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土 木 と 景 観   伊達美徳

 日光杉並木の街道は、近世の美しい土木の構築物といえよう。この街道の並木の管理は、五街道は幕府の直轄であり、脇街道は各藩で行っていた。そして街道並木の両外側には、街道幅に応じて幅員のきまった免租地があったという。その幅は例えば幅6間の五街道の場合は並木から20間の幅であった。
 これは一種の迷惑料とでもいうのであろうが、高速道路の環境施設帯の幅(路肩から20メートル)と比較してはいかがであろうか。
 大阪御堂筋の有名な公孫樹並木はどうか。幅員44メートルの見事なイチョウのブールバールは、商都大阪のシンボル道路であることは間違いないが、その由来、出来あがりの仕掛けが今まで述べた道とは大いに異なる。
 1937年に当時の市長関一は、沿道地域から工事賦課金をとって作るという、まさに大阪らしい実業の世界に道を最初からとり込むつくり方である。こうすれば道は沿道の市民と共に育てられることになり、沿道無縁とは正反対であり、事実その後、名実・形質共に大阪のシンボルになりえた現代の道となった。

 このところ、道路の緑化が街にうるおいをあたえるとして、まちづくりのメニューに必ず登場して、なにやら箱庭のごときものが道端に登場したりすることが多い。そして都市内の高架道路にも同様に緑化推進策があり、高架下の日光は当たらず雨も降らない所に、何やら日本庭園らしき植込みやら水流が作られていることもある。それは土木の巨大スケールの柱と柱の間に、ちまちまとしてどうも居心地わるげである。

 ところで、サンフランシスコの一部では景観上の視点から高速道路の取壊しも論にあがっているという。近年は盛んになりつつあるアメリカにウォーターフロント開発で、多くの都市で起ったことは港湾流通動脈として設けられていた高架道路の景観的な問題であるというのだ。
 ひとびとを水際に楽しくアクセスさせるに、街と港の間の高架道路が遮蔽物となっているのである。シアトル、サンフランシスコ、ボストン、ニューヨーク、トロント等いずれの都市もこの悩みをもっている。もちろん、高架であるから動線を遮るものではないが、景観的な連続性を断たれるため、心理的にアクセスを拒む形になるのである。

 これ等の高架道路は当初は港湾流通になければならない機能であったので、あとから機能が変わったときの条件で邪魔もの扱いされるのは、高架道にとっては迷惑かもしれないが、地域の秩序と高架道の関係を、景観の問題として教えてくれる格好の反面教師となるものである。
 最近、東京の首都高速道路も居心地をなんとか良くしたいらしく、盛んにお化粧を始めている。他の都市はよく知らないが同様だろう。渋谷駅をまたいでいるディビダーク工法の力強い構造体が、石目地ときらきら光る銀紙のようなもので厚化粧したのを見て、どうも奇妙な感を禁じえない。
 デザイン博に間に合わせて一生懸命デザインしたらしい名古屋の高速道路も、同様に遠目と近目に奇妙なギャップがある。

 最近はさらに河川も、堤防や中洲あるいは廃川敷に、これまたやりすぎの枯山水やら風呂屋まがいのタイル張の意匠を施すのである。多摩川の兵庫島、王子の石神井川、墨田区の大横川等のことをいっている。
 橋も同様で、構造本体とは何の関係もなく、突然に火を吹く欄干やら、和風の四阿が登場したり、近接していくつもある橋にいろいろデザインを取り揃えて混乱したりとか、いろいろである。どこかのトンネルの入り口が、コンクリートの花が咲いていたり、遊園地のゲートのようなのもあった。
 伊東孝氏は、やっと土木の世界もデザインに目が向いてきたのだから、もう少し優しく見るように、とおっしゃるのだが、たしかにやらないよりはマシかも知れないが、やり過ぎても間違ってやるのも困りものである。
 どうも突然の成金の習い事のように、作法がなっていないことが多い。景観とはいわば作法のことであるとは、中村良夫氏の言葉である。

 景観の構成には、遠景から始まって、中景、近景、そしてさらに近くは接景、触景と段階的なグラデーションをもって成り立っている。それは秩序といってもよい。
 ところが、最近の(昔からそうだが)高速道路の景観デザインといわれる所作には、この中景の全部と近景の前半分あたりが欠け落ちて、遠景からいきなり接景へと到達する唐突さがある。
 景観デザインとは、厚化粧するかアクセサリーをつけることと思っているらしいとしか見えないものが多い。秩序感覚を取り入れてほしいものである。
 土木のデザインはどの様な人たちが、どの様な教育を受けて、どの様な設計体制で行われているのか私はよく知らないので、見当違いがあるかもしれないが、建築設計のような、構造、意匠、設備、造園等の横断的なプロジェクトチーム型の設計システムであろうか。少なくとも造園や建築の世界と土木設計との連携は必要であろう。

 かつて関東大震災復興事業で、橋梁の設計に土木の技術者と共に建築家の山田守を起用し、その下には山口文象がいて、さらにその設計の手として創宇社の若い建築家たちがタッチしたのであった。いくつものパースを描き、照明、欄干、親柱等の設計にたずさわている。山口たちの地位は必ずしも高くはなかったと思われるのだが、田中豊以下のデザインにかける意気込みと体制が実に好もしいのだ。
 構造がまずあって、デザインとはそれを飾るものとしているうちは、土木には景観デザインはない。          (1992 日刊建設通信新聞掲載)

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