なぜ、こんなことになってしまったのか?
ここは温泉宿の一室。
進藤と藤崎さん、そして市河さんと僕の4人で旅行にきた。
食事を済ませ、のんびり寛ぐひとときのはずが。
のんびりの対極の状態におかれている。
この部屋には市河さんと僕しかいない。
のんびりお茶を啜っている彼女は、まだ知らない。
僕も知らなかった。
この時点よりももっと前から、嵌められていたことを。
「大丈夫かしら〜、あかりちゃんと進藤くん」
彼らは、帰ってこない。
その事実をまだ、このとき僕達は知らなかった。
* * *
市河さんの運転で、温泉宿にやってきた。
4人で旅行するのは、2回目だ。
前回の事は、あまり思い出したくはない。
最近調子もいいし、と進藤に誘われ僕達二人がお金を出す事にした。
最後まで、市河さんは渋っていたけれど。
宿は前回よりも豪華で、部屋に露天風呂が付いている.。
僕には、なぜそうしたいのかが理解できなかった。
進藤は、藤崎さんの希望だと言う。
風呂なんて、入れればいいではないか。そう思ったが。
「ほんと〜?私、そんな所泊ったことない!」
笑顔で瞳を輝かせている市河さんの前で、自分の考えを言えるはずもなく。
今回の旅行が、前回とは決定的に違うのは、二人の間柄だった。
市河さんと僕は、付き合って3ヶ月、旅行は初めてで。
緊張と期待が入り混じっているが、4人で行くのだ。
ホッとしたような、がっかりしたような。微妙な気持ちで当日を迎えた。
* * *
食事は部屋ではなく、別の所に用意されていた。
食事処に到着する直前、藤崎さんが言った。
「あ、ケータイ忘れちゃった!」
「へ?ああ、俺も財布ねーや」
「取ってくる!」
「別にいいだろ?」
「良くないよ、お義姉さん、予定早まるかもしれないし!」
「あ、ああ、じゃあ、ついでに俺のも持ってきて」
「いいけど〜」
進藤の渡したキーを受け取り、藤崎さんは戻って行った。
作戦は、開始されたのだった。
* * *
懐石料理は、結構味が良かった。
進藤は、未成年のクセに酒を飲んでいた。まったく、この男は…。
そのせいもあってか、市河さんもいつもよりお酒がすすんでいた。
さっきから藤崎さんが、眉間に皺を寄せ、苦しそうな表情を見せている。
「……あかりちゃん、大丈夫?」
「……おい、あかり?へーきか?」
「…な、なんか、気持ちが悪くて……」
「進藤!おまえがさっき無理矢理すすめたからだろう!
藤崎さん、無理しないほうがいい」
「そ、そんな無理矢理じゃねぇよ、一口だけだし……」
「部屋に戻ったら?あとはお食事とデザートだけだし。進藤くん?」
「はい、任せて下さい、二人は食べてからでいいからさ」
「……うん」
「ああ」
進藤に支えられながら、藤崎さんはよろよろと歩き出した。
「一緒に、戻ります?」
「うん、でも、少しの間二人にしてあげましょうよ」
(ああ、そうか……なるほど)
市河さんも、二人きりになりたかったのだろうか?
桜色に染まった頬を見つめても、そこからは何も読み取れなかった。
* * *
食事が終わってからの帰り、市河さんも少し足元が覚束ない。
「大丈夫ですか?」
「うん、へーき…」
僕の腕を頼りにして、廊下を歩く。
頼ってもらえるのが嬉しかった。無言でそうして貰えるのも。
顔が緩むのを抑えるのに努力が必要だった。
とりあえず、こちらの部屋へ入る。
当たり前の事だが布団が敷いてあり、一瞬、赤面してしまった。
何を考えているんだ、塔矢アキラ!
