地域の今とこれからを考える

暮らしの場に異変が起きている。20世紀の人口が増えるの前提だったまちづくりを、
21世紀の人口が減ることを前提のまちづくりにきりかえられないままでいる。
だから、おかしなことが起きているのだ。
いまや地域活性化政策ばかりじゃなくて、村や街をハッピーに閉じ
る政策が必要な時代だ。
2009/01/19更新  since070512

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■まちづくりコラム

横須賀散歩1−竜本寺界隈 (2008)
名ばかり邸宅地 (2008)
地球が溢れる (2008)
怖い超高層・大規模名ばかりマンション (2008)
・信州・松代に行ってきた (2008)
大阪街並み探検 (2008)
横浜スプロール郊外風景 (2008)
横浜都心の百貨店閉店 (2008)
名ばかりマンション (2008)
正直な食堂は外人鍋料理(2008) 
銀座の曲がる風景(2008) 
オリンピックマラソンの風景 (2008)
日本国土は太りつつある?(2008) 
文明批評としての建築(2008) 
マンション不況で喜ばしい(2008) 
丸の内の風景(2008)
ふるさとの森の大学キャンパス(2008) 

国土形成計画を読む(2008) 新たな全国計画の国土形成計画には人口移動の話がない

・松尾芭蕉の奥の細道に出てくる「まちづくり」 (2004) いまから3020年余も前のこと、俳人松尾芭蕉が『町づくり』を詠む。

ユニバーサルスタジオジャパンとチボリ公園 (2001) 夢のテーマパークの周り街は、なんと殺風景な現実的なことよ。

・テレビCMと町並み破壊 (2002)無礼なTVCMばかり見ていると、郊外沿道オチャラケ風景も平気になるだろう。

・偽造偽装ー建物構造計算も高校卒業生も (2006)建物も教育もニセモノがはびこるご時世とは、。

・地震と建築工事 (2005) PFIで安易な建築工事発注ばかりやっていると。地震で壊れる建物が増えるぞ

・愛知万博に行ってきた (2005) 初めて万博なるものを見たけど、見てきたのは人ごみと森林でした。

・怖い21世紀がやってきた (2001)   「食い足りて 目出たや怖や 新世紀」また戦争かもしれない21世紀、またひもじいのか。

・不良老年がはびこる (2004) 金と閑と頭のある老人が増え、愉快j犯や確信犯の高齢者犯罪が増えるかも、。

横断歩道橋は素晴らしい  (1999) 足腰鍛えて健康に、街に個性的な景観を、建設投資を促して、歩道橋は素晴らしい。

 

 

■ものづくりまちづくり連携

長寿社会のまちづくりとファッションタウン(1998)
 その1GOLD RUSH日本 金持ち高齢者が増えるゴールドラッシュ21世紀社会がやってくる
 
その2GOHST TOWN都市 中心市街地はどんどん人口減少で商店街も成り立たないゴーストタウン21世紀が来る
 
その3GOLD TOWNとFASHION TOWN やっと見えてきた「GOLD TOWN」長寿社会のまちづくりは中心街の再生だ

斬られたファッションタウン(2002)ファッションタウン政策実践都市の鯖江市で、中学生が総合学習で発表。

伝統産業都市サミット(2002)美濃焼、美濃紙、飛騨木工の多治見市、美濃市、高山市が伝統産業都市連携。

ファッションタウン児島の実験(2001)ジーンズの街・倉敷市児島地区は市民組織がファッションタウンづくりにとりくむ。

高齢・少子・環境時代のコンパクトタウン(1998)国土庁が21世紀へのまちづくり政策「もの・まちづくり」に取り組む。

新旭町は「クレープ・ビレッジ」になるか(1998)琵琶湖畔・新旭町は高島織物と琵琶湖の風景のあるまちづくりをできるか。

美濃焼の多治見はオリベイズムを生かせるか(2001)美濃焼の多治見市は「オリベ」をコンセプトにまちづくりを進める。

パラディオ・ゴールド・グラッパ(1995)ものづくりとまちづくりの総合した都市をもとめて北イタリア訪問記

・藤原肇著『ものづくり都市の再生』(2005)ファッションタウンの提唱者・藤原肇氏が理論と実践の書を発刊

・もの・まちづくり運動と都市の再生(2005)藤原肇『ものづくり都市の再生』によせた伊達の解説

鯖江ファッションタウンへの提言(2002)ファッションタウンへの旅:花開きつつある鯖江そして全国のファッションタウンを巡る
これからの地方自治のあり方について(1997)鯖江ファッションタウンの原点となった小論

