露天2 後編



目を閉じて、何時間過ぎただろうか。
――――おそらく、20分と経っていないだろう。
いくら待っても、眠気がやってくる気配はなかった。

酒でも飲むか?

いや。
――――理性が保てるか、自信がない。

それでは、風呂でも入るか。

――――いい考えだ。
だが、彼女を一人残す訳にはいかない。
というよりは、残していきたくない。

(・・・・・・・・)

それでは、部屋の風呂はどうだろう。
―――トイレに入られたら、困る。

では。
―――露天風呂に入ってみるか。

市河さんが目を覚ましても、部屋の外側である。
すぐにどうこうということもあるまい。

(よしっ)

暗がりの中、物音を立てないように気をつけ、こっそりと行動を開始した。



*       *       *



窓の外は段差になっていて、露天風呂を見下ろす格好になっている。
脱衣所ともいえないような、板張りの横に棚があり、そこに着替えを置く。
木製の手すりをつたって、下に降りてみると。
湯船と洗い場からは、小さな日本庭園を望めるようになっていた。

間接照明に照らされて、いい眺めだ。

体を流しているうちは、寒くてしょうがなかったが。
洗い終わって、湯船につかると天国であった。
いや、極楽か。

「ふぅ・・・」

後から思えば、

嵐の前の静けさであったのだ、このときは。



*       *       *



私が目を覚ましたとき、部屋には私しかいなかった。

一瞬、記憶をたどれなかったけれど。
―――思い出した。

「アキラくん・・・・・・?」

―――いない。
周囲を見渡すと、布団もなかった。

布団といえば。私、いつ寝たんだっけ?
も、もしかして。

―――アキラくんが!

顔が、かぁっ、となる。

(私って、ばかだなぁ・・・)

それより!アキラくんを探さないと。
隣の部屋に移った可能性は、ゼロ。

自分の考えた事により、顔がさらに赤くなった。

(・・・・・・)

この部屋をくまなく探そう、まずはそれから。


     *     *     *


どうしよう、見つからない。


となりの部屋、お風呂、トイレ、押入れ(こんなところ、なんで確認したのかしら?)。
どこにもいない。

「あ、ベランダかなあ?」

ベランダの外は、露天風呂。

(―――躊躇、しないで)

旅行に行くことになった時、私は、覚悟を決めた。
決めたくせに、お酒を飲みすぎてしまい。
いや、決めたからこそ、ちょっと勇気がほしくて。


もし、アキラくんが外にいても。

もう、自分の気持ちから、逃げたりしない。



     *     *     *



湯船につかっている時。

目の端に、窓が開くのが映った。

(!!!)

パニックに陥った僕は、なんと。

湯船に頭から、沈んでしまったのだった。

滑稽で、愚かな行動。

間接照明・・・、どの位まで見えるだろう?
やってしまったからには、息が続くまで耐えるしかない。

『・・・・・』

『・・・・・』

『・・・・・』

耐え切れなくなる直前、顔をあげると。
「ハァ、・・・ハァ・・・」

市河さんは、いなかった。

―――ほっ。
いや、がっかり、か?


とりあえず、赤っ恥だけはかかずに済んだようだ。

濡れた髪に、夜風が冷たかった。



    *     *     *


せいいっぱいの勇気を振り絞って。

そろり、と、ガラスの引き戸を開けた。

「・・・アキラ、くん?」

返事はなかった。

夜も遅くなると、少し肌寒い。
足元の明かりが、宿自慢の露天をうっすらと照らしていた。

見える範囲には、見当たらなかった。

少し、音量を上げてみた。

「アキラくん!」


しん、と静まり返っているが、風で水面が揺れていた。
少なくとも、そのときはそう見えたのだ。

―――――いない。

(アキラくん、こんな夜中にどこにいったの!?)

探さなくては。

開けたときより静かに、しかし素早く、室内へと戻った。



     *     *     *



頭だけ、ざっと乾かしたが、濡れたタオルでは限界があるようだ。

(早く、出ないと・・・風邪ひくな、これ)

その時。
羽織の中から聞き慣れた音がした。

携帯の着信音である。

RRRR・・・・

(!!)

