五月の木は沢山有って順番に咲くのだが、この「太陽」は何時も一番である。「この苗は一朗(長男)が生まれた時植えた」と母は言っていた。植木は歴史を刻んでくれるから良い、庭木が枯れることを忌み嫌った母であったが、それだけ1本1本に思いが込められているのである。晴美のお父さんが亡くなった時庭の真ん中にあった太いツゲの木が枯れた事、妹の夫のお母さんが亡くなった時植木がゴソっと枯れた事などを考えると、まるっきり根拠が無いとも言えない。不思議なことである。

up date 2001.4.19

●息子の事故の事で保険屋が来たり色々雑多な野暮用があって、結構忙しい毎日である。こうしてパソコンの前に座っていられるのは珍しいぐらいです。道楽も出来ない程忙しいのはいけません。気持ちの余裕を持てなくなったら、ただ時間をこなしているだけの生活になってしまいます。延びきったゴムの様に弾力性の無い考えしか出て来なくなります。これはジャズをやっていく上で大敵です。惰性で音楽する位無意味な事はありません、私は「嫌だなあ」と思ってステージに立ったことはありません。仕事に行くのが嫌だと思ったことも一度もありません。「好きな事で仕事が出来て幸せですね」と言われるが「嫌いじゃこの仕事は出来ません」と答えている。仕事となれば難しい大変な事もありますが、そんな事は仕事の本質から言えば大した事ではありません。クリエイティブな気持ちで挑戦します。心は錦なんです。

up date 2001.4.19

●私は小さい頃癇が強かったから、夜中に飛び起きたり引きつけたり、それは母が心配で苦労をかけたらしい。心配で易者に相談して「この子には何をさせたら良いのでしょう」と尋ねたら「バイオリンを持たせたら良い」と言われたそうだ。母の期待が大き過ぎてコントラバスになってしまったが、不思議な予言である。もっとも母の初恋の人はバイオリニストだったと聞かされていたが、息子に初恋の人の話をする母も変な人ですね。父のことは本当に好きだったようだ、「夢に秀雄さん(父)が出てきても若い時のままだものね」と晩年の母は言っていた。父39歳、母36歳の時死に別れたのである。私がベースを弾いている時の顔が父にそっくりだと良く言っていた。

up date 2001.4.19

●自分の心の鏡が曇っていないか確認する為に、仏様に手を合わせるのだと書いた。人の心は移ろい易いものだと知っている。「俊介という名前は猛虎に羽が生えたような名前だが、傲慢な心が生ずると経ちどころに凶となるから気をつけなさい」と教えられた。母に小さい頃から何遍も言われたのである。私は父が早く亡くなった所為で、お墓参りや仏壇に手を合わせるのは当たり前だと思って育った。「若いのに感心だね」と人からも言われた。決して無理してる訳ではない、ポーズで何10年も続く訳がない。ごく普通のことだと思っている。「お金は天下の回りもの」と思っているからガツガツしない、欲が無い訳じゃないがお金が一番大切だとも思っていないのである。だからミュージシャンなどやっていられるのだと思う。「偉人とはお金儲けが巧い人のことではない」と初対面の私に言った御手洗清さん(みたらしきよし、郷土史家、遠州伝説集全3巻、遠州偉人伝などの著作がある)の言葉を思い出す。

up date 2001.4.19

●今、自分にとって順風が吹いているのか、逆風なのか何となく感じられるものである。それを感じられない程無神経では此の世は生きていけない。研ぎ澄まされた感性と反射神経で生きているのが、野生の動物達である。ジャズは野生の動物と同じ感性と反射神経を要求される。だからスリリングなバトルを楽しめる訳である。アンサンブルの妙味はこれに尽きる、ジャズのインパクトはこの点にある。スリルの無いジャズはクリープを入れないコーヒーや、コショウの無いラーメンと同じである。危険と隣り合わせだからこそバイクは面白い事と同じである。危険思想のクソオヤジであった。