* * *
しばらく寛いでいたが、市河さんも飲んでいるせいで、会話が途切れがちになってきた。
今の僕には沈黙が恐かったので、慌てて提案する。
「大丈夫かな、藤崎さん…電話、して見ますか?」
「う〜ん、寝てたら悪いしね……」
すると、タイミング良く電話のベルが鳴った。
「もしもし」
『あ、塔矢、おれおれ〜!』
「進藤、藤崎さんは大丈夫なのか?」
『ああ、もうへーき』
一瞬の沈黙を挟んで。
『というか、別に具合なんて悪くねーもん』
「……どういう、事だ?」
『せっかくのWデートなんだから、こっちの方がいいだろ?』
「おい!何を」
『そっちも、ま、仲良くな〜』
咄嗟に周囲を見渡す。
進藤の荷物は消えていた。市河さんの物が、代わりに置かれていた。
藤崎さんも共犯だった。いや、どちらが主犯かは、わからないが。
「ちょ、ちょっと待て!」
『んじゃ〜、また明日』
ガチャ。電話は切られた。
「……」
あいつは、いや、あいつらは、これでもいいだろう。
二人での旅行も行ってるみたいだし。
僕たちはどうなる?初めてなのだ。
3ヶ月経ったが、手を繋いだだけでそれ以上は何も無い。
それなのに、二人で一つの部屋に泊れ、なんて!!
順序ってものがあるだろう?
「あかりちゃん、治ったって?なんて言ってた?」
市河さんが、僕を見つめる。
潤んだ瞳で。
自制心が、粉々に砕かれそうで、目を逸らした。
理由もなく、咄嗟に嘘をついてしまった。
「そ、その、あ、か、看病で、むこうに泊るって」
「……そう、なの……」
良く見ないとわからない位だが、市河さんも、赤くなった。
「……」
「……」
とりあえず、頭を冷やしたい。
宿へ来る途中、自販機があったはずだ。
「そっ、そうだ、飲み物を、買ってきます」
自分の財布を取り出して、慌てて小銭入れをあけた。
そこには、
(!?)
見なれぬ物体が、小さなメモ書き付きで入っていた。
" 健闘を祈る!母より "
保健体育の時間に習った。
これは、避妊具だ。
硬直した僕を心配し、気づかない間に、市河さんが様子を伺いに近づいてきて。
僕の手元を覗きこんだ。
「どうしたの〜?」
声を掛けられてびっくりし、慌てて小銭入れを閉じた。
「な、なんでもないです!小銭、ありませんでしたっ」
「そっか、じゃ、私出すよ〜」
自分の財布から、小銭を探す市河さんの表情を探る。
見られたか?……市河さんは、特に変わりはないようだ。平気だろう、そう思いたい。
(母さん。あなたって人は、まったく……)
「じゃ、行ってきます!」
「気をつけてね〜」
慌てて、部屋を飛び出した。
* * *
飲みたくもないお茶と、市河さんにミネラルウォーターを一つ、買った。
時間をかけて、歩く道々考えたのだが。
名案は浮かばなかった。
「ただいま…」
鍵を開けて部屋に入ると。
市河さんは座椅子に座り、テーブルに突っ伏してすやすやと眠っていた。
(かわいいって、言ったら怒るかな…)
でも、浴衣で、布団も掛けないままに寝かせておけないし。
「風邪、ひきますよ、市河さん」
揺すってみたけれど、起きる気配はなかった。
(……しょうがない、布団に運ぼう)
寝ている人間を一人で運ぶのは、大変な作業だった。
作業自体も大変だが、自制心を保つ方がつらかった。
柔らかくて華奢で、壊れそうだった。
(ごめんなさい、市河さん、勝手に触れて)
心の中で、彼女に謝った。
無事、布団に寝かせることは出来た。
さて、これからどうする?
(……)
自分は大丈夫だろうか?
市河さんに対して、その、変な気を起こしたりってことは。
(自分のは、隣の部屋に移すか……)
幸運なことに、この客室に、もう一つ四畳半の和室があった。
起きる気配はなかったが、それでも細心の注意を払い、
音を立てないようにして布団を運び終える。
市河さんの方は、なるべく見ないようにして。
(……することもないし、寝るか)
10時前。いつもはまだ起きている時間だ。
寝られる自信はまったくないが、このまま同じ部屋にいるのはまずい。
部屋の明かりを最小限に落とし、襖を閉めながら市河さんに言う。
「おやすみなさい、市河さん」
答えはなかった。
後編へ続く?