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 山口文象の人生は、20世紀とともに歩みだした。関東大震災が彼を建築運動家として呱々の声をあげさせた。
 グロピウスに学んで帰国後はスター建築作家として実に順調だったが、戦争が総てを奪った。
 戦後の再出発は、建築の運動家と作家を止揚して新たな設計組織を起こして再起したのだが、
 日本近代建築史の特異な体現者の生涯を追う。

2006.10.15

2009/07/19更新

山口文象 人と作品論集  編著:伊達美徳

山口文象アーカイブスNEW
 これまで収集した山口文象に関する資料を、年代別に整理して掲載する。ここにある年表から検索をすると、資料に到達しやすい。ただし、できた順に掲載するので、完成がいつになるか分からない。

街並みとしての昭和モダニズム建築

 1936年は建築家・山口文象にとっては、ピークの年だった。この年に、青雲荘アパート兼診療所、番町集合住宅、小林邸、山形梅月堂、日本電力黒部第2発電所 と関連施設、箱根湯本山崎ダム及び発電所などの、いわゆるモダニズムデザインの作品が続けざまに完成している。黒部の一連の仕事は彼の代表作であるし、番町や小林邸はモダン住宅としてのプランも意匠もまさに典型的なものである。この年を境にして、以後は個人住宅と軍需工場の工員宿舎の仕事ばかりで、これといった創造的な作品はない。これは時代が戦争への転げていくときだったから、山口文象に限らず、建築家の仕事もそうならざるを得なかったのだ。
 そのピークの年の仕事に、山形市のお菓子屋さんの店舗である梅月堂が完成している。山口文象は商業建築はほとんどやっていないし、やっても残っていないが、唯一のものとしてこれが存在する。また、山口文象は地方ではほとんど仕事をしていないが、山形というのも珍しい。そしてこれが真っ白な壁とガラスによるまさにモダニズムそのもの、悪く言えば豆腐に目鼻の建築デザインである。それが東北の山形の町の最も繁華街である七日町四つ角、東京で言えば銀座4丁目交差点の三愛のような位置に建っているのだ。山形のような田舎町というのもおかしいが、なぜ山形なのか。

資料・山口文象年表2009年1月大改訂版
山口文象のモダニズム建築 作品新発見か
NEW    →画像
 観光地箱根の玄関口となる湯元の近く、入生田あたりの国道1号に面して、東京電力山崎発電所と看板が出ている。
金網張りのさして広くもない敷地に、2階建てのこじんまりとした、だが妙に気になる形の青い建物がある。全体は四角だが、一方は円弧を描いていてそれなり連窓も円弧を描く。寄り添って円筒状の換気等らしきものもある。どことなく表現派的なデザインである。この建物の設計者は、どうも山口文象であるとわたしは推察しているのである。ただ、山口文象の作品としては、デザインがどうももうひとつ甘いのが気にかかるのである。
山形梅月堂でシンポジウム 山形モダン建築の再発見
 日本建築学会東北支部山形支所事業2008
 ●旧梅月堂展覧会・オープンハウス ・日時 2009年1月12日(月・祝)〜17日(日)11:00〜17:00
 ●旧梅月堂シンポジウム ・日時 2009年1月11日(日)14:00〜16:00 ・講演:伊達美徳
小論・東京神楽坂紅谷と山形七日町梅月堂・山形に梅月堂を見に (2008、2004)
 山形の中心街である七日町の四つ角に、梅月堂(ばいげつどう)という和洋菓子と喫茶の店があった。 この梅月堂の建物は山口文象の設計で、今や彼のモダニズムデザイン作品で現存するのはこのほかに黒部第2発電所のみである。 そして東京の神楽坂に紅谷(べにや)という、やはり和洋菓子と喫茶の店があった。 このふたつが密接な関係にあったことが、ある在野の研究者によって分かった。
●小論・東京中央郵便局舎の改築と建築保存の諸問題(2008)

◆インタビュー・二人の建築家の戦中戦後(html版) (PDF版) (2008年8月11日) NEW
 建築家小町和義氏は、山口文象建築設計事務所の戦中と戦後にを良く知る人である。あまり知られない山口文象のそのころのことをインタビューした。山口は本当に戦争に加担する仕事をしなかったか。戦争直後の苦しい時代をどうすごしたのか。小町さんは建築運動にどう関わったのか。

●シンポジウム「新制作座文化センター−この建物は残せるか
 
1963年に建った演劇集団の根拠地の建築群は今、

●資料・山口文象とその時代・戦後年譜
 
モダニズム旗手建築家は戦争で逼塞、戦後の再出発から終幕までの生涯を克明に追う

●資料・山口文象のデザイン
 建築家・山口文象の建築・ポスター・家具等(抜粋)のデザイン一覧 

●資料・山口文象研究資料一覧
 建築家・山口文象を研究する人のための文献資料等の表題一覧 

●資料・山口文象著述・渡欧直前の3部作論文 
「新建築に於ける唯物史観」(1928年)、「合理主義反省の要望」(1929年)、「新興建築家の実践とは」(1930年)

●資料・評伝年譜「新編 山口文象人と作品」出版
 1982年に「建築家山口文象人と作品」(RIA)を上梓したが、2003年に21年ぶりに新資料による評伝を出版

●資料・山口文象年表2009年1月大改訂版NEW
 20世紀とともに歩んだ異色の建築家・山口文象の軌跡をたどる。

●資料・ある近代建築運動実践者の証言(竹村新太郎氏インタビュー)
 創宇社建築会創立メンバー竹村新太郎氏が語る近代建築運動の現場


●評伝・山口文象
 大工棟梁の家に生まれ助走、離陸、飛翔そして止揚と建築家の道を行く

●小論・創宇社、山口文象そして竹村さんのこと
 創宇社建築会をおこして近代建築運動にまい進した二人の軌跡

●小論・黒部川第2発電所と小屋平ダム
 自然の中の造形にかかわったデザイナーとエンジニアたち

●小論・造景をたずねて・黒部第2発電所
 自然との調和ではなく黒部峡谷美と対峙する建築

●小論・山口文象と二人の作家を結ぶ糸は?
  松江と富山に小泉八雲ゆかりの建築、東京に林芙美子邸、両作家と山口はどこに接点があったか

●小論・東京神楽坂紅谷と山形七日町梅月堂・山形に梅月堂を見にNEW
 
山形市の繁華街七日町の一角に山口文象が1936年に設計したレストラン

●小論・東京中央郵便局舎の改築と建築保存の諸問題(2008)NEW
 東京駅前の東京中央郵便局が改築される。この原設計者について山口文象は異論を唱えている

フォトコラム山口文象


●関連リンク

創宇社建築会について-創宇社研究者・佐藤美弥氏のWEBサイト
山口文象研究会(RIA)
小屋平ダム 山口文象の思い入れ(伊東 孝)
黒部川第2発電所・小屋平ダム(内藤 廣)
渡辺豊和著 山口文象/毛綱モン太覚書き
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