| 精度を追求だっっ!!クロノメーターのあれこれ |
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「クロノメーター」という言葉は、少し前までは忘れ去られた言葉でした。
そうです。日本製のクオーツが、アメリカの次期メジャーになるぜっっ!
と思われた音叉時計をあっという間に席巻してからです。
それにしましても、アメリカは復帰しようと頑張ったところ、
いつも苦い汁を吸ってしまったみたいです。
(あくまでも時計の世界に限りますが)。
資料でも、大量生産でイギリスやスイスの時計の巻き返しを図ったのが1870年ごろからです。
やったぜ!というのもつかの間、1900年にはより効率的な分業作戦?をとるスイスに追い越され
(イギリスは消えちゃいますが)、さらに復帰だ!と音叉時計で市場の征服を狙ったところで、
日本のクオーツにやられてしまうとわ.....。
やはり、技術(大量生産方式の)に頼りすぎるといけないのでしょうかねぇ。
物が不足している時代では、真にありがたい生産方式だったのに、
現在の「物が豊か」という状況で、さらに「個人の尊重=個性」となっている状況では、
時計という贅沢な大人の遊びに大量生産を取り入れるのが
逆にマイナスになっているような気がします。
そう、大量生産でもなんらかの変革をすべきじゃないかと考えるのであります。
アメリカは自国内ですべてまかなう時計生産はなくなりました。
すべて東南アジアなどで生産しています。
スイスの現在の隆盛は、技術者=芸術家を数多く残していたからではないかなぁと、
ぼんやりと考えてしまいます。日本でも、芸術家系は大切にしたいと思いますが、
どこの芸術家筋でも寂しい状態ではないでしょうか。
あ、ちょっと個人的に考えていましたので、書いてしまいました。
といいますのは、クロノメーター・・・この話をするために書こうとしますとつい、
いつも思ってしまうからなのです。
クロノメーターとは。
海を支配していたイギリスは、海難事故が非常に多いために緯度をきちっと出せて、
海の上で迷子にならないようにできる正確な時計を欲していました。
(雑学)
時々、海難事故で助けられた船の所属する国の王様が、助けた相手の国の船長
(または助けた人)に懐中時計を贈っているのを見ることができます。
見ることができるのは贈られた懐中時計です。
感謝の記載がウラブタに載っているのです。割とあるので、見つけることは可能です。
しかし、よくあるという事は逆にいえばそれだけ海難事故が遭ったということです。
解り易過ぎますね。バミューダトライアングルなどの魔の水域ということも
聞かれたことはあられると思いますが、実際に詳しく調査すると特定水域だけでなく
あらゆる水域で起きています。(最近のタンカー事故まで時計正確になっても
事故は多く発生していますが)
イギリスで海難事故が多発しますと、少々これは遺憾と原因を突き止めます。
結局のところ精度のいい時計さえあればいいという事になりました。
250年以前の話です。
そこで、イギリス国王(ジョージ3世)は懸賞金を懸けて正確な時計を作れ!!
と国民に呼びかけました。
#実際にお金を出したのは何処か不明
懸賞金を射止めたものが大工さんのジョン・ハリソンでした。
(この話は有名ですね!)
ちなみにジョージ3世は1738年から1820年の人で、即位は が1760年から1820年。報奨金の公示されたのが1714年、ハリソンが 報奨金を手にしたのが、1761年か、1762年のことです。 1714年に出された報奨金の内容は以下の通りです。 £10000 経度にして 1度の誤差 (つまり時間にして4分の誤差) £15000 経度にして2/3度の誤差 (つまり時間にして8/3分の誤差) £20000 経度にして 0.5度の誤差 (つまり時間にして2分の誤差) 20000ポンドをえるためには、イギリスから、西インド諸島の 航行で2分以内の精度を出さなければならないというものでした。 ハリソンのNo4はSpithead(イギリス)からジャマイカまでの 81日間の航行で、5.1秒の遅れしか示さなかったそうです。 そして、無事に上の条件を満たし報奨金を手にしたのはそ の航海から船がかえってきてから5ヶ月後でした。 |
彼の時計はクロノメーターNo1からNo4まで、名前が与えられ、作られました。
ちなみに、ジェームズ・クックの大冒険で使われたのも、ハリソンのクロノメーターです。
え?ジェームズ・クックって誰って?あの有名なクック船長でっす!!
