2001年8〜9月
なんだかんだと書いて1年2ヶ月経ちました。常連の皆さんありがとうございます。暑さにめげず頑張りましょう。
●私の小学校の恩師内山高先生が亡くなり、知らなくてお葬式に失礼してしまった。先生は教師を退職され県会議員を5期20年勤められたが、その間も何かと御世話になった。母の葬儀にはご夫婦で参列され、まさか亡くなるなどと思ってもいなかったから本当に驚いたのである。今日小雨の降るなか晴美と共にご自宅まで御霊前に御礼を言いに行ってきた。素晴らしい奥様で、とても仲の良いご夫婦だったので、私たちはお手本にしていたのである。大切な人が亡くなるのは本当に悲しい。ご冥福を祈りたい。
up date 2001.9.30
●1989年と言えば宮沢さんが浜松に引っ越してきて、私たちとカルテットを始めた年である。その年グランドホテル浜松ラウンジでドラムの小津昌彦さんを迎え3日間カルテットの演奏をやった。その時の録音がDATで残っている。合計6時間分の録音である。その録音からCD1枚分の曲を選ぼうとしている。宮沢さんは元気な音をしているが、我々はカルテットを始めたばかりだから緊張していた事を覚えている。小津さんも亡くなった今、この音を世に出したいのだが、どれをセレクトしたら良いか悩む処である。我々の耳は耳年増になっているから重箱の隅をつつく様な聴き方をする。とても疲れる作業なのである。音楽を楽しむ耳にはもう戻れない。
up date 2001.9.29
●「ベース弾き物語」(広瀬文彦著)がペリカン便で届いたので一気に読んでしまった。1930年生まれの著者は私より15歳以上年上だが、戦後のドサクサ時代からジャズの道に入ったベテランベーシストである。とても面白い話が書いてある。私の「つぶやき」より面白い。ビートや乗りに命を懸けた考え方に唸った。ベース弾きなら彼の言っている事に頷くだろう。馬鹿を言ってる様で人生や音楽にとても真摯な姿勢をしていると感じた。脊髄小脳変性症という難病に冒され、音楽を断念せざるをえない状態に追い込まれてもジョークを忘れない。流石ジャズ屋だと感激した。一読を勧めたい。
up date 2001.9.28
●私の乗っているワゴン車が車検だからニッサンサービスに持っていった。1回目の車検は1日で出来るというから、オイル交換やワイパーゴム交換などをお願いして晴美に迎えに来てもらった。私がニッサン車が好きなのは技術者としての好みなのかも知れない。もう何台も乗り継いできたからである。別に特別な意味がある訳ではない、何となく好きなのである。他にホンダとダイハツの車を持っている、これは中古で買ったから好みなど言っていれないけれど。まあどれもゴキゲンに走っているから良しとしている。「車なんて走れば良い」と言ってるのはジジイの証拠である。
up date 2001.9.27
●我が家には布袋様の古い掛け軸があると書いたが、意を決して表装し直す事になり掛け軸専門の美術商に表装を依頼した。10月の下旬には桐の箱付きで完成するとの事だ。家の床の間は戸袋が付いているので掛け軸が長すぎてもいけない、長さも短めにしてもらった。「良い絵です、これで金運も良くなりますよ」と店の人に言われ少し気分も良くなった。何せ親父の形見だから50年以上経った年期ものである。どんなに綺麗になるか出来上がりが楽しみです。
up date 2001.9.26
●岡崎さん立ち上げた「宮沢昭ホームページ」で私たちがカルテットで付き合った演奏を聞く事ができます。1990.12.7グランドホテル浜松スカイラウンジのライブ録音で、Tsax宮沢昭、Piano竹内晴美、Bass竹内俊介、Drums村松勇のカルテットです。久し振りに聞くと懐かしい気分です。是非みなさんも「宮沢昭ホームページ」にアクセスしてみて下さい。
up date 2001.9.26
●朝夕は涼しいのを通り越して寒いと感じるこの頃である。賭布団も厚いものに替えて窓も閉め切って就寝する。岡崎さんのサウンドページを再生する為にWindows Media Playerをインストールしたがうまくストリームが動作しない。設定を色々といじってみてもPlayerが立ち上がらない。悩んでいるところである。無料でインストールしたのだから文句も言えない。
up date 2001.9.26
●岡崎さんから電話があり、宮沢さんの「After The Stormが良い曲だね」というから楽譜を送ってあげた。越路吹雪さんが亡くなって宮沢さんが追悼の為に書いた曲である。Fmの悲しくもモダンな曲で私たちもよく演奏した。マイナーブルースの感じの後、ドビッシー風の広がる部分があり、「流石宮沢さんはロマンチックだなぁ」と感心したものだ。まだ宮沢さんの残した曲は沢山あるが、本人以外が演奏しては申し訳ない様な気がしてしまう。なるべく演奏してあげるのが供養になるとは思うのだが、もったいなくてつい遠慮してしまうのである。菅野さんの曲もそうだが元祖と一緒に演奏した時を思い出して「元祖を超えられないから曲に申し訳ない」と思ってしまうのである。
up date 2001.9.25
●名古屋のギタリストHさんからメールあり、ギターの富さんに連絡とれた御礼である。「つぶやき」も多少人の役に立っている訳である。さて、掛川の晴美のお墓参りの後、ドラムの久ちゃんのお墓参りに行ったのだが袋井市北部の山梨という所にある。新しい道路に変わってしまってるからお寺が判らなくなってしまった。近くの墓石屋に「日蓮宗のお寺はないか」と聞いたら旧道沿いの本立寺というお寺を教えてくれた。奥まったそのお寺は見覚えがあると晴美が言う、お墓はすぐに見つかった。もう17年も前だ、「あの時は悲しかったね」と帰路についた。
up date 2001.9.25
●お彼岸参りの帰りのジャズ喫茶で読んだという「ベース弾き物語」が面白いとOさんがメールで言ってたから、早速インターネットでその本を注文した。VISAカードで決済である。ペリカン便で送ってくれる、便利な世の中になったねぇ。私はクレジットカードというものを嫌いで使わなかったが、JARLでコールサイン入りのカードが作れるというので作ってしまった、ミーハーだねえ。でも使ってみると便利です、何時までも意地張ってクソジジイでいるよりやってみて納得である。まあ大した理念でやってる訳じゃありません、簡単に言えばクソジジイだという事だよん。
up date 2001.9.24
●ご先祖様の新居町のお墓参りに晴美と行ってきた。秋晴れの雲一つない天気で気持ち良かった。日頃の幸せの御礼を墓前で言ってきたのである。帰りに親戚や世話になった人のお寺にも訪れた。帰宅して15号台風で剥がれてしまった勝手口のドアの修理をした。ノブを取り外し新しいベニヤ板を張り付けたのだが、この戸は我が家の猫たちが出入りする為に猫専用の扉が付いているから工作が難しい。何とか見られる様になって完成した。24日は晴美の方のお墓参り行く予定だ、今度は掛川だから西である。久ちゃんのお墓は袋井にあるからそちらにも廻る予定だ。
up date 2001.9.24
●オルゴールミュージアムのコンサートは無事終わった。360度海が見渡せる会場は浜名湖に突き出た半島の山の上にある。ゴキゲンな環境に位置するオルゴールミュージアムは秋を迎え最高の雰囲気だった。1時間ばかりの演奏は瞬く間に終わったが「砂の器」の選曲は良かったと思っている。続けて「翳」を演奏した、やはり感動したと言ってくれた。ジャズコンサートでこの様な曲を演奏するのは私達しかいないと思うが、弟子として菅野先生の作品をご披露するのは務めだと思っている。
up date 2001.9.23
●Imaginがどうしてアメリカ国民の心を逆なでする詩の内容なのか不明だったので訳詞してみた。Imagine there's no heaven〜で始まるこの詩は今起きたばかりの事件に、特に宗教に絡んだ事件だから不適切なのだろうか。時間のある人は訳詞してみて下さい。テレビではアメリカの4大ネットワークが共同で放映した歌番組をやっていた。スティービー・ワンダー、セリーヌ・デュオン、ウィリー・ネルソンや有名俳優などビックタレントが総出演している。さすがアメリカと思うと同時に此の事件の深刻さを思うのである。
up date 2001.9.23
