講師 大國 美智子 先生
(司会) 記念講演に先立ちまして私どもNPO法人ダーナの理事で、顧問をしていただこうと思っております八鹿の池田千代子の方から、一言ご挨拶を申し上げたいと思います。ではよろしくお願いします。
(池田) こんにちは。お聞き苦しいところはお許しください。皆さんの前に出させていただいたら、嬉しい気持で、胸がジーンと来ました。今日は、ここ豊岡の地に本当に大勢の方にお祝いにきていただきまして、感無量でございます。また、市会議員のみなさんも、多数お越しいただきましてありがとうございます。その中で激励の言葉、また注意をしなければいけない事をたくさん聞かしていただきましたので、私どもアネシスでも頑張っていかなければと、しっかりと聞かしていただきました。ご来場の皆さん、ほんとうにありがとうございました。
私は、養護学校から但馬の特別養護老人ホームの但馬荘に行ってから、今日までずっと特養ばかり歩ませていただいて、その間二十数年、とても表現できないほど数多くの皆様からのご指導と、たくさんのことを教えていただきました。上司、同僚に恵まれて、どこの職場に行きましてもここは嫌だな、とは思いませんでした。現在76歳ですが、ほんとに幸せな人生です。それでも東京の聖路加病院の先生が、「年、年、と言ってはは駄目だよ。年を口に出すような事は駄目だ。とにかく今まで教わったことを若い人達にもどんどん提供し、福祉のためにボランティアとしてやっていってこそ、あなたが今までお世話になった方へご恩をお返しすることではないですか。」ということを教わりました。田舎ですから、近所の人が「まあ、大きな年になってもまだ仕事に行きよんなるで」そういうこと確かにおっしゃいます。「ようあんだけ動きなるんだな、お金を儲けたいんだらあか、ええかげんの額年金をもらっとって」そういうふうに言われるんです。でもそういうことは私は気にしません。本当に自分が地域の事を考えていくなら、そんな少々の人が言われた事、耳に入った事でも聞き流していきます。このたびたいへん過分な仕事をいただきました。痴呆性高齢者のグループホーム、アネシスが誕生しまして、先ほど皆さんから御祝辞をいただきましてもう感慨無量です。私も老人ホームにおりました時に、特養の方、痴呆の方が二階のほうでしょぼんとしたり、隅のほうにおられる姿を見ると、この方たちをどうしてあげたらいいんだろうか、このままでいいんだろうかということが、いつも私の心の悩みとしてありました。でも今度、豊岡にこんな立派なグループホーム、アネシスが誕生し、本当に嬉しいです。今日いろいろお話をしてくださいました皆さんの熱意とご指導で、今日ここに祝賀の日を迎えられたのだなと、本当に感謝せずにいられません。本日に至りますまでの心温かい御指導御鞭撻、そして今いただいた言葉を忘れずに、大事に活かしていかなければということを、いま胸にしっかりと抱きしめました。ほんとに心より皆さんにお礼を申し上げます。私たちは頑張りますよ、安心して見て下さい。ただし、いけないとこや、ここは違ってるよと気が付かれた時は、どんどん忠告してください。そういう事をお聞きしたら必ず反省の上にたって、ここでいろいろ教わったことを基本にして、みんなでいい施設作りに努力して参りたいと思います。
現在、高齢者は増えていますし、行政サービスだけではなく民間の活力を結集して、今回のように民家を借り受けて、近所の人達に気楽に来ていただいて、遊んでいただく。ある時には小学校の子供さんもあるでしょう、そういう方も受け入れてお年よりと交流する、そういう楽しいコミュニティ。そして地域社会の核になれるように、市民の力を結集してスタートしました。今日のこの日から、本当に努力して参りたいと思います。大家族の中で普段どおりの生活、利用者の方の主体的な生活の支援をさせていただくケアを大原則としています。
そしてもうアネシスの農園ではすでにいろいろな野菜を作っていただいて、昨日、一昨日から出ていました。畑にキュウリがなっていますから持って来ます。まだ利用者の方がいらっしゃらないんですけど、みんなで勉強会をしています。本当に利用者が来られたら、こういう事をやって、こんな料理をしてみようとかというようなお料理の勉強会をしています。「リーダーこうしましょう」と言って、皆ニコニコとして、楽しい雰囲気でされているんです。そういうのを私は横の方から見さしていただいておりますと、偉いな、なんと素晴らしい、利用者の方はこういう姿を見られたら楽しいだろう。その作ったお野菜でみな料理をされて、スタッフと一緒にお料理作って、時には一緒に買い物をされて、帰ってまた一緒にそこで何かされる。それから昨日でしたか、音楽、楽器演奏の話が出ていました。いろんな器楽の勉強をされている方もありますし、そういったこともできたらいいのにね。カラオケ歌って踊って笑って元気に生きていきましょう。それを聞かしていただいて、今の人は前向きで、ほんとに私も感心させられました。偉いな、みんなよく考え、前向きな視線で進んで下さってるな。そしてその雰囲気がとってもいいんです。みなさんのこの体制が、利用者のお年よりにも必ずおおきなプラスになります。職員の輪、これは必ず利用者にすぐ感じ取られます。ある施設で、職員さんの仲がいいので、私たちも職員さんみたいに仲良くなりたい、とそういうことを言われた施設の利用者の方がいらっしゃいます。だから利用者の方はとても鋭敏です。職員がひとつに固まって、大きな輪を作って、利用者の方も輪に入っていただいて、そういう事が大切な事ではないのかなと思います。
最後に、利用者の方達がどんな気持ちでいらっしゃるだろうか、先程のお祝辞中にも教えていただきました。本当にお一人お一人が主人公、その人が生きてこられた生き方を大切にして、そして活き活きと生活していただく、グループホームアネシスでなければならないと思います。
昨日、私が見た夢の話ですが、利用者の方は学校の児童の子供達とで大きな声を笑い声を出されてみんなとっても嬉しそうにワハハハとこう上を見て笑っている。あれ、あんな方がいらしたかと私は考えて、そしてある人が「これは私が作ったキュウリです」と言われて、小さい子供達が「これは私達が植えたチューリップですよ見て下さい」と持って来られた。エッいつの間にそんな作業されたんかな。偉いなと思って一生懸命その人たちに拍手を贈っていました。そしたら拍手と同時に目がポツンと開きました。昨夜こんな夢を見ました。不思議でしょう?でもね、私は何でこんな夢を見たのでしょう。結局、職員の皆さんが来られて、そういうことを一生懸命しておられる。それがいつも私の頭を捕らえているから、夢にまで出てきたんだと思います。どうぞこの夢が叶いますようにというとを、私も幸せを感じながら願っております。ちょうど七夕飾りにいろんな願い事を書いてらっしゃいますが、私達もこの夕べの夢がどうぞ叶いますようにお願いします。今朝主人それを話しました。「これだけホームの事ばっかり思って寝とったんか。」なんて主人がびっくりしまして、やはり知らず知らずに皆さんの熱心なお姿が頭に入っていたということですね。こんな方々に恵まれて、私はほんとに幸せです。私はずっと勤務じゃないんですけれど、たまに出勤して見せしてもらっても、皆さんのその熱意のあるお姿、私は素晴らしいと思っております。今日から認定がおりましたこのアネシスが、必ず豊岡の中での核となって、「豊岡こんなん出来ましたどうぞ見に来てください。」と、笑顔で皆さんをお迎えして、堂々とそういう方がお話だけよりも寄ってくださることを、私も念じております。ほんとにこんな夢を見ました。その楽しい夢がきっと実現へ向かって進みますように、今日の来賓として来て下さった皆さんも、市会議員の皆さんもどうぞ御指導と御助言、ここはいけないということは遠慮なしに注意をしてください。私たちが、誠心誠意このグループホームが成功いたしますように努力して参りたいと思いますので、どうぞ今後ともによろしくお願いします。(拍手)
(司会) どうもありがとうございました。あらためてまた池田先生のお話の機会を作りますので皆さんお楽しみに。
