ジョージ・グラハム特別アップ

少々問い合わせが多いこのセンターセコンドの古い懐中時計
問い合わせの都度、いろいろとお答えしておりましたが、
わたしが仕入れにいたったジョージ・グラハムのご紹介を
しましょう。

ただし、この懐中時計とジョージ・グラハムは関係しているか
どうかは調査中でもありますが、はっきり申し上げて関係がないと
したほうが良いかもしれません。もちろん、関係しているかもしれません。

現時点ではあくまでもご参考としてお願いいたします。

#センターセコンドの古い懐中時計として考えればグラハムとの
関係を除いても大変貴重なものです。従いまして、グラハムとの
関係があれば、大変な価値を帯びるということです。


300年前、大変なビックネームであるトーマス・トンピオン
ジョージ・グラハムは技術交流があったと書籍にかかれているものが多いです。
詳細を紐解くと本によって解釈はまちまちですが、わたしが過去に
調べ上げた情報は以下です。

1695年にウオッチメーカーに登用されたグラハムは
1673年生まれ。1688年から7年間ヘンリーアスケ(師匠)に
奉仕したらしいです。1695年の登用からすぐにトンピオンに
技術協力して次の年の1696年にトンピオンの姪
(かな?娘だったかも=エリザベスさん)と結婚。
娘婿っちゅうやつでしょうか。

トンピオンの死んだ1713年から事業(工房)を引き継ぎ、
シリンダーシステムを発展させました。同じ銘(トンピオン)を
機械に入れていたそうです。このころの商売の基本だったん
でしょうね。機械に名前を入れたほうが購買層に影響が大きかった所と
思います。
もっとも、ウオッチマスター登用からしか銘は入れられなかった
こともあると思いますが、亡くなったグラハム銘を入れるというのは
はやり商売系が強かったかと判断しています。

1720年から工房を引越しして1722年にウオッチマスターに
登用、Houghton(=詳細はわかりませんが)とトンピオンの
特許(パテント)を引き継いだそうです。21種類もの機構の
バリエーションを出していたそうですが詳細は資料がありません
でした。

特にトンピオンのシリンダーシステムの理論から実践へ発展を
させて1726年に彼独自のシリンダーストップセンターセコンドを
確立。←ここまで調べた知っていた時点で、ページ中のセンターセコンド
を手に入れる気持ちを持ったのです。

その1726年からは、すべての彼の工房から彼銘の時計を
出していました。(1751年に亡くなってからは追跡不明)。

シリンダーを軸に噛ませてそれ自体を止めるストップセンターセコンド
システムはアカデミー登録(詳細不明ですが、登用の仕方の種類かなぁ?)
を1726年にされ、彼独自の時計システムとして後世に影響を
与えました。

ケースはジョン・ワードが約20年間(1730−1751年)、
グラハムが亡くなるまで主に作成。他にはトンピオン、
ジェームズ・リッス(バージの初期の大家らしい)にも供給。
マークはJWでしょうね。
その後の活動は判りませんので、その後のグラハム工房と
どうなったのか、ジョンワードが亡くなったらどうなったのかは
追跡していません。

だいおうセンターセコンドのケースはJHマーク。調査は
棚上げ中です(資料を紐解くのが大変ですから)。


アンティコルム、2000年6月5−6日、ロットNo.358引用

George Graham(ロンドン)
No.5980
1740年製、
シルバーペアケース(金張り?)
56mm

ケース4、ダイヤル3−5−01、ムーブ3
(だいおう判断の時代相応レベル)


エスティメート:US$11000〜13000(手数料20%など含まず)
落札価格は調査していません。




(ご注意)
だいおうページの紹介説明文は解り易いように工夫して
書いています。しかし、詳細のアップはいつもしないんです。
正しいと確信出来た!と自信が出るまでは、特に200年前以前は
ちょっと資料によってまちまちですので。
(このグラハム資料も追記、訂正する可能性は大きくあります。)

200年以前の懐中時計が詳しくないから色々と紹介してという意見を
多く頂いています。

以前、アメリカ製が少ない!という意見のときには書いておりましたが、
アメリカ製を主に扱われるお店屋さんに影響を考慮して出すのを
控えていただけなのです。200年以前の古い懐中時計も同じような
事情があります。







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