●テレビを見ていたら、今度のテロ事件に関連してメデアではシナトラの「New York New York」、ジョン・レノンの「Imagine」などの放映をしない取り決めをしたと言っていた。先日のライブでも「Autumn In New York」は遠慮した。あの事件で民衆の心を逆なでしてしまうからという配慮からだと思う。音楽が人間生活に密接に関係している証である。
up date 2001.9.22
●朝晩はめっきり涼しくなった。「暑さ寒さも彼岸まで」というのは本当だ。外気温度を測れる温度計が有るが21.8度を表示している。窓を全開だったのを思わず閉めてしまった。気のせいか庭が淋しく感じられる。お空(電波伝搬)はすっかり秋のコンディションになった。
up date 2001.9.22
●足の筋がつったのは治りましたが、テープを貼った痕がカブレて痒くてたまりません。「どこかで筋違いな事やってんじゃないの」と嫌みは言われるし参りました。お彼岸の入りを迎えましたが、皆さんはご先祖のお参りは済ませましたか?私達は23日のお中日に行く予定です。アメリカのテロ事件や不景気の話題ばかりの昨今ですが、お彼岸ぐらいはご先祖様に感謝のお参りをしたいものです。
up date 2001.9.21
●「オーロラの彼方へ」(原題Frequency:周波数)という映画のビデオテープを借りて来て観た。30年前の父親と次元を超えて交信し事件を解決していくというSF映画だが、ARRLが監修しただけの事はありリアルな表現であったし面白いストーリーだった。JARLでも推薦した映画だけの事はある。「コンタクト」という映画もアマチュア無線が登場する、アメリカ映画に以外と多いのはハムが市民権を得ているからだと思う。
up date 2001.9.20
●去年のオルゴールミュージアムコンサートは全曲暗譜でやったから楽譜は用意しなかったが、今年は数曲楽譜を見ないと演奏出来ない曲があるから、コピーを用意した。という事は譜面台も用意しなくてはいけない。コンサートの時は厚い譜面集は使わず目的の曲だけコピーを用意する。その為に譜面を書く事があるが、大抵はコピーで用が足りてしまう。準備だけはしておかないといけない訳である。
up date 2001.9.20
●サックスの岡崎さんからメールを頂いた。「宮沢さんのサイトを立ち上げたいから私のページを引用させてくれ」という内容だった。「ご自由にどうぞ」とご返事した。宮沢さんが亡くなって、1年以上経った。康雄も永遠の目標としている音である。彼の事を何かにつけ思い出す。釣り道具をいじっている時、秋刀魚を食べている時、音楽してる時、それだけ影響を受けた訳である。彼の音楽に対する真摯な姿勢は何時までも忘れてはいけないと思っている。http://tomo-67.hoops.ne.jp/をお聞き下さい。
up date 2001.9.19
●右足の治療の為に今日は自分で車を運転して整骨院に行った。私の車はオートマチック車だが、右足だから調子悪い。何とかアクセル、ブレーキを使って行ってきた。出席しなくてはならない会は替わりに晴美に行ってもらった。早く治らないと22日のコンサートに困る、治療に専念しなくてはならない。20日のクリスタルライブは康雄と晴美でやって貰う事にした。
up date 2001.9.18
●ライブの帰り右足のかかとが痛いと思っていたが、一晩経ったらすごく痛み出した。知り合いの整骨院に行ったら、ふくろはぎの筋を痛めるとかかとに痛みがくると言われ、テープやサポーターでグルグル巻にされ、まるでギブスをはめられた様である。おかげで電話が鳴ってもすぐ動けず、受話器を取ると切れてしまう有様、不便この上ない。という訳でパソコンのあるこの部屋へも来られなかったのである。足を引きずってようやくたどり着きこうしてキーボードを打っている。健康という事は有りがたい事だとつくずく感じている。
up date 2001.9.17
●我が家には親父の残した掛け軸が数本あったが、その内の布袋様の軸が縁起が良いからと手許に置いてあった。急に気になって押し入れから取り出してみると軸先は取れているし痛みも激しい。掛け軸などを扱っている美術商を訪れてみると、2、3万円で表装をやり変える事ができるという返事である。生まれ返った様に綺麗になるそうである。桐の箱も新調されるそうである。親父の形見だしこの際表装し直そうと思う。50年経って床の間に飾られる事になれば気分も晴れやかになる事だろう。
up date 2001.9.16
●弦楽器というものは湿度が高いと鳴りが悪くなる。だから日本の夏は良い時期ではない。しかし楽器が乾燥する冬場は板に割れが出たり表甲板が沈んだりして弾きにくくなったりする。誠に扱いにくい楽器なのである。表甲板の浮き沈みが激しい楽器は夏用冬用とブリッジを2枚用意している人や、アジャスター付きブリッジを用いている人もいる。とにかく原始的楽器の部類に入るコントラバスはデリケートである。この楽器に付き合うには楽器の健康状態に気をつけ、メンテナンスに絶えず心掛ける必要がある。ズボラな人は付き合いきれない。私はラウンドに合わせ自分でブリッジを削る事ができる。ノミを使うのであるが、慣れれば出来る様になる。上部蒲鉾型の弦を乗せる側も、弓を使う時とピッチカート時の使いやすさやに関係するから重要である。弦高はビリツキや弾き易さに関係するから重要である。いずれにしても上質な楓の硬い材料を使用するのが結果が良い。何枚も自分で削って出来る様になった。器用さも要求されるのである。
up date 2001.9.16
●文さんから聞いたが、「歌判のサックスのオブリガートを聞いている」「フロントのバッキングをピアノはどうやっているか聞いている」のだそうだ。私と聴き方が同じである、普通の人はソロを取ってる時しか聴いていない、そう思って聴くと奏者の実力の程が判ってしまう。怖い聴き方である、でもプロでやっていた人は聴き方も違うのである。「微妙な乗りや歌い方は正確に譜面に起こしたら真っ黒けになりますね」という事で決着した。
up date 2001.9.15
●雷が鳴って大雨が降り酷い目に遭ってライブから帰宅した。運転している晴美は潜水艦を操縦してる様なものだった。一番酷い時に車に乗ってた訳である。雷というとすぐアンテナと思うのは習性である、恐る恐るトランシーバのスイッチを入れてみたら何ともなかった。「あー良かったなぁ」という訳である。留守の時はしょうがないのだ、突然来るから参ってしまう。
up date 2001.9.15
●小津さんの葬式の時、宮沢さんは東北ツアーからそのまま東京に着いたのだが、テナーサックスを吹いて帰りの時である。ピカピカのセルマーを吹いた人がいたが、同じテナーのケースが2つあってどちらか判らなくなった。宮沢さんの楽器はセルマー・マーク6だがケースだけ新しいものに替えていたからである。「開けてみようか」という事になった、緑青の噴いた小汚いテナーが出てきて「あっこれだ」という事になったが「汚ねえなー」と大笑い。ステージでライトを当てると綺麗に見える楽器も実際はボロボロである。年期が入っているとはこの事をいうのである。康雄の吹いているテナーもマーク6(アメセル)だが宮沢さんのに比べたらまだ綺麗だぜ。しかし宮沢さんの音は良い音してたねえ。
up date 2001.9.14
●毎月買って読んでいたパソコンの雑誌も最近買って読まなくなった。新製品の紹介や新しい付属品の記事などを読んでると欲しくなったりしたものだが、全然しなくなった。マックもG4の最速モデルが発売されたりOSXが出た事ぐらいは知ってるが、どうしても欲しい気がしない。これってジジイになったって事でしょうかね、別に不便は感じないもんね。これじゃ景気は上向かない訳だ、マッイイカ。
up date 2001.9.14
●弓で弾くとゴリゴリの音がする。使っているスピロコアという弦はピッチカートは切れの良い音でジャズ奏者には好まれているが、ボーイングには向かない。両立しないのである。クラシックでは定番のピラストロという同じオーストリア製の弦も使った事があるが、弓の音は柔らかくて良いがピッチカートはモヤモヤして駄目である。松ヤニや楽器との相性もある。コントラバス奏者の悩む処である。サックス奏者がマウスピースやリードで悩む様に、これでも何十年も悩んでいるのである。サン・サーンスの白鳥を弾いてみたがよい音は出ない。「やっぱり難しい楽器だな」と今更思った。
