クロックウオッチの世界

グランソネリー超絶ハイグレード英製の解説2

現・所有者さんの依頼により、バラして写真をパチパチ。
解剖が得意だった私にとって、精密作業はお手のもの(と思っているが…)。







↑グランソネリーにも色々あるが、上のもので300万円ぐらいだった気がする。
ギアが一番多く見えているのはサイトの時計。見えてるルビー数も上回っている。正体を知りたくなるよね。

















=大きさ比較その1

=ダイヤのワンポイント

<参考資料>

1850年〜1860年にニコル・ニールセンがシャールズフロードシャムへ出した市販向けエボーシュ。
これはソネリーではない只のクオーターリピーター。当時、最高の30J以上のルビーを使用していた。
表側を比較すればお分かりの通り、そっくりなパーツが多いです。ソネリーの更なる複雑さも分かるかな?



懐中時計コレクターでは常識的になっているのが、当時のトゥールビヨンなど、
全ての(只のリピーターを超える)複雑時計はニコルニールセンはじめ、
供給した知られざる時計師の名前が分かっている。



▲ニールセンともう一人で724個(博物館計測)しか作ってないトゥールビヨン。
90%の英製トゥールビヨンは彼ら二人の作品だ。ちなみにこの数字は最新のもの。

フロードシャム、デントやユール・ヤーゲンセン、トーマス・ラッセル&サン、
JWベンソンの出していたソネリーやトゥールビヨンは、
ニールセンらの高品質な複雑時計の賜物であり、博物館の貴重な存在となっている。

この20−30年後、後のオーデマ・ピゲに繋がって行くジュール・ルイ・オーデマが勉強、
ルイ・エリゼ・ピゲやルクルト、パテックを結ぶ、複雑時計の超絶世界を形成していく。

あの初代ブレゲが200年早めた男と言われているのは、時計だけの話ではない。
彼らの師匠であり、これらの時計は光速度の計測はじめ、労働時間のちょろまかしなど、
経営者のおいた、王侯貴族の趣味性にも影響し、侵略時のタイミングをはじめとする、
近代科学を成しえるに必須なのが計測(時計)だったからだ。

デジタルの時計で先進国に住み、我々は少なからず超近代国家の現代人と自負しているが、
150年近い前のこれらの古代人(おい)に負けてないだろうか?
彼らのほうが知恵や基本的科学知識は豊富だ。

私たちはパソコンで構造・設計図を作り、レーザーを液体に掃射、
その液体が固まって出来る簡単な器具を2−3日で作れる。
それをロウで懐中時計ケースの雛形を作り、通常の石膏で固め、熱を与えれば空洞、
その空洞に金銀銅を流し込めば簡単に当時のケースが出来る。キモはコンピューターだ。
時計師が3ヶ月掛けるものを、たった1週間程度で可能なのが現代。

雑談が長くなりそうだ。止めよう。

表に出ていない時計師など瞬間に存在した偉人は多い。歴史に残らないのは多い。
そんな前の時代を想像して、ロマンに浸れる、生き残っている現物が沢山あるのだから、
魅かれた懐中時計の正体が何なのか?自分の直感や判断を信じてやることだと思う。

=他の時計との大きさ比較2

最上段の一番右が、このソネリーです。
見ての通り、ソネリーは他の時計より大きくなく、手ごろに持ち運びができる大きさ。
これは150年前〜120年前には画期的な最上級レベルと褒め称えられたはずと推測できます。



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