up date 2001.4.18

●康雄が知り合いから1300ccの普通車を譲ってもらった。3rdカーという事になる、早速名義変更と保険の契約をした。スターターモーターがかったるい感じである、ガソリンスタンドでチェックして貰ったら、バッテリーがNGである、注文してきた。さて車の保険だが、割引というのがある。軽自動車に掛けてあるのは無事故で長く入っているので、これ以上安くならない最大割引で目一杯安い。今度入った保険は3台目なので割り引きがあるが新規なので結構高い。でも車を無保険で乗るのは怖い、息子の足骨折ではないが事故は起こりうるからである。息子の事故の時、現場検証の警察が忙しくてなかなか現れなかった。事故は多発しているのである。

up date 2001.4.18

●この間プランタンに植えた花の名前が判らないと書いたが、「花の名前の手帖」という図鑑を買ってきたから判明した。「ラナンキュラス」という中近東、ヨーロッパ東西部原産の花である。シャクヤクの小形のようで別名ハナキンポウゲという。もう2代目の花が黄色とピンクで咲いている。一緒に植えたデージーとキンセンカも元気に咲いている。赤の五月(さつき)が早くも蕾を付け始めた。季節はどんどん移っていく。

up date 2001.4.17

●「事が成るは成る日に成るにあらず」あせっても仕方ないという意味である。私が若い頃、物事がスムースに運ばずイライラしていたら、仲人さんに言われた言葉である。何か事を起こした時、スムースに運ばない事がある、そんな時この言葉を思い出す。相手があることである、自分の都合では事が進まない。タイミングというものは存在すると思う、すると「あれよあれよといううちに」事が済んでしまうものである。運もあるのである。「素敵なタイミング」という坂本九の歌があった。

up date 2001.4.17

●昨年植えたアマリリスが新芽を出した。球根で植えたのですが大輪の赤い花で迫力ありました、球根はタヌキの頭程あり「でかいな」とびっくりしたものです。毎日ジョロで水をかけている、今年もみごとな花を咲かせてくれると期待しています。植物を相手にする事ってとても楽しいですよ。

up date 2001.4.16

●音楽をやっていく上で大切なのはポリシーである。「ポリシー」とは何をやっていくのか、何を目指すのかという指針である。他人が作った作品でも、自分の作品でも「こうやりたい」という意志が必要である。しかるに善し悪しを判断出来る耳とセンスを要求される訳である。センスについては生まれつきや環境が大きく作用する。教えられないと菅野先生は言っていた。この点は如何にせん教える立場の人の共通の悩む処のようだ。いい音楽を沢山聴くことに尽きるのだが、それを良いと感ずるかは持って生まれた感性なのだから始末が悪い。これだけは言える、「優等生で何も悩まず先生になった人は生徒の悩みが解らない」。だから苦労した先生の方が優秀な先生だと言える。宮沢さんの様な天才は生徒が何故出来ないのか理解できない、生徒の方も彼の言っている意味を理解出来るだけの洞察力を要求される。「あの先生は優秀だから良い」と巷では言われているが、私は「先生のポリシーを吸収したのだから、生徒が優秀なのだから成長したのだ」と思う。これは永遠のテーマだと思っている。

up date 2001.4.16

●書くことで忘れていたことを思い出す。何せ50年間の記憶の中から思い出すのだから大変なのである。私には父親の記憶がほとんど無い。父が亡くなったのは私がまだ5歳になる前だったのだから当たり前だが、断片的に覚えていることがある。応接室のソファで親父の膝の中に抱かれていた事や、病床にあった親父が寝ている姿などである。父は繊維の会社を経営していたので事務所を新築したのだが、建物が建つ前は庭だったのを覚えている。私が小学校3年の年末、街の中心地に引っ越した。それからの記憶は鮮明である。24歳まで其処で育った、どこへ行くにも歩いていけた。自転車さえもいらなかったから便利な生活である。思い出すと懐かしい、もう其の時代より長くこの田舎暮らしが続いているというのにである。もっとも実家は平成6年の土地整備の立ち退きまであったし、母も暮らしていたのだから。今家のあった所は軒並み空き地になっている、通る度に寂しい思いに駆られる。思い出とは甘酸っぱい味がする。