up date 2001.9.13
●楽器(ベース)がビリついた。どこかがハガレているのである。良く見ると裏板にハガレが見つかった。コントラバスに限らずバイオリンなどの接着にはニカワが使われているから剥がれ易い、しかしこの特性があるから修理もし易いのである。ニカワは現在入手し難いからボンドを使う事になる。本当はニカワを使うべきだが私の楽器はそこら中直してある。もうボロボロなのである。フラットバックに渡してあるバックバーにも剥がれが見つかったから修理した。そろそろ新しい楽器が欲しくなった。
up date 2001.9.13
●テレビはどのチャンネルに回してもアメリカテロ事件の放送しかやっていない。こんな事件が起こるとは誰も予想していなかっただろう。経済は大打撃である、報復の為の戦争が起こるかも知れない。明日は何が起こっても不思議はない。世界中がヒステリーになっているとしか思えない。こんな時音楽が何の助けになると云うのだろうか。
up date 2001.9.13
●アメリカの航空機テロの事件で一色である。こんな全世界を震撼させる事件は始めての経験である。テレビの前で釘付けになっているしか方法はない。他のどんな話題も寄せ付けない、とにかくショックである。
up date 2001.9.12
●鱚、鮎、鮭、ブリ鰆などの粕漬け、鰻、お茶、梨はたまた漬け物まで贈って頂いて感謝している。おかげで我が家は家計が助かりとても嬉しく思っています。堺正章の離婚した嫁さんはそれが大変だったと言ってたが、罰当たりだと思った。私みたいに素直に喜べば良いのにと思う。日本人は贈り好きだし贈られ好きである。お中元やお歳暮の風習が定着している。最近の不況でデパートなどで異変が起きているという、一億総ケチになってしまったのだろうか。こんな長引く不景気はかって経験した事がない、早く何とかならないものかねえ、ほんとに。「士農工商犬猫バンド」と菅野さんは言っていた。バンドは最低だというのだ「オラ、ドーナルダ?」という気分である。アハハ
up date 2001.9.12
●なにかに憑かれた様にホームページの「つぶやき」を書き続けている、何故か解らない。母が言った「人に喜びを与える事は素晴らしい」という言葉を実践しているのだろうか。「つぶやき」を読んでも特に喜びを与えている風には思えない。単なる日記でもないし何なのだろう、ミュージシャンは音楽で思いを伝える。「それで充分ではないか」と思うのだが、それだけじゃ気が済まないからだろう。音楽だけじゃ伝わらない事を「つぶやき」で書くとスッキリする。これが本当の理由かも知れない。「クドイ!」の一言である。アハハ
up date 2001.9.11
●静岡新聞の紙上でKさん(川井士朗さんといってゆやの里芸術協会の会員)の不登校児童などの対応に勉強会を開き自宅を開放する記事を目にした。最近子供たちに感動の心が薄れてきたという内容であったが、我々ミュージシャンの立場から私の思っている事をメールした。最近奥さんやお母さんを亡くした彼は、悲しみにも負けず社会の問題点に真っ向から立ち向かっている。彼が芸術で心を救えるという信念には本当に頭の下がる思いである。理想の社会になる希望は私とて同じである。彼の崇高な理念には脱帽する。
up date 2001.9.11
●小津さんの奥さんから電話あり、明るい声を聞く事が出来た。小津さんが夢に出て「竹内君に連絡せよ」と言ったそうで、小津家にも良い事が起こり幸せだとおっしゃる。稲葉さん(ベーシストの稲葉国光さん)にもまだ言ってないそうである。小津さんが亡くなって4年になる。ボランテア活動にも参加して忙しい毎日を送っているそうで、そのお話を聞いて嬉しかった。「小津さんも成仏できたと確信します」と申しあげた。「後に残された者が悲しがってばかりいれば、霊界の霊も迷ってしまう。」「現世が明るければ霊界も爽やかである」、此の世とあの世は表裏一体だと思うのである。
up date 2001.9.10
●台風15号が日本列島に近づいている所為か、また蒸し暑い日に逆戻りした。雨が少なくて水不足だと言っていたのが嘘の様に、大雨に祟られているとテレビのニュースで報じている。季節の変わり目は行ったり来たりだから体調を崩し易い、私も風邪気味で喉が痛いし咳もでる。この間「枯葉」を演奏したが特に変な感じはしなかった。春から夏には絶対に演奏しないから、久し振りである。ジャズは秋以降の方がしっくりすると感じる、「サマータイム」を真冬に演奏する事もあまり無いが、くそ暑い時「枯葉」やっても場違いだと思うもんね。季節感のない曲は無いが、どんな曲も何故か秋以降の方がしっくりする。秋はみんな詩人になってるからね。
up date 2001.9.10
●ここのところ良く雨が降るから庭の散水をやらなくてもよい。雨降りの後の方が庭は生き生きとしている。日本庭園は苔やシダなどが生えているから濡れているのがしっくりする。池の中心に置いてある水岩石には割れ目から五月の木が生えている。池に水を湛えていた頃は良かったが、枯山水になった今、石に水をやる必要がある。昔写真に凝っていた頃、土門拳のリアルな作品に苔むした石や石仏などが有ったが、あれも濡れていたからこそ迫力があった。ジャズミュージシャンのモノクロでハイコントラスト写真は同じくインパクトがあった。60年代の迫力を感じたのは私だけでは無いはずだ。粒子の荒れたハイコントラスト写真、JBLのゴリゴリとしたジャズの音総てが我々若者にインパクトを与えた。
up date 2001.9.9
●私は室内楽やギターなどの繊細な音楽が好きだった。ナヨナヨしてたのである。それが思春期の頃ゴリゴリしたものに曝されたのである。その強烈な印象が今の私を形成したのかも知れない。だからジャズとの出会いは鳥肌が立つ程の驚きであった。すごく魅力的に写ったのである。「この世にこんな音楽があったのだ」という発見に全身で興奮した。その驚きの出会いが30数年経っても続いているのである。思春期に受けた心へのショックは忘れない、言葉では言い表せない、だから死ぬまで続けるのです。
up date 2001.9.9
●クリスタルのライブにボーカリストが3人とベーシストが来てくれたから、歌判をやる事になった。3人共「声がデカくて、リズム音程共とても良い」と関心した。ボーカリストは声が大きくなくては駄目である。よく通る声で好感がもてる。「お金を出しても、いくら練習してもだめで声だけは生まれ持った財産だから頑張って欲しい」「サックスだピアノだといってもインパクトでは歌には勝てません、ボーカルは最高の楽器なのだから」と彼女たちに言った。譜面に嘘のコードが書いてあったから晴美に直してもらった。こうして新人のミュージシャンに接してとても嬉しい、そして錬磨する道場もある。浜松も大丈夫だという感を強くした。
up date 2001.9.8
●珍しい人の訪問を受けた。「久ちゃん」という姪の夫のドラマーが18年前に急逝したのだが、そのお母さんがその人である。久ちゃんは本当に好い奴だった、Y社の管楽器製造に従事していた腕の良い職人だったが、ドラムの腕も良く私達とも共演したのだが31歳の若さで他界してしまった。2月9日寒い日だった、菅野さんの他界した丁度半年後である。菅野さん、久ちゃん、博さんと続けて亡くなり私たちの不幸の時期だった。くも膜下出血という急な病気で、病院に駆けつけた時はもう駄目だった。性格も感覚も好い奴だったから私達も本当に悲しかった。彼の残したパイステやジルジャンのシンバルを預かっている。それを見るといつも彼を思い出す。彼の一粒種の娘も今や東京の大学生になった。月日が経つのも早いものである。
up date 2001.9.8
●ヒメヒマワリだと思っていた花はルドベキアの間違いだったのを花屋で知った。随分長い間咲いてくれたが、プランターの中はみすぼらしくなったのでランタナと桔梗の苗に植え替えた。ハイビスカスも1つしか蕾が付いてないからもう終わりだろう、だんだん秋の花に変わっていく。晴美が家の中の片付けをやっているので、押入の中や引き出しの中が整理されて片づいた。今日も古くなった布団を捨てるというので、カッターナイフで60Cmぐらいに切って巻いてビニール袋に詰めた。一仕事するとまだ汗になる、こうして思いついた時やって於かないと年末に一苦労する事になる。