それでは記念講演の方に移ってまいりたいと思います。本日講師にお願いいたしましたのは、大阪からお起こしいただきました大國美智子先生でございます。大國先生のプロフィールですとか著書については、受付で配りましたプログラムに詳しく書いてございますのでぜひご覧いただきたいと思います。他に社会福祉研修センター所長さん、大阪府の社会福祉審議会の委員長さん、それから大阪後見支援センターの所長さん、さっきちょっとお話を聞いていましたら、堺市の教育委員会の教育委員長さんもなさってるとか。堺市は小学校中学校あわせて百何十も学校があるんですが、その教育委員長さんです。大変ご活躍でお忙しい中を、今日はアネシスのためにおいでいただきました。またもうひとつ皆さんにぜひお伝えしたいと思っておりますのは、大國先生は平成6年にこちら地元で『但馬理想の都の祭典』というのがありました際、その基本計画委員さんとしてお願いいたしまして、何度か但馬にもお越しいただきました。その時に但馬荘ですとかいくつかの福祉の施設なんかも気にしていただいたのか、御覧いただいたといったような事がございました。それ以来、ほんとに大の但馬ファンになっていただいたという先生でございます。本日は演題として『痴呆性高齢者グループホームの設立にあたって』といったようなテーマを付けさせていただきましたが、どうも大國先生は会場の雰囲気によっていろんなお話をされるということなんで、あまり縛ったテーマでなくてフワァッとしたテーマでしてほしいという御希望がございましたので、このような形の演題にさせていただきました。どんなふうにお話がこうあちこち飛んで行くんかな、どんな有意義なお話であるか大変か楽しみなわけで御座いますが1時間ちょっと、大体それくらいの時間お話しをいただきたいと思っております。では大國先生よろしくお願いいたします。
(大國) こんにちは。ただいまご紹介いただきました大國と申します。但馬ファンでございまして、何回かというほど回数多くないんですけど、うかがって梅谷さんともいろいろご相談したり、私の方が教えていただいたりというふうなことがございました。そんなご縁で今日はお呼びいただきましてまことありがとうございます。本日はまたアネシスがスタートするということで、まことにおめでとうございます。こういうとても素敵な日にお招きいただいた事を本当に感謝いたしております。で、今ご紹介いただきましたように話がどこへ飛びますかわからないので題も絞らずに、とお願いしておいたは事実でございまして何をお話すればいいのかしらと思いますが、皆さん方のその立場で変えようかしらと思って先程お聞きしましたら、いらしてる皆さんはさまざまな立場だから何にしょうかという事は出来ないというふうにおしゃいましたので、それじゃもう一般的な話をご存知の話がでてくるかもしれませんけれどもその辺はご容赦いただきましてお聞きいただけたらと思います。
先程池田先生の方からいろんな話がございました。それをお聞きしましてこのアネシスが成功間違いないだろう。先生の夢と、そして着実なご努力できっと成功間違いないという感じを受けました。先程先生がおっしゃったような事をなぜするのか、なぜそうすればいいのか、なぜキュウリを植えて、キュウリの実ったのをホームに持ってきて、「私作ったのよ」と言っていただくその雰囲気が大事なのか、そういうような事を少しお話できたらなと今思ってます。
そのためには、まず最初に痴呆、ぼけという言葉は非常に差別的な言葉だとおっしゃる方もありますけれども世間一般の方から見れば、痴呆もぼけもあんまり変わりがないようにお使いいただいてるように思いますので、時々ぼけという言葉も出てくるかも知れませんがその点はご容赦いただきたいと思います。今言いました、ぼけと痴呆が同じかというと実は違うんですね。痴呆と言いますのはこれは医学用語です。あきらかに頭の中に変化がきていて、レントゲン写真を撮れば脳の中に変化がきているのが見える。その写真の中に出てくる、という形ですね。でもぼけというのはそれだけではなくて、もっといろんな事からぼけたような状態というのは起こってくるということを最初にご理解いただきたいわけです。どんな時に起こってくるかと言いますと、成人病、今は生活習慣病と言いますが、糖尿病だとか腎臓だとか心臓で具合が悪くなった時に意識障害が起きますね。意識障害って言えば皆さんものすごく重症で、何にもわからなくなっていく、それと痴呆というのは違うものだと頭の中では考えていらっしゃいますでしょうけれども、現実には非常に似かよったところがあるんです。しかも意識障害が軽くきますと、症状としてはもうほとんど痴呆と一緒です。たとえば譫(せん)妄というふうな名前で呼んでしまいますけれども、そういう問題がきますと、まったく同じように家から急に飛び出して行ってしまったり、世間の人はそれを徘徊だと言ってしまわれるんですけれども、実は脳の循環が悪くってそういう事が起こってる事もある。このぼけというのが必ずしも痴呆からだけくるものではないぞ、という事を最初ちょっとお話しておかないと、間違ってもらうと大変なんです。若い人でうわごとを言ったという事、経験ございませんか。うわごとってまったくとんちんかんな事をおしゃいますよね。そしたら若い人の時だったらあっ大変だ、病気だろうか、重症じゃないんだろうか、とこう思われるんですけれど、お年を召した方が病気でうわごとをおっしゃると、「ああぼけだわ」で終わっちゃうんですね。「うちのおばあちゃん、いよいよぼけちゃったわ」こうなってしまってるんです。けっこうそういうものがあるんです。それからうつ病です。うつ病もどんどん重症なっていきますと、初めのうちはイライラする事が多いですが、重症になりますと何にもしなくなりボーとして、「ご飯食べましょうよ」「結構です、いりません」、「起きましょうよ」「もう結構です、寝てます」なんて状態になってくるとみんなぼけと間違っちゃうんですね。私達たくさんのご相談受けましたけどやっぱり100人のうち3人ぐらいがうつ病が痴呆と間違えて来ておられます。それから頭を打った時ですね。実は頭の中に出血が起こって、その為に脳が圧迫されてぼけのような状態になっている。そんなんだったら手術をし、脳の出血した血をスーと抜けば直るんです。ところがそれをしないために痴呆になっちゃうというふうなこととか、もういっぱいあるんです。細かく分けていきますと、医学的には30位はすぐ名前が出てくるぐらい、ぼけの素っていうのがあるんです。
それじゃ痴呆っていうのはいったいどういうものを言うかとなりますと、少なくとも先程申し上げたように脳自体に変化がきている。脳の変化が重大なんです。たとえば今言ったうつ病等ですと、レントゲン写真で撮りますと、年齢層の変化はありますけども、あきらかに脳が縮んでいるという像は出ません。あるいは頭を打った場合だったら打ったところに出血の像がでますけれども、全体に脳が縮んでるという事はありません。そういうふうに脳に変化が起きるという事がひとつですね。それからもうひとつ覚えていただきたいのは物忘れが必ずあるという。うつ病等ですと物忘れがあんまりないんです。うつっていうのは何もしたくない病気ですから、とんちんかんだったり、ボーとなさったり、反応が鈍かったりします。昨日娘さんが来られたとしますと、痴呆の方だと「昨日は娘さんいらしてたわね」「知りません」こういうふうにおっしゃる。「知りません、そんな長い事娘来られしません遠くに居るのに」とおっしゃる。でも実際は来てらっしゃる。でもうつ病だとそういうものを忘れるという事はほとんどありません。「昨日いらしてたわね」たら「はい」と言ってね。そういうふうな物忘れがあるという事、この2つがそろってまいりますと痴呆というイメージが強くなってまいります。
さらにこの痴呆というものの中を少し分けて見ますといくつかの種類がございますけれども、たとえば非常に若くして起きる初老期の痴呆とかあります。テレビ等で最近はもう皆さんご存知だとは思いますが、多いのは、アルツハイマー型痴呆と申しておりまして、最近は増えてまいりました。それからそれより少し少ないけれどもかなり多いのが脳血管性痴呆です。医学的には初老期だけじゃなくて、一酸化炭素中毒の後で痴呆が起こるとか、エイズの後で起こったり、いろんな病気で起こってまいりますけれども、そういうもののほとんどが、この2つの種類です。