up date 2001.4.15

●宮沢さんとカルテットをやっている時、楽屋でWhen You Wish Upon A Starをやろうとなってみんなで歌って決めた。さて本番で音を出したらド音痴になった。宮沢さんはGでやっている、ピアノとベースはCである。楽屋で歌ったのはGだったのである。曲の途中でアセってGに換え何とか終わった、あの時は真っ青だったぜ。ヤバかった事もあるのである。ジャズの場合移動ドで覚える方が実際的だと思った。

up date 2001.4.15

●雨が上がってカラっとした青空である。庭の植木も新芽がふきだした。柔らかい緑でとても初々しい。この季節が好きである、期待と希望が湧き上がる身体中が躍動する感じがとても良い。書類を整理していたら「熊野の里芸術座の歌」の作詞草稿の原稿用紙が出てきた。1998年4月とある、春に書いたらしい詩が書いてある。この曲は勿論晴美が作曲して芸術座に差し上げた。私たちがコンビで作りあげた作品は「すてきな街浜松」ほか社歌もある。いい相方に恵まれたと思っている。「ジュビロ磐田」の応援歌を依頼されたが、私はまったくサッカーに疎くお断りした。というよりスポーツは苦手なのである。

up date 2001.4.14

●「池田の渡し」の5月公演に向けて、挿入曲の数曲のキーを全音下げて欲しいと依頼を受けた。コンピューターで作った音楽はその点楽である。ボタン一つで移調はできる、どのキーに変えるのも自在である。昨年と配役を替えたから高い音が大変になったのだろう。インストルメントと違い、人間の声は難しい処である。基本的にファルセットは使わないから、高いレ、ミあたりからきつくなる訳である。我々生音楽をやっていると電気的に移調するのは邪道の様に感じてしまうが、Cメイジャーで楽に打ち込んでD♭(フラット5つ)にしてしまうのは可能である。関東と関西では多少違うが、オリジナルキーは大体決まっている。スタンダードナンバーでも例えばスターダストはD♭がオリジナル、私達がやる時はCでサックスとやるときはD♭と変えている。他の曲でも違うキーで演奏する時がある、気分が変わって演奏が生き生きとする場合がある。いずれにしても市販されている楽譜がオリジナルで書いてあるとは限らないから、鵜呑みにしない方がよい。特にアンサンブルする楽器はオリジナルで覚える様にしないと実際で苦労することになる。

up date 2001.4.14

●妹が東京から来て、去年から飼い始めた雄の猫ネオ君の為に端午の節句の兜を買ったのだそうだ。「兜をかぶったネオ君の写真を早く送れ」と頼んでおいた。妹家族は動物が好きでオームも何十年も飼っている。猫も何代も飼ってきたのだが、去年看病の甲斐なく死んでしまった話はもう書いた。今度新しく家族になったネオ君は文字通り猫可愛がりで彼の為に兜を買ったのだそうだ。日本舞踊をやっている姉も家族揃って猫好きである。猫を呼ぶ時の声はどこからあんな声が出るのだろうと思う猫撫で声である。どうして私達は揃って猫好きになったのだろう、道で猫に出会うとつい指を出して呼んでしまう。こりゃ治らんよ、きっと。

up date 2001.4.13

●しばらくゆっくりパソコンの前に座っていることが出来なかったが、また座っていられる様になった。比較的自由に時間を使える身分であるが、忙しい時は猫の手を借りたくなる程である。自分のペースを守って等と言っていられなくなる。フレキシブルに対応しなくてはならない、もっとも演奏している時は大集中であるから慣れてはいる訳だが。集中力の振幅は広いと云える、ミュージシャンは結構ストレスに強く、バイタリティーが有るのかも知れない。私は血圧も高めだがあまり良くない職業なのかも知れないが、選んでしまったのだから今さら仕方ない。なるべく日頃はストレスの無い生活を心掛けるようにはしている。言い換えれば我が儘に生きている訳である。猫のように自由に生きている訳である。

