アキラくんの写真が欲しい。
プロ試験に合格し、遠い存在になりつつある彼。先生とは呼ばないで、そう言われたものの。
現実問題、会う機会も減るだろう。だから、今のうちに欲しい!
もうすぐ、祝賀会がある。
ここがチャンスだ、と思ったら一直線。小型デジカメを購入し、準備は万端。
私、ファンの域を越えているかしら?
いいのよ、これくらいの役得があったって!
もうすぐ、離れていってしまうのだから。
* * *
祝賀会当日。
挨拶と乾杯も終わり、後はきっかけさえ作れば。
主賓だから、なかなか開放されないとは思うけど。
専門のスタッフがいるからすることもない。
「さ、食べようっと!」
食べ物を物色中、主賓の母に声を掛けられた。
「今日はありがとう、市河さん。二十歳になられたってきいたけれど?」
「あ、奥様、…じゃなくて明子さん、はい、そうなんです」
そうなのだ。11月で20歳になった。それもあって今日は、振袖で気合を入れてきた。
「じゃ、お酒をおすすめしてもいいわね」
「あ、は、はい」
コップを持たされ、ビールをなみなみ注がれた。
明子さんのお酒を断れる訳がない。
苦味にはまだ慣れないけれど、少し口をつける。
「じゃ、たくさん召し上がってね」
去りながら、残された言葉はもちろん。
(食べ物のことよね、きっとそう)
そう思っていたかったが、コップの中身が半分強まで減ると、またもや。
常連達が市河を見つけたようだ。間髪入れず勧められる。
「やっといっちゃんにもお酌できるな〜、今までジュースだったからね」
「アキラ先生のお祝いだ、飲まないなんて言わないよな?」
気合いを入れて振り袖で来たのがまずかった……。
(会場で目立っちゃった、失敗〜)
「あ、ありがとうございます」
「いや、ありがとうはこっちの方だよ、いつも世話になっちゃって〜」
話し相手越しに、アキラくんの姿が見える。緒方先生他プロ棋士の方々と談笑中の様子。
(……しょうがないもの、今日は主賓なんだから)
淋しいって、思うのは贅沢。
カメラを使うチャンスは当分来そうもない。
片付けの後でもいいか、と思い始めていた。
* * *
アキラは、市河と知り合ってかなり経つが、ほとんどジーパン姿しか見たことがなかった。
目の端で捉えた彼女の振袖姿は、華やかで美しかった。贔屓目でもなんでもなく。
常連さんに囲まれ、平瀬氏にお酒を勧められている様子。
服装は違っても、笑顔はいつもと変わらない。
(市河さん20歳になったのか。後でおめでとうを言わないと)
* * *
その後も攻勢が続き、市河はやっとの思いで避難先の椅子にへたり込んだ。
(あ〜、もう酔っ払っちゃった。立ちあがれるかしら?)
床を見つめる市河の前には、またも人の気配が……。
(もう無理!勘弁してよっ)
「もう!飲めま…!」
怒って顔を上げると。そこには塔矢アキラが。
「大丈夫ですか?」
「うんっ、だいじょうぶ……」
慣れない和服で慌てて立ち上がろうとし、裾を踏んでしまった。
「あ!」
壮大に転ぶところを助けてくれたのは、もちろんそこにいたアキラである。
(抱き抱えられて、しまった…)
一瞬固まった後、慎重に立ちあがった。
顔がのぼせるのはお酒を飲んだせいだと、心の中で言い訳しながら。
* * *
立ち上がろうとした市河さんがバランスを崩したので、反射的に受け止めた。
割と、軽かった。
見るつもりは無かったが、視線を落とすと、白い首筋―――。
一瞬ドキっとして。
「あ、ありがと!」
市河さんの声で我に返る。ゆっくり、慎重に体を離す。
(今のは、なんだろう?変な気持ちだった。市河さんは友達だ。
……それだけのはず―――忘れよう。気のせいだ)
「……市河さん、着物の割に軽いね」
「もう、アキラくん、着物の割には余計でしょ!」
「あはは……」
この時、お祝いを言う事を忘れてしまった。
* * *
少し離れた所から、兄弟子が二人を観察していた。
興味がある訳ではない。暇なだけだ。
微妙な関係。まどろっこしい事この上ない。
(ふ…ん。なにをやってるんだ、あの二人は)
通りすがりの男が、カメラを持っていた。
撮影サービスである。
「それ、ポラロイドか?」
「左様でございます」
(!)
「ちょっと、貸せ!」
「は?お、お客さま?!」
無理矢理奪って、ファインダー越しに覗いてみる。
二人は自然な笑顔で向かい合っている。
シャッターを押すと、ポラロイド写真が出来上がった。
あの二人、わかっているんだろうか?向かい合ってる今が一番、いい表情だということを。
この写真は、見せてなんかやるものか。
(まあ、結末次第ではくれてやってもいいが…)
その写真は、かなり経ってから正当な持ち主に返されることになる。
およそ6年後になるが。
おまけ
市河は、目的を思い出した。デジカメを取り出す。
「アキラくん、あの、写真、いい……?」
「はい」
「良かった〜!」
「じゃ、カメラ貸して下さい」
「……え?」
「気がつかなくて、すいません」
「??」
「着物、キレイですよね」
「……」
(主語を省いた私が悪い。今更、撮らせてなんて言えないし……)
デジカメデビュー第1号作品が自分になってしまった。
カメラマンが素敵だからか、割と良く撮れてはいたけれど。