そんな事どうでもいいんじゃないかと皆さんの思いかもしれませんけども、お世話の仕方という面から見ますとこの2つが非常に違うんです。しかも軽い間にはかなり違ってくるはずです。重症になりますともう区別つかなくなくなってきますからお世話の仕方は一緒ですけれども。ことにグループホームに入所される時には軽い時期が多いので、この違いを皆さんに分かっていただかないと、先程直るかもしれないとか、色々な事が出来るとかお話がございましたが、そういう事が本当に出来るのかという事と結びついてくるわけです。そういうわけで医学的な話をちょっとさせていただきました。なぜかと申しますと、今の2つの種類、頭の中でどこがやられているかという事と関連してくるんです。脳の真ん中に右脳室がございますが、大事な所がここにありまして、それが脊髄の方につながっているわけです。脳の中っていうのはコンピューターで言いますと、コンピューター本体とそこから繋がっているケーブルと、そして末端の端末というふうに考えていただいたらいいわけです。コンピューターの本体があって、何をしましょうとか、それを判断していくのは主にこのまわりに全部あるんです。そこから神経が全部寄っていって、そこから手足の神経にいって、端末に繋がって指が動く、こういう仕組みになってるわけです。
アルツハイマーというのは、コンピューターの本体になりますここがやられてしまうんです。しかも全体的にやられてしまう。血管性の痴呆と言いますのは、この脳の中に2本の血管が入ってくるんですが、1本は後それから前がすぐ2つに分かれるんですけれども、それがまた木の枝のようにいっぱい分かれてるわけでね。そして血液の中に酸素なり栄養を送って、脳を潤わしているわけです。血管性の痴呆は、どこが主にやられるかと言うと、一番多いのが血管が曲がりくねっていっぱい分かれていくとこなんです。そういうとこはどうしても詰まりやすい。そして血管が詰まって脳がダメになる。また次のところがダメになる。またダメになる。長い間かけてこういうふうに詰まってくると、これがぼけになって出て来るんです。そうじゃなくてここの命を司るようなこの辺の大事なところで起こりますと、あっという間に脳卒中で死んでしまう。あるいはこの辺でやられますと脳卒中で片麻痺が起こってくる。この辺の小さな血管で起こりますと、これを血管性痴呆の中のここに大きな部分を占めますのでそれを多発、たくさん起こる、しかも血管が詰まるというので「多発拘束性痴呆」と言います。そういうものが起こってくるとぼけになる。名前なんてどうでもいい事ですけれども、なぜこういう事をご説明したかと言いますと、この血管性の場合はこのように出血を起こした所、あるいは詰まった所の周辺だけで起こりますから、ここにある能力は完全にやられるわけですね。だけど、もしこっちの方の血管はきちっとしておりましたら、ここの能力は全くやられてないという事になるわけです。その事からお分かりいただけるように血管性の痴呆というのは、別名まだら痴呆といいます。出来る能力、出来ない能力というもが、全く別の形で出てくる。
具体的なお話を申し上げると一番よくわかると思うんですけども、大阪で経験した事例ですけれども、徘徊がはじまりました。なぜ徘徊が始まったかと言うと、一緒に住んでおられた息子さん夫婦が北京に転勤になったんです。すると今まで何にもしていなかったおばあちゃんが、食べることをしなきゃいけない。「しなきゃいけない」が頭にこびりついたんですね。すると朝目が覚めたとたんに買い物に出かけられるんです。町は、まだなんにも開いていない。そうするとウロウロ歩かれて毎日のように徘徊なさる。そしてとうとうある時、朝6時頃電車が動いておりますから、その電車に乗ってしまって、大阪の北の端から南の端まで、ご存知かもしれませんが天王寺という所まで乗ってしまった。そこで降りたらそこはホームレスの方がいっぱいいる地域で、持っていた物もハンドバックも何もかも取られてしまって裸で見つかった、というふうな方がいらっしゃいました。徘徊して自分の家もわからない。どちらがお家と言っても昔生まれた所の地名ぐらいしかおっしゃらない。その方はやむを得ずホームに入っていただいたんですけれども、入った日にまた徘徊が始まったんです。そのホームでは、家を出られたらブーブーとブザーが鳴るように玄関にブザーが仕掛けてあって、入所者にペンダントを渡してペンダントが通ると鳴るんですね。それがものすごく皆さんに浸透している。ところがおばあちゃんはジーッと見てこれは私のもんじゃないわ、と思われたんでしょう。はずして、ベットの下に入れて、後で帰って来られて聞いた時にも「こんなん私のもんと違う。」ってすぐ外されたそうでけれども、ベットの下に入れて出てしまう。そしたらブザーが鳴りませんから、行方不明になって見つかったのが夕方の4時から夜中の2時ということでした。そういうふうな事があると、ここが侵されてる能力っていうのはあきらかに、かなりひどくやられていると皆さんお思いになりましょう。見つかった時でもたまたま荷物の中にホームの名前が入ってたので帰って来れたんですけれども、こんな事がしょっちゅうあったら困るから、何かこの方にそのホームの中で集中していただきましょうということで、その方の長い歴史をいろいろ調べてみますと、非常にお針がお上手で、いろんな手芸をなすってきたという事が分かりまして、皆さんパッチワークっていうのをご存知ですか?あれをしていただこうということになりまして、それを薦めました。そしたら、パッチワークする能力はおそらくこちらの方にあったんでしょう、いろんなことをお勧めすると、見事なパッチワークの作品をお作りになった。それに熱中していると徘徊が無くなってしまった、というふうな事がございました。この方は、大阪の近鉄百貨店で『私が作りましてん』というホームの方の展示会をやるんですけれども、なんとそれから後6年間出品なさっすたんですよ、自分の力で。だからそういう能力がありながら徘徊についてはうまくいかない、これが脳血管痴呆のまだら痴呆の典型的な例だと思います。
だからホームの中でも歌、歌いますね。みんなで歌ったらうまくいけるかと言えば、必ずしもそうではないんです。その方がとても好きな歌、よく知っておられて昔よく歌った歌、そういう物を選びながら、この方にはどの程度に歌えるのか、あるいは歌っていらっしゃるのを聴くだけが精一杯なのか、あるいはその方の聞いていただいてる雰囲気に合せて肩を上手にたたいてリズムをとってあげる、そういう接し方が大事なのか。この残された能力がどこにあるかということで全部変わってくるわけです。
先程おっしゃいましたように、普通の大きなホームでもいろんなことやっておりますけれど、なぜそれが成功しないかというと、入っておられる40人50人を一緒にして同じやり方で、同じようにやってるから出来ないんです。グループホームの一番良いところは、一人一人に合わせるという個別性です。そういうことでグループホームが非常に効果があるということがわかってきたんです。こちらは8人とうかがいましたが、5人とか8人ぐらいでしたら、この方は何が得意か、この方にはどの辺まで出来るかということが全部分かるわけです。そして、その人その人に合わせて、今の音楽でいえば、この人は一緒に歌詞を渡して歌詞を見ながら歌ってもらいましょうと言うのか、肩をたたいてあげましょうと言うのか、あるいは、子どものおもちゃの太鼓を持ってたたいていただくのが良いのか。一人一人に合わせた処遇が出来るというのが、グループホームの一番の特徴だろうと思います。そういう意味で個別グループホーム、あるいは入居ケアっていうのも出てきてるんですけれども、そういうお世話の仕方というのが非常に強調されてるわけです。アルツハイマーで全体がやられてまいりますと、全体的に何もかも出来なくなってくるというところがありますけれども、まだらの場合には、ちょっと残っているところがありますといろんな訓練が出来る。訓練どころか、ご挨拶だとか、日頃の身なりとか、そんなのも上手に指導すれば、その人なりにかなりきちっとしたことが出来る。アルツハイマーの方は全体に落ちてきますので例えば挨拶しても、「こんにちは」と言ったら、「へへへ、こんにちは」とこれで終わりなんですね。だけど、まだら痴呆ですと、「こんにちは、ようこそお越しくださいました。こんなむさ苦しいところへ。」なんて。そしたら、その「むさ苦しいところへ」と挨拶なさるそのお姿を大切にする、これがグループホームで大事なんです。そういうふうにかなり違ってまいりますので、最初にちょっと医学的なことをお話させてもらった次第でございます。それから、日頃の予防とか治療いろいろございますが今日はグループホームの話ですので、そういうのは省略いたします。
