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デジタルイチャモンの日々 文・伊達美徳
118父の遺品の蛇腹写真機 2009年4月13日
15年前に逝った父の遺品に、ガラスの乾板(65×80mm)に写す蛇腹式写真機がある。カメラというよりも写真機がいかにもふさわしい。
父のアルバムにある古い写真から判断して、初めて子(夭折したわたしの姉)が生まれた1935年に購入したようである。
その後のアルバムの様子では、1942年頃までは使ったらしいが、戦争時代になると乾板は手に入れられなくなるし、写す当人の父は兵役で居なくなるし、その留守中にわたしが玩具にして壊したりした。
それでもわたしが中学生くらいのときに何とか使えないものかと、カメラ屋に相談に行ったことがあったが、もう乾板を売っていないからだめといわれた記憶がある。カメラの名前は「KINKA
HAND CAMERA」と書いてある。日本製だろか。
今ではさわると壊れるくらいに、ぼろぼろとなっいる。もう処分しよう。
父は映像に趣味があったらしく、手回し式8mm映写機があり、フィルムが2巻あった。そのひとつがチャップリンの出演するものだったが、もうひとつはなんだか忘れた。
幻灯機もあり、絵を描いたガラスを透過して写すものだった。絵の内容は、宗教的なものだったような、うろ覚えである。
小学生くらいまでは時々見て遊んだ覚えがあるが、父はわたしが物心ついてからは、父にそのような趣味はなかった。
どちらの機器ももうないが、あれば骨董品として価値があるのだろうか。
いつの日かわたしの遺品のPCやコンやデジタルカメラを見て、同じようなことを息子が思うだろうか。
114電子レンジの謎
エレクトロニクスに弱いといっても、電子レンジくらいは使える。
パンを焼いて朝のトースト、冷や飯を暖め、冷凍食品を解凍するくらいなことは20年以上やっている。
数年前のこと、わたしの勤め先の協会のオフィスでパーティーをやることになり、女性職員が陶磁器を使って電子レンジで簡単な料理をしているのを見てびっくりした。陶磁器で蓋をしたままにレンジに入れているのだ。
え、それじゃあ温まらないんじゃないのって言うと、怪訝な顔、だって電気は陶磁器は通らないんだもんと言うと、そんなことはない、ちゃんと料理できますよって、笑われてしまった。
ふ〜ん、そうなのかあ、それまでは陶磁器は電気の絶縁体だから、陶磁器の容器に入れて暖めるときは、蓋をしたら電子が通らないからダメなもんだとばかり思っていた。
金属なら電気を通すから、アルミ鍋なら蓋をしてもよいのだろうと、漠然と思っていたが、あいにく金属の皿などは使っていないから電子レンジにいれたことはなかった。
でも不思議である。
昨日のこと、エンジニアの友人に、どうして蓋をした陶磁器でも中のものが暖まるのかと聞いたら、怪訝な顔をされた。これこれこうとわが電気知識を披露すると、またもや笑われてしまった。
きけば、電子レンジってのは、わたしが想像していたように電子を発射して食品のなかの水分を刺激して暖める装置ではないそうだ。
あれはある波長の電磁波を発射する装置であって、その波長だと水の波長となんだか仲良くなって(その原理は聞いても分からない)発熱するのだそうである。で、その電波は陶磁器を通るのだそうだ。
ふ〜ん、要するに無線送信発熱器だな。となると、金属鍋に入れてチンしようたって、鉄の板は電波は通らないから、だめなんだな。
そうなのかあ、なんだよ、それじゃあ電子レンジじゃなくて、電波レンジだぞ、そう言い替えなさいよ。
もっとも、こっちはいまだに電子と電波の違いもわかってはいないのだ、え〜と、電子は粉で電波は水みたいなものかしら、。
107電動髭剃り器の20年 2009年3月9日
男なら誰でも髭剃りの面倒さが毎日のようにある。
宮仕えのサラリーマンではないフリーランスだったから、髭を伸ばそうかとも思って試したこともある。
だが、半島系だろうかわたしはそれが薄いので、やってみると、鼻の下は左右がどうしてもつながらなくて貧相だ。あごの下は何とかなるようだが、ヤギ髭のそれだけだとジジむさく見える。
髭剃り用具も、はじめは片刃かみそりから、両刃、ローラー式、そして電動髭剃り器と進化してきた。電動髭剃り器も、何台も買い換えた。
ところが、今の電動髭剃り器は、実にもう20年くらいも使っている優れものである。オランダのフィリップス製品である。
電池の能力がちょっと弱ってきているが、まったく故障もしたこともないし、刃の入れ替えもしていない。
この間に、持ち歩き用に小さな日本製もいくつか買ったが壊れて、結局このオランダ製が一番よいのである。
最近、カタログから自分で選択する方式の香典返しがあり、電動髭剃りを手に入れた。でも、これの性能が悪いのである。どうしても剃り残しがでる。箱を捨てたので分からないのだが、おかしなことに製品にメーカー名が書いてない。
これと比較してフィリップス製の剃り具合の優秀さがよく分かった。
それにしても電器製品で20年も使い続けるなんて、うちにはほかにラヂオがひとつだけあるが、普通はありそうにない。
オランダは電子工学のハイテクに頼らないローテクの技術が、今もすごいのだろう。 
●A安心E延命D電撃器
2009年2月2日
AEDなる器械の講習会に参加した。なんでも、道端に人が倒れて意識不明なら、これを使って生き返らせる器械らしい。
日本語ではなんとかかんとかジョサイドウなんとかかんとかというらしいが、覚えられない。
A安心E延命D電撃器としておこう。
「あっ、人が倒れている、人工呼吸だ、」くらいは、私も知っているが、心臓マッサージもやるのであったか、けっこう力が要る仕事である。
マッサージしながら野次馬にこういうのだ、
「あなたっ、見てないでスグ119番して救急車呼んでッ、そっちの人ッ、AEDを探して持ってきてッ」
AEDってのを近頃は学校や公的施設などにはおいてあるのだそうだ。
まあ、それを探して持ってきた人がいるとして、次はそれを使うのであるが、講師の消防署員がいうには、
「器械のしゃべる通りにすれば分かります」
AEDは、表面にタッチボタンがいくつもついているノートPCくらいの大きさで、ほかに電線がぶらさがる2枚の手のひら大の小判型粘着シートもある。
器械がしゃべる。
「パッドをコネクターでセツゾクしてください」
パッドって?、コネクターって?、セツゾクって?
消防署員に聞けば、パッドとはその小判型の粘着シートのことで、コネクターとはそれにぶら下がる電線のことで、セツゾクとは電線の端っこを器械のボタンが点滅しているところに差し込むことだそうだ。
じゃあ、なんで「電線の端っこを灯りがついているところに差し込んでください」っていわないのか?
次に器械がまたしゃべる。
「パッドをカンジャにソウチャクしてください」
エッ?、また聞けば、カンジャとは倒れている人のことで患者らしいし、ソウチャクとは1枚を右肩にもう1枚を左横腹にはりつけることだそうだ。なるほど、小判型シートに、それを貼り付ける位置の絵が描いてある。
患者って、世間では道端に倒れている人をそう思わないし言わないよなあ。
ソウチャクとは装着らしいが、背中に肩こりの貼り薬を装着してくれ、なんて言うか?
