子孫の製作した時計か!?一応、J.Breguetという人はブレゲ家にいたのですが、
更にロックルにも工房はあったんですけどねー。


・ブレゲの贋作として作られたものでない。

・真贋の判定はブレゲ博物館に依頼していません。
(資料もないでしょうから、ブレゲ関係者かどうかを分かれば教えてもらう程度になると思う)

・フランスで工房を持つブレゲがスイスへ商談に出張した時、
ムーブメントの30個ぐらいが紛失したことがあった事実
も分かってます。
それを利用した贋作(というか半分本物)もあるのでブレゲ博物館は現在でも困惑中。
それらを、どういう判定をくだしているかは知りませんが、高額なのはいつも通り。

・一族関係者です…などと博物館から返事が来ようものなら、
価格設定などはどうすればいい!?私も困ります。

我々も人生の中で色々な事があります。たった一人の人間ですらそうで。
数年、数十年の研究だけではブレゲを全て把握するのは難しい。
ミケランジェロ、ダビンチ、ブレゲなど偉人は幸いにも、
多数の研究者が多くを明らかにしていますが、なかなか…。

←参考までにブレゲ家系図(下にJ.Breguetが)

↑↓世界の腕時計No.30ブレゲ物語P61より

←カギ巻き時代に重なる混乱期


・刻まれているJ.BreguetがJacques Breguet 1881-1939ならば、
れっきとしたブレゲ子孫ですが、フランス語で書かれたブレゲ歴史本の和訳が辛い。

・サブ工房はスイスのヌーシャテルロックル(=1794年設立)。
つまり、初代ブレゲ時代にもスイス製は既にあるのです。これ、大変重要。
多くの人は、パリ銘だけと思っています。スイス工房の閉鎖が何時かは不明ですが。

資料を見れば見るほど、「ビンゴ」っぽく感じてしまうのですが、
出来ればブレゲとハッキリ繋がる”何か”を資料で見つけて宝捜し成就!!!と(夢
1/4で有名なヒュージニンとブレゲ家には少し付き合いがあったという話もある。

上の事を知れば、安易に「なんだニセモノか」ではないですよね。
同姓の時計師か子孫かでの論議になります。価値が高まる事は有っても下がる事はないです。
ここでコレクションに差が出るのだ!!!

まぁ、ホンモノだろうとなかろうと、J.Breguetさんからしてみれば、
「ブランドではなく、私の作品として見てくれ」と叫びたいでしょうね。
さてと。これの正体解明は、資料を繰ったり骨が折れそうです。

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