up date 2001.4.13

●プロバイダの接続速度が一気に4倍の512kbpsになった。やはり速くなったという実感である。写真などのダウンロードはストレスがたまらない、さっと表示される感じだ。速いのに慣れてしまうとそれが当たり前になり、もう遅いのに戻れない。昔使っていたパソコンが遅くて使えないのと同じである。今はADSLとかケーブルが叫ばれてどんどん接続速度が速くなっていく。家庭まで光ケーブルが引かれる日も近い、そうなれば動画も送れる様になる。夢の時代が到来する、楽しみである。

up date 2001.4.12

●シロちゃんの手(前足のこと)の傷も治ってきて良かったと思っている。外も温かくなってきたので、猫たちも庭の石の上でゴロゴロしたりしている。誠に平和な風景である。桜もほとんど散ってしまった。楽しみにしていた木蓮は花が咲かなかったが、プランタンの花に水をやったり草むしりをしたり、心が穏やかな時である。自分らしい自分を取り戻した時である。

up date 2001.4.12

●「つぶやき」にグダグダ書いたことに「私もそう思う」とメールを貰うと嬉しくなる。「意外と真面目に読んでくれているんだなあ」と感心するのである。バカばかり書いているが、時々真面目な事も書く。そんな反応があると、やはり「やっていて良かったなあ」と思うのである。購読者の皆さん有り難う。

up date 2001.4.12

●笑っちゃたコンサートがある。ギターの高柳昌行さんのコンサートでクラシックギターを使ったギターアンサンブルをやったのだが、高柳さんの肝いりの一曲があった。曲が終わった後「今の演奏は納得できないから、もう一度やりたい」と言い出した。客も大笑いで、結局同じ曲を演奏したのである。普通我々は出来が悪くてもやりなおす事はない。しかし彼はやっちゃったのである。この音楽に対する真面目さには参った。正に職人魂である、可笑しさと彼の姿勢に晴美と共に脱帽した。

up date 2001.4.11

●ここにきてめっきり温かくなった。暑いとすら感じる気候である。私の住んでいる近くの桜も散り始めた。これで初夏に向けて日に日に暑くなってくるが、夜になるとまだ寒いと感じる。だからこの時期は風邪に掛かる人がいる。体調に気をつけないといけません。季節の変わりしなは調子が狂いやすい、機械も人間も同じである。無理はしないよう健やかにお過ごしください。

up date 2001.4.10


●デザイン学校に行っている息子が交通事故で足を骨折した。整形外科の先生が言うには、単純な一箇所の骨折で運が良かったと説明してくれた。今日手術したのだが麻酔の醒める夜には痛いだろう。可哀想だが仕方がない。自慢ではないが我が家は事故慣れしてしまい、あまり驚かないが心配には違いない。母が亡くなって色々忙しい時期だが余計に忙しくなった。平穏な生活を送らせて欲しいよホントに。

up date 2001.4.10

●畳の張り替えって朝取りに来て夕方出来上がってくる、というのが当たり前だよねえ。前に書いたディスカウントの畳張り替えは、持っていってから4日も掛かるというからキャンセルした。その間どこで生活しろというの?「安ければ良い」というのはどこか落とし穴がある、私の行っているガソリンスタンドで「セルフサービスにしても安い方がいいか」というアンケートがあったが「そうなったら他のスタンドに行く、安ければ良い訳じゃない」と答えた。今やたら効率が云々と叫ばれている、経営者は数字だけで削減することを考えている。数字で出ないものはどうするのだろうか?