この器械は、なんで普通の日本語でしゃべらないのか? これもPCのマニュアルみたいに、おバカ技術者が直訳したんだろう。困ったもんだ。
まあ、そうやってまた声にしたがって点滅するボタンを押せば、貼り付けた2枚のシートの間に電気が流れて、止まりそうな心臓をビリビリドカン電撃一発!、失神からビックリ起こす、1回で起きなければ何回も繰り返すのだそうだ。
なんだか乱暴な。
でも、そのAEDはひとりの人に専用に使うのだそうだ。こっちが生き返ったから次はそっちだと、数人にひとつのAEDを使いまわしてはいけないのだって。
となると、例えば道端にわたしと若い美女とが倒れていたとする。もちろん偶然に通りがかりで、え〜と、そう、突然雷が落ちてきたのだ。さて、AEDがひとつしかないとなると、う〜ん、わたしの助かる確率はかなり低いなあ。
AあなたをE選ぶ(選ばない)D電撃器ってか、。
●言葉の酔時記が消えた
2009年1月6日
このブログは、書き込み一件ごとにそのテーマを決めて、テーマごとに分類しておくことができるようになっている。そのテーマというところを、このブログではラベルというので、初めは何のことかわからなかった。
日本人に分かりやすく翻訳しろよ、。
そのラベル分類をいじっていたら、「言葉の酔時記」に分類した何十件もの記事が、知らぬ間に一式、どういうわけか、消えているのだ。
消える操作なら、それをやると一式消えますがよろしいですか、ってな表示が普通は出るのに、このグーグルでは出てこないので、すっと消えてしまった。しょうがないヤツである。
2008年12月までの「言葉の酔時記」は、本家の「まちもり通信」サイトにまとめて掲載しているので、下記をどうぞ。
●言葉の酔時記
http://homepage2.nifty.com/datey/kotoba-suijiki.htm
ブログにあるから、この毎月の転記をしなくてもよいかと思っていたが、これではやっぱりやる必要がある。
そこで、ここからコピーしてもとのブログに戻そうかと考えたのだが、ブログは昔の日付で書き込めないことが分かった。できないのである。
「まちもり通信」はブログではない普通のWEBサイトだから、わがPCの中にWEBサイト掲載と同じフォルダーを作ってあるから、どちらかが消えてもバックアップできる。
ところがブログは直接書き込みだから、こちらのPCには何も残っていない。ブログが消えたらお仕舞である。ブログは便利といいながら、実は危ないものであると分かった。
このグーグルが若しつぶれたら、そこのサーバーにある書き込み類は、いっぺんに消えるかもしれない。そういうことは本当にないのか。会社がつぶれなくても、なにかでサーバーが壊れるってことがあるだろう。あまり信用してはいけないな。
あ、そうだ、インターネット銀行はどうなってるのだろう? わたしはお金ないし、インタネット銀行なんて関わらないから平気だけどね
●カメラ液晶表示がダウン
2008年12月14日
デジタルカメラ(キャノンixy900is)の液晶画面が壊れた。それでも光学ファインダーがあるので、そこから見定めて撮影すると、画像は写っているので、カメラの機能は死んではいない。
それでも一応、修理に近くのキャノンの店に行って聞くと、液晶画面だけ取替えは約1万円だと言う。ちょっと悩んだが、頼んだ。
その日の夕方電話がかかってきて、カメラを開けてみたら、水に浸かったらしくてあれこれおかしいので、直すとなると新しく買うほうが安い、と言われた。
う〜む、以前に便所にボチャンしてから生き返ったのだが、やっぱりプロから見るとダメらしい。
しょうがないので、そのまま返してもらった。ファインダーから覗けば撮影はできるのだが、問題は設定を変えることができないのである。でもまあいいや、と使うことにした。
しかし、このままでも困るので、同じ型のカメラの中古品をインターネットで調べると、15000円前後で売っている。近くのソフマップに言ってみたら、10000円ほどで、ちょっと液晶に黒点があり、画像にも影響が出ると書いてあるixy900isがおいてある。う〜む、どうしようかなあ、、考えているけど、、、。
それにしても、液晶画面が見にくい明るい屋外の風景撮影がほとんどなので、光学ファインダーがあるこのカメラを買っただが、まさか液晶が壊れるとそれが役に立つとは思わなかった。
まあ、昔のカメラはみな光学ファインダーだったし、設定を微妙に変えることもないし、しばらくこれで行こう。
ところで、この型から後の新製品で28ミリのデジタルコンパクトカメラのどれにも、光学ファインダーがついていないのである。どうしてなのか、明るい山や海などで移すと困るのだ、なんとかせい、。
関連→hi-technology??
●カードと携帯電話
2008年11月23日
乗り物のナントカカードを持っていない。電車に乗るとき、必ず切符を買うことにしている。
だって、事前に大金を取っておいて、金利を払わないなんて、悪徳高利貸よりももっと悪い。資本主義社会のテキである。よく皆さんはそんなことが平気なのですね。
あれは鉄道屋さんの手数が省けるだけで、乗るほうは金利の損だけである。
それに、大きな声ではいえないが、キセル乗車もできなくなったしなあ。鉄道屋さんは、それまでキセルで損してもやっていけていたのだから、いまやかなり儲かるようになったに違いない。
金利をつけるようになったら、カントカカードを使うようにするつもりだ。その頃はカードシステムはなくなって、携帯電話に仕込まれるシステムになってしまっているかもなあ。
ところがわたしの携帯電話機ではそれはできない。ネット接続機能をつけていないから、文字通り携帯電話機である。
仕事していた頃はもちろんネット接続していたが、今は必要ないからやめた。
携帯電話機そのものも必要ないかもしれない。母がもしものときのために必要だったが、それも終ったので、いまや、時計が一番の用途、次がカレンダー、3番目が電話、ほかはなんにも使っていない。やたらめったらある機能はみな枕を並べて死んでいる。
たまに、つまらない会議中に、無音モードにしている携帯電話にかかってきたフリをして、外にしばらく抜け出すのに使っている。これは役に立つ機能である。
ネット接続もテレビも家のPCで十分である。そもそもテレビをめったに見ないから、ワンセグ(これは珍妙な造語である、ワープロなみだな)なんて必要などころか、電車の中でまでテレビ見たいヤツの気が知れない。
中越の山村・法末では携帯電話が通じない。仕事の電話から逃げる口実に使っている仲間もいる。それももうだめで、近いうちに集落ど真ん中にアンテナが建つらしい。
それにしても公衆電話が激減しましたな。どこにあるか、探す難しさが公衆便所なみである。
そのうちに公衆浴場なみになるだろうなあ。公衆電話保存運動の果てに、公衆電話遺跡指定なんてね、。
●地震に強いかも原子力発電船
2008年9月29日
横須賀米軍基地にアメリカ軍の原子力航空母艦が配備された。乗っている兵員が6000人もいるという。ちょっとした街であるが、超過密居住である。
その人間の暮らしとともに、あのドデカイ図体を自力で動かし、戦争という効率のことは考えない超浪費もするのだから、そのためのエネルギーを作り出す原子力装置は、いったいどれくらいの能力なのだろうか。
バックアップ用も要るだろうから、多分2基以上はあるだろう。
日本にある原子力発電所は、それ比べると大きいのか小さいのか?