up date 2001.9.7
●「秋刀魚を食べたいなぁ」と思っていたら早速晴美が買ってきて旬のサンマを賞味できた。新聞によると大漁で型も良く値段も安くて例年より売れているそうだ。すっかり秋を満喫できた。大根おろしで食べる秋刀魚は最高である。宮沢さんはあの苦い腸まで綺麗に食べてしまい「よく苦いのに食べられますね」と言ったら「秋刀魚でも鮎でも腸が美味い、それが通というもんだ」と聞かされました。私は苦い腸を食べることができない、その話いつも思い出す。
up date 2001.9.6
●Autumn In New Yorkというスタンダード曲があるが、どうもこれが正解だというコードがつかない。市販されている楽譜をみてもどれも良いコードが付いてない。一言に言って嫌な曲なのである。リクエストが来るから仕方なく演奏するのだが、いつも嫌な思いをする。レパートリーのなかには他にもこういったやりにくい曲がある。良いコードが付かない曲は晴美と検討する事があるが、「つかないなぁ」で終わってしまう場合もある。アレンジャーの意図が見える場合は良いのだが、「いつまでも勉強だなぁ」と思うのである。だからよく演奏する曲は決まってしまうし、覚えてしまうから出来も良くなる訳である。
up date 2001.9.6
●涼しくなってきたと思ったら、また暑くなってきた。長袖シャツを半袖に着替えることになる。こんな繰り返しでだんだん秋になって行く、コオロギも鳴き出し夜はすっかり秋の装いである。また魚釣りの病気が出て出かける様になるのだろうか。下手に釣れるとハマッちゃうからなぁ。
up date 2001.9.5
●隣の部屋に置いてあるテレビをつけていると短波にノイズが出る。テレビからは凄いノイズが出ている。ノイズは大敵だ、家庭電化製品からノイズが出ている件は沢山報告されている。テレビ、湯沸かし器、ひげ剃り、ISDN用ターミナルアダプターなどである。テレビブースター、ビデオブースターからは発振してスプリアス波が出る、送電線の碍子からでるノイズもある。アマチュア無線は障害を与えるばかりでなく、逆に障害を受けているのである。空電など自然界ノイズは仕方ないが、ノイズ発生源機器のユーザーは自覚してない。メーカーがそういう機器を販売しない様にしなくてはならないのだが、通産省では規定がない。街の中にはネオンサインを始めノイズ源があり、雑音がひしめきあっているのである。
up date 2001.9.5
●「男のジャズピアノ」のDさんから産地直送の茗荷(みょうが)を頂いた。薄く切って醤油をかけていただいた。まことにオツな味がする。みそ汁に千切りを入れても美味しい。日本の秋はこれだぜ、急にサンマを食べたくなった。
up date 2001.9.4
●オルゴールミュージアムコンサートとクリスタルライブの為に譜面を用意しなくてはならない。Duoコンサートは譜面も簡単だが、歌判はキーが違うから移調しなくてはならない。ましてサックスが入ればB♭の楽譜を用意しなくてはならないが、Cメロ譜を1音上げて読んでもらう。管楽器奏者は現場ではC譜を1音上げて読んでいるのが当たり前になっている。楽譜が無い事だって有るんだから、不親切なものである。岡崎さんはC譜をB♭やE♭に読み替えていた、B♭ 譜をE♭に読み替えていたぐらいである。ちなみに私だってト音楽譜をヘ音に読み替えざるを得ない場合もある。慣れで出来る様になるが頭が膿みそうになる。大変なこった。
up date 2001.9.4
●久し振りにジャムセッションを聞きに行ってきた。クリスタルという店、若いミュージシャンが集まり元気の良い演奏を聞かせてくれた。嬉しくなってベロベロに酔っぱらったが誕生日のお祝いは良い記念になった。私達にもあんなに若い頃があった。もう30年も前の事を思い出させてくれた。ありがとう。
up date 2001.9.3
●日曜日は家族それぞれ好き勝手な事をやってるから、みんな揃って何処かに行こうなどという事もなくなった。親は疎外されて寂しい思いもないではないが、息子達も成長したという事である、素直に喜びたい。だから私達は二人で誕生日のお祝いの祝杯を上げに街に繰り出そうという訳である。たまには良いよね。
up date 2001.9.3
●不幸な話を聞くと私はなんと幸福なんだろうと思う。不平不満ばかり言っていてはいけないと思ってしまう。人はみんなこうなりたいと夢を持っているが、夢ばかり追って不満を言ってばかりの人がいる。お墓参りしても「ああなりたい、こうなりたい」とお願いばかりしている。幸せを感謝する事をすべきだと思うのだが、これは祈りとは何だという事をはき違えていると思う。夢も希望も持つ事は確かに必要な事である、しかし現在の自分がある事をまず感謝する事が先だと思います。
up date 2001.9.2
●防災の日の朝は東京新宿の火災のニュースで目覚めた。44人もの死者を出した最悪の火災である。歌舞伎町は歩いたことがあるが、あの雑踏のなかの火災はさぞ混乱したであろう。いつ何時、何が起こるが分からない、恐ろしい事だ。せっかくの涼風の爽やかな朝なのに悲惨なニュースでぶち壊しになった。
up date 2001.9.2
●二百十日、関東大震災、防災の日、9月1日は私の誕生日である。「つぶやき」にグダグダ書いてたら又一つ歳とってしまった。去年はこの歳になると誕生日など嬉しくないと書いたが、やっぱり今年もそう思う。クリスタルでSさんというボーカリストの歌判をやったが、声がはっきり出ていて好感がもてた。「貴女は良いものを持っているから頑張って欲しい」と励ました。若い人で真摯な姿勢でいる人をとても嬉しく思う。私達も彼らから見れば先輩という事だが、ミュージシャンはいつまでも新人の気持ちを持ち続けなくてはならない。先輩もそんな人達だった。
up date 2001.9.1
●半七捕物帖をテレビで観てしまった。水戸黄門や遠山金四郎などつい見てしまう。悪が負けて善が勝つ、筋は大体分かってしまうがそれでも観てしまう。ハッピィーエンドが判っているが観た後気分が良い。葵の紋の印籠に「ハハーッ」とひれ伏す場面は何度みても痛快だし、桜吹雪の入れ墨を見せられ「恐れ入りました」と悪人が観念するのは気持ち良い。あの場面が無いと魅力半減である。赤穂浪士や四谷怪談でも筋が解っていてもまた見てしまう。ミュージシャンの私がこんな事書くのは変かも知れないが、我々日本人は心の底で善が正義だという考えが有るからだろう。フランス映画はハッピィーエンドが少ないから見終わった後すっきりせず考えさせられる事がある。国民性はこういう処に現れるのだと思う。
up date 2001.8.31
●まだ暑い日が続いているが朝夕などに秋を感じさせる気配がある。何となく淋しい気分がするのである。もう鮎釣りには行く気分がしない。今頃になって宮沢さんに貰ったオトリ缶が押し入れで見つかった。ハイビスカスの花も真夏の終わりを告げている様に見えてしまう。釣りに凝っている頃は浜名湖のハゼ釣り、落ち黒鯛や鯔釣りに行きだした頃である。「夏の終わり」はちょっと淋しい様な嬉しい様な複雑な気分になる頃である。これでコオロギが鳴き出せばもう雰囲気は秋である。
up date 2001.8.30
●私の加入している浜松ケーブルインターネットから案内が来て、下り回線速度512kbpsが1.5Mbpsに増速されるという。上り回線速度も128kbpsから512kbpsとなる。ブロードバンドがいわれADSLやケーブルなど高速化が叫ばれている。要するに今より3倍速くなる訳であるから益々ストレスは感じなくなると思う。10月1日からサービスを始めるそうだ、楽しみである。
up date 2001.8.29
●7Mhzにオンエアーしたら、ガンガン呼ばれ15局と交信してしまった。こんなにもてたのは生まれて初めてである。メモ用紙を後で整理するのが大変だった。記録は一応パソコンに入力する、QSLカードを発行する必要がある。すぐ書いてJARLに封筒で郵送する様にした。しゃべり過ぎて喉はカラカラ、お陰で美声は台無しである。ウグイスが一遍にカラスのダミ声になってしまった。アハハ
up date 2001.8.29
