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景 観 の 概 念
伊達美徳 (1992 日刊建設通信新聞掲載)
「景観」の基本的な意味が分からないままに「景観計画」が流行の時代であるが、ここでその検証をしてみよう。
日本語の景観に対応する外国語は、Landscape(英)、Landschaft(独)、Paysage(仏)というが、どれぞれに国情の違いが内容の違いになっている。ところが日本の「景観」にかんしては、造園学、地理学、生態学あるいは文学や哲学等の各分野で、それぞれに異なって用いられてきている経緯がある。
そして関連する一連の日本の言葉として、景域、風景、風土、景色、風致、美観等があげられ、これらが更に景観の意義の解釈を複雑にしている。
このあたりのことは、すでに20年も前に佐藤昌氏が紹介・整理(『自然保護と緑地保全』(1973)されているので、詳しくはそちらを参照されることを期待して、その後の展開も含めてここであらためて景観の概念について整理しておきたい。
景観の概念について、最もながい研究の歴史を経ているのはドイツであり、いまでは「ランドシャフト」とは、ある特定の空間的な広がりを切り取ったときに、その中にある事象の有機的な秩序概念であり、それは時間的な変化も含むとしている。これはすぐれて生態的な概念としているといえよう。
いいかえると、景観とは領域的な広がりがあり、そこに内包される具体的事象の認識があり、それらが時間的に変化し、しかも個々の具体的事物の相互間および地域相互間には機能的な力が働くという関係をとらえて、事物ー空間ー時間のシステムと見る立場である。「景域」という用語は、これに井手久登氏(1971)があてたものである。私自身は景観の意義として、この概念がもっとも適切であると考えている。
英語の「ランドケープ」は、わが国ににて、景観あるいは風景というように多様な概念を含むようである。
日本では一般的には、目で見える物的状況を景観という風潮が強いが、上のドイツ語のように更に深い意義をもっている。そこで日本語の検証であるが、「風土」は和辻哲郎による解釈は哲学的であり、自然科学的にはどうかといわれるところもあるが、基本的にはランドシャフトと同じであるといえよう。
「歴史的風土保全法」にいう風土も、これに通じている。
「風景」については、内田芳明氏は、風景にはその中に「情」がひそんでいる、つまり「風情」と「情景」の合体であるといわれる。かつて「日本風景論」の志賀重昂がわが国の自然の美しさから愛国心へと展開したように、風景は心理的な美への評価を持っている。その点では「風致」はこれに近いといえる。 ところで、地理学の中村和男氏の景観論が、簡明にして的をえているので引用紹介する。
(景観とは)「常に同時に存在して互いに関連しあっている事物をワンセットとしてとらえることで、ある橋だけを取り上げて橋梁景観と呼ぶのはどんなものだろうか。橋は(中略)景観要素であっても景観ではない。川や交通網、集落などとの関係でとらえなければならない。(中略)そのワンセットの諸事象が占める特有の形態を持った一定の空間をさす」(『地域・景地・景観』(1980)
このように、景観の概念は単一ではないが、ランドスケープという言葉が表面的にとられて、目で見える物的状況、とのみ往々にして解されがちだが、それは景観の一面にすぎないのである。地域社会は異物も取込みつつ歴史的な時間の中で成長していき、景観はその生態的な動態においてこそ意義を持っている。
すなわち、景観とは目に見える景色と同時に、それを支えている生態、人文、経済等の行為・活動と一体のものとして認識する必要がある。
そこで、「良好な景観」とは、「人間の行為と自然の現象とについて、それぞれの中での関係及び相互の関係を良好に保っているありさま」をいうこととしたい。
景観計画とは、そのような状況を作り出すあるいは保つための計画であり、言わば「関係の計画」である。このような基本的な立脚点に立つこととしたとき、これは生態学的な視点を汎用すれば人と自然あるいは自然と自然の良好な関係については、ある秩序概念を見出しやすい。
例えば植物相互の関係では植物生態学によって植生秩序が明確にされており、人と自然の関係については複雑ながらも生態環境と言う面での秩序がある。
しかし人と人との関係において登場する都市景観となると、複雑をきわめることになる。そこで中村良夫氏は「お作法」という言葉で「礼」を持ち出して景観を語られるのである。それは、人と人との関係の中で営まれる都市空間が、多様な価値感を持って活動している多くの人々や企業のもとで、常に変り展開していく都市機能への要請を満たしつつも、都市の生活者にとっての互いに生きる場となり得るための秩序概念である。
このように景観を、生態学的立場に続いて人と人の作法秩序として、都市空間にはめこむと、都市景観形成計画は、「都市が育ててきた街の文脈に従いつつ、それぞれの場所の持っている特色(場所性)を見分けることができる都市空間の実現をめざす方策」となる。これは「しかるべき所に、しかるべきものがきちんとある」という「アメニティ」へのプランとなるのである。
景観形成は都市のアメニティーを作り出すものであるとすると、単に物を作るというハード面だけでなく、経済、文化あるいは生活というソフト面と一体となって進んでいくものである。
こうして、景観とは環境の別の言い方であると分ったのであり、景観形成とは環境整備であり、まちづくりそのものであると知れるのである。
いいかえれば、これまでのまちづくりに、生態的あるいはお作法的な概念が欠けていたのである。
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