それで思いついたのだが、いくらあんなにでかくても海の上にいるのだから、四六時中揺れているだろう。ということは、地震の巣の真上にある日本の原子力発電所よりも、もっともっと危険な状態が日常的に起きていることになる。それで、いいのかしら、。
日本じゃあちょっと揺れても大騒ぎなのに、四六時中ゆれている原子炉は、いったいどうなっているのか。
日本の原子力発電所とは違って、ゆれても大丈夫な技術なのかしら。だったら、日本の原子量発電所もその技術で作れば、大丈夫のはず。
アッ、そうだっ、原子力発電船を作ればよいのだっ、いい考えだぞこれは、。
海に浮かんでいても、アメリカ政府や日本政府の言うように絶対に事故がおきないのなら、電力需要の多い地域の港に停泊して発送電すれば、エネルギー効率が断然良くなる。大規模工場はたいてい海べりにあるから、原子力自家発電船を作ればよい。
万が一、事故がおきたらすぐにはるか沖に出て行ってしまえば、害を及ぼす範囲は格段に小さくなる。
どうです、これは、良い考えだなあ、。
ところで、原子力空母が出す特有のウンコ、つまり核燃料廃棄物はどこにどうしているのだろうか。ものがものだからず〜っと船のなかに抱えっぱなしではあるまいし、まさか海に捨てているとも思えない。
もしかしてこれからは、横須賀基地の洞穴(あそこは旧日本海軍の掘った壕がいっぱいある)にいれておくのかも、。
これは怖い。
●034バナーを大嫌い
2008年9月1日
ウェブサイトに出てくるバナーというやつが嫌いである。
ひとつはWEBサイトにめったやたらに登場するヤツ、もうひとつが道端にめったやたらに登場するヤツ、目障りでうるさくてしょうがない。
WEBサイトのヤツは、ニフティとか楽天とかの商用サイトのトップページを見れば、いっぱい出てくる。
なんであんなに汚らしいのか。
中には動くやつもあって、目障りで目障りで、とにかく見ないようにしているし、見ても読みはしないし、早く逃れたくて目的ページへの移動(ほとんどは検索のためにそのトップページに行っている)を急ぐのである。
だから、とにかくバナーは見ないものだ、という習慣がついているから、本当に必要なことがバナーになっていると検索できないのだ。
最近になって知ったのだが、視覚障害者はWBサイトを「聞いて」いるのだそうである。ページを音声で読み上げるコンピューター・ソフトウェアがあって、それを使うのだ。これはテキストを読みあげるので、画像で作ったバナーは読めないから、存在しないも同然である。
画像には代替テキストをくっつけておけばソフトがそれを読み上げるので、視覚障害者はそれを聞いて画像内容を判断する。
しかし、わたしがその身なったとして、バナーにつけた代替テキストを次から次に読み上げられるのを聞かされるとなると、このバカヤローメってすぐに他のページに飛ぶに違いない。
もうひとつのバナーは、最近、どこに行っても道路わきに安物の幟旗が何本も立ち並ぶ景色に出くわす。
極彩色でひらひらしているから何を書いてあるのか、車の中からは読めない。ただただ眼にうるさいだけで、美しい田園風景が壊されるばかりである。お行儀の悪いことおびただしい。
まさか、ゴミを捨てるなとか、美しい郷土をつくろうとか、そんなことを書いてるんじゃなかろうなあ、。でも黄色い交通安全をうたう幟もよく見かけるが、あれは公的機関が立てているのだろう。困ったもんだ。
最も行儀の悪いのは、自動車販売屋である。毒々しい色の幟旗を並べ、毒毒しい色の造花が無数についた紐で頭上を飾り立てる、あれはどういう神経なのだろうか。これがどこの街に行っても同じような有様だからあきれる。
この数年、しげしげと中越の美しい田園と森の風景の町や村を訪れているが、だんだんとその幟が道端に増えてくる。
最近、直江なんとかと人名を書いたものが増えているので、聞いてみると、越後の武将だった人の名前で、テレビのドラマの主人公であるらしい。テレビを見ないから何のことか分からないが、おかげでこの美しい越後の風景を台無しにしつつあることはたしかだ。
そもそも幟旗は、お祭りのときにしか出さないものだったのだ。日常の「ケ」とは違うイベントの「ハレ」の空間にする装置の一つだったのだ。
ある日、幟が立ち、屋台、出店、見世物小屋が立ち並んで、お祭りの空間が出現する。それが終った次の日はまた元の静けさに戻る、あの空間の劇的な変化が楽しかったのだ。
宣伝広告屋が毎日をお祭りにしてしまったから、今やあの非日常の楽しみがなくなってしまった。
あの日常、非日常の日々を返せ。
●PCがオカシー
2008年7月27日
今朝からPCがオカシー、デスクトップが壁紙だけになった。
しょうがないからセーフモードってやつで立ち上げて使っている。ネットでいろいろ調べてあれこれやってみても、治らない。
なにやらのファイルをどこかに移せ、とお知らせが出てくるのだが、そのファイル名を書いてないから何のことか分からない。そんなことでよいのか、ウインドウズ屋さん、、。
うごきが遅い、できないことがある、画面ががへんだ、でも、しょうがないからセーフモードで使っている。この書き込みもできる(多分)。
3月にハードディスクの入れ替え修理をしたばかりなのに。どうやれば元に戻るかしら、、う〜む。
ro-maji de naito kakenaku nattazo komatta,,,,, と思ったら治ったぞ、ってことは、なんだか、だんだんと壊れていくのかしら、、。
昨日、いらないソフトを消していて、うっかり必要なウィルス除去ソフトを消したので、再インストールしたのがいけなかったのかなあ、不機嫌なのは、、。
4:00
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と、ここまで書いて、しばらく休ませて、またこんどは「前回の正常立ち上げの構成」とかいうところで立ちあげたら、おお、元に戻った。
でも、これをログアウトしたら、またもとの木阿弥かもなあ、。 8;00
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おお、やっぱりもとの木阿弥だあ〜、 どうすりゃいいんだよ〜、、9:30
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今度は、外付けのHDDなどすべてはすして立ち上げたら、おお、尋常な立ち上がりになったぞ、、。しかしこのままでもこまるなあ、。10:15
●ご臨終から生き還ったカメラ
2008年7月8日
4日に便器におとして、一時は水死したと思ったデジタルカメラは、5日にはやっと目を開けたが撮影不可の重症、そして6日朝には一部にボケはあるが撮影できるように軽症になってきた。
貧者の百科事典であるWEBで調べると、水に落としたカメラはオンには絶対にしないで電池をすぐはずして、とにかく乾かすしかないらしいとわかった。
電池をはずすのはうっかり手遅れだが、なおなお乾かせば全快するかもしれぬと期待して、昨日は電池入れやUSB接続など蓋のあるところは全部あけたまま冷房した部屋に放置しておいた。
さて本日は溺死状態から5日目、恐る恐る電池を入れてスイッチオンにしてみれば、液晶画面はくっきり、おお、治ったか。
でも、隅から隅までよく見ると、右上の端っこにまだなにか水のようなものがある。それでも注意しないわからないくらいになっている。
あと一息で全快するだろう。とにかく良かった。
WEBをあちこち見ていたら、このようなカメラを安く買う人がいて、それを分解して乾かし掃除して修理するのだそうだ。電子機器となったカメラは治らないものとも思い込んでいたが、そうでもないらしい。
ただし、カメラ製造業者もそれをやられては困るからか、いろいろな螺子類を使っていて、分解には結構面倒なことを要求しているようである。もっと簡単にできるようにしてはどうか。
PCも昔はマニアでないと中味に取り付くのが不可能だったが、今は素人でもなにがしかできるようになっているのだから、カメラだってできそうなものだ。
●カメラが便器にボチャン
2008年7月6日
ズボンを脱ごうとしたら、なにかがポケットから落ちてガチャン、ボッチャンと音がした、ウワッ、カメラが水にっ、すぐに手を突っ込んで拾い上げ、首に巻いていたタオルで一生懸命に拭く。
ここに来てやるべきことは忘れてしまって、きれいきれいに拭きに拭く、まあ、事の後でなくて事前だから不幸中の幸いかもなあ、、う〜む、これくらいすばやくきれいにしたから大丈夫かなあ、。また拭く。
不安にかられながらスイッチオンする。ありゃ、液晶に水の模様があるぞ、シャッターを押してみる、あれ、写らないようだぞ、、、、う〜ん、あ、だんだんと液晶が消えていく〜。
後で聞いたら、すぐにオンしてはいけないんだそうで、乾くまで待つといいらしいが、そんなことは知らないから、ああ、。もう液晶は真暗で、シャッター押してもうんともスーとも言わない、ご臨終である。
これは一昨日夕方のことである。あきらめてそこらあたりに放り出しておいた。コンパクトデジタルカメラって、修理っていくらくらいかなあ、いや、新品を買うか、、不調なので引き出しに入れてある以前のカメラを出して使うか、。