キャプテン・クックといった方が判りやすいですね。
=ちゃんとあの大冒険の終わりのクック船長の死後、時計は
イギリスが引き取りました。
その後ハリソンのNo.1、3、4はグリニッチのNational
Marine Museumにあるそうです。
しかし、大工さんであったジョン・ハリソンは、新しい機構を考案したのではなく、
徹底的に既存の懐中時計を研磨して抵抗をなくしただけだったのです。
逆に考えれば、この時代には、ルロアなどのブレゲの大先輩がいましたので、
かれらの最先端の技術に研磨のジョン・ハリソンが勝ったのですから、すごいことでした。
| 更に詳しく ハリソンは既存のシステムを利用しただけでなく、その時代 正確に時を刻むために一番の課題になっていた温度補正の 機構を開発しました。バイメタルの効果を利用して、 ひげ玉の位置を自動的に動かし、テンプのひげぜんまいの 実効長をかえるというものだったようです。 この温度補正機構はちょうど同時期にJohnEllicottによっても 発明されています。 |
後に、それを破ったのはジョン・アーノルド、トーマス・アーンショウのデテント脱進器です。
そうです。有名な彼らが出てきました。
そういうわけで、デテント脱進器を特別に「クロノメーター脱進器」と名づけ、
その機能を持つ時計を特に「クロノメーター」と呼んだのです。(イギリス議会の承認による)
デテント脱進器
文章で説明するのは大変なんですが、簡単に言いますと、
秒針がクオーツのように動きます。(やや細かいです)
テンプが普通のものよりも大きいです。
ひげぜんまいが「ちょうちんひげ」(ちょうちんのよう)になっています。)
時代によって変わっていますが、共通なのは、秒針の動きです。
ちょうちんひげは、懐中時計では少なく、マリンクロノメーターのように、
やや大型の箱に入った大き目の時計には絶対条件でした。
機構としましては、ガンギシャが「ぼっち」をはじくだけなんです。
ぱっしんぱっしん、と。←絶対に解らないだろうなぁ。見たことのない人にはこの表現....。
あ、デテントには2種類があります。ポビテッドデテントとスプリングデテント。
まぁ、気にしないでください。スプリングが先で、ポビテッドが後によく使われました、です。
スプリングデテント
↓アーンショウタイプのクロノメーター(スプリングデテント式)
アーンショウもアーノルドもデカイ重しがテンプに付いている事が特徴です。
こういう最初期のものは博物館級ですね。
下は、ポビテッドデテントです。
テンプが大きく、場合によってはちょうちんひげでしたので、
姿勢差に弱く、海の上などでの水平状態の使用に適していました。
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←ちょっとこれだけは分かりずらいですが。 ちょうちんひげが唯一使われたものです。 |
ところで、この「デテント脱進器」がどうして正確に動くかというと、理由があります。
ぱっしんぱっしん・・・というガンギシャがボッチをはじくだけですので、
逃げていく衝撃エネルギーが少ないのです。アンクル脱進器ではカチャカチャですし、
シリンダー脱進器では見るからにテンプの軸に接触しています。
ようするに、接触が多ければ多いほど逃げていくエネルギーが大きいですし、
それゆえ、温度差などのファクターによって、不正確さが大きくなるわけです。
大航海時代は15Cから17Cのはじめごろにかけてのことなので、
クロノメーターの背景は大航海時代後の、ヨーロッパの船が世界各地を
航行していた時代だと思います。
その中で、経度と緯度をより正確に知る必要性が出てきたのが背景だと思います。
ちなみに、緯度は星の位置(と水平線)から割り出されますので、
緯度を求めるにあたり正確な時計は関係ありません。
経度の方を測定するためにより正確な時計が必要となりました。
では経度をどうやって出すかというと、ご存知のようにある2地点の経度差は
1時間に15度ありますから、イギリス時間と、経度を求めたい地点の時間
(多分南中時間あるいは、北中時間を正午としてその地点時間を決めるのでしょう。)
差から、その地点の経度を求めます。この、”イギリス時間”が航行の前に船に積み込まれ
る時計の時間であるわけです。というわけで、正確な経度を求める
ために正確な時計が必要となりました。
| 注) 経度は船がいる地点の時間も、星の動きから わりだせます。多分この方が対象物が点ですし、 より正確なんでしょう。 このあたり自信がないところ ですが、ある星が、ある日時に何度の角度に上ったら、 何時なんていう暦のようなものがあったと推測できます。 |