池田先生の話にもございましたけれども、処遇の理念といいましょうか、もうもう少しその辺をお話させていただきたいと思います。例えば、一最初に起こってきますものに物を取られたという妄想というものがございますね。「取られた。取られた。」と言い出される。もし皆さんのお近くの方が痴呆が始まって、「また私の財布がない、取っていったんちがうか。」こう言われたら皆さんどうおっしゃいます?「そんなの取ってないよ。人を疑うのもいい加減にしてよ。」と言いたくなる。お世話する者としては、これだけ一生懸命やってるのにそんなこと言われたら腹立つ。よく聞く話ですけども、そのことに腹を立てたお嫁さんが実家へ帰ってしまった。「こんな信頼関係のないおばあちゃんの面倒よう見んわ。」と帰ってしまわれたという話を聞きます。しかし、それは手法というものが分かってないからなんです。よく「取られた。取られた。」とおっしゃいますが、その元はほとんどの場合、少し痴呆が始まって「私ちょっとやっぱり危ないのかな」くらいは分かられる時期がある。そうすると大事な財布とか印鑑とか通帳とか、それはいつもタンスの一番上の引出しに入れてる。だけど、ちょっと危なくなったから3番目にしようか、と変えられるわけですね。日が経ってくると、ここも危ない。5番目にしようか、なんてだんだん変えられる。ところが先程、最初の医学のところでお話申し上げましたように痴呆の方には必ず物忘れがあります。そうしまうと、3番目の引出しに入れた、5番目の引出しにさらに移したというようなことを、朝したらもうお昼からはそのことを覚えていないんです。そして自分がちょっと、「おまんじゅう買いに行きたい。財布どこかな。」と思ったらやっぱりタンスの一番上を開けてしまうんですね。そして見たら無い。「財布が無いねん。」「どうしたの。」お嫁さんに「そんなん、誰も知るわけないでしょ、朝はおばあちゃんしか居ないのに。」と言われると、「私がこんなに騒いでるのに誰も気にしてない。大変だ、取られた。」となるんですね。それでも、お嫁さんは「またいつもの取られた言うてるわ。もううっとうしいおばあちゃん。」と言ってる。ここで発端は嫁に違いない。自分が取ったんだから知らんふりしてると。このパターンが実は世間では妄想などと言われてしまうわけです。事実、確信をしておりますから妄想という言葉が当てはまるんです。その背景のこの流れを知ったら、もし無いって言われたら「そう困ったわね。」と言ってあげるのがまず第一声です。「何言うてんの。そんな馬鹿な。やめて。また?」そういう言葉は言っちゃいけないのです。本人は無いと言って、実は無くなっていることに悩んでいる人間であるというふうに理解をしていただきたいわけです。そうしますとああ、おばあちゃん無くなって困ってるわ。じゃあ一緒にその気持ちになってあげよう。「そう、おばあちゃん無くなったの。でも無くなるはずないから一緒に探そうね。」と、そう声をかけておけば一足飛びに向こうに行かないんです。それを放っておくとここに行っちゃいますけれども。そういうふうに声をかけておいて、そして、「ちょっと手が空いたら探すわね。」と言っておいて探す格好をするんです。実際、探してください。そしたら出てきます。必ず出てくるんです、どこからか。出てきた時に世間一般の人はどうおっしゃるかというと、このパターンを覚えないから「それごらん。七たび探して人疑えという諺があるでしょ。おばあちゃん、もともと根性悪いからそういうことに。」こういうふうになるわけですね。そうじゃないんです。本人は無くなったと思い込んでるんです。だから出てきたと知ってそういうふうに言われても納得しません。じゃあ、どうおっしゃるかというと、それこそ意地悪な返事になってくるんですけれども。「あんた、私が騒いでるのを知って、ここでちょっと心がやましいと思ってそこへ出したでしょ。」となるわけですね。あくまで悪いのは、お嫁さんとなってくるわけです。ではどうするのかと言うと、見つかった時に、その見つかった財布をおばあちゃんの目の届くようなような所、タンスの横とか、食器棚のそばとかその辺に置いて、わざとおばあちゃんが見つかるようにしてあげる。そうすると本人が見つけるんです。そしたら本人「ああ、ここにあったわ。」その時の言葉かけがまた大事なんですね。それごらんと言いたいんです。もうここまでね、私が上手に仕組んでうまく見つかって良かったな、それごらんと言いたくなるんですが、それでは駄目なんです。困ったねと最初に言ってあげたんだから、その時に、「ああ、良かったね。」と声をかけてあげなきゃいけないんです。そうすると本人は、それで落ち着くんです。そうすると、時間が経ってまた無くなったというのが、だんだん減ってきます。無くなっても必ず出てくるということぐらいは、頭の中にインプットされていくわけです。言えばうちの嫁は探してくれると、こういうふうな思いが重なっていって良い人間関係が出来て、そしてうまくやれるということです。ですから、その土台に物忘れがあるということをまず知っていただきたいと思います。とにかく、まず言いましたように「ああ、そう困ってるのね。」と困ってる姿を認めた上で次どうすればいいか、どうしたらおばあちゃんが喜ぶか、おじいちゃんが喜ぶか、その言葉かけの仕方を全部考えていっていただきたいと思います。
今、妄想のことでお話申し上げましたが、よく出てくる物忘れからの症状の中に、『私なら食べてません』というものがございます。みんなと家族一緒にお食事をしまして、だいたいアルツハイマーの方などですと体はいたってお元気ですから、そしておばあちゃんを大事にする地域ですと、一番先におばあちゃんを食卓につけますね。そうすると、お元気ですから真っ先に召し上がる。家族はまだ食べれてない。そんな中で、さっさと召し上がって、「お茶」、お茶を入れる。そして、お茶をコクッと飲んで置く。そして2分経った後にキョロキョロッと周りを見回して「私だけまだもろてません、お茶碗からっぽです。」とこうくるわけです。そのときに家族は大抵「おばあちゃん今食べたじゃないの。」とおっしゃる。おばあちゃんは、「食べてません。私とこだけ始めからからっぽです。」とこうおっしゃいます。「そんなことない、お茶碗見てごらん、濡れてるでしょ。」「いや、これはお茶飲んだんちゃうか。」とこうおっしゃる。「そんなことないよ、ご飯粒ほっぺたにいっぱい付いてるわよ。」アルツハイマーになるとボロボロこぼして召し上がりますので足元もいっぱいこぼれてるわけですから家族は「足元も見てごらん、ご飯粒いっぱいこぼれてるでしょ。」「こんなん朝食べたのがこぼれてるだけや。」お昼に、そんなことおっしゃる。「そんなことないわよ、今食べたことに、飲んだんと違うの?お箸も濡れてるでしょ。」こういうふうに理詰めで納得させようとする、これが家族です。ところが理詰めのそういう説得が、本人は、お箸置いた途端にさっき食べたということはもう忘れて、食べてないと思い込んでるわけですから、「私食べてません。私だけ食べささんとこう思って、きつい嫁や。」とこうなるわけですね。それですめばいいですけれども「そんならもう要らんわ。」とか言って表に出て行って、お隣の奥さん捕まえて「うちの嫁、ご飯も食べさせてくれないんです。」と、そのときだけ覚えてるんですね。そういうふうなことが起こって、そしてご近所であそこのお嫁さんは虐待してる、なんて噂が立ったりして大変なことになることがあります。だから、食事を忘れるときには、お茶碗なんか絶対に早く片付けちゃ駄目です。ことにもう食べられたからといって一番先に片付けてしまいますと「私とこだけまだお茶碗来ていないですよ。」と言われるわけですね。だから、片付けないで置いたままで、これは対応としては非常に難しいことですけれども「おばあちゃんの分は柔こうしようと思って、今別に炊いてるからちょっと待ってね。」うまくいけばこういうごまかしが効くわけです。「おばあちゃん特別扱いなのよ、ちょっと待ってね。」自分が大事にされてるということが分かればそれで納得してくださいます。そういういろんなやり方がありますし、今はそういう本がいっぱい出ておりますので、皆さんもいろんな本でおそらくお勉強なさると思いますけれども、まず最初に、この物忘れが土台にあってそしてそのためにいろんなことが起こってきてる。その中では、とにかくおじいちゃんおばあちゃんを大事にしてるよというその人間関係作り、これが一番大事だろうと思います。