●グランドホテルの改装に合わせ、ピアノのメンテナンスをどうしようと問い合わせがあった。Y社のアクションは調子良く、鳴るピアノである。特に不満はないがハンマーが硬いと感じていた。もう2度針を刺して整音した経緯がある、弦も数回切った。晴美は馬鹿力だから他でも何回も弦を切っている。アレキサンダーで2回、つま恋で2回、グランドホテルで3回その他数回である。晴美は切れると「すいません」と申し訳なさそうに謝っているが、本当はピアノが悪いのである。ハンマーが硬いと切れやすいのである。それと私には解るのだが、隣で弾いていてピアノがユサユサ揺れる程の馬力で弾いているのである。そりゃパッションある訳である。アレキサンダーで菅野さんと同じ強力だと言わしめたのだから。菅野さんは生前言っていた「俺の指は鋼鉄の指だ」と。「白魚の様な指」ではナヨナヨした音しか出てこない、音が立たないのである。モーツアルトの曲などはもっと優しい音で弾かなくてはならないのだろうが、高校までベートーベンを得意とする先生に付いてた所為なのだろうか。同じ楽器でも奏者のタッチによってまったく鳴りが違う、アコーステック楽器の面白い処だ。いずれにしても晴美は指だけではなく腕力も強い、私が腕力で勝とうとしても無理である。アハハ
up date 2001.8.28
●アマチュア無線の交信を聞きながらパソコンを打ったり、CDを聞いたり私も聖徳太子の様な事をやっているが、本当はこれが苦手である。二つ以上の事を同時にやる事はどちらかが疎かになってしまい駄目である。集中しないと駄目なのである、話声などは気にせずやれるが、演奏する時小さい音でもBGMなど鳴っていると全然駄目である。音楽で邪魔されると決定的に集中出来なくなる。みんなそうだと思うけど。
up date 2001.8.27
●ゆやの里芸術座のKさんからメールが来た。彼はインターネットを始めてまだ間もないが、やっとメールが開通した訳である。あとは慣れですからやっていれば自然と上手くなる。仲間が増えた事に嬉しく思っています。
up date 2001.8.27
●CDプレーヤーが調子良いのでやたらCDを聞いている。最近CD音楽を聴くのは珍しい、そう言えば宮沢さんはあまり聞かないと言っていた。「どうして?」と聞くと「ひとの音楽聞くとやらなくてはいけない様な気になる、やりたい事が沢山あるからなるべく聞かない様にしている」という答えである。真似した訳ではないが他人の演奏はあまり聞かなくなった。むしろクラシックなどの方が聞きたい、今もフジコ・ヘミングのショパンやリストの方が耳に素直に入ってくる。先日もリン子さんとやった「G線上のアリア」が良かったと思いました。どうしてかね?
up date 2001.8.26
●フォーレの「夢のあとに」とか「白鳥」などをコントラバス用にアレンジして、ボーイングの練習をしていたが、しばらくサボッたら弾けなくなりました。チェロの曲だから音域も高くコントラバスで弾くのは大変ですが、美しい曲だから気持ちが良いです。たまには弾いてみたい気になります。「日頃の練習は大切だなぁ」と何時も思います。ジャズは好きな音楽ですが、クラシックは素晴らしい音楽だと思います。精神性でいうと軍配があがると思ってしまいます。
up date 2001.8.26
●名古屋在住のHさんからギターの富さんの連絡方法の問い合わせメールが来た。「つぶやき」を書いていると様々なメールが来る。嬉しいものである。インターネットも普及してだんだん便利な世の中になってきたと実感します。それと同時に友達の輪が広がると嬉しく思うのです。私が中学で始めたアマチュア無線も同じで、親切な仲間が増える事に喜びを感じたものです。世の中が少しでも和らいだものになって欲しいと思っています。
up date 2001.8.25
●9月16日(日)のクリスタルライブは構成が決まりました。竹内晴美トリオ(サックストリオ)にボーカルの福元リン子さんという事に決まりました。福元さんはもう何十年も前から知っていますが、8年ほど前から我々のバンドとライブをやって来ました。とても明るいキャラクターでお付き合いする事が多いです。歌も明るくて元気が良いから私は好きなのです。「つぶやき」で紹介するのは始めてですが宜しくお願いします。
up date 2001.8.24
●9月22日のオルゴールミュージアムコンサートが広告紙に載りましたので掲載します。晴美の字が間違っていますがいい加減なものですね。こうやって宣伝されると馬鹿に有名人みたいですがくすぐったい気がします。アハハ
up date 2001.8.24

●私達の出演しているグランドホテルのスカイラウンジは、改装工事の為に8月26日から9月20日まで休業する。「その間遊んでいるのも暇だなぁ」とクリスタルという店に飲みにいった時、出演させて欲しいと言ったら快く「それじゃ木曜日に出演して欲しい」と話は決まった。Duoで8/30、9/6、9/13、9/20と木曜日の出演が決まった。他に9/16(日曜日)のバンドでの出演を依頼される。どういう構成にしようか考慮中である。決まったらスケジュールページに掲載しますから宜しくお願いします。
up date 2001.8.23
●台風11号も過ぎ去り、我が家では被害もなく胸をなで下ろした。凄い量の雨が降ったからお陰で水まきはしばらく必要も無かろう。台風の大雨、大風のなか帰浜した妹と晴美を連れて新居にあるお墓にお参りした。今日は親父が亡くなって丸50年の命日である。感慨深いお参りだった。帰り道バイパス道路で入り間違い反対方向の愛知県境の汐見坂まで走ってしまった。この海の沖で4代前の曾お祖父ちゃんが命を落とした。心の中で彼の冥福を祈り一路浜松まで走った。私の願いは此の竹内家の子孫が幸せで有ることである。こうして仏祭りをする事は当たり前の事、当然の勤めだと思っている。
up date 2001.8.23
●1万6千円程で手に入ったCDプレーヤーであるが、何も問題なく動作している。CD-Rに焼いたアンドレ・ギャニオンもゴキゲンに再生している。余分な機能が付いていない分シンプルで使い易い。こんなに使い易くて安いなら無理して古い機械を使っている事はなかったなと思う。こんな時代になった事に感謝すべきか。
up date 2001.8.23
●息子が東京の彼女と長電話する為に加入していたDDN(インターネット電話)から案内が来て、フュージョンコミニケーション(株)との事業提携により9月1日より新サービスを始め料金も安くなるという案内である。息子に聞いたら「もう長電話はしないから解約してもいいよ」という返事である。早速DDN本社に電話して解約手続きを取った。世は電話料金値下げでややこしいマイラインで騒いでいる。NTTコミュニケーションズがIP電話事業に一部参入するなど、既存電話網がIP電話へ置き換わって行く流れは加速し、益々の競争激化が不可欠になったとある。厳しい現実をかいま見た様な思いである。
up date 2001.8.21
●急に風が吹いて涼しくなった。台風11号の所為だと思うが、大型台風だというから心配である。天気予報も数日崩れると言っている。嬉しい様な怖い様な気分である。我々は屋根の上にアンテナを上げているから、台風というとまずそれが心配になるのである。雷と台風、夏場は安心できない。東京の妹から電話があった。23日の父の命日に浜松まで来たいという算段だが、この台風の最中では仕方ない。「21日にもう一度電話よこしなさい」という事にした。台風で予定が狂う人も沢山いることだろう、自然とは喧嘩にならないからしょうがないですね。被害が出ない様に祈るばかりである。
up date 2001.8.21
●アマチュア無線で浜松というとすぐ「うなぎ」と言われる。最近は中国や台湾産に圧されて浜名湖のうなぎも養殖が下火になったと聞く。そういえば浜名湖周辺の養鰻池も少なくなった。イメージというものは怖い、一度定着したものはなかなか変わらない。最初が肝心とも言える、だから変なイメージを持たれない様に気をつけないといけない。この「つぶやき」もグタグタ書いてるから「しょうがないなぁ」と思われてる事だろう。「そんな事気にしないよーん」と言ってるクソオヤジでした。
up date 2001.8.20
●宝くじのハズレ券1年分を販売所に持っていったらビリの当たり分が4600円になった。コリャ結構つぎ込んだ計算になる。晴美は内緒で買っているらしい。「当たったらどうするだ?」と聞いたら「教えない」とコキャーがった。その話「今のうちから女房に優しくしとこう」と販売所のオバさんに言いつけた。アハハ