up date 2001.4.8

●リクエストが来て「タイスの瞑想曲」を晴美が弾いた。「いいなあ」とつくづく思った。本当に美しい、あんな美しいメロディーを誰が書けると言うんだろう。ロマン派の作曲家の作品を超える美しい作品はあまり知らない。音楽の美しさ、切なさで胸を打つとすればそれを除いて考えられない。狂おしい程の美しさで涙がでる。心から感動するのは私だけではないはずだ。「音楽って素晴らしい」と思う。

up date 2001.4.7

●コンサートに「夕焼けこやけ」をやってくれと頼まれたが、童謡集を調べたら「夕焼けこやけ」という曲は確かにあるが知らない曲である。多分「赤トンボ」のことだと思う、「夕焼けこやけ〜の赤とんぼ〜」という歌詞だからそう覚え込んでいるのかも知れない。「ゆうやけこやけで日が暮れて〜」という童謡があるが、それは何という曲なのだろう。我々は曲名を歌詞で間違って覚えていることが結構ある。これって仕方ないことなのかねえ。とにかくテナーサックスとのアンサンブルに為るようアレンジし直さなくてはいけません。

up date 2001.4.6

●ログインするためのパスワード、変更するためのパスワードなど色々のパスワードを使っていたら、ゴチャゴチャになって判らなくなってしまった。統一した方が良いのだろうか。数字のパスワードもあるから忘れてしまう。セキュリティは守られるだろうが不便この上ない。メールなどはパスワード無しで読み込むようにしている。パスワードを要求されると「ドキッ」としてしまう。仕方ないから「ノートパッド」というメモ帳に書いておき、それを見るようにしている。私にとってパスワードなんて必要無いようなものだ。どっちみち第三者に見られてまずいものなど入っていないのだから。クレジットカードを狙われたって残金も無いし盗られようがない。アハハ

up date 2001.4.5

●「ゆやの里芸術協会」の会議に出席し、ミュージカル「池田の渡し」の写真を預かってきたので「作曲/ミュージカル」ページに掲載します。同時にイベント@Sのページにも5月に行われる公演の案内をしました。この公演は今年の「東海道400年祭」に先がけて昨年秋に公演したのですが、5月に2日間で再度公演します。作曲は晴美、録音制作は私が担当しました。5回目のミュージカル作品ですが是非観てやってください。イベント@エスのページをご覧下さい。

up date 2001.4.5

●桜が満開である。すぐ散り始めるだろう。本当に桜の花の寿命は短い、今か今かと待っていてすぐ終わりになる。我々のコンサートの企画と同じで儚いなあと思ってしまう。これで本格的な春になり、すぐ5月ゴールデンウイークの「凧揚げ祭り」が来る。浜松の男の血が騒ぐ季節なのである。毎年繰り返しなのによくも飽きないものである。春は私の一番好きな季節だが今年は母がいないのが寂しい。ジワジワと寂しさが込み上げてくるだろうと覚悟している。

up date 2001.4.5

●Music@Sに登録する曲を探したら見つかった。早速MDにプリントした。Music@Sの編集室でリアルプレーヤーなどのファイルに変換してくれるそうである。送るメディアはMD、カセット、CD、DAT何でも良いそうである。AIFFファイルをネットで送れば凄いデータ量になりたまらんね、MDで送るのが簡単で幸せというものである。3分前後の曲を3曲プリントした。そのうちネット上で聞ける様になるだろう、楽しみにして下さい。Music@S

up date 2001.4.4

●「浜松生音楽生活」のページに、大須賀町ライブの日程変更をするのを忘れていた。あせって管理者の青山さん(アルトサックスでフルバンリーダー)にメール出したら「自分でやってくれ」と返事が来た。変更画面に行くにはパスワードが必要である。パスワードを忘れちゃったから色々入れてみたらOKになった。ドジだねえ、まったく。康雄のお弟子さんが「4月15日だと言ってたぜ」と聞いたから「あっヤベエ」と変更を忘れていた事を思い出したのである。一度インターネットに掲載しちゃうと怖いね、今回みたいな事あるから。「怖いのはドジって事」ですけど。アハハ

