脱進器の種類は、コラムも参照くださいね。
アンクル脱進器は、1800年以前にはトーマス・マッジさんという方が発明しております。
ありましても、デテント脱進器を凌駕する精度は持っていませんでした。
やっといけるぜ!!と考えられるようになったのは、アメリカの大量生産も手伝って、
懐中時計を持つ人も多くなり、精度が持ち運びで(姿勢差で)誤差が大きい!!!
…というような問題が出てきたからであります。
精度的にはデテントが一番だったのですが、調整も難しく、製作も当然難しく、
最高級中の最高級の懐中時計しか採用されていませんでしたので
一般的ではありませんでした。しかも、姿勢差も大きいでしたし。
そこで、1900年直前、大物が登場します。腕時計を作るきっかけを与えた男。
アンクルの申し子ポールデテシェイム、その人である。(スイス人)
彼のすごいところは、昔のジョン・ハリソンと同様に、実際に「モノ」を作って見せたのです。
机上の説ではなく、言葉巧みな演説でない、これ以上無い説得力のある「モノ」だったのです。
彼のおかげで飛躍的に高まったアンクルの精度のおかげで殆どのメーカーがアンクルを採用した
小型・薄型の時計をメインにし始めました。
複雑時計でも、正確でなおかつ小型化が出来るようになったのです。
と、同じ時期(1880年ごろ)、スイス・ジュネーブでは、メーカー達のリクエストが飛んでいました。
アンクルでも精度のいいものはクロノメーターとしてもいいじゃないか?というものでした。
そこで、イギリスから取って代わっていたスイスは独自にクロノメーターと呼んでもいい
精度のある時計の検定に乗り出しました。
そして、象徴的に合格したものには刻印(ジュネーブ州旗?)が打たれました。
これがパテックフィリップで有名な「ジュネーブシール」です。
さらに、同時に他国を含めた天文台でもクロノメーターの検定をアンクルで始めました。
ジョン・ハリソンの時代から既に”いかに正確か?”という検査をやっていたのです。
デテント脱進器を持つものは、無条件にクロノメーターと呼べますので、
精度の競争という意味合いが強かったのです。
1890年以降はアンクル脱進器を含めたクロノメーターコンクールの幕開けです。
ここでは、出品作品なら大体クロノメーターと呼べるレベルが集まりました。
そうです。会社を背負って時計師が調整に調整して望んだからなのです。
しかも、特別調整品という以外に、特別品という側面もありました。
そうです。市販用ではなく、コンクール用に時計を各メーカーは作ったわけです。
パテックフィリップの高い理由でも書きましたが、大体特別に作ったものですから、
出品後は記録とともに金庫に保管され、世に出るのはまれです。
市販品は技術を応用したという形になっています。
また、市場にある天文台のものは会社が倒産した後に、縁のある人が引き取り、
家宝にしていたものが市場に流れてくるようです。
ただ、雲上などど本の紹介する時計ブランドは、そのような天文台の出品ものでも
ケースをこしらえて販売したのです。
テレビもない時代ですから、実力のみの販売促進だったわけです。
クロノメーターの弊害 「クロノメーター」と天文台に認定されていない時計のダイヤルに 勝手にメーカーが書いて、高くで売ったりしたことがありました。 それでも、機械を知らない、どうして高いか知らない人々は食い物?にされていました。 逆に、「クロノメーター」ってダイヤルに入れてよとリクエストする時計のオーナーまでいました。 当時も”転売しなければいいじゃないか”という反論もあったようですが、マズイです。 当時はいいんですよ。100年後、それで買う人もいるんです。 しっかし、いつの時代もこういうことはよくある物ですねぇ。わたしも昔はよく掴んだものです。 家に帰って機械を見るとピンレバー脱進器(むちゃくちゃ安い造りです)。 値段によってはショックで寝込みます。 あ、わたし?20個ほどピンレバー持ってます(泣)。 |
さて、長い説明をいたしましたが、1900年以前の懐中時計では天文台の仕様かどうか
(クロノメーターかどうか)の判断の部分は不明でした。
残存のメーカーか、スイスの時計博物館に問い合わせるしか残っていないようです。
理由は、1900年ごろに入って基準となる「ギョームテンプ」がそれ以前では発明されておらず、
全てバイメタル切テンプでやられていました。
まぁ、そうはいいましても、バイメタル切テンプのウエートにプラチナのウエートや、
大きな金無垢のウエートが使われていたら、天文台仕様というよりも、
逸品として扱ってやりたいものです。
天文台に検定、または、コンクール出品しますと、 ブランド名や時計師銘で職員が手心を加えないようにムーブにはダイヤル始め、 メーカー名も記載されず、No.しか入れられていません。 ですので、変な箱?に入ったものがオークションでも見ることができます。 それが名残でもあるんです。 ちょっと混乱しますが、天文台コンクールに出品して、入賞を逃したものでも 規定をクリアーしていればクロノメーターと認定されました。 これは殆ど全てが認定されていたようです。 |
@1900ごろでも、クロノメトロ・ゴンドーロ(パテックフィリップ社)、
クロノメトロ・ロイヤル(バセロン・コンスタンチン社)がありますが、
ペットネームの商標登録ですので、クロノメーターではありません。
ジュネーブシールまたは、天文台仕様であればクロノメーターですが、
あまり?無かったと思います。
市販品の最高グレードとして名付けられたと思ってください。
(クロノメーターの称号は本当に当時は別物なんです。)
現在は、クロノメーターコンクールの名残で天文台クロノメーター検定があります。
それも認定クロノメーターの一種となっていますが、当時のクロノメーターコンクール廃止の頃
(1965年以前=だったかな=)までのものとは違うとお考えください。
このポイントは、雑誌の説明不足の為か混乱した読者が大変多く問い合わせされましたので、
この場でお答えしておきます。
ついで、現在のジュネーブシールの条件と当時も違いますので、
現在は腕時計向けの規約となっているようです。詳しい規約は知りませんが、
私個人の感じ方では基準は易しくなっているのではないかと思っています。
理由は合格の数が増えているデータを見たことがあるからです。それだけなんですが...。
日本製クオーツ旋風のころのジュネーブでは「クオーツが出てきたし、
機械式では精度はクオーツに勝てないから、機械式の基準を厳しくしても意味ない。
いっそ廃止するか。それとも、基準を易しくして難しいイメージのままたくさん合格させて
一時的にでも日本製クオーツに対抗して外貨を復活させるか?」と、
こういう会議は必ず行われたはずと思いますし。まさか、ねぇ。
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