灰になったぞうきん

これは少しだけ昔、まだ、小学校に焼却炉があった頃の話です。

・・・そりゃ、こんなに真っ黒になったもんな、しょうがないよなぁ。

雑巾は袋の中でそうつぶやきました。
今日は終業式、3学期最後の日です。子供たちはみんな通知票をもらって家に帰りました。
先生たちが教室の片づけをしています。
いらなくなったプリントや画用紙がどんどん大きな袋に入れられ、雑巾はその中にいました。
通りかかった用務員さんが先生に声をかけます。
「いらないものがあれば一緒に持っていって燃やしますよ」
「いいんですか?お願いします」
先生は大きな袋を用務員さんに手わたしました。

昨日まで、いえ、今日の大掃除が終わるまで、その雑巾は2年2組の教室の一番後ろに引っかけられていました。1年間ずっと、その場所にいました。
もちろん初めは真っ白な雑巾でしたが、掃除のたびに、どんどん汚れて黒くなっていきました。でもそれは雑巾にとって誇らしいことです。真っ白い雑巾なんてカッコ悪いですからね。
雑巾の出番は掃除の時間だけではありません。
給食の時、リエちゃんが牛乳をこぼして、机や床、ランドセルの中にまで流れた牛乳を、ふき取ったのはその雑巾でした。
全部がキレイになって、リエちゃんがほっとしたように見せた顔が忘れられません。
ただ、しばらくは牛乳の匂いが取れず、となりの雑巾に「くさいくさい」とバカにされくやしい思いをしましたっけ。
そういえば、タカシくんがおしっこを漏らしたときは、となりの雑巾が使われたのです。
そしてそのまま、となりの雑巾は帰ってきませんでした。
牛乳とおしっこではちょっと勝手が違うんだな、雑巾はそのとき気づきました。

・・・あいつ、あのとき帰ってこなかったけど、きっと「燃やされて」しまったんだな。そして、これから俺も「燃やされる」ってワケだ。

大きな袋をいくつか抱えて、用務員さんは焼却炉へと向かいました。
今日は終業式なので、各クラスから出た、たくさんのゴミが焼却炉の前に置かれています。
雑巾の入った袋も、そこへどさっと置かれました。
「・・・順番待ちだな」
雑巾のとなりにいた黒板消しが言いました。見るとその黒板消しは表面の布が破れて、中から綿が出ています。
「なんの、なんの順番待ちなの?」
心配そうに短い短いえんぴつが聞きました。
2学期の終わりに落とし物箱に入ったまま、持ち主の分からなかったえんぴつです。
「『燃やされる』んだろ?俺、知ってるぜ」
何も怖くないというように、雑巾は黒板消しに向かって言います。
「ぼくたち『燃やされる』の?『燃やされ』たらどうなるの?」
えんぴつが雑巾に聞きました。
「知るかよ、そんなこと」雑巾は怒ったように答えます。
「・・・なんだか怖い」鉛筆は小さい声をもらしました。
「ま、順番だよ。順番。遅かれ早かれみんな『燃やされる』んだ」
黒板消しはえんぴつに優しく言いました。


「用務員さん、こんにちは」
ゴミを投げ入れている用務員さんに、リエちゃんが声をかけました。
「おや、リエちゃん。もうみんな帰ったんじゃないのかい?」
「うんとね、私、今度転校することになったの。それで、今、お母さんが職員室で先生とお話ししてる」
「・・・そうか、転校しちゃうのか。さみしくなるなぁ」
リエちゃんを見て、そう言った後、用務員さんは焼却炉の中を覗きました。
横からリエちゃんも見てみました。中では火がごうごうと燃えています。
まるで火とゴミが踊ってるみたい。
踊ってる内にゴミはどんどん消えていっていました。
「何だかおもしろい」
リエちゃんはつぶやき、じっと火が燃える様子を見ていました。
焼却炉を覗きながら、リエちゃんは
「本当はね、私、転校したくないんだ・・・。でも、新しいお父さんの所へ行かなくちゃいけないの」
と言いました。
用務員さんは「そっか」とだけ言うと、また焼却炉にゴミを投げ入れました。
そして、
「そうだ、最後に、おじさんの手伝いをしてくれないか?お別れの記念にさ」
と言いました。
お別れの記念がお手伝いなんて変なの、
そうリエちゃんは思いましたが、焼却炉を見てるのは面白かったので、「うん」と答えました。