up date 2001.4.4

●「お花見」に行ってきた。今年は15回目になると聞いた。例によって浜松城徳川家康像の前で大いに飲んできた。朝5時から場所取りに来ていたと聞いて「凄い!」と驚きました。「例年同じ場所をよくも取れるな」と感心していましたが、それを聞いて納得です。青ちゃん(インドまで行った音楽馬鹿)やO君(時々登場するやはり音楽馬鹿)が来て大いに盛り上がった。馬鹿を貫いてやってきた私が言ってはいけないが、僕らの年代は夢を諦めかけてくる頃でもある。こうして集まると又青春が戻って来るのである。社会の荒波に揉まれていても青年の情熱を思い出す。やっぱり昔ながらの友達はいいなあと思う。飲み会はやっぱりやらなくちゃいけないね。

up date 2001.4.3

●Music@Sというミュージシャンを紹介するページから案内が来たから登録した。このページは楽曲も登録できるシステムである。取りあえず写真とコメントを送ったが、楽曲となるとオリジナルは大体JASRACに登録してあるから使えない、この為にオリジナル書くのもカイダルイしなあ。晴美は作曲を依頼されないと書きません、根がずるいからね。JASRACに登録もれの美しい曲を探してみます。大体創った本人も忘れているぐらいだからいい加減です。パソコンの中に音になっているデータが有るんですが、JASRACの作品届けと照合しなければいけません。見つかると思いますが時間がかかります。Music@Sを覗いてみて下さい。

up date 2001.4.3

●喪が明けたので神棚、地の神様のお祀りを再開した。長い間神棚には半紙が貼ってあったから、平常に戻った気分である。1日と15日にはお洗米、お塩、お水、御神酒をお供えする。これは皆さんやっている普通の方法だと思う。もう何10年もやってきた。それで無病息災なら良いのである、深く考えないことにしている。

up date 2001.4.2

●「ネジの杉さん」が母の霊前にお線香を上げに来てくれた。30数年の付き合いである彼は職人の鏡のような人で、心が真っ直ぐなことでは本当に清々しい人である。私より一つ年上のお兄さんである。此の世に良心が少なくなったことを二人で嘆いた。時々はこうやって真面目な話をするのも良いことだ、何年経ってもこうしてつき合えるのも、腹の中がお互いに見えてしまうからなのだろう。男の付き合いはこうでなくてはいけないと思う。良い友人は持つべきだ。

up date 2001.4.2

●此の世はとかく住み難い。私の様に駆け引きが出来ない性格は今の世に生きていけないのだろうか。予算の折衝でも巧く立ち回れない、今は何処でもお金が無くて厳しい予算しか出せないから値切られる事になる。黙ってそれに従うから企画がやりにくくなる。相手の辛い立場も解ってしまうから話を呑んでしまう。ここでやり合ってしまわない処が私らしい処なのである。相手の人を言葉巧みに騙せないのは馬鹿正直に他ならないが、それで良いと思っている。私が死ぬ時、閻魔様の前で悩まなくても良いから気が楽である。

up date 2001.4.2

●今日から新しいページに移ってきました。エイプリルフールの話でも書きましょうか。有名なデマ話はアメリカの「宇宙戦争、火星人襲来」のラジオ放送で、オーソン・ウエルズのナレーションがあまりにもリアルだったのでパニックになったのが有名です。毎年エイプリルフールで話題になりますが人心を惑わすのは困りますね。痛快でアハハと笑えるのが良いです。何が飛び出すのやら楽しみです。

up date 2001.4.1

●4月1日は新しい年度が始まる日である、仕切直しでもある。年度始めを4月1日としている企業は多い。企業と付き合っていると、どうしても期という考え方をされるから我々は調子が狂う。3月末日まで頑張って1年分の総決算をする。棚卸しをやらなくてはいけない企業もある。てんてこ舞いされた昔を思い出す。日本には1月1日の正月と2月3日の節分と4月1日の年度始めの3回の仕切直しがある。どれが本当の仕切直しなんだろう。

up date 2001.4.1