昨日朝おきて、念のためスイッチを入れてみると、お、何も映っていないがぼんやりと明るく液晶画面が見えるぞ、ファンクションボタンを押すとあれこれの記号も登場する、時計も見えるぞ、生き返ったか。
では写るのかしら、乾燥して治ったのか、喜びつつシャッター押すと発光して写っている様子。
おお、液晶はで見えないが実は写っているのか、いそいそとPCで見たら、ああ、ぬか喜びだった。
今日もあまり変わらないが、なんだか液晶画面に向こうの景色が見えないこともない。
明日になるともっと治ってくるといいなあ、、。
●血出痔問題
2008年6月25日
テレビを見ないから、今あれこれといわれている出血樽やら血出痔(キタナイ略語だね)放送問題に興味が無い。なんでももう何年かしたら、わたしのうちのテレビでは放送が見られなくなるのだそうである。
勝手にそう誰が決めたのか知らないが、その理由はいつか専門家に聞いたことがある。
高度情報通信時代になって、限られた電波を有効に使うために、電波を使っている各種の放送や通信の使い手たちに、使い方に対応して周波数を再配分するのだそうである。
そうすればテレビジョン放送も沢山のチャンネルが使えて便利ですよってことらしいが、そもそも今の放送内容があれほどくだらないものがおおいのに、この上さらにチャンネル増やして何を放送するのか不思議ではある。
世の中そういうものなら勝手にどうぞである。
だが問題は、私だってたまに映画とか重大ニュースはテレビジョンで見る。それを見られないとなったら困ると思ったが、インタネットで見ることができるようになるらしいのでこれは問題は無い(らしい)。
今のテレビを大好きな人たちには買い替えの問題があるのは分かる。でも、あんなしょうもない放送を見たいのなら、それはお好みの問題だからご自分の金で新型受像機を買えばよろしい。
なんなら、そんなものでも見てもらいたい番組提供スポンサーが、新型受像機を提供してはどうか。
これで電器屋さんたちが一儲けした上に、電器ごみが沢山出るのが癪に障る。このごみをどうするか、どこかの途上国に輸出するのかしら、、。
ところで、今の受像機で見ることを前提の受信契約しているNHKからは、一方的処置に伴う私の所有受像機無機能化に関して、なにか補償してくれるのだろうか。
NHK「このたび当方の勝手な都合でお宅様のテレビ受像機が使えなくなり、まことに申しわけございません。これはお詫びのしるしの鏡でございます」
こちら「どうして鏡なんです?」
NHK「これを使えなくなったテレビに貼り付けると、お化粧用の鏡台として再利用できますので、、」
●風呂具は超高齢社会を救う(2008年6月6日)
まちもり通信ブログ版(試験公開中)を読んだ知人が、「ブログまでも始めたのか」って、メイルをくれた。
普通のWEBサイト<まちもり通信>でのイチャモンだけでは、まだ足りないのかってあきれたらしい。
それに返事を書いていて、ハッと思い当たったことがある。
その風呂具もそうだけど、コンピューター屋があれこれと腹を立たせてくれるのは、もしかしたら、わざわざそうしているのかもしれないなあ、ということである。
なにしろ、コンピューターではなにか新しいことをやろうとするごとに、あるいはちょっとした故障ごとに、もうわけの分からない面倒なことが起きて腹が立つのであるが、それにもめげずに何とか立ち向かっていると、そのうちに解決する。
最近のこと、大学時代の同期友人が光ブロードバンドに変えたら、ほとんど1か月間わけの分からないことに巻き込まれて、あちこちにお助け電話しつつ、まるで銀行で振りこまされているような気分でキーボード操作をさせられて、ようやく元に戻った体験を書いてきた。誰も似たような経験があるだろう。
そうやって、ああ、よかったなあと、つい喜ぶのである。
しかしである、実は、それは何も創造的なことが起きたのではなくて、単に元に戻っただけなのであったと気がつくと、また猛烈に腹が立ってくるのである。
ところがである、こうして毎度毎度腹を立てていると、廊下、じゃなくて蝋化、じゃなくて老化の進むわが脳が活性化してちょっとは元に戻るし、キイボードをたたく指先を使う運動も脳によろしいとか、つまりぼけ防止に大いに役立っているような気がしてきた。
そうか、これまで腹を立ててコンピューター屋を馬鹿呼ばわりしていたけど、わけの分からんことをさせていたのは日本の超高齢化社会を救うボケ防止策だったか、つまりこれは企業のフィランソロピーなんだな、そういう遠謀深慮があったのか、だとすれば本当は感謝するべきであったか、すまんすまん
●インターネットが停った(2008年5月23日)
この2日半ほど、わがPCで外との通信ができなかった。画面には、IPがどうとかサーバーが見つからないとか出てきて、メールもWEBサイトもせっかくの光回線につながらない。
何もしないのにどうしてだろうと、では、机上PCじゃなくてもうひとつの膝上PC(そういえば最近はこのラップトップって言葉を聞かないなあ)をつないでも、やはり同じになる。でもIP電話は活きている。
それじゃあ、こっちのPCのせいではなくて、プロバイダー@nifty側のサーバー故障で、今に治るだろうとおうように構えていた。だが、2日たってもつながらない。
これだけ長く商用ネットで故障が続くと、新聞にでるだろうと、見ても記事はない。なにしろつながらないのだから、プロバイダーにメール問い合わせもできない。
同じプロバイダーに加入している奴も、同じようになっているに違いないと思っていた。でも、ちょっと聞いてみるかと、同じ@nifty加入の友人に電話してみたら、なんだ、普通につながっているというのだ。
おいおい、どういうことなんだよ、まったくPCって奴は困ったモンである。しょうがないから、パンフレットの山から探して、@niftyに電話をした。
こういう電話はえてしてかからないものと決まっているのが、意外にもつながって、出てきた兄ちゃんがあれこれと指図してくれて治った。
結論は、要するにPC、ルーター、モデムの電源を全部抜いて、また入れたら元に戻ったという、実に原始的なものである。足で蹴飛ばしても治ったかもしれない
ぞ。
おい、それくらいのことなら、2日もいらいらさせなくても、ためしにやってみなさいって、どこか画面に出てきてもよさそうなもんだ。気が利かないやつである。
その@niftyの「年寄り電話相談室」の兄ちゃんは、それなりにちゃんと教えてくれたのであるが、言葉でちょっといらいらした。
なにか操作を指示するときに、いちいち「〜してもらってもよろしいですか?」と、こっちに質問するのである。
「コントロールパネルをクリックしてもらってもよろしいですか」って尋ねられても、よろしいかよろしくないか、そんなこと分かるもんか、分かればこんな電話しない。
相談係はそう言えと研修を受けているのだろう、いちいち聞くなといっても、すぐに「よろしいですか?」の攻勢である。あきらめて、毎度毎度「はい、よろしゅうございますとも」と、お答え申し上げるしか、前に進む方法がないのであった。
あれはどういうことなんだろう、もしそれでPCが爆発しても、「そっちがよろしいと承諾してやったことだから、こっちに責任はない」と、逃げるためだろうか。
それとも、"would you?"の直訳だろうか、まさかネ。(080523)
●出痔樽出歯井戸老人(2008年5月20日)
なにしろこの30年くらい珍妙なデジタル業界用語につき合わされているので、結構うらみつらみの期間は長く、アホ馬鹿コンピューター屋罵倒歴も長いのである。
まずは「ワードプロセサー」ってのも、制作者は日本語をいかに処理して機械に載せるか苦心惨憺したので「言葉処理機」としたらしい。
しかし、そんなことは使う側は知ったことではなく、きれいな文字と文章が出てくればよいのだから「清書機」としてくれていたらもっと分かりやすかったのだ。
「ワープロ」なんて用語も「パソコン」も、変なものである。日本語での省略方法をそのまま外来語に持ち込むから、推測もできない用語となる。
血出痔と聞こえる「地デジ」なんて、語感の悪いことに気づかずに和洋折衷用語もつくる(地上があるなら地中とか空中デジタルもあるんだろうな、テレビ見ないから知らないけど)。
今開いている画面を見ても、ファイル、ツール、データ、フレーム、ウィンドウ、ヘルプ、アドレスなんて、対応する日本語があるのに知らないのかそのままカタカナにしている。
昔は「購読」なんて誤訳だったのは、今は 「お気に入り」なんて変な言葉になっている。日本語能力がないコンピューター屋の言葉音痴には本当に困ったものである。
要するにこの業界のかたがたは、使う側の立場ではなくて、作る側でしか物事を考えないらしいのである。
このあたりの基本的なことがコンピューター屋は分かっていないらしいから、どんなに変な言葉でも、使う側が作る側についてこいっ、てなもんで、パソコン教室を流行らせて2重に儲けようという魂胆なのだろう。