 

■中山間地域の今とこれから

高千穂夜神楽 (2008)宮崎県の高千穂に伝わる神楽を徹夜で見てきた
法末の3年・身体で受けとめる四季(2008)農作業をやれば四季は身に沁みるものとなる
農村振興政策を都市再生政策に適用する(2008) 信州松本のクライガルテンの方法を都市でもやってはどうか
中越・法末物語(2005−2008) 中越の山村の震災復興と四季を巡る物語 棚田米 法末名所名物 地域のしまい方など

復興に歩む福井豪雨被災地・河和田うるしの里(2004)越前漆器の産地・鯖江市河和田は豪雨災害から新展開へ

地域のしまいかたを考える (2007) 都市も村里も人口減少永遠に保つことは不可能だ、幸福なしまい方を考えよう

・中越地震3年目の山古志を訪ねる(2007)(html)  (PDF版)−すさまじい震災復旧の現場をみていろいろ考えた
 

■NPOとまちづくり

・草の根まちづくり全国大会は成功したけど(2005)まちづくり衆1500人が全国から東京に集まって、話し合った!

まちづくりNPOと中間支援組織−東京理科大講義(2003)まちづくり中間支援組織(NPO) 日本都市計画家協会のできること

これも都市計画なんですね(2003)四国の観音寺町で商店街に介護ホームを作って街を活性化、日本都市計画家協会大賞に

だれもが参加する都市計画仲間NPO(2001)まちづくりと都市計画は同じだ、誰もが参加する(NPO) 日本都市計画家協会

だれもが都市計画家になろう(2001)そもそも都市計画に専門家が要る(居る)のだろうか、誰もが都市計画になろう。

まちづくり人材の育成活用と雇用創出(2002)全国あちこちで21世紀型まちづくりがもとめられるが人材がいない!

 

 

■都市再開発論

新たな都市再開発のテーマ「軽装備再開発」 (2004)重厚長大型の都市再開事業から、軽薄短小型まちづくりに転換だ

・社会環境の変化による市街地再開発事業の新たな方向に関する研究(2002)鎌倉市大船駅前再開発をケーススタディに。

市街地再開発事業における既存建築の保全活用に関する研究(2002)スクラップアンドビルドから既存建築保全型再開発へ。

日本の都市再開発コンサルタント史(1991)1950年代防火建築帯に取組んだ建築家たちが再開発コンサルタント業の嚆矢。

定期借地権とまちづくり-懸念される土地制度(1995)安定した生活圏づくりとは矛盾する土地制度に切り込む。

20年で地域はなにが変わったか(2003)1983年に書いた「地域開発論」を、20年後に読み返してみると、、。

コンペ再考―計画現場の視点から(2003)都市開発計画のコンペが流行したが、実はその裏にや後に多くの問題が、、。

都市を造り直す (2007)産業構造が大きく変わった、都市構造も変えなければならない

21紀型まちづくりの跡地利用を(1999)

都市を再生する−都市構造の再編成(2007)
技術概念の転換を-再開発建築の技術問題(1973) 技術の複合、時間の複合、機能の複合、法制度の複合

■都市に暮らす

賃貸借都市の時代へ体験的住宅論(2000-2006)戦後居住政策欠如の中での伊達の住宅漂流人生

姉歯大震災の喚起するもの(2005)とうとう暴露・露呈した分譲マンションの自滅型時限爆弾

わたしたちは都心に住めるか(1994)超過密都市・香港から日本、東京を見ると、。

怖いぞ、郊外ショッピングセンター(2004−2006)郊外イオンの街は犯罪が? まちづくり3法もう改正、だからいったでしょ。

歩道と車道の段差はどうしてあるの(2002)左足故障で歩行困難の日々、車のためばかりの道づくりに腹立つばかり。

人柱が立たなきゃ変わらないか(2001)雪が降ってスプロール郊外孤立、ソフトウェアに介護保険は金出ない、、人柱だけが事態打開策?