up date 2001.8.20
●CDプレーヤーが故障した、頭の信号が読めないのである。ヘッド不良と診断した。いつも行っているオーディオショップに行ったら、修理代で新品が買えてしまう安さである。故障したデッキは買った時10万円ぐらいだったが、それより良い性能でCR-R対応のデッキが2万円以下で買えてしまう。何という時代になったのだろう、修理するのが馬鹿らしくなった。嫌になっちゃうね。
up date 2001.8.19
●いつもの様にトランシーバのスイッチを入れてみると短波の局が良く入感しない。これをデリンジャー現象とか磁気嵐とかいう。共に短波で電離層の反射が損なわれる現象である。太陽面の激しい爆発によって放射される紫外線や帯電した微粒子が電離層に作用して起きると考えられている。短波の通信は電離層の反射を利用して行われているが、天空の反射する鏡が無くなった様なものである。電離層を利用しない極超短波などの通信は影響を受けないが、到達距離は知れている。だから自然現象に作用される短波の通信は完全でないといえる。確実な通信は有線に限るのである。でも完全でないから面白いともいえる。冷や汗の出ないものなど面白くないのである。
up date 2001.8.19
●パソコンの前に座ると何故か安心する。はまってしまったという事か。自分自身になれる時なのである。考える事はいっぱい有るが、その考えを落ち着いて纏める時がない。外部からの雑音を遮断して一人になれる時でもある。私は直感的だから考えを熟慮しない嫌いがあるから必要な時なのである。「いや待てよ」という時間が必要なのである。ものを生み出す時は直感が総てである、グタグタ考えない方が良い。時と場合によっては必要だと言い換えよう。世の中効率ばかり云って無駄は排しなければならないという風潮であるが、「無駄こそ人間には必要ではないか」と思う様になった。アナログ人間の証拠である。
up date 2001.8.18
●銀行へ行ったら「印象派〜エコール・ド・パリ展」のチラシが目に入った。来月から静岡アートギャラリーで開催されるとある。行ってみたいという衝動に駆られた。印象派の作品が一同に会する機会はあまりない。モネ、ルノワール、ドガ、シスレー、セザンヌ、ゴーギャン、モジリアニなど29人の作家68点の作品が展示されるという、本でしか見た事ない作品の本物を見てみたい。
up date 2001.8.18
●文(ふみ)さんに「ピアノとベースのコンビネーションの問題は難しい」という話をした。「つぶやき」の最初の頃書いた「ピアノの左手とベースが同時に鳴った時、どの様な和音の掴み方をして良いサウンドを探すか」という話である。理論書にその説明は無い、「自分の耳で確かめて良いサウンドを出すかしかない」と書きました。「我々は3年間喧嘩して勉強しました」と話しました。判る人には判るが、判らない人には判らない。そんな事に拘って音楽しているのである。納得するという事はそういう事なのである。正に職人の世界なのである。文さんと話していて結論はとてもシンプルである。「音楽は歌っていなくてはならない、スイングしていなくてはいけない」「音楽は料理(アレンジ)の仕方で美味しくも不味くもなる」「ハード・バップはテナーとペットで決まりだね」などシンプルそのものだが、ポイントを云ってると思う。やった人だからこそ言える一言だと思う。この後ゲッツ、ロリンズ、ホーキンス、モブリーetc.そしてクリフォード、モーガン、デヴィスと蘊蓄が続く。いつまで話しても楽しい。私達は評論家じゃないが不思議と感じている処が同じなのである。楽しき哉ジャズ。
up date 2001.8.17
●息子達は友達数人で河原でバーベキューをやるといって夜中に決行した。明け方帰ってきて全員バタンと雑魚寝で伸びている。こんな事をやるのは若さの特権である。大いにやればよいと思っている。大人になるとバカな事はやれない、今若い頃を思い出してもバカをやった事は楽しい思い出として残っている。これが財産だと思う、こましゃくれた子供になる必要なんてない。若いうちはバカをやるに限る、もっとも私はまだバカをやっている。これが無くなったら魅力のない人間になってしまう様に思えてならないのだ。
up date 2001.8.16
●曇っているので庭の草取りをした。ちょっと目を離すと雑草が生い茂ってくる、やらないでおくとボウボウになってしまうから仕方なく雑草を取る。芝生の間から生えた草はなかなか抜けない、手の爪の間には土がつまり洗ったぐらいでは落ちない。汗ダクになったので途中で止めた。夏の草取りは骨が折れる。
up date 2001.8.16
●テレビでは終戦記念日の特別番組やニュースで正午の黙祷や靖国神社参拝を取り上げている。8月15日は勿論日本国民にとって大切な日なのだが、私達にとっては菅野先生の命日という事で特別の日なのである。1983年(昭和58年)8月15日菅野先生の亡くなったのは我々にとって最も悲しい出来事でした。音楽をやっていて彼の哲学や元になっている音楽性、その総てを奪われて深い悲しみの中に突き落とされました。彼の父親は外務省にいて戦時中は中国の大使館にいた事などを聞かされていました。大東亜戦争について私より特別の思いがあったのです。だから今日は特別の思いで過ごしたいと思っています。父の残した「俺の平凡道」は読み切ってしまい、それに続く日記にまでおよび、ついに徹夜になってしまいました。昭和15年徴集で3年数ヶ月はブランクがありますが、戦地でしたためた俳句や川柳が残っています。昭和19年に復員して来て終戦を迎えるのだが、次姉が赤痢に掛かって入院した事や私が生まれた事など、父の肉筆に触れると特別の感動があります。筆まめだった父に感謝もするのです。戦後新居町の疎開先から浜松に移り繊維の商売を再開する様子や、世の中の動きなどをかいま見る事が出来る。昭和22年で日記は途絶えている、多分商売が超忙しくなった所為だと思います。今年の8月15日は違った気持ちで迎えた。今月の23日は父が亡くなって丸50年にあたる。家族みんなでお墓参りをしようと思っている。
up date 2001.8.15
●父の残した「俺の平凡道」という、父の子供時代から成人に至るまでの自叙伝をよんでいる。達筆だから読めない字もあるが、読み進む内に解読出来る様になった。姉や弟が病気で死んだくだりなど泣けてくる。「お祖母ちゃんやお祖父ちゃんはさぞ悲しかっただろうなぁ」と涙した。他人の小説を読むのとは違う、本当に苦しくなるのである。父という人格が形成されていった過程が、その境遇を考えれば良く理解できる。母と結ばれた前夜の彼の気持ちも良く解る。舞台になっているのが、新居町と浜松である。通った小学校も私が育った近くであるし、当時近くに池があって兄弟で魚釣りをした話も出てくる。字が難しいからと読まずにいたが、父の気持ちを知ろうと読み始めた訳である。こんな事が書いてあったなら、もっと前に読んでおけば良かったと思う。子供はもっと親の事を知らなくてはいけないと思う。亡くなって50年もしてからでもその気持ちは変わるものではない。自分という人格が出来上がったのは父や母のものの考え方とそっくりなのに驚いた。「子供とは親の血を受けて存在するものだ」と今更納得した。8月14日は菩提寺の寺施餓鬼の法要がある。
up date 2001.8.14
●新居町に行った帰り「後から変なバイクが付いてくるなぁ」と思ったら康雄のハーレーだった。自動車部品をやっている長男にタンク、フェンダー一式をダーク・グリーンに塗装して貰ったのだが、なかなかシブくて良い味が出ている。バイク屋でも良いと誉められたそうだ、カスタムバイクに乗っていると嬉しいものらしい。他人と同じは嫌というのはみんな持ってる思いなんだね。ジャズ屋の思いと同じである。こだわりが無くなったら終わりだね。うん
up date 2001.8.13