だから、日本語を良く知っているものほどコンピューターは難しい、つまりバカ日本語が分からんからだ。
高齢者がコンピュータに取り付けないのは、断じて老人が物分りが悪いからではない。
こんなバカ言葉エセ日本語にとりつくには、老人の豊富な日本語知識が障壁となっているんだぞ。わたしが今からコンピューターやろうとしたら、頭抱えて哂いつつ憤死するだろう。
それをカッコウつけてデジタルデバイドなんていって(今にデジデバとなり出痔出歯か)、チャンチャラおかしい(080520)
●ワープロ通信からWEBサイト開設まで(2008年5月15日)
わたしが電脳系のキーボードに本格的に触れだしたのは、1983,4年頃だろうか、ようやく数十万円以下の事務用普及型WP専用機が登場してからで、たしか東芝のJW700という機種だったような気がする。
しばらくして家庭用も出てきたが、大学生の息子が家で使っていたのが、たった1行だけ表示のでるものだった。そのうちに安くなって事務用に負けない機能になってきたので、オフィスでも家でも使うようになった。
その頃から世の中で情報の話が多くなって、情報処理と検索には「知的生産の技術」(1980梅棹忠夫)から興味があ
り、京大カードなどいろいろと試していたが、フロッピーディスクが加わった。
インタネットの走りであるニフティサーブが1987年
に商用開始したので入会して「ワープロ通信」をはじめた。電子メール
は相手がまだ少な過ぎて、主に情報検索をしていた。Compu-serveにも一時はいっていたが、使う能力がなくてやめた。通信速度が1200か2400bpsだったかしら、今考えるとえらく遅かった。
WP専用機の個人用普及機は、家電メーカーが製造することもあって、その使い勝手や使用解説書は、今のコンピューター屋とは違って、さすが分かりやすかった。
80年代末の頃だったか、今の電子辞書くらいの大きさの「ポケコン」、つまりポケットコンピューターがでてきて、一時持ち歩いていた。四則算よりは複雑なルートとか偏差値とかの計算ができたからである。BASICで書いていたような気がするが、もちろん遊びを出ない。
かなり長く東芝のWP専用機を愛用していて、10年くらいで10機以上は使いつぶした。仕事のほとんどが文章書きだったので、それで十分に間に合った。
PCのWPを使う今でも、WP専用機のほうが機能的に良かった
と思う。
80年代末にMacintosh(128k?)を所属オフィスに入れたのが、初めてのデスクトップPCだった。まだ本格的に使
いはしなかったから、使用方法で頭に来ることはほとんどなかった。よく
固まって、画面に爆弾が登場して驚いたものだ。
シムシティなる都市計画ゲームを専門家としては興味もったが、絵が稚拙すぎて興をそいだ。以後、コンピューターゲームにはほとんど興味がわかない。
その頃高校生の下の息子は、NEC98シリーズのなにかを、ゲーム用に家でいじっていた。
89年に所属オフィスをやめてフリーになってからも、仕事の文章書きには主にWP専用機RUPOシリーズを、事務用にはJW1000を使い、MACは主に
「パソコン通信」
と 情報検索用であった。
コンピューター専用にしたのは90年代半ばで、ウィンドウズ95がでてFUJITSUのPCを入れ、単に気分でMACから乗り換えたが、今から思えばわれながら低俗に流れた感がある。
このときから、コンピューター屋の日本語知らずにず〜っと悩まされ、ことあるごとに頭にくる。ながくやってバカ言葉もある程度は知ったが、慣れることは決してない。
コンピューターは情報の蓄積と整理に威力を発揮していることはよく分かるのだが、それにしてもいつまでも中途半端な変な代物である。
2000年末から自分のWEBサイト<まちもり通信>を開設して、いわば公開遺言を始めたのであった。
インターネットは、貧者の百科事典としてあらゆる情報を居ながら検索できるばかりか、世界に向けて個人で発信もできるとは、20世紀最高の発明と思う。
WPにもPCにもインターネットにも、わが人生ぎりぎり間に合って、とりあえずよかった。(080515)
●電卓元祖とWP元祖 2008年5月13日
1960年代末か70年代初めと思うが、所属オフィスで元祖(多分)電卓を使っていたことがある。トランジスターを使ったものだろうか、四則算のできる(というよりも四則算しかできない)電気卓上計算機(電卓)
で、ネオン管のような数字表示だった。
それは平面は60センチ角くらい、高さは15センチくらいの大きさで、専用の4本足の車つき台に載っていた。作業机までごろごろと台ごと引っ張ってきて使う。
これで手回し式「タイガー計算機」から開放された。以後は今の百円電卓に至る道のりである。
わたしが最初のコンピューター関係のキーボードに触れたのは、70年代半ばの電電公社DEMOS-Eシステムであった。こちら
のオフィスに端末機があり、あちらの電話局にあるホストコンピューターに電話回線で接続して計算をする、まさに電子計算機だった。
これにちょっととりついたがすぐに挫折、わたしの手におえなかったが、コンピュータってそんなモンだろうとあきらめた。オフィスでは構造計算と経理に
主にこれを使っていた。都市計画の統計処理なんかはIBMの計算センターを使っていた。
80年代初めにオフィスにやってきたのが、日本で最初の東芝製ワードプロセサー(WP)専用機「JW10」であった。
いま調べてみると1979年2月から出荷、630万円とある。こんな高額のものを発売と同時に買ったとは思えないから、その後の改良機かも知れない。
大きなスチール事務机に、上に小さなCRT、右下に印刷機、下に処理機本体を収納した、とてつもなく重くて大きなものだった。機能は作文、校正、編集、印刷だけだったが、とにかくきれいな文字が出るので、それまでのガリ版刷りレポートや、図面
の手書き文字が、オフィス内部できれいに印刷文字にできるので買った。
しかし、その使い方が妙に難しくて、取り付くもの電算機に強いものに限られた。わたしはその使用説明書(マニュアル)を読もうとしたが、文字は日本語なの
に始めの1行目からまったく意味不明、理解不能だった。あきらめた。
ただの清書用の事務機なのに
、メーカーはどういう魂胆でこのような文章を書くのか、このときからコンピューター屋へのわたしの不信が始まった。(080513)
●ブログを始めたけど挫折しそう・密林探検ブログシステム2008年5月12日
今流行らしいブログなるものをためしに始めてみようかと、グーグルブログの無料システムを借りて、わが「まちもり通信ブログ版」を試験開設したのだが、1週間もしないうちに挫折しそうである。
いや、操作が特別に難しいのではないが、その日本語版の用語についていくと腹が立つので、健康によくないからである。
どうも元の英語版を日本語版にするときに、あまり日本語を知らない奴にやらせたらしいのである。
たとえば、自分の主宰(っていうのかどうか)するブログに、自分が書いた記事や写真を登載するのを、 どういうわけか「投稿」というのである。
普通は、赤の他人が記事を載せろと送ってくるのを投稿という。自分のはそういわないもんだ。
これにいきなりつまづいて、さて掲載記事原稿を書いたけど、いったいどこを押すとわがブログに登載できるのか考えこんだのであった。
では、本当に第3者が投稿するときはどうするだろうか。しばらくにらんでいて「コメント」と分かった。
あのなあ、普通はコメントするのはコメンテーターといって、それなりにきちんとした意見を言うのが習慣なんだけどなあ、ブログごときでそれほど張り切ってもらいたいのか、こここそ「投稿」とするべきだよなあ、。
画面表示デザインが気に入らないので「テンプレート」をもとに、いろいろと変なところを「カスタマイズ」したのである。
なんで「既製表示例」がテンプレートなんだよ、「表示変更」がどうしてカスタマイズなんだよ、。
ハンチクに分かると変な翻訳はするけど、分からないとカタカナにするだけで逃げるのか。
このほかそもそも「ブログ」たあなんだよ、うちのPCは「風呂具」と出てくるぞ。
風呂具なんて語感のわるい言い方じゃなくて「簡易ウエブサイト」(いや「簡易電脳情報場」か)とかいうのがよさそうだなあ。
表示を変えるためにあちこちやっているのだけど、昨日たどり着いたページに今日はたどり着けないのだ。
そこにたどり着くのに用語から内容を判断して
鼠(マウス)を押すとなんだか違う内容が出てくる、そこから同じように他に飛ぶ、また飛ぶ、てなぐあいで、論理的に表示をたど れないからだ。
まるで密林か洞窟の探検である。
ほかにもいろいろあるけど、よそのブログ屋さんはどうなんだろうと、@NIFTYココログに入ってみたら、ここも「投稿」なんである。
一番最初に間違ったのを、そのままほかのでも真似しているらしい。間違いだらけのコンピューターで、付き合っているともう疲れちまうのである。(080512)
●デジタル言葉の酔時記 2008年1月8日伊達美徳
・出痔亀
「デジカメ」って、「出歯亀」と一字違いで、気持ちがわるい。え、デバカメってなんですかって? そうか、知らないのかあ、、。(2008.01.08)