二つ目にお話しておきたいのは、そういう中で、ご本人はいろんなことが出来なくなってきてるということを悩んでおられます。痴呆が始まると、のほほんとしてて気楽でいいな、何もかも分からなくなって気楽でいいな、なんて思ったらこれは大間違いです。落ちた能力なりに本人は悩んでるということをしっかり踏まえてあげてほしいわけです。例えば、おしくじり、失禁が始まります。そうすると、ごく初期の頃では、その失敗したものをすぐ押し入れに入れるんです。押し入れに汚れたものを入れちゃって家族に洗わせない。なぜそんなことをするかと言いますと、汚れたものを洗濯場へ置いておいたら家族に、「おばあちゃん、またしくじったわね。臭いわね。」と一回でも言われたら出したがりません。押し入れに隠してしまって、何となく臭いがしてきて、気が付いて押し入れ開けたら、うわあと臭いがして「なんでこんなところに隠すのよ。汚れたら出せばいいのに。」とご家族はおっしゃいます。しかし、ほとんどの事例聞いてみますと、しくじったことに対して「しくじって当たり前なのよ。この病気だと出るのがよく分からないときがあるから当たり前なのよ。」と言ってあげる。そういうゆとりが無いことから捨てることが多いわけです。どんなに年を取ってもしくじるということは、本人にとってはすごい苦痛なんです。そのことをやはり知っておいてあげてほしいと思います。だから、ホームなどでよくなさっていることは、そう言い出すのが嫌だとおっしゃる方が、前をズブズブに濡らしたままでホームの中をうろうろしてらっしゃる。それを見つけたら、心無いホームでは「おじいちゃん濡れてるわ。早よむこう行って着替えよう。」無理やりに引きずるようにしてシャワー室に連れていって、脱がしてそしてシャワーをかけて綺麗になさるのは同じことですけれども、その連れて行き方が強引なんです。「あんたが悪い、悪いことしたんだから、もう気をつけるようにしなくっちゃ。」という感じで連れて行くわけです。ところが、これは宇佐のホームで始められた事例でございますけども、そういう時に傷つけないようにどうするか。大急ぎでコップにお茶を入れに行くんですね。コップにお茶を入れてお盆の上に乗せて、そして本人に向かって大急ぎで行く。そして、わざと本人にぶつかるような格好をしてお茶をサッとかけるんです。そして本人さんには「ああ、ごめんごめんごめん、お茶引っ掛けちゃった、ごめんね。濡れてたら冷たいから替えたげましょう。ごめんね、替えさせてね。私がもう責任持って変えるから。」と言って替えるんだそうです。そこまでの配慮をすると、いつもいつもそれは効かないと思いますけど、しまいに分かってきますからね。でもそれは例えばの発想ですけれども、それぐらい気を使ってあげる。それを繰り返してるうちに宇佐の方がおっしゃるには、しくじることは何も恥ずかしいことじゃないんだということを徐々に教えていってあげる。だから汚れたら気持ちがいいほうがいいでしょ、乾いているほうが気持ちいいでしょ、ということを少しずつ教えていってあげたらそれでおさまります。いつまでもお茶がついてるわけじゃないんですね。だけど、最初に起こったような時には、それぐらいの気遣いと言いましょうか、お世話をする者が本人のプライドを傷つけないようにしてあげる、これが大事ではないかと言われています。
主に大のほうをしくじった時、つまり弄便するとどういうことが問題かと言いますと、自分で中へ手を入れてそれを掘り出して、そしてその手をカーテンで拭いてみたり、テーブルセンターで拭いてみたりすることです。そういうことが多いわけですけども、そういうふうなことになるまでお世話する者が気が付かないということが間違いだというふうに、今は言われています。この人は弄便するような問題行動のある人だというとらわれ方をしてしまう、それは、そのこと自体が問題なんですね。そうじゃなくて、なぜここで手を入れて出したか、誰だって中に便をしたら気持ち悪いから出したがる、これは人間として当たり前なことです。出した時に誰も見ていないから手がヌルヌルして気持ち悪いからカーテンで拭く。これも考えたら当たり前のことなんです。その便を出しておられる時も、手を拭いている時も、誰も見てないということが一番の問題なんです。だから、先手を打ちましょうと言われますけれども、そういうふうなことが始まるような方でしたら、だいたい一日のどの時間帯で便をなさるかというのをきちっと帳面に付けて、だいたい朝ご飯の後一時間ぐらいで行かれる、ならば、その時に先にトイレに誘導さしてもらう。そういうことでないと駄目なんですね。何でも後で起こってしまってから、この人が悪い、この病気が悪いと言ってしまったらお世話は出来なくなってきます。そして、またそのお世話は大変です。例えば、そういうふうに汚れてしまったら一番先に何をするかって言ったらバケツに水を汲んで走って行って、一番先に手を洗ってもらう。皆さん汚れた時、お尻から洗うと思われるでしょ。お尻からやってたんでは駄目なんですよね。手でまたあっちこっちこうやりますから。一番先に手を洗っていただいて、その手をどこかにつかまっていただいて、それからお下のほうを世話する、そういう段取りでやれば出来るわけです。今日は女性の方が多いんで思うんですけども、赤ちゃんが大便をお尻に挟んだ時、その歩き方で「股開いて歩いてるわ、違う?」というふうなことが、子育てされた方々は経験あると思うんですけども、あるいは、なんかしらん臭いがするわね、と言って気が付かれてお世話なさった経験があるんじゃないかと思います。そういう目の付け所、先手を打ってお世話する、これも大事なことです。そういうふうなことが色々あります。お世話の仕方は、細かく言えばキリがありません。
大事なことは先程、区長さんがおっしゃってましたように、そこで事故が起こるのではないかという心配です。確かに何もかもお分かりになりませんと、目を離して、しかも、入り口が完全に開いていると、事故は起こる可能性は無いとは言えません。それを、どう防ぐかということは、お世話する上では非常に大事なことだろうと思います。現実に、そういう事故に遭われた方ももちろんいらっしゃいますし、いろんな方があります。先程、7時間8時間後に見つかった事例をちょっとお話しましたけども、8時間の間どこをどううろついたのかさっぱり分かりません。幸いに元気で見つかりましたけれども、私どもたくさん見ておりますと、高速道路を平気で横切られる、ということも目を離せばあります。やはり、ここにも目を離してはいけないという部分があります。だから事故というものは、起こりうるものという前提に立ってお世話していただかないといけないんじゃないか、というふうに思っております。
事故として、どういうものが多いかと言いますと、今お話がありましたような交通事故。それからお年を召してますから、特に何があるわけでもないのによくひっくり返られる、転倒ですね。ちょっとした段差でゴロッとひっくり返るとか。廊下にちょっと水をこぼしてたら、その水の上に乗っちゃってツルッとすべってこけて骨を折る。痴呆になっておられますと骨も弱くなっている方もいらっしゃいますので、そういう方には特に骨折を起こさないように。こけたりはしないように。こちらはどういうベッドになっているのか知りませんけれども、畳で生活するようなグループホームですと、朝、布団を畳んで、押し入れに入れるのもさせるようにしていらっしゃるのです。そうすると畳の目を押し入れに向かってこう流れる方向にやっていると、よくストンと後ろにひっくり返って、腰骨を折っちゃうんですね。だから出来ることなら畳の目は押入れに入れる方向じゃなくて、目が横向けになるようにしたほうがいいと言われてるぐらいです。それから、畳の上、ベッドの下なんかににジュウタンを敷いておられますと、その端に足を引っ掛けてひっくり返って骨折なんてこともありますから、そういう細かいことも大切です。お風呂場での石鹸の残りカスを、絶対に放っておかないと。石鹸の残りカスに乗ってひっくり返ったっていうのもたくさんございますし。まあ、そういうふうなことが色々あります。気をつけていただきたいと思います。
