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川 の 民 俗 的 景 観 伊達美徳
(1992 日刊建設通信掲載)
都市の川として典型的なものは、京都の賀茂川、東京の隅田川、金沢の犀川、大阪の一連の堀川、福岡の那珂川等があろう。
賀茂川は、平安京造営のときに風水思想による東の青龍として、川道を東よりに付け替えている。そのころの賀茂川は、今日の様に都心に位置せず京の東の外れであったことは、この川の右岸の繁華街の京極という地名に表される。
では賀茂川沿岸部が住みよかったからかといえば、そこは権勢を誇った後白川法王さえも自由にならないと嘆いたほどに、有名な氾濫する川であり、自然の秩序の支配する住みにくい空間であった。
歴史家の網野善彦氏によれば、ここは境界となる領域であり、無縁の地として河原者が住みつくところである。河原者とは乞食、聖坊主、放浪者等の無縁のものが居る所であり、彼等は生きるために芸を見せていくばくかの稼ぎをするのであったが、これが芸能に発達し歌舞伎などの舞台芸術の世界に続くのである。あるいは商品を交換する市場がたった。
これらの空間を占めるものは、すべて定着性のない一過性という性格をもっていることに留意する必要がある。
無主の空間は、川の様に氾濫で常ならぬ空間であり、定着性を拒否する。だが、中世から近世にかけての治水技術は、常ならぬ空間を定着空間にかえる政治的な事業なのである。
二つの秩序の出会う空間は無主の空間として境界領域をうみだし、境界領域にはどちらの秩序からも疎外された者の吹き溜まりになる。そしてそこに市場や芝居という新しい人間の秩序を生み出すのであった。
それは川という自然の秩序と人間界の秩序とが、境界領域をはさんで共存するのでなく、自然界の秩序にわけいって人間界の秩序が対置するものであり、そこには激しい葛藤が発生する。
人柱、橋姫等の伝説・民話は数多く柳田国男によって紹介されているが、京都一条戻橋下には鬼が住んでいたという伝説もあり、橋こそは川という境界領域に境界領域らしい存在を生み出すのである。
近松門左衛門が心中天網島で、二人の道行きを橋づくしに描いて、この世とあの世の境界を河原と橋に象徴して見せている。これは篠田正浩の見事な映像がある。
今でも「橋の下」やたもとの広場は自由人の住むところであり、高架道路は新しい自由人の空間を次々に都市内に供給していることは、それを意図しようとしまいと現実の事実である。
隅田川も、賀茂川に似ている。江戸の東を限る自然であったし、この沿岸部もやはり支配の秩序から疎外され、生活の秩序にも属さない空間が構成されるのである。
吉原遊郭、西本願寺、浅草寺、回向院等の遊びと信仰の場が多く集められるのだが、もともとこの二つは結び付きが深いものだ。
そして向島や深川は、江戸郊外の行楽地になっていくのだが、関東大震災の復興のときはもう境界としての地域ではなく、そこにかかる橋は都市の象徴としての役割も負うほどに成長するメジャーなゾーンになった。
だが、いまだに隅田川は、河原者の世界から逃れられない。国技館と江戸東京博物館の二大見世物小屋が復活して、両国は回向院のおかげを忘れた繁栄であり、吾妻橋には金のヒトダマが飛び、川岸の高架下にはホームレスピープルたちが青い家を軒を並べて建てて住みついている。まだまだ境界性は健在なのである。
現代の川はカミソリ護岸で河原が無くなったために、川にはアジールが発生しにくくなって、現代の河原者は消えざるを得ないと思ってみれば、これがやはり健在なのであった。
隅田川側の川べりの空中を走る首都高速道路は、雨に濡れない新しい無主の地を作り出しており、橋詰め広場のベンチに住まうホームレスピープルたちのホームがあるのだ。もちろん本物の橋の下という、伝統的な空間にも健在である。
ダンボールのウサギ小屋を夜ごとに建設して、管理社会の境界領域とも言えないスキマをかいくぐっているが、アジールには程遠いようだ。
問題は現代のアジールは、その管理体制が強くなっているため、歴史の記憶あるいは社会の自然現象としてアジール化現象が働いて自由人が一時的な居を構えることと、これを追払うこととが日常茶飯事になっているため、かつて中世から近世にかけて起きたような河原者文化が芸能として育つひまがないのである。
そこで新しい時代の河原の復活を、スーパー堤防に期待するのは、どうであろうか。緩傾斜護岸や親水護岸は、単に水辺に人間が近よりやすい、という機能と見掛けの問題としてのみとらえるのでなく、芸能、イベントの場に復活してはどうか。
ついでにいえば、近頃はやりの親水のデザインは、川の中にまで石やタイルを張り詰めたり、手入れが大変な花壇を設けたり、これもやりすぎである。
もともと陸と水の接線には、ヨシの群落があって、その下のヘドロで陸からの汚水を浄化して川に流す中継の役割を持っていたのに、洪水調整や汚いヘドロがいやだという人間の都合でそれを無くしたのだ。そのうえ親水空間で近寄る人間の出すゴミも排泄もいきなり取り込まされては、川に気の毒すぎるだろう。
注:本論は1992年に「日刊建設通信新聞」に連載したものの一部である。ただし写真は本掲載にあたって再編集した。
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