・血出痔
これはまたなんとキタナイ、「地デジ」なる放送用語?をPCの日本語ワードプロセッサー(いわゆるワープロ)で書くと、こう出る、、、もちろん嘘だけど、こう出てもおかしくない。なにしろ語感が悪すぎる。(2008.01.08)
・エキセル
出痔樽業界は、ワープロ以来へんな略語やらカタカナ語を平気でいうもんである。「デジタル」だって、元の発音に近く言うなら「ディジタル」だろう。CDなどはディスクと言ってデスクといわないし、TEXTは「テキスト」と読むのにEXELはなぜ「エキセル」でないのか。(2008.01.08)
・デジ馬鹿
日常会話で使いっこないのに、PCでは平気で登場する言葉を、i.e画面を見つつまた思いつくままに並べ、この際、私が翻訳してやることにする。インターネット:電網、ツール:道具、フレーム:区切り、ウィンドウ:画面または窓、ヘルプ:助言、インポート:取り入れ、ビューバー:見当欄、コンポーネント:部品、プロパティ:わからん、トラックバック:大型荷物車後退、ブリーフケース:下着入れ、ブックマーク:本印、サムネイル:親指の爪、ウェブサイト:波止場、、、だめだこりゃ、そもそも元の意味をを知らないのだから、、。(2008.01.08)
・マナーモード
意味が分からなかった。やっぱりあちらは「サイレントモード」というらしい。英語知らずの私にも英語のほうがよほど分かりやすい。ふた昔前なら、「エチケットモード」といっただろうなあ。(2007.05)
・ホワイトプラン
8年使った2台目の携帯電話機(携帯がケータイにのっとられた)を買い換えた。月980円という超低料金に魅かれたのだが、この料金制度を電話屋は「ホワイトプラン」という。貧乏人のためのホワイトナイト(白馬の騎士)のつもりだろうか。大きなお世話なネイミングだぞ。(2007.05)
・電話機0円
携帯電話機を買い換えた。機械0円、月980円に魅かれた。その機械0円には複雑な手続きいるのだ。
なんだかよく分からないのだが、どうもリース屋と契約させて、そのリース代相当分を通話料金から月々値引きする仕掛けらしい。
2年間は電話機を変更するな、他の電話屋に移るなというのだが、それは契約期間中だかららしい。機械は実は店頭に書いてあるように0円ではなく、早く言えばわが借金契約らしいのだ。
窓口のニイちゃんにそのあたりの事情を聞いても説明できない。おい、契約ごとでそんなんで大丈夫か、ヤフー孫さんよ正義さんよ、なんだかあぶない商売だぞ。(2007.05)
・Soft Baka
で、この電話機はインタネットにどうしてもつながらない。
機械0円月980円安物とはそういうものなのか、それとも私の設定に問題あるのか、、。しょうがないからマニュアルを端から端まで見てもよくわからないのは、いつもの通りである。
こんなものは分からないものとこれまでの経験でわかっているのに、また読もうとする自分がばかばかしい。
何とかメールがつながるようになったのは、手に入れて三日目である。その電話屋Soft
Bankが決めてきたメイルアドレスが、乱数表から取ってきたらしく、でたらめな英数字が10数字も並んでいて気持ちが悪い。
で、これを変更しようといじっていると、もうすぐできるというところまで行くと、何やら(ローマ字3字で意味不明)をしてないからできないと言ってくるのだ。ところがその画面から、なにやらをどうする画面にはどうやっても行けない。
その馬鹿文字列のままでやるかとあきらめて、弟にメイルアドレス通知を出したら笑われてしまった。癪だからまた変更に挑戦すれども相変わらぬありさまで、遂にあきらめて買った店に行って女店員に変更させた。
何でも自分でできると思っていたのに残念であるが、これは明らかに電話屋のSoft Bakaのせいである。変更手続きの教え方が悪い、なっとらん!。余計な手間を取らせた時間の補償をしてくれ。(2007.05)
・Yahooのahoo
大学同期の友人たちでメーリングリストを始めた。Yahoo
Groupというシステムで、メイル交信の登録は管理者となった友人がやってくれた。
これに加えて各人がYahooID登録すると、いろいろサービスがあるという。
そこでそれぞれこの登録手続きをページ上でやるのだが、その案内がどこをどうせいと言っているのやら分からない。年寄りとはいってもそれなりに理工学部を出た誰も彼もが悪戦苦闘。
いくら利口学部出ではないにしても、これはシステム案内設計の悪い「Yahooのahoo」のせいだと、さっそく 腹立ちメイルが行き交う。
どこがおかしいか言うこともできない悪案内に、もうどうでもいいやと適当にあちこちいじっていると、いつの間にやら登録できた。どうしてできたのか、いまだにわからない。
そんなのが何人もいるし、2ヶ月たってもできないヤツもいる。たしか、YahooってのもSoft Bakaがやっていたような、おお、ahoo+Bakaには勝てっこない(2007.05)
●IT業界はほんとに変だ(まちもりコラム2005年6月号 伊達美徳)
4月のコラムにマッチポンプか、と書いた、ウイルス駆除ソフト会社がウイルスソフトをばら撒いた事件のことの続きである。
たまたま買ったPC関係雑誌(Yahoo
Japan2005.7月号)を読んでいたら、この事件のことがコラムに書いてある。気になったところを引用する。
その1(この事件の背景には)『新種ウィルスの頻発と不正プログラムの悪質化という大きな問題があります』
これはその会社の社長の弁明である。おい、それはおかしいでしょ、だってそういうことがあるから、そんなソフトを売って儲けてるんでしょ、病気に効くよというので買った薬が原因で身体を壊したら、それは病原菌が悪いっていうなんて、加害者が言う言葉ではない。
その2『被害にあったユーザーで、業者などに依頼して復旧を行った場合、その費用を8500円まで負担する。ソフトウェア障害で補償を実施するのは非常に珍しいケース』
なんで8500円かというと、そのソフトの販売価格らしいが、それはないでしょ、現実に被害額はそんなもんじゃないはずですよ。それに補償は非常に珍しいケースだというのも、えっ、そういう変な業界なの?って感じです。買ったものによって起きた被害、明らかに売った側の責任であるのに、それを補償しない業界って、あるんですねえ。人命にかかわらないからよい、と思っているのか。しかし、いまやそうばかり言っていられない使い方をコンピューターはしているところもあるはずだ。
そしてこのコラムニストの結論は、インタネットは安心できないから、こういうことが起きても大丈夫なように、ユーザー自身で日ごろから気をつけましょう、って言う調子。おいこら、これじゃあ業者は悪くないって結論になってしまいますね。いくら雑誌が広告で成り立っているといっても、結論がこれではあまりにひどいと思います。
とにかく、IT業界は変なところです。(050608)
●やっぱり、マッチポンプか(まちもりコラム2005年4月号 伊達美徳)
「もしかしたらウィルスはウィルス駆除ソフト制作会社がつくっているのかも、、、これをマッチポンプと言うのですが、、まさかね。」
これは以前にこのページの「害虫に寄生されたわがPC(まちもりコラム2004年2月号)」に書いたし、同じことを「もういいんだ」の中の一節にも書いた。
その「まさかね」が起きた。
新聞によると2005年4月23日にウイルス駆除ソフトウェアのアップデートソフトが原因で、コンピューター障害が世界中に起きたというのだ。リリース前に検査をしなかったのが原因だと製造配給元はいっているそうだが、実態はコンピューターウィルス駆除ソフトを偽装したウィルスソフトをばら撒いたのと同じである。
幸いにもわたしはこれに引っかからなかったが、それはその高価なソフトウェアを買う金がないので、ほかの安物を入れているからにすぎない。
ところで、これによって被害をこうむった人たちに、製造配給元はどうやって補償をするのだろうか。企業活動被害は巨額だろうし、世界中のそれを足すと膨大な額となるはずである。
それとも、そのソフトウェア使用許諾条件に「このソフトウェアによる被害については一切の補償をしません」なんて書いてあるのだろうか。24日の朝刊に出ているお詫び広告にも、できる限りの対策をとるとは書いているが、被害補償するとはない。
いつもソフトウェア取り入れるときに、あの長たらしい許諾条件の文が出てくるが、これをまじめに読んだ上で「承諾クリック」をしている人が世の中にどれくらいいるだろうか。
わたしは読むことはまったくないのが実情だけど、たいていの人がそうだろう。もしかしたらあそこに、「これを使うと1億円支払うことを承諾する」って書いてあるかもしれないなあ、、おお、怖い。だからインストールしてもメーカーに登録はしないのだ。ま、これは公序良俗に反するから法的には無効だろうが、被害補償しないとは書いてありそうだ。