それから、わりと多いのが、腐った物を食べてしまう。特に個室制になっておりますとよく、後で食べようと思われるわけです。ところが物忘れがきておりますからいつ頂いた物だとか、これが何日ぐらいで賞味期限が切れるものだとかということがお分かりにならない。しかも、そういう物を置いておくとお世話する人が来て、「こんな物置いておいたら駄目じゃない」って言って捨ててしまわれる。そうすると、外から来られる方からお土産を貰ったら、貰ったままでタンスの引出しに隠してしまう。そして、何かのときに見つけてそれを召し上がる、そういうことによる食中毒というのがあります。それから日頃の食事の中でも、自分はいっぺんで食べきれないから後で内緒で食べようと思って、サッとなおしてしまわれる方がいらっしゃるんですね。同じ食卓に出てる果物なんかが多いですけども、それを自分のここになおして、そしてどっかにまた片付けて後で食中毒を起こされるということも時々ありますので気をつけてほしいと思います。
それから、自殺とかやけどとか、これは余程のことがないと起こりません。先程の、まだら痴呆の方の場合には、必ずしも自分がぼけていってるということが、分からないわけじゃない。分かるときがあります。この前よりこれだけ悪くなった、ということがどんどん分かっておられる方だともう死んでしまいたいという気持ちが起こってきて、やはりそうこうことも起こります。アルツハイマーの方は最初からかなり分かりませんので、ぼけていってることもあまりヒシヒシと分かってないからいいですけど、まだら痴呆の方では毎日毎日そのことで「明日はどうなるの、今日出来たことが明日は出来なくなるんじゃないか」というふうなことで毎日毎日悩む中で、死んでしまいたいという願望も出てきます。そういう気持ちがおありの方がいらしたら特に気をつけてほしいというふうに思います。
それから、やけどですけど、グループホームになりますと、一緒に生活をしましょうということで、ガスとかでお料理をしたり、いろんなことをなさる。こちらは電磁調理器だそうですが、電磁調理器は火は出ないですからやけどは無いんですけども、熱さによるやけどがあります。感覚麻痺がある方だと、熱くなっているものを触られて起こりますから、電磁調理器だから絶対安心というふうには思わないで、やはり、みんなと一緒の中で世話をしていただきたいと思います。全体にお鍋がかかっている場合はあまり問題はないと思いますけど、最近ちょっと一例そういう方がいらっしゃいました。普通だったら触ったら、熱いと思ってすぐパッと離すでしょ。感覚麻痺をしてるとこれ全然わからないんです。だからジーッと触っておられて重度のやけどになっておられる方がございますので、また、そういう点も気をつけてほしいと思います。
今、いろんなこの事故のことをお話しました。こういうことを申し上げると、先程の区長さんのお話のように、危険がいっぱいじゃないかと皆さんは思われると思います。そんな中でやっていいのかと、最初すごくご心配になったのはそこだったと思います。それは、グループホームの中でのお世話の仕方、その職員さんだけじゃなくて、どれだけの人の目がそこにおられる痴呆の方の中に注がれているかによって、100からゼロに変わります。つまり徘徊でしたら、商店街の中かどこか知りませんですけども、商店街の皆さんが、この方はあそこのグループホームに来ておられる方だと認識しておられたら、ちょっと出ていかれたら「そっち行ったらね今日は危ないのよ、こっち行きなさい。」とホームのほうに向きを変えてあげる。これだけで防げるんです。日本原荘という岡山の大きなホームですけども、50人いっぺんに徘徊の人がホームに入りました。みんな出て行ってしまう。だけど、鍵をかけるということは本人の自由を束縛することだから、それだけはやめようということで鍵ははずしたんです。そうするとやっぱり出て行っちゃった。そこで考えたのが、本人にはちょっと悪いけれども、本人さんの見えないように背中にはホームの方であるというマークをちょっと付けさせてもらって、その代わり村中に、特に田植えの時期とか草取りの時期とかそういう時期に村の人に、この方を見つけたらどうかホームの方へ向きを変えてあげてください。そして「向こうのほうでお知り合いの方待ってらっしゃるそうですよ。」と、ちょっと一言声をかけてあげてください、という運動をしたそうです。そうすると見事に出て行った人もみんな回れ右をして帰るいうふうになったとおっしゃっています。だから、そんな遠くまで行くまで気が付かないというのは、行ってしまってからどうこうしようと思ったって、これは無理です。「そっちの道は車が多いから行っちゃいけないよ、こっちは行けないよ」なんて言ったって本人にはお分かりになるわけではないですから、家を出られた時に、すぐご近所の方が傍におられたら、そのことを見つけて回れ右をさせてあげてほしい。そこまで行く前に何人かのスタッフでやろうとしておられますけれども、私はそのグループホームの中にゆとりがあるならば、やはり地域のボランティアの方が常時その中に入り込んで、そしてみんなで見守ってあげる、そういう体制が絶対必要なんじゃないかと思います。身体拘束ということで、鍵をかけるということは国から禁じられました。玄関にかけることまでは厳しくは言ってないようですけれども、原則に閉じ込めるということは好ましいことではない、本人の気持ちに逆らうことだということで、出歩きたい人には付いて散歩に行ってあげましょうというのが大原則になっています。そうすると、いろんな理由で出歩かれますけれども、その時になぜ、この方が出歩きたいのかということを知ることも大事ですし、その気持ちをどう支えてあげるかということと両方が大事なんです。行きたいとなれば、誰かが付いていってあげるべきです。でも、その時にスタッフだけでは今度は施設の中、ホームの中が手薄になる。大阪などでもよくあるんですけども、散歩には地域のボランティアの方が、その周辺に外出介助の会なんていうのを組織して、行きたいとおっしゃればそういう会のほうに連絡すると、すぐにその中で手の空いてる方が来てくださって、そして連れて行ってくださる。あるいは、その時、すぐに出来なくっても、そんなに行きたいんだったら、「あのねー」と帳面見ながら「明後日ねえ、みんな一緒に行くようになってるから、その時までちょっと待ってよ。必ず連れて行ってあげるから。」と言って本人に納得していただいて、そしてそういう会と連絡を取って外出をする。あるいは、そういう外出の会などが毎日散歩するのを手伝ってくださる会も出来上がっています。そういうふうに単にグループホームの中だけで何かをしようと思ったら、それは人手の面でまず無理だと思います。いかに地域の皆さんがそれを手伝ってくださるか。先程区長さんがおっしゃいましたように、明日は我が身かもしれないというふうな思いに至ったとき、あるいは明日はうちのおじいちゃんかもしれない、明日はうちのおばあちゃんかもしれないと思ったときに、やはりみんながそういうふうに手を繋ぎ合って、そしてみんなで地域で支えていくということが大事なことだと思います。そういう意味でこのグループホームというのは、非常にやりやすい形になっているわけです。100人も200人も居られる老人ホームに手伝いに行きましょうと言われてもたいそうですよね。だけどグループホームだと本当にそういうグループが周りに出来て「どう今日は散歩にみんなで行こうか。」「じゃあお願いします。」みんなで食事も全部で今日のお祭りに参加しようかとか、花見に行きましょうよとか、そんなのがいつもしやすくなるんです。そういう意味で今グループホームというのが非常にいいと言われてるわけです。だから、そういういい面をどうか上手に利用していただきたい。そのためにはボランティアにかなり関わってくださり、地域の中のグループホームだという思いでやっていただくことが大事ではないかと思っております。
