たいせつ
 
今まで、自分には、囲碁だけあればいいのだと思っていた。
もちろん、家族や友人は大事だが。
僕には、囲碁だけ。そう、あの時までは―――。

   *    *    *

夜、自宅の電話が鳴った。一人暮らしも長くなったが、空いた時間は常に碁の勉強、
それは変わらない。実家の番号が表示されていた。
「……はい、塔矢です」
「もしもし、アキラさん、大変なの!市河さんが救急車で運ばれて……」
(……!!)
「詳しいことはまだ……」

目の前が、暗くなる。

 *    *    *

その後の事はあまり覚えていない。
彼女は、病室にいた。元気そうだ。その姿を目にして―――。
「あ、アキラくん……」
吸い寄せられるように近づいて行き。
「アキラさん、実はね……」
母の声も耳に入らなかった。僕は、ベッドのすぐ脇に近づいて。
考えている余裕もなく、そのまま彼女―――市河さんを、抱き締めた。

無事で、良かった。

    *    *    *

アキラくんは、来た時から様子が変だった。
何も声を掛けずに傍まで来て、そして。
そっと、抱き締められた。

「あ、あの、アキラくん、他の人もいるしっ…!」
(いない時にして欲しいって訳じゃ…ないけど、いや、あるかな?)
恥かしいからやめて欲しいような、このままでいたいような。
心の中で葛藤しながらも、解こうと重ねた手に。

(!)

、震えが、伝わってきた。

(心配、かけちゃったみたい……)

涙を押し殺して、声をかけた。
「あ、あの……」
「すいません、それで、一体、なにがあったんです?」
明子さんは、すでに部屋にいなかった。

     *    *    *

話はこうである。閉店後、模様替えをしている途中に碁盤を足に落とした。
骨にひびが入ったらしく、痛くて動けない。
広瀬さんにこっそり電話したら、救急車を呼んでしまって。
話がおおごとになってしまった、申し訳ない。
そういう話だった。 

    *    *    *

思えば。
碁会所に関する全てを、任せきりだった。
植物・席の配置、用具その他もろもろ、常に整っていた。
経営者は自分なのに。
努力無しで、上手くいっていた訳ではなかったのだ。
もう、『子供だから』という年でもない。
今まで思い至らなかった自分が、腹立たしい。
「市河さん…」
「はい!」
「今まで、任せきりですいませんでした」
「そんな、大丈夫」
(頼って欲しいの!)
「これからは気を付けますが、気がつかない方が多いと思います…、
何かあったら必ず言って下さい」
「今までどおりでも…へい」
「市河さん!!」
ビクッ!!
大声になってしまって、市河さんを驚かせてしまった。
自分でも少し驚いた。
「はいっ!」
「お願いですから!」
「はい……」

     *    *    *

アキラくんの、真剣な眼差し。射抜かれそうだったけど、怖くなかった。
心配して、大切に思ってくれてるのが伝わってきたから……。

おまけ

親子揃って、本っ当にニブいんだから!!(By 明子)



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