・生活文化圏としての中心街づくり(2002)アメニティとは「あるべきところに、あるべきものがある状況」

中心市街地活性化問題の背景と周辺(1998−2002)またもや懲りない商店街政策か、うまく行かない中心市街地活性化

わたしの帰る街を土地問題の今‐(2000)帰る家がない、帰る街がない、次世代のために生活者の自覚が必要だ

戦争、開発、景観(2003)東京には今、開発爆弾による風景破壊の戦火が立ちのぼっています

那覇ーとっても気になる沖縄まちづくり(2001)なんだかあちこち開発、でも処分が進まない開発地がわんさとある

新発田−同時多発の中心街再生策で5年後が楽しみ(PDF版)(2003)県立病院の郊外移転を阻止した市民まちづくり

横浜‐関内地区戦後まちづくり史(2007)戦災と占領の二重苦からの戦後横浜都心まちづくりを追う。

B級横浜観光で見たこと(2007)山谷、釜が崎と並ぶドヤ街「寿町」でまちづくりビジネスを立ち上げた人たちがいるNEW

 

■鎌倉まちづくり論

.山並み眺望をついに守りとおした鎌倉(その2)(2008.05)NEW
山並み眺望をついに守りとおした鎌倉(その1)(2008.04)
世界遺産とはなんだろうか(2008) 鎌倉を世界遺産にする運動があるが、世界遺産とは何だろう

外から鎌倉の街を診る‐その1(2007)鎌倉脱出の記:老後は鎌倉でという、そんな一般の夢の反対を行く私。

外から鎌倉の街を診る‐その2(2007)谷戸再生と谷戸仕舞い:谷戸も高齢化して暮らしの場をたたみだす。

外から鎌倉の街を診る その3(2007)大船・もうひとつの鎌倉:鎌倉の台所となって支えている大船を見直す。 

浄明寺田んぼの四季(1990-2001)静かな鎌倉の住宅地の中にある田んぼは、いつまで稲作が続くか

緑の質と役割を考え直す(1993)鎌倉は3方を緑の丘陵に囲まれる、その緑は実は昔より今のほうが豊かなのだ

鎌倉ワーショップ都市論(1996)鎌倉市は実は神奈川県下でも結構力量の高い工業都市なのだ

鎌倉ミューアムタウン論(1989)鎌倉の街全体をミュージアムに仕立てるまちづくり提案

若宮大路ミュージアムアベニュー(2001)鎌倉ミュージアムタウンの拠点としての若宮大路のミュージアム提案

鎌倉まちづくり本紹介「風と潮流」(2000)鎌倉市民活動白書『風と潮流 これからの地域と市民社会』(ぎょうせい)

若宮大路復原修景構想・鎌倉環境ミュージアム構想(1994)「鎌倉プラン研究会」の提案
鎌倉まちづくりコラム(1993〜1998)「鎌倉プラン研究会」の遊び
まちづくりは守りから攻めへ 若宮大路段葛復原構想(1984)街づくり論文公募1等入選

 

■横須賀まちづくり論

横須賀-近代が育んだ国際海の手文化都市(2003)横須賀の中心市街地周辺の歴史と景観案内

横須賀市中心市街地形成史ー成立と施策(2003)軍都の街平和産業港湾都市、中心市街地整備計画

横須賀市中心市街地整備計画−80年代から中心市街地活性化(1985−2001)

・ウェルシティ横須賀(2001日本建築学会論文)健康生活都心をテーマにした総合まちづくりプロジェクト

ウェルシティ横須賀(グラフ)

 

■横浜まちづくり論

横浜ご近所探検隊が行く

B級横浜観光で見たこと(2007) 

関内地区戦後まちづくり史

 

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街森論●街の森を生態と人文から観る
中心市街地論●中心街活性化は時代に間にあうか
都市産業論●ものまちづくり+ファッションタウン
まちづくり論●都市計画をとりまく諸課題
鎌倉論●歴史観光都市から生活文化都市へ
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