なぜグループホームがいいのかというのはいろんなことが言われてきまして、そして国を挙げてこのグループホーム、そういうグループホームがいくつか集まった形の施設をユニットケアと言っておりますけども、ユニットケアかグループホームというふうに、今は言われています。そういう形がなぜいいかと言いますと、非常に小回りが効いてやりやすいという点です。それから、もう少し、その点グループホームについて整理をしておきますと、ひとつは小さいということと同時に、いろんな物理的環境と言いますか、その環境というものが痴呆の方にとっては非常にうまくしやすいという面があります。どういう面かと言いますと、例えば自分の家に非常に近い状態のしつらえが出来るということがあります。急に環境が変わると、それだけでパニックを起こしてしまう方がいらっしゃる。健常な人でも、場所が変わるとしばらく落ち着かないということがありますから、ましてや痴呆になられて、ある日突然大きな建物の200人もいらっしゃる中にポイッと放り込まれたらもうどうしていいかわからない。ベッドは同じようなベッドがただズーッと並んでる。トイレは、ズーッと歩いていって端まで行かなきゃいけない。となると、それだけで判断力の落ちてる痴呆の方は、パニック状態になるわけです。そういう意味で、この物理的環境の一番大事なことは、グループホームというものが、普通の家庭の雰囲気に非常に近いように作れるということです。こちらも、おそらく努力してらっしゃると思いますけれども、グループホームには自分の好きな物を色々持ち込んで自分の部屋に飾っておくことが出来ます。例えば、外国などに行きますと、家族の写真をずっと貼っていますね。そして人が通られるごとに、これがうちの息子でね、これが娘でね、もう分かってると言っても何べんでも何べんでも説明なさる。そういうふうなことの中で生きがいを感じておられるということがございます。それから自分が大事に大事にしてきた家具。大きな物は持ち込めませんけれども小さな家具や持ち物を持ち込むことによって、今まで自分が生きてきたのと同じように生活が出来る。それがグループホームのメリットです。大きなホームになりますと管理上の問題がありまして、痴呆の方の病棟などはなかなかそういうことが出来ません。やっぱり一律に取り上げてしまって、着る物も同じジャージを着せてしまうという事があるわけです。着る物ひとつにしても、その家から持って来れるとうことが大事です。そういった物理的環境がひとつ。
その物理的環境の中で昔の自分の生活を思い出す空間と言いましょうか、例えば床の間を見れば自分の家の床の間の事を思い出すわけですね。そういうことから記憶が元へ戻っていって、掛け軸をかけていたこととか、私は嫌いなのに、うちの嫁はいつもあそこに花をさしていたとかね、いろいろ思い出が出てくるんですね。そういう家庭的な今までいた家と同じような空間の中に、記憶を呼びさます要素がかなり出てくるわけです。大きな施設に行きますとそういう物は一切ないわけですから。おそらくここでもなさると思いますけども、一緒に家事をする、炊事をするという場面では、自分がやってきた炊事の仕方などで記憶を呼さます事が出来ますから、そういう点でグループホームというのは非常に大事なことだと思います。
それから、痴呆の方にとっては理屈ではなく、五感からいろんな刺激を得るということが非常に大事なんですね。例えば、「一緒にアイロンかけしょうよ」と言ってグループホームの中でアイロンかけを指導しています。みんな何気なくアイロンかけしてらっしゃると思いますけれども、アイロンをかける時のあの独特の臭い。焦げるまでいかないけども臭いがありますよね、そういうものが刺激になってるんだと言われています。だからいろんな事の中から出てくる臭いから、それから色とか音とかね、例えばガチャガチャとする茶碗の音、それも自分の記憶の刺激になる、そういうことで症状が戻るんじゃないかということがよく言われます。大きなホームに入ったら、もう出来上がった食事の所へただ行くだけということですよね。そうじゃなくって、豆の皮、豆の筋をむきながら「あー私いつもこんな事させられてた。あー嫁はどうしてるかな」そういうこともありますし、いろんな刺激を思い出します。それが良い事だと言われています。
それから、目が行き届きやすいという物理的環境、一対一とまではいきませんけども、少人数だけを相手にお世話下さいますから、○○さんはどう動いているかとかスタッフにはわかってるわけです。その中で最初に申し上げましたその個別的な面が非常に良く見えてくる、そういう意味でこの物理的に小規模であるという事がとても役に立っていると言われています。
それから、お世話の仕方で少し申し上げておきますと、最初のご挨拶の中で「家庭的な」という言葉がいっぱい出てきましたけども、その「家庭的な」という言葉の中に非常に大事にして頂きたいのは、家庭の程度にゆったりとした時間的な流れ、これを考えて頂きたいということです。大きなホームになりますと、何時の起床、全体的におしめかえが何時から何時、何時になったら一緒に食堂に行って、と個人の自由ってほとんどないですね。だけど普通の家庭での生活っていうのは、そんなに厳しいものではありません。だいたいご飯は8時に決まっていても、ちょっとトイレが長ければ9時になったりしますよね、そういうゆとり、今日は、晩ちょっと忙しいから朝のうちにお風呂に入ろうか、こんな事だってグループホームだったらしようと思えば出来るわけです。だから管理的な厳しい時間の流れではなくて、ゆったりとした個人の好みに合わせた時間運びプログラムっていうのでしょうか?それが出来るというグループホームっていうのは非常にいいんだと言われております。例えば、夕ご飯をちょっとたくさん召し上がった、その後で「お風呂に入りましょうか」なんて言っても、「今お腹がいっぱいやからもうちょっと待ってよ」と言われて、それが出来るのがやはりグループホームだと思います。ね、「お風呂入ろうか?」「今日はみんなお腹いっぱいだから、ちょっと明日に伸ばそうか」そんなことも出来ないわけではない、あまり崩してしまいますとホームの管理が大変ですけども、いくらかそういうゆとりがもてる、あるいは、「今日は行事があって疲れた」「明日また、ボランティアの方が来て下さるから明日に変えようか」というような融通性のある、ゆとりのある時間的な流れ、こういうものがグループホームの非常に良い所だというふうに言われています。
最初の話にいくつか出てきましたけれども、そういう中で人間関係がうまく出来ていくということです。お互いに分かり合う人間関係、仲が悪い物同士となるとちょっとこれは勝手に本人さん達が避けていくでしょうから、仲が良い物同士がお互いに分かりあって「この人はこう言えばこう反応してくれる」とスタッフにも良く分かりますし、入っているのも同じメンバーですからいいわけです。大きな施設だとそれが出来ないわけですけども、グループホームだとそういう点が出来るわけで、特にスタッフと入所者とがこう言えばこう返ってくるということが、全部分かることが非常に大事なことで、そこへボランティアが入られると、ボランティア方もまた、この痴呆の入所者はこういうふうに反応なさっているということが繰り返すうちにだんだん分かってくる、そういうふうにボランティアを含めて全部の人間関係がいわゆる馴染みの関係だという、仲の良い関係に出来る場合があります。それが非常にお世話をしやすくさせます。そういう意味で大事なとこなんですけれども、スタッフの間ではそういう点で必ず共通の理解と言いますか、ミーティングをやっていって頂きたいと思います。時にはボランティアの方も含めてミーティングをして、そしてこの方はこういう特徴があるのよとお互いに話し合って理解しておく。1人1人をきちんと理解おくという事がお世話の基本になってまいります。
