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●藤原吉志子展を見てきた     伊達美徳

 朝来(あさご)美術館で開かれている、鋳金造形作家・藤原吉志子さんの作品展をみてきた。2007年5月末の緑の風薫る季節。
 姫路から播但線で1時間余り、新井(にい)駅で降りてそこからまた5キロ先タクシーしか交通の便のない谷間に、突然ロックフィルダムが現れ、そのダムの裾に朝来美術館はあった。
 タクシー運転手に、どうしてここに美術館があるのかと聞けば、関西電力が揚水式発電所ダムを作るので、それに合わせて公園を作って、中に美術館をつくったという。
 どうしてまたこんな山奥に、と聞けば、地域の人たちが自然志向の健康な活動の場をもとめてここに公園をつくったのですと、優等生のお答え。
 なにしろダムを作るほどの谷の奥、まわりは緑いっぱいの自然で、地域の人が自然を求めてわざわざ公園をつくれ、なんてまさかそんなことがあるはずがない。こんな山の中に公園や美術館を作るのは、多分、ダム関連補償の一部に違いないと思ったが、運転手には言わなかった。
 藤原吉志子は1942年に東京で生まれ、東京芸大の大学院金工科を修了後、アメリカにわたり、日本では80年代半ばから造形作家として活躍、2006年にガンのために他界した。都市の風景に関心を持って、良い景観づくり運動にもかかわっておられた。
 造形作家としての作風は、寓意に満ちた具象の鋳金造形で、パブリックアートとして各地に見られる。豊橋駅前にあることを図録で知ったので、今度途中下車しよう。
 新潟・妻有トリエンナーレ第1回からの出品作「レイチェルカーソンに捧ぐー4つの小さな物語」が十日町にあり、わたしは昨年の秋に訪ねた。地球環境への視点を造形化している。(写真左)
 その作品のある場所が、山林を切り開いて、芝生を敷きつめて、ゴルフコースもある公園だが、藤原さんの眼は、その環境そのものを告発しているのだ。
 皮肉にも、その展示空間の芝生に除草剤を撒いてきれいに整えるほど、藤原作品のもつ寓意の告発性が高まるのである。放置されて草が巻きつく除雪車も、そのまま展示作品。印象に残る作品である。
 鎌倉山のアトリエを何回か訪ねたが、それなりにあれは藤原流の展示であったろうと思うが、棚、テーブル、天井とあちこちいっぱいに小さな作品たちが主張し、輝いていた。
 さて美術館に入れば、2階の2室に藤原さんの作品がたくさんある。鎌倉山のアトリエでみたことのあるなつかしい小作品群が、ここではお行儀よく並んでいる。
 この個展を見て、寓意にみちた創作は初期からだったのか、と知った。泰西名画の立体化には苦笑した。
 キリストと12使徒の最後の晩餐をモチーフとすると分かる作品「草の上の午餐」(右の室内写真の奥に見える)は、その名のとおり実際の展示は屋外にあるものだろう。展覧会のために狭い室内にあるのが、ちょっとプロポーション的に気の毒だった。
 その13の動物たちの間に、YOUR SEATと書いた空き椅子があるのを発見。いたずら心が湧いてきて、そこに座って自動シャッターで記念撮影した。これはまさに藤原さんが仕組んだ仕掛けに乗せられたことになる。もちろん喜んで乗った。撮影禁止と書いてあったが、。
 スケッチブックなどもあり、1時間半くらいの間楽しんだが、その間、誰ひとりはいってこなかった。ひとりでもったいないくらいな贅沢きわまる時間だった。数年前に、七尾市立美術館で、長谷川等伯「松林図」をじっくりと鑑賞したときもそんなことがあった。地方美術館はもったいないけど、美術鑑賞の穴場とも言える。
 屋外の芸術の森なる広場などのアート展示を楽しみつつ、緑の谷あいの集落の中を経て、歩いて駅まで戻ることにした。50分ほどで中心部の街に入り、そこの図書館前にて藤原作品「雨の中盲目の双子のうたう唄がきこえる」に出会った。これは珍しく抽象的な作品(写真左)
 ここには図書館と健康センターがあり、その軽い形態と内外装に木材を使って、なんだか最近流行の建築デザイン、どなたの設計かしら。
 おかしかったのは、健康センターにはプールはともかくとしても、トレーニングジムがあり、走らない自転車や前に進まないベルトコンベアランニングで、汗を流している人たちがいるのである。
 えっ、だって、すぐ外に緑の田園がひろがるし、私はここまで気持ちよく4キロ歩いてきたし、なんでまた好き好んで室内で走るのか〜、不健康センターではないかしらって、笑ってしまった。
 この新井の街は結構古いらしく、新道に並行する旧道は伝統的な街並みがそれらしい面影を保っている。そんな街並みの中を、下校時の中学生たちがみな自転車で走りつつ、さようなら〜っ、と口々に挨拶をしてくれます。途中で道を尋ねた子どもは、実に親切に教えてくれました。
 もっと街を大切にして、あの美術館もこのような街の中につくれば、この子たちも藤原作品を見ててくれるだろうになあ、と思いつつ帰途についた。
 こころが豊かになった、ちょっと贅沢な小さな旅だった。(070606)

 

 

2008年4月1日 
 ●藤原吉志子彫刻展覧会を鎌倉で開催

  彫刻家の藤原吉志子遺作展を、4月1日から7日まで、鎌倉の生涯学習センター(鎌倉駅東口を出て正面まっすぐ、若宮大路を渡ってすぐ右)で開催している。
  藤原さんは、まだまだ充実した仕事をしているさなかに、がんに侵されて惜しくも一昨年になくなった。彫刻に物語性を吹き込んで、寓意に満ちた鋳金の作品を作り続けた。
  わたしは彼女の作品を好きで、鎌倉山のアトリエにもおしかけ、新潟県十日町のトリエンナーレ野外展にも、兵庫県朝来美術館での展覧会にも出かけた。
  生前は鎌倉まちづくり活動にも参加し、美術家として鎌倉の景観形成に鋭い提言をしておられた。
  スペインのサラゴサでの遺作展が終わって、故郷の鎌倉に作品が帰ってきた。夫の藤原亙氏が、夫人をいたわるごとくに作品を愛でて、どこにも付き添っておられる。
 藤原夫妻の仲間が実行委員会を作って賛同者とともにお手伝いして、鎌倉での開催にこぎつけた。
  その作品は、一見したところ童話の世界だが、その含蓄ある作品名称とあわせてよくよく見ていると、なんだか不思議な不気味さが浮かんでくる。
  わたしの勝手な深読みかもしれないが、彼女の作品はふたひねりくらいなにかが潜んでいるようだ。造形としての面白さとともに、それを見つけ読み取るのが楽しみだ。
  今日は午前中は会場準備で、展示台を整え作品を並べるので、おおっぴらに作品に手で触れることができてうれしかった。
  会場を出ると、若宮大路の段葛はいまや桜の真っ盛り、久しぶりの花の鎌倉だった。
 


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