「じゃさ、そこの袋の中から、ゴミを少しずつ入れていってくれないか?おじさんは下から灰を出すから。あ、でもあまり顔を近づけちゃダメだよ」
「はーい」
リエちゃんは袋の中から、プリントやざら半紙をつかむと焼却炉に入れました。
すぐに火がやってきて、それを燃やして消してしまいました。
それはなんだかとても面白い仕事だったので、リエちゃんは一生懸命やりました。
いくつかのゴミを投げ入れた後、リエちゃんがつかんだのは雑巾と綿の出た黒板消しと短い短いえんぴつでした。雑巾には大きくマジックで「2−2」と描かれています。
「あ。これうちのクラスのぞうきんだ」
リエちゃんは雑巾と黒板消しと短い短いえんぴつを見ました。
どれも見覚えがあります。リエちゃんは素早くえんぴつを取ってポケットにしまうと、
「今まで、ありがとうね」
そう言って、雑巾と綿の出た黒板消しを焼却炉に投げ入れました。


「おい、聞いたか?『ありがとう』だってよ」
雑巾が声を大きくして、黒板消しに言いました。
「聞いたよ、聞いた」
黒板消しは何度もうなずきながら答えました。
そこへ火がするするとやってきました。
雑巾の体が燃えはじめていました。でも、悪い気分ではありませんでした。
「なんだ、温かいな。気分がいいや。
『燃やされる』ってそんなにイヤな事じゃなかったんだな」
火はくるくると踊り
「私たち火は、全部をキレイにします。汚れている物もそうでないものも、全部をキレイにするんです」
そう言いながら、またくるくる踊りました。
そのたびに雑巾と黒板消しの体は消えていきます。
「キレイにされたら、どうなるんだい?」
消えかけた体で、雑巾は聞きました。
「みんな、同じものになります」火は答えます。
「ふうん」雑巾は、分かったような分からないような返事をし、
そのあとで「でも・・」と続けました。
「・・でも、聞いたかい?『ありがとう』だってよ。
あの子、うちのクラスのリエちゃんだろ?いい子だったなぁ」
黒板消しもうなずきました。
「しかし、えんぴつは命拾いしたな。あれ、リエちゃんのだったのかな?」
雑巾がそう言うと、
「いや、あれは、タカシくんのえんぴつだよ。私は知ってる。
恥ずかしくて自分のですと言えなかったんだよ」
黒板消しが答えました。
「じゃ、なんでリエちゃんが持っていったんだ?」
「さあ、それは私にも分からんよ」
「でも、ま、あの子はいい子だ。新しい学校でもうまくいくといいな」
そうつぶやく雑巾の体は、もう全部が火に包まれていました。
雑巾を包みこみながら火はそっと言いました。
「いずれ、あの子もあなたと同じものになりますよ」
「そうか、みんな同じものになるんだったな・・・」
そこで雑巾の声は途絶え、形も見えなくなってしまいました。


「あ、リエちゃん。お母さんが来たよ。
たくさん手伝ってくれてありがとう。何かお礼をしなくちゃいけないな」
用務員さんが笑ってリエちゃんに言いました。
リエちゃんは、
「いいよ。これ、記念にもらった。お別れの記念に。新しい学校へ持って行くんだ」と、短い短いえんぴつを見せました。
「でも、ゴミだよ。それ・・」と言う用務員さんに
「いいの、いいの」
笑って手を振り走っていきました。
そのとき焼却炉の中では、何もかもがあとかたもなく燃やされ、消えていっていました。




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