最後にお願いしたいのは、地域の方もいらしているかと思いますので是非、ボランティアという形ででも支援をして頂きたいということです。ただ、「世話をしてあげる」とう考え方のボランティアは、今の時代のボランティアではありません。「してやっている」「してあげている」「かわいそうな痴呆の人をみてやってる」というふうな感覚で入った場合には、おそらく気分的にもおもしろくないでしょうし、失敗すると思います。先程区長さんがおっしゃったように、「私がそこに関わらせてもらうことによって、私が人生の何たるかを、どんな生き様をすべきかを学ばせてもらうんだ。」と、そういう気持ちで是非お入り頂きたい。入っておられる方と自分は常に平等だ対等な関係なんだという姿勢で入っていただきたい。上から見下ろした感覚で入られますと、痴呆の方の中には逆に反発される方が、かなりいらっしゃいます。だから、「どうせ分からないくせに」とかそういう感覚をどうぞ捨てて頂きたい。ただ、病気のために分からなくなっておられるだけであって、人間としては全く同じです。この方の生き様からぼけてもこんなふうに上手にぼけられるんだとか、ぼけてもこんな人生があるんだとか、そういうことを学ばせてもらう、そういう意味のボランティアとして入って頂きたいと、私は思っています。
私もこういう痴呆のことをいろいろと話をさせて頂きましたが、最初に関わりましたのは昭和40年代の後半くらいでした。痴呆の方のご相談も7千件くらいお受けしてきていますけども、そういう中でも、本当に教えて頂いて、痴呆になってもこんなに生き方が出来たら素敵だなというふうな事を感じます。この名前を出してどうかと思いますが丹羽文雄さんご存じですよね。あの方はご自身ぼけられました。そしていくらかまだら痴呆も多少あるかと思いますけれども、まだ多少お分かりになった時におっしゃった言葉が「人間は、知恵と努力だけではどうなるものでもない。知識とか努力をどれだけ使ってもどうにもならない事が人生にはある。その時に、私に残されたものは何かと言えば感謝だけである。」とこういう言葉をおっしゃっています。ぼけてしまって、もう自分では何も出来ない、その時にそういう言葉が出てくることは、素晴らしい事だと思います。自分が何も出来なくなった、辛い、辛いと思う中で自分のことだけを考えるんじゃなくって、世話してくれる、あの方の場合娘さんも良くなさいましたし、ご家族が素晴らしかったんですけども、そういう周りの人に対して感謝することだけが、自分に出来る一番今の気持ちだということをおっしゃっています。そういうふうに世の中は必ずしも自分の思い通りにはいかないということも、私も学ばして頂きました。で、そういう中でこんな私の痴呆のことをずっと続けさして頂いているわけです。
最後に私がなぜこんなことを始めたかという最初の事例を、お話さして頂きたいと思います。どこでもこの話をさしていただくんですけども、これは70代そこそこのご夫婦でございますけども、それこそ40数sしかない本当に小さなご主人なんです。そこのお婆ちゃんがぼけられたんです。私が最初にお目にかかったのは、このような会場で介護者の家族会をやっておりました時にご夫婦で来ておられました。何か話をしておりましたらザワザワするんです。何かと思いましたらそのお婆ちゃんが、その場でおしっこをし始めてしまいました。そしてご主人がもう真っ赤な顔をして、もう慌てて引っ張るようにして外に出ました。それが最初のきっかけでした。それからずっと関わらしていただいてたんですけれども、その会を支えていた介護者家族の会のようなものがお世話をしまして、その事にそのお爺ちゃんはものすごく感謝をされました。で、それと同時に「お爺ちゃん、そんな体力もないのに、70いくつにもなられてお婆ちゃんのお世話大変でしょう。」と申し上げるといつも「なんの、なんの。」という言葉をおっしゃります。ある時、訪問した時に、これはかなり日がたって重症化してきておられる時ですけれども、お婆ちゃんが訪問している目の前で便をしてしまわれました。柔らかい、柔らかい便をしくじってしまいました。お爺ちゃんが世話してらっしゃるからどんなに嫌な顔されるかなと見ておりましたら、お爺ちゃんがおっしゃった「おー出たか、出たか。良かったなぁ。」こうおっしゃったんです。しくじられた姿を見て「良かったなぁ。」って、私「えっ!」って思いました。そしたら、その後でお爺ちゃんがおっしゃった言葉は「お前なぁ、いつも便秘でうんうん言うて顔真っ赤にして出えへんのに、今日は柔らかい物が出たのかぁ。良かったなぁ。」こう、おっしゃったんです。もう何の嫌なお顔もなされずに、さっさとお湯を汲んできてそして始末してあげました。本当に嫌な姿は全然そこには見られませんでした。やはり本人の事を思っている、愛しているというその姿がすごいものだな、ということを私は感じました。その後お喋りなどしばらくしておりまして、夕食の時間になったんですけども今度は食事です。かなり重症化しておられますからなかなか飲み込めないんですけども、お爺ちゃんがおさじでポイとやられると、カフゥと口をあけて口に入れられて、2口3口、5口くらいパク、機嫌良く食べておられるのなぁと思っておりましたら、5口ほど食べた時にお婆ちゃんがそのままオエッと全部出されたんです。その時に普通だったら「何で食べへんのや、飲み込めば良いのに。」と、おっしゃるのかなぁと思ったらお爺ちゃんの言葉が「ごめん、ごめん堪忍してや。ごめんやで。」という声だったんです。「なぁ、お前飲み込めにくい事も忘れて、次から次へ放り込んでごめんやで堪忍してよ。」こういうふうにおっしゃったんです。自分で料理なさるんですけどもその2〜30分後に見ていたら、また、お爺ちゃんが1口、口に入れて今度はほっぺたをポンポンとたたきながら「飲み込みや、飲み込みや飲み込んだか。」っておっしゃる。で、のどがコクッと動いたら「おー飲み込んだなぁ。」と言ってニコッとされる。で、また1口、口に入れて今度はここをさすりながら「飲み込みや、飲み込みや、お前が飲んでくれたらなぁ、それが私の生き甲斐やねんで。1口飲み込んで1日長生きしてくれたら、それで僕は嬉しいんやで。」というふうなことをおっしゃりながらお世話しておられました。ご本人に「こんな事をしておられたらお食事の時間がかかるでしょ。」と聞きましたら「そりゃあ、1回2〜3時間はかかりますわ。」と言いながら、それが何にも苦痛ではないというように、顔には何にも出ません。むしろ今日食べてくれた事を喜んでおられるそういう姿だったんですね。その姿を見た時に、お爺ちゃんが3時間かけて1日3回、9時間一生懸命食べさせてあげなきゃならない、このまま放っておくのは具合が悪い、私たちがその何分の一でもやっぱり手伝ってあげられたら、一緒にこの事をしてあげられたらいいんじゃないかなぁということで、昭和50年代から60年代にかけてまだ介護保険も何も出来ていない時代でしたけれども、デイサービスをお願いするように動き、ショートステイに動き、それからヘルパーへお願いをし、少しずつ、少しずつそういう制度を充実させていって、そして、お爺ちゃんは無事に見送ることが出来たというような事例です。そこで関わったために私はやはりこういう仕事の素晴らしさ、その中で私は、普通の人間が痴呆になられた方のお世話をするということがどういうことなのかということを教えて頂きました。私も、ちょっとでもそれに近づけるようなことが出来たらなと思ってやっているわけです。で、その時に是非、こういうことをみんなに知らせたいと言ってマスコミの方にご連絡しまして、マスコミの方がその家を訪問されました。そしたら、何にも撮影せず、取材もせずに帰って来られました。そのマスコミの方の言葉は「あそこの家にはねぇ、赤ん坊と神さんがだけがおってねぇ。あと何にもおらんのです。取材なんて出来る雰囲気と違いますわ。」こう言って帰って来られました。で、とうとう取材もなかったわけですけども、そういう人間同士の暖かさこれがやはり痴呆のお世話の根本である。そして、それを上手に出来るのはグループホームであるということを強調して今日のお話を終わりたいと思います。少し長引きまして申し訳ございませんでした。どうもご静聴有り難うございました。(拍手)
(司会) どうもありがとうございました。医学的な見地からはもちろんなんですが、非常にわかりやすいお話をしていただいたと思います。前の方にスタッフが一生懸命聞いていまして、そのうちに神さんになってくれると思います。では、2部の記念講演を終了させていただきます。大國先生、本当にありがとうございました。今一度大きな拍手をお願いします。(拍手)