ところで、わがPCには1980円の安物ウィルス駆除ソフトウェアが入っているのだが、それが高価なソフトウェアと同じなのだろうかと気にはなっている。高いから駆除能力が高い、安いからダメってことはやっぱりあるんだろうなあ、と思うのが世の常識である。
この安物ソフトウェアも一生懸命にデータスキャンして、ウィルスはありませんでした、なんて言ってくる。でもねえ、お前、ほんとに駆除してるの?、ただただスキャンしているだけで、実はな〜んの能力もないんだろ?って言ってみたくなる。持ち主であってもその中身がどうなっているのか全く分からないで使わざるを得ないのがソフトウェアなんだから、IT業界はどこか世の常識と違うことが多すぎる。(20050425)
●ブロードバンドで情報伝達の本質を忘れる
ちかごろはEメイルで重いファイルを、平気で送ってくる人が増えてきたような気する。昔もあったが、それはメイル初心者がよく知らないで送ったのだが、近頃はそうではなくて、確信犯的に送ってくるようだ。
どうもブロードバンドの急速普及に原因がありそうだ。
わが家の通信環境は−−自慢するけど−−ピポパピポじゃなくてパルスによる普通回線である。インターネット接続はアクセスポイントの電話番号に、ブツブツブツ・ブツブツ・ブツ・・てな調子で、PCが自分でお電話する(ダイヤルするというのか)ことから始まる。
なにしろ一昨年まで鎌倉の家では、わが机の上にはPCと並んでダイヤルをジーコジーコと回す黒電話が鎮座しており、こいつがPCに合わせてチリリン、チリン、チリチリと、けなげにも小声で歌うのが楽しかった。
さすがに東京の2ヶ所のわが仕事場ではISDNとADSLになっているし、わが家のある集合住宅ビルも光ファイバーが敷設してあるのだが、わが家はあくまでアナログ低速、いや普通速度回線のままである。
だから、重すぎるファイル付きメイルはダウンロードに数十分もかかる。いらいらする、健康によくない、だからプロバイダーのメイルサーバーからいきなり削除してしまって、受け取らないことにしているのだ(そうもいかないこともあるが)。
えーっ、そんなことでよいのか、せっかく送ったのに見ないとは何事か、失礼なヤツ、すぐにADSLに変えろっ、こう立腹するお方がいるに違いない。すまん、ごめん。
いや、ちょっと待ってもらいたい、ちょっと違うのである。
高利貸(サラ金とかまち金ともいう)の宣伝ちり紙(ティッシュペーパーともいう)を街角や駅前で配るのはずいぶん前からやっているが、ちかごろは広幅帯(ブロードバンドともいう)通信道具を配っている。
デジタル最先端技術の道具でも、はじめは、あの風俗客引き風のなんともはやアナログなやり方でないと、かんたんには普及しないものなんだなあー。
そうやって高速通信道具が組織にも個人にも急速に行きわたりつつあるのだが、その道具としての普及の急速さと、その使い方の普及との間にギャップが出ているのが今の状況である。
ちかごろは最初から広幅帯通信のひとは、そういうものだと思っているだろう。乗り換えた人も速さに大喜びしているうちに、誰もがそれでやっていると思い込んでしまう結果が、相手の状況を考えない通信となる。
先日、わが家の通信環境を若い人たちに話したら、いまどきすごいですねと驚いて笑われた。そうなんだよー、いまに電話局がわが家にやってきて、もうアナログはお宅だけです、おねがいですからブロードバンドにしてください、と言って来るまで変えないぞ、なんて酒飲み話をした。
インターネットは世界をめぐるのだが、世界中どこもブロードバンドの通信環境ではあるまい。わが家の様なところは、世界中まだまだ多いに違いない。
人にものごとを伝えるということは、相手の立場になり、分かりやすい言葉にするのはもちろんだが、伝える手段も相手に伝えやすい方法とするべきである。
そのとき、ブロードバンドを標準にするのではなく、わが家のようなのがまだ「世界標準」だと思う。ブロードバンド普及で、情報を伝える本質を忘れてきているように思う。 わたしは会員数600のNPO事務局で情報発信しているが、会員みんなに配信するメイルはかならず本文テキストで要領よく書くことにしている。重いファイルはHTMLにしてINサイトに載せて、先方からアクセスしてもらう。
つまり人様に情報を伝えるマナーを、遅さが自慢のわが家を標準にして、その環境での分かりやすさと速さを考えて情報発信をしているのである。これなら地球上のどこでも通用するのだ(と思う)。
と、まあ、ここまで格好つけた話をしたが、本当このことを白状すれば、わが家の普通回線通信とブロードバンド通信をコストパーフォーマンスで比較すると、前者のほうが低廉なのである。だからビンボー人は乗り換えられないのだよ、すまん、ごめん。
それにもうひとつ、外でも中でも頻繁に使っているモバイルPCにつなぐ携帯電話によるインタネットは、わが家をいくら高速にしても、なんの関係もないのである、、、なんだか納得がいかないのだ。
というわけで、まだまだ使うぞブツブツ電話、、引っ越しのときにNTTに返した黒電話ジーコ君が懐かしいなあ、。(040327)
●害虫に寄生されたわがPC(まちもりコラム2004年2月号)
わが家のコンピューター(FMV)のヤツが3日前から馬鹿になって、たびたび「Remote Procedure
Callが異常終了したために、、ウンタラカンタラ、、、早く仕掛け中のファイルを保存しないとなくなってもしらねーぞ、、」ってみたいなこと言っ
てきて、50秒くらいのカウントダウンを始め、やがてシャットダウン⇒再起動を、ご主人様の私にことわりなしに勝手にやるようになりました。
このやろう、どうしたんだ。
なにか治療方法はあるのでしょうかと、まわりのあちこちに病状を吹聴して、多くの方々のお見舞いとご助言をいただき、これはどうやらコンピューターウィルスに罹ったらしいと分かったのです。実は初めてです。
助言に従い、あれこれと病機を診察してみると、これはW32.Blaster
Wormなる名前の害虫がいつの間にか寄生していて、こいつが勝手にPCを再起動カウントダウンさせるのだと分かりました。
そこで苦闘4時間の大手術の末、「worm has been succesfully removed from your
conmputer!」と出て、駆除除去に成功しました(らしい)。
10年くらいのコンピュータ通信歴で初感染した記念に、この虫を剥製にして保存したいのですが、どうすればよいのでしょうか。
ノートンさまが「脅威のウィルスだぞよ」と脅してくるそばで、なんだかわけの分からない日本語の駆除マニュアルを読みつつ、何回も失神させたり生き返らせたりしながら、手間ばっかり掛かったあげくが、ただ単に元に戻っただけのですから、この4時間はなーんにも成果がない。
そう、人間のからだの病気治療も考えてみると同じで、治ったと喜んでも実は元に戻ったので、得るものがあったわけじゃない。
あっ、先般わが身の病に大誤診があったごとく、もしかしたらこれも誤診で、明日になったらまた害虫ぞろぞろかもしれないなあ。
これで儲かるのはシマンテックばかり、もしかしたらウィルスはウィルス駆除ソフト制作会社がつくっているのかも、、、これをマッチポンプと言うのですが、、まさかね。それにしてもなんともはや分かりにくい診断治療マニュアルだなあ。
いずれにしろ今の時点では治癒したことにして、こころからお礼申し上げます。(040104)
●ちょっとは態度が変わったかマイクロソフト
わがPCを替えて3ヶ月がたつ。WIN98からWINXPになって、ちょっとは馬鹿翻訳がなくなったなかあと思っていると、でてきたでてきた。
98で頭にきていたことは、フリーズしたり変になると、「お前が不正なことしたからだ、こんどからきをつけろー、、」みたいな言い方で、自分が故障したのをこっちのせいにするヤツである。しかも「不正」なんて、まったくもって言葉知らずの失礼きわまるやつである。
それがれがXPでは、「すみません、間違えましたので、やり直してください、、」みたいな文章に変わった。おお、よしよし、ちょっとは分かってきたか。
で、そのあとに続いて、「この故障をマイクロソフトに通知してくれ、、」なんていうのだ。で、それをクリックすると電話回線にはいってインターネットに自動的につながるのである。
おいおい、ちょっと待ってくれ、その通信費、電話代は誰が払うんだよ。
そっちの欠陥のせいを、費用こっち持ちで教えろとは、なんとまあ虫のよいこと。
え、その通信費なんて安いもんだっていうのですか、なにをおっしゃる、世界中の故障ユーザー何億人もが負担するのですよ、何十億円になるかしら、。
これ本当は、全部メーカーのマイクロソフトなんかで負担するべきでしょ。
最近は、売ったXPだかなんだかソフトに不具合が出ることが分かって、そこを直したから、インタネットでアクセスして修正用ソフトをダウンロードせよといってくる。その数がめったやたらに多いのである。
おいおい、欠陥商品を売っておいて、買い手が交通費負担して修繕用具を取りにこい、それ使って買い手が自分で手間ひまかけて修理せよって、そんな馬鹿なことが通じるのが、ITの世界なんですか、え?(031204)
●メイルマガジンを講読するって?