●一雨降ったから庭木の元気が出てきた様な気がする。今年の夏は雨が少ない、降りすぎても困るが適度の雨は必要である。記録に残る猛暑である、熱中症で倒れた人も多い。私も数年前に経験したが、熱中症は怖い病気です。身体中のアルカリ質が汗と共に流れ出し、フラフラになります。真っ直ぐに歩けなくなりました。頭もボヤーとしてコード進行も忘れてしまいます。字を書いても枡の中に字が書けなくなりました。病気中コンサートが有りましたがベースだけ酷いもんでした。あの演奏は詐欺のようなもんでした。一日2リットルぐらいのポカリスエットを飲み続けましたが、調子が戻るのに1ヶ月以上掛かりました。まだ暑い日は続きます、皆さんくれぐれも気を付けてください。
up date 2001.8.13
●大雨が降ったのでちょっと涼しくなった様な気がする。あの雨の中袋井の花火大会は決行されたそうだ。3万発が打ち上げられるここらでは有名になった花火大会である。8時頃雨がひどくなったから息子達は帰って来たのだが、着いたのは10時頃だった。いかに混雑していたか分かる。降って欲しい時は降らずに、こんな時に降る、意地悪なものである。
up date 2001.8.12
●夕立がザーと降り出して、雷がピカピカと光ってゴロゴロと来た。慌てて無線機のアンテナコネクターを4個はずして、パソコンを含め電源プラグをコンセントから抜いた。雷が通りすぎるのを待って元通りに直した。雷を甘く見てはいけない、誘導雷といって枝端の小さい落雷でもダメージを受ける事があるからである。虎の子のパソコンや無線機がやられたら泣く事になります。事なきを得てホッと胸を撫で下ろした。
up date 2001.8.12
●私の菩提寺のある新居町では8月の旧盆で寺施餓鬼供養をやる。8月14日の午前中である。新盆の家では供養の為にお米や草履をお寺に届けなくてはならないので、新居町のお米屋さんに頼んであった新盆セットをお寺に届けて来た。「お米の銘柄は何にしますか」というから「皆さんは何にしますか?私だけ魚沼産にしてもお寺で困ってしまうといけないから」と聞いたら「秋田小町5Kgが多いです」という答えです。「それにして下さい」と頼んで来た訳である。「お寺ではあんなに集まったお米どうするんだろうなぁ」と変な心配をしている。だって集まってたのはすごい量だったぜ。アハハ
up date 2001.8.12
●文(ふみ)さんの家に寄ったら大きいCD棚が置いてあった。私がこれからはMDの時代だと言った所為で変えたのだが、MDの音質に慣れたら音源もやはりCDでなくては駄目だとだんだん増えたのである。「この棚だとざっと700枚は入るね」と計算したが、良いCDばかり揃っている。文さんは元テナーサックス奏者だからサックスとボーカルのCDが多い。「白人ならスタン・ゲッツ、黒人はハンク・モブリーで決まりだね」などと話は尽きない。いつも歌ったフレーズの話になるとそれが出てくる。私は「音楽は歌う事だ」という彼と同じ考えを持っている。一緒に飲んでも楽しい訳である。若い頃彼から学んだ事は大きいと思っている。
up date 2001.8.11
●下の高校生の息子が寝ていて腕をムカデに刺された。凄く痛がり気持ちが悪くなったというから、近くの夜間救急病院に連絡して連れていった。点滴をやってなんとか少し元気が出たから帰って来たが、参ったぜ。暑くなると毎年ムカデが出る。20Cmぐらいあるでかいムカデである。何時も晴美がヒャーヒャー言って蠅たたきを持って飛び跳ねているが、ムカデという奴は蠅たたきぐらいじゃ死なない。家の男性軍はだらしなく、ゴキブリでも逃げているから晴美が登場する事となる。こんな虫が出るのはやっぱり山だねぇ。とんだ大騒動でした。
up date 2001.8.11
●パソコンの前でずうっとワープロを打っていた。二日酔いのボーッとした頭もだんだん冴えて来て治ってしまった。「つぶやき」のおかげでワープロを打つ事に慣れてしまったから、鉛筆で手書きするより早いぐらいである。間違って消しゴムで消すより一行入れ換えたり出来るから楽ってもんです。ホームページをやってると恩恵も有るものである。下手な文章もワープロ文字だと上手い様に感じるのも不思議だ。
up date 2001.8.10
●文(ふみ)さんから誘われ街に繰り出した。今回は以前ドラムを叩いていた30年来のMさんが一緒である。彼は埼玉の「ものづくり大学」の講師をしているという。何を教えているのか聞いたら竹炭を作る事だという。「人間は物作りが基本である、物作りの基本は徒弟制度である」と言って講師採用面接試験で生徒を殴って良いか聞いたそうだ。事実2人殴って「親の顔が見たい」と親を九州から大学に呼び寄せたそうである。随分乱暴な先生だが授業は面白く、凄く人気があるそうである。物作りに対して凄い情熱を持っている。職人は最高だと言っている。私が気に入る訳である、久し振りに気があった、来週また3人で飲みに行こうと約束してしまった。あんな面白い人だとは知らなかった。嬉しくてガンガン飲んで二日酔いである。1962年来日のアート・ブレーキーが使ったグレッチのドラムセットを持ってるそうである。猪俣猛夫婦を良く知っていて、やはりジャズをやっていた人は違うわ。アハハ
up date 2001.8.10
●「つぶやき」執筆もカイダルイなぁと思っていたら、蒲郡のTさんというボーカリストから「私も読んでます、ずっと続けて下さい」という嬉しい励ましのメールが届きました。毎日アクセス15人の内の一人だと知って俄然勇気が湧いて来た訳です。「つぶやき」は偏った内容でほとんど私の独断と偏見に満ちた内容ですが、常連さんがいる事は本当に嬉しいことです。「これからも頑張ります」とご返事したのです。ありがとうございます。
up date 2001.8.9
●メル友のOさんから久し振りにメールが来て、「鈴木博さんのCDの事をホームページに立ち上げた人がいます」と知らされた。九州の人らしい、Oさんが再復刻したCDを聞いて彼の素晴らしさに感動した人である。私のページにもCDのジャケット写真を掲載します。皆さんも見に行ってください。http://www.geocities.co.jp/MusicHall-Horn/3578/suzuki.htm

up date 2001.8.9
●JARLからQSLカード(交信証)が送られてくる。パソコンに打ち込んだり種分けが大変であるが楽しい瞬間でもある。日本アマチュア無線連盟(JARL)は毎月転送されていたカードを2ヶ月に一度とし、種分けを東京巣鴨から島根県簸川郡に移した。会員減少の為である。一時は136万局(平成6年)に増えたアマチュア局も減少の一途をたどっているのである。年会費をもうこれ以上上げる訳にもいかず会報の発行を減らしたり、QSLカードの発送を減らしたり苦肉の策をしてるのである。どこも大変だ、いかに経費削減するか考えている訳である。我々の様な職業も、のほほんとしていられないのである。昇り調子の時は行け行けドンドンだが、下りになると大変なのだ。バブルがはじけたという訳である。小泉首相のいう国民の痛みはどの位なのだろう、一億総国民が疑心暗鬼になっている。
up date 2001.8.8
●政治の話や此の世の話など面白くも何ともない。「つぶやき」の話題はそれとかけ離れているから読みに来てくれる人もいると思っている。だけど私だって今の世に生きている訳だから影響受けない訳がない。だからだんだん面白くなくなって来たと感じるのである。新妻の初々しさが無くなってきたと言い換えてもよい。糠味噌臭くなってきた。「ステージの上は夢の世界である、夢が無くなるのはどうかと思う」と言った人がある。ジャズは糠味噌臭さも内包している音楽である。その狭間で「これで良いんだろうか」と悩んでしまう。世相を無視した芸術が有ろう筈がない。
up date 2001.8.8
●間違いファックスを受信した事ありませんか?さっき変なファックスを受信しました。英文の宛先も違うファックスだったから「貴方の送ったファックスは間違いです」と送り返しました。以前ある会社の内部資料を受信した事がある。発信元が不明だったからそのままにしたが、困った事だろう。送った側の番号ミスに違いないが、本人は送ったつもりになっているはずだ。ファックスは相手を確かめず送ってしまうから、注意が必要である。送る前と後に必ず電話で確かめないとね。人間なんてしっかりしてる様でポカをやるんだから。文明の利器を信用したばっかりに不幸が待ち受けている場合もあるんだからね。電話もファックスもメールも無線も通じない場合がある。会って話すのが一番確実である。会って話すのが一番いい加減だという人もいる、えっ?誰の事だ?
