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●風化していく謝る風景(071226)

このところ建設、食品、電器、スポーツなどなど各業界おそろいで、にぎやかなことである。景気がいいからじゃなくて、連日のお詫びお詫びである。
これだけ偽装というか偽造(ドーピングは記録偽造かしら?)というか過誤というか、ヘンなことが続きに続くとこちらの神経が麻痺してしまい、少々の毒入り饅頭でも斜め建築でも驚かなくなるような気がしてきて、これはどうも危な過ぎるのである。
マスコミもひとつ何かあるとそれに関連するネタばかりあさるようだが、それが俗受けしやすいのだろうか。今なら沢山のお詫びにまぎれて注目されないかもと、積極的に発表するお詫び問題会社もいるのかもしれない。
あまりに沢山のお詫び広告なので、もう、なにを謝っているのかごっちゃになってしまう。そうだ、それぞれどんな謝り方をしているのか、文面比較をしてやれ、と、新聞だけじゃなくてWEBサイトを探したら、なんとお詫びばかり掲載しているサイトがあったのには、驚くと同時にさもありナント思った。
以前にもこの〔まちもり通信〕で既に謝る風景連発に辟易して、そろそろお詫びコンサルタントが登場するに違いないと書いたことがあるが(もういいんだ2002)、それをナント通商産業省がやっているのか、お詫びマニュアルを発行したそうだ。
そのためなのかどうか、このところ社会面の広告欄を埋め尽くさんばかりの勢いで増え続けるお詫び広告の文面が、どれもこれもほとんど同じである。自分の言葉で謝っていないのである、
要するに、マニュアルどおりに書いておけばよいのだって、いい加減な謝り方に思うのだけど、世の中からそう思われるとは広告主は思わないものだろうか。子どもがいたずらしてをして、親に教えられたとおりの言葉で『ごめんなさい、もうしません』と言っているみたいである。
なかには、明らかに犯罪と言える偽造なのに、過誤であるかのごとく記述しているものもある。あるいはまた、よく読むと、法制度が製造技術革新に追いついていないために不本意ながらこうなったと言いたげな、技術者の悔しさが裏ににじむものもあって、裏読みすると面白い。
まあ、毒入り食品を食い、危険建物で暮らし、壊れる車に乗り、火を噴くテレビを見て、この歳になるまで生きてきたのだから、少々のことではお詫びにびっくりすることはない。
ただ、なんでもかんでもキケン、危険、聞けん、効けん、聴けんとばかり言うのもの、どうもどこか何かがおかしい感じがする。なかには30年も前からやってきたことが、今頃になって違法だ、危険だといわれたものもあり、それじゃあ安全てのは何年もてばよいのだって聞いてみたくなる。
考えてみれば、都市ガスは各家庭に毒物を送っているのだし、自動車なんてそれがあるために年間に何人死んでいるか、米だって農薬と化学肥料づけでいつ身体に影響があるのか、もう身の周りが毒だらけである。
だからこそ現今の謝ることに重大な意味があるのだろうと思うのだが、どうもだんだんと風化していくように、つまり当たり前な風景に見えてきそうなのが、それこそ危険である。(071208)
こうして毎朝の新聞のお詫び欄をみる日常がつづいているが、さて2007年12月26日の朝刊のこと、珍しくお詫び広告がたったのひとつである。
そこには謝る責任者の写真つきで、文体もいつもと違って、それなりに自分流に書いてある。
おお、やっとこういうのが書けるようになったか、と読んでいて、どうも途中から変なのである。ハッと気がついたら、これはお詫び広告を偽装したレッキとした映画宣伝広告であるのだった。
責任者の写真もよく見れば、なんとかという映画俳優である。うまい、よくやる、世の中を逆手にとるヤツはいつもいるものだが、してやられた。
まさにこうやってお詫びの風景が風化していくのだと、つくづく思った現象である。(071226)
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