なぜ、今まで思い至らなかったのか?

早く部屋に戻らなければ。
市河さんの事だから、次の行動を取るに決まっているのだ。

電話に出なければ。
僕を探して外出してしまう。
こんな夜に、見知らぬ街で。

もともと心配だったから、部屋を離れなかったはずなのに。
逆の結果になってしまうのだ。

転ばない範囲での猛スピードで、湯船から出て、
バスタオルで雑に体を拭き、手を拭き。


・・・RRRR・・・


「も・・・、もしもしっ」


間に、あった。
『アキラくん!!もう、心配したん・・・』

電話は感度良好であった。

それもそのはずである。


タオルをかけた自分と、通話相手の彼女が、向かい合っていたのだから。

(!!)
(!!)
   


     *     *     *



現状について訂正がある。

タオルをかけていた自分と、携帯を持った市河さんが相対していた。

絶句して顔を背けられてはいるが。

僕も反対側を向いて、僕も反対側を向いて、――通話を切った。

浴衣を羽織り、
頭を拭いて。

「すいません、すぐ、戻りますから」

思っていたより、冷静な声が出てしまった。

「ああ、う、うん!・・・風邪ひいちゃうから、早く、ねっ」

対して、市河さんは明らかに焦った声。

こちらには見向きもせず(振り向かれても困るが)、
後ろ手に、ピシャリと引き戸は閉められた。

(ああ・・・)

済んだことは、悔やんでも仕方がないとは言うが。

どうして。

こうなってしまうのか。

物事には、順番というものがあるというのに。


冷静な態度とはうらはらに、鼓動が激しく打ち続けていた。



*     *     *


アキラが部屋の中に戻ると、市河は俯き加減に、ミネラルウォーターを啜っていた。

(とりあえず、謝ろう)

「すいません、勝手に・・・」

(勝手に、―――なんて言う?
 勝手に、いなくなって?
 勝手に、露天風呂に入って?
 勝手に、湯船に隠れて?
 勝手に・・・)

考えが進むにつれ、アキラの顔は紅潮していった。

「ううん、あの〜〜・・・」

(ごめんね、かな。
  嬉し・・・嬉しいの?そりゃ、嫌じゃあ、ないけど。
  待ってました、ってのも違う。
  ありがとう、じゃあ、ないでしょっ!
  好きです。・・・は、裸が好きなわけじゃないし!!)

お互い、言葉が続かない。

(どうする・・・?)
(どうしよう・・・?)

向かいあっても、目を見られないままであったが、

女の方が、先に動いた。

(年上の私が、しっかりしなくては!)

「あの、気に・・・しないで」

「え・・・?」
(市河さん?)

「――私、平気なのよ、初めてじゃあ、ないし」

「・・・・・・」
(そんな言葉、ききたくない)

アキラがむっつり黙りこんだのを見て、市河は言葉が足りないことに気がついた。

(ん?)

「ああっと、ち、違うのよ、変な、あの、そういう意味じゃなくて」
(ていうか、それもそうなんだけど・・・って、言えないし〜)

相手の表情が和らぐ。

(それくらい、わかってるつもりだったけど、口にされると、やっぱり・・・)

「ほら、前さ、あったじゃない」

「?」

「プールでさ、アキラくんがちっちゃい時」

「・・・・・・」

「一緒にさ、」

(市河さん・・・!!)

言葉は、最後まで言い終わらなかった。
塞がれてしまったから。

キスで、唇を。

(!!)

驚きで、まばたきしながら、彼女は目にする。
彼の怒りを含んだ、真剣な表情を。

そして、そうするのがとても自然であるように、抱き寄せられる。

「アキラくん・・・」

「もう、

「子供扱いは、止めてください・・・」

「あ・・・、」
(・・・囲碁以外にも、そんな顔するのね)

男は、女の目を見て言った。

「―――愛しています、心から」

(いままで、遠回りしすぎたんだ、単純なことなのに)

女は応えた。

「私も、愛してる」

(遠慮・・・、しすぎてたのかな、私)

二人の思いが通じあい。


そして――――・・・。








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