up date 2001.8.8
●人間とは今までこうだと信じていた事が裏切られた時、あるいは失望した時混乱するものである。普通はその感情を抑えて理性的に振る舞おうとするが、納得できないで悶々とする。何か納得できる考えはないかと模索しようとする。どう考えても納得出来ないという時、憤りと失望感に嘖まれる事になる。ガクッと来る訳である。何としてもこの気持ちを解って欲しいと説明しようと思うが、巧く説明出来ない。こんな時ほど情けないと感ずる事はない。悔しい気持ちと情けない気持ちが混じり合って何とも喩えようもない惨めな気持ちになるものである。明るく生きる事は難しい、総ての感情を解って表現は成り立っている。ただ脳天気に明るいだけでは方手落ちである。ブルースを解釈するには同じ様に考える必要がありそうだ。
up date 2001.8.7
●自分の本性は何なんだと思うことがある。祈りはある対象に対してする行為であるが、それが位牌でもお札でも自分の念が対象に移ると考えると、それを替える事は理に叶わない。毎年神社で受けてくる新しいお札は、新たな気持ちで仕切直す意味なのだろうか。そこで自分の念は願望であり欲であるならばお札は替えない方が良いという考えが成り立つ。念が移るからである。心の中にある神正あるいは仏性は実は己の欲と無関係ならば、対象であるお札は替える方が筋が通っている。神棚と地の神様のお札を正月に毎年新しく替えているが、どうしようかと迷った事がある。変な事で考えてしまうのである。祈りを形式だと考えてないからである。皆さんどう思う?
up date 2001.8.7
●「男のジャズピアノ」のDさんからメールを頂いた。当日演奏で「つっかかってしまい不本意であったろうが、リズムのノリが最高で嬉しくなった」とご返事した。リズムが良い事は生まれつきの場合が多いと思っている。努力してもどうしようもない事だとさえ思う、感覚とはそういうものである。私達が死にたいと思う事は努力ではどうしようもないと感じた時である。文部省が努力すれば何事も達成できると言っている事に異を唱える処なのである。芸術はそこが難しい処なのである。私は思う、その感覚を生まれつき持っている事は先祖に感謝しなければいけないと。先祖祭りとは「どうなりたいとか不平不満を言うことや、お願いをする」事ではなく「この感覚を授けてくれた事、今幸せでいられる事を感謝する事」だと思っている。長年掛かって私が到達した理念である。あまり立派な事いうと早死にするといけないからね、アハハ。
up date 2001.8.6
●その後鮎をこらしょと貰って腸を出すのに長時間掛かった。投網で捕った鮎だから大きさは小さい唐揚げサイズから塩焼きサイズまで混じっている。とにかく3種類に分け、唐揚げ、マリネ、塩焼きとした。鮎づくしである、もう見たくもない程食べました。何せ百匹以上あったです。料理してる時腰が痛くなったもんね。鮎には参りました。しばらく鮎の顔は見たくありません。ガクッ!
up date 2001.8.6
●「つぶやき」のバックナンバーを見ると8月5日にアクセスカウンターを設置したと書いてある。カウンターの値は5427アクセスを示しているから1日平均15アクセスという事になる。有り難いと感謝しています、毎日だいたい平均していますから常連の方がいらっしゃるという事である。この「つぶやき」の駄文を読んで下さり「なにょうこいてるだ」という悪口もいわれず、続けていかれるのは一重に皆様のご厚情だと思っています。何か選挙演説みたいですね。アハハ。これからも宜しくお願いします。
up date 2001.8.5
●こうすれば得だ損だという考え方、総てを損得で考える事に辟易とする。一見論理的に見えるが何を称して得なのか、損なのかを云えるのだろうか。欲で此の世を観ている限り答えは簡単である。しかし私はこの考え方が嫌いである。だからミュージシャンをやっているのである。音楽の中には損得の考え方はない、そんなもので推し量れない世界なのである。人は私を変わり者という、私から言えば「嫌になっちゃうなぁ」である。価値観が違うから仕方ないと思うしかない。
up date 2001.8.4
●気分がむしゃくしゃして何も書きたくない日だってある。「つぶやき」を毎日書こうと自分に課していると負担に感ずる時がある。人間いつも気分爽快でいられるなんて訳がない。そんな時「何の為にこんな事してるのだろう」と自問する事がある。心の中を整理して考えてみようとしても答えは見つからない。「俺って本質はネクラなんだな」と思ってしまう。頭の中を意味もない思考がグルグル回って、結論なんて出ないのに気分だけが優れない状態が続く、鬱状態の始まりである。これを脱出するには次の明るくなるポイントに遭遇するのを待つしかない。これにはある周期があるのを経験から知っている。
up date 2001.8.4
●「竹内さんは好きな音楽やって気楽で良いねぇ」などと言われるが「これでもなかなか大変だよ」と答えている。あまり世間やつれしてしまうと音楽などやっていられないが、まるっきり浮き世離れしている訳にもいかない。私の性格に合っているのかも知れないが、此の人生を送っている事に不満はない。霞を食べて生きていく訳にもいかず大変だなと思う事もあるが、今更性格を変える訳にもいかずやっているのです。「こんな人が一人や二人居たっていいじゃん」と思っている。
up date 2001.8.3
●パソコンと無線機が並んで置いてあるから、つい癖で両方のスイッチを入れてしまう。「今日のコンデションはどうかな」と思うのはハムをやっている者の習性である。聞こえていれば電波を出すという訳ではない、ただ聞いているだけの場合も多い。夏のコンデションは日や時間によって変わるからいつも聞こえるとは限らない。珍しい所が聞こえていたり面白そうな局を呼ぶ事になる。私の方からCQを出す事はほとんどない、何時も呼ぶ側に回っているのである。細々とやっているという状態である。
up date 2001.8.3
●「暑くて死にそうだ」と言ったら「来年も初盆だね、一番安くやってやるから何時でもどうぞ」と晴美がコキャーがった。どうしてこうもデクチが良いんだろうねえ、ミュージシャンってもんは。一つ言えば十返って来る、わしゃつらい。「つぶやき」に書いちゃうぞと言っても脅しは利かない。アハハ
up date 2001.8.2
●猫好きは竹内家の家系で、二番目の息子が彼女と連れてくる猫は「シロちゃん」と云って真っ白な雄猫である。青い目と全身白の綺麗な猫である。身体が弱く犬猫病院にばかり掛かっているが、二人共猫好きだから猫可愛がりでホーホー云って可愛がっている。運搬用のバスケットに入って、何時もおとなしく連れて来られる。うちの「シロちゃん」と対面しても鼻でクンクンと臭いを嗅いだだけで別に怒りもしない。普通雄同士だと喧嘩になるんだけど、うちのシロちゃんはおっとりしてるのだろうか。
up date 2001.8.2
●みっちゃが遊びに来てG4/733Mhzを買ったそうだ。「いいなぁ、羨ましいなぁ」と思う、Macでは最速のマシンである。私のマシンはPowerMac7600/300MhzでOSも8.6のままである。これで別に不便を感じてないからであるが、時々息子がデザインで使うと「遅い」といっている。彼らの扱うデータ量では処理速度が問題になるが、私が使う分には充分なのである。この機械はトラブルで苦労させられたから馴染みができてしまい、少しばかりトロかろうが手放せなくなってしまった。不思議なものである。
up date 2001.8.1
●京都のTさんにCDを送ってあげたら御礼に漬け物を送ってくれた。晴美は漬け物党だから喜んでいる。「京都の漬け物は品が良い」と二人で誉めちぎっている。10Cmぐらいの小鮎を貰ったから、早速唐揚げにしてマリネを作った。マリネにすると鮎だろうと鰺だろうと同じ味がする。鮎の値打ちは無くなってしまいます。鮎はやっぱり塩焼きだね。
up date 2001.8.1