最近、本当にあった話を、ちょっとアレンジして書きます。
私が参加しているある会から来たメイル(A)と、それへのわたしの返事(D)のやりとり。
(A)このたび本会では会員にメールマガジンを発行しますので、講読してください。
(D)はい、購読なら有料でしょうから、購読料はいくらでしょうか。
(A)貝ヘンの「購読」ではなく、ゴンベンの「講読」ですから、無料です。
(D)「購読」のお書き間違いと思いましたので、お尋ねしました。失礼をお詫びします。
しかし、「講読」とは、それを読みながら講義をすることですから、そのマガジンは「講読」するほどのレベルの高い内容なのですね。それが無料ならば喜んで配信を受けましょう。
(A)「講読」とは、インタネット慣用語で無料購読のことをいいます。
ほんとうにそうなんですか?
I.E.の昔のヴァージョンのツールバーに、「購読」というのがあった覚えがある。おかしいと気づいて変えた先が、これまたおかしい「講読」なのだろうか。
これだけパーソナルコンピューターが普及したのに、まだまだ変なコンピュータ語が使われている。
わけわからぬカタカナも困るが、なまじっか日本語モドキであるので、違う意味になるからなおさらに困る。
今日も今日とて、新しく買い入れたコンピューターを飼いならすために、あれこれとソフトウェア・ハードウェアのマニュアルを読んでいるのだが、あいもかわらぬアホ馬鹿翻訳日本語モドキである。さすがに25年前のワードプロセサー初期よりはよくなっているが、あのころが悪すぎたのだ
コンピューター技術者は、外国語のソフトウェアーを正しい日本語で、わかる言葉づかいに翻訳し、理解しやすいプレゼンテイションをできるように、「教養」を身につけてもらいたいものである。(まちもりコラム2003年8月号 030814)
●ユーザーに手間ばかりとらせるPC(イチャモンコラム2002年5月号)
今月もハイテクイチャモンをつける。新しく買ってきたコンピューターの類の設定とか立ち上げは、どうしてあれほどうまくいかないのか。
アプリケーションをなんとかして使えるようにするのに、取り掛かってから気がつけば2時間も3時間もたっている。
だいたい、その解説書もヘルプも、書いてある日本語が翻訳者の頭の悪さ丸出しでたらめで、読んでも分からない。クイズを解いてるんじゃないんだよ。
そうやって悪戦苦闘の末やっと使えるようになったとしても、それまでの苦労はなーんにも成果がない。要するにやっと出発点に立っただけで、それからが仕事なのである。
それまではマイナスをゼロにする仕事をせっせとやらされていたのであり、それをやらせたコンピュータ屋が言うには(多分)、お前のやり方がまずいんだよ、とて、なーんにも補償してくれない。
こんな悪習慣を世間はどうして黙って許しているのか?
例えばですよ、本を買ってきて、読みはじめるまでに2時間も3時間もかからないと表紙が開かない仕掛けになっているなんて、あーた、考えられますか?
実は、携帯電話を買って1ヶ月たっても、そいつとMOBILE PCがいまだに交尾に成功しないんだよなー、くそっ。(020501)
●IT時代に身近ないちゃもん(2000年10月29日)
いまどきホームページを開設しても、ほお、あなたもやっとホームレスじゃなくなりましたか、と、おちょくられかねない。
だが、キャットもスプーンも、IT、愛茶、アー痛てー、逢いてえと、日常生活に入りこんできて、困ったもんである。なにも電話代わりのコンピュター使うやり取りばかりじゃなくて、なにかと電子情報使った機械が身近に出てきて、困らせる。
まず、駅の切符売りが愛茶になって、自動販売機に向かうと、あれこれ操作の注文が多い。注文の多い切符売りである。「東京駅」と一言いえば、さっと切符と釣り銭が出てきた無愛茶時代の昔が懐かしい。
バスに乗ってもカードで決済だから愛茶である。ところが,わたしの乗る京急バスの「カード型料金支払い機」は、珍妙なる言葉を使う。
カード支払い時に料金が残金が不足していると、女の声でこうしゃべる。
「このカードは料金不足です。何等かのお支払い方法をご申告下さい」。
いかがです、「何等かの」ですよ、「お支払方法」ですよ、「ご申告」ですよ。たかが百円程度のことで、申告書を書いて、はんこ押して、社長の決済とって、支払うんですか、といやみのひっつもいいたくなる、いかにも役所的な言葉つかいですねえ、誰が教えたんだろう。
どうして、「バス代が足りません。追加して払ってください」と、簡単に言えないのかなあ。
ついでに、なんでバス会社ごとにカードの入れ方が違う機械なんだよお、乗るごとにおたおたするじゃないか。バス愛好者は頭に来る。
同様なことは、今これを書き込んでいるコンピューターの使う言葉のひどいことも、いつも頭に来る。自分が勝手にフリーズしておいて、仕方ないから電源切って立ち上げると、不正な処理をしないでくれ、なんてイチャモンをつけて、次からマジメにやれ、なんてお説教まで垂れる。馬鹿め。
ついでに、人間のほうも変だ。メイルとかワードとかサーバーとかの発音を、尻上がりに関東なまりか東北弁で言うのも、なんとかしてほしいもんだ。
なにを言いたいかというと、人間との接点における基本的なところが抜けてるよ、それじゃなんのためのITだかわからんじゃないのってえの。
日本語の言葉づかいもろくに知らないIT屋に任せておくと、これからバスにも電車にも乗れなくなって、どうなるものか分かったもんではない。ここは分別ある高齢者がたちあがって、愛茶社会を牛耳る必要がありそうだ。(愛の茶で一服する年計画化ーうちの機械は都市計画家と言ってくれない。2000.10.29 *このコラムは「